359・運命の日の始まり
第359話になります。
よろしくお願いします。
あれから3ヶ月が過ぎた。
これだけの期間には、色々なことがあった。
まず1つ目。
『神々の召喚装置』については、ついに古代技術を取り入れた設計が終わり、作成段階へと入った。
設計には、シュムリア王国、アルン神皇国の『魔学者』たちが協力し合った。
その際に活躍したのが『転移魔法陣』だ。
コロンチュードさんが甦らせた古代の魔法によって、両国間の行き来は一瞬で行えるようになってしまった。
「とんでもない魔法ですわ」
とレクリア王女。
これからの流通、軍事などを根本から変えてしまう可能性があるとか。
なので今は公表されておらず、国家機密として扱われている。
そして、その魔法を使って現在、両国は『神々の召喚装置』を共同で作成しているのだそうだ。
一度、『王立魔法院』で開発途中の装置を見せてもらった。
(……でっかい)
イルティミナさんの家より大きな『金属製の物体』だった。
「これも、装置の一部……だよ」
と、コロンチュードさんの解説。
同じような物がアルン神皇国側の研究所でも作られていて、完成したら、この10倍ぐらいの大きさになるんだって。
思った以上のサイズだった。
キルトさん、イルティミナさんもポカンと見上げていて、ソルティスは目をキラキラ輝かせていた。
試運転なども行っているらしいけど、
「開発……すっごく順調」
コロンチュードさんは、ブイサインを見せてくれた。
隣のポーちゃんも、義母を真似してブイサインをしていた。
それに僕らは笑ってしまった。
コロンチュードさん曰く、山場は越えたので、あとは淡々と部品を作成するだけなんだとか。
(それが本当だったら嬉しいな)
このまま、無事に完成して欲しい――そう願う僕である。
◇◇◇◇◇◇◇
3ヶ月間の間にあった2つ目の出来事。
それは、ようやくシャクラさんに会えたことだ。
護衛クエストで王都を離れることが多かった彼女だけれど、お互いのタイミングがあって、無事に会うことができたんだ。
恋人のクレイさんも一緒だった。
こっちも、僕の恋人になった……って言っていいよね? そ、その恋人のイルティミナさんと一緒だった。
「シャクラさんのご両親に会いました」
そう伝えて、新しくなった『白銀の手甲』を見せたんだ。
彼女は、凄く驚いてた。
それから、懐かしそうな顔をして、父親の作り直したという手甲を撫でていたのが印象的だった。
エルフの国は、まだ鎖国状態だからね。
いつか、シャクラさんとご両親が再会できたらいいなと思ってる。
そうそう、話をしていて、こっちも驚かされた。
「俺たち、婚約したんだ」
と、クレイさんが照れ臭そうに教えてくれた。
シャクラさんも恥ずかしそうにはにかみ、でも幸せそうにクレイさんに寄り添っていた。
(うわぁ、うわぁ)
僕は嬉しくなって、目を輝かせてしまった。
イルティミナさんも「おめでとうございます」と微笑み、祝福していた。
結婚するのは、半年ぐらい先になるそうだ。
半年後……。
その時には、2人が安心して結婚式を挙げられるような平和な世の中になっていればいいと切に願う。
(うん、がんばろう)
そのためにも、必ず神様たちの召喚を成功させるんだ。
2人の幸せそうな笑顔を見て、僕は改めて、自分の心にそう誓ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
3つ目の話は、大したことじゃない。
僕が、ソルティスの戦い方を真似してみようとした、という話だ。
彼女の稽古は、今も続いている。
剣と魔法、その両方を同時に用いた戦い方。
僕も『魔法の発動体』となる安い指輪を買ってみて、その戦い方を試してみたんだけど、
(な、何だこれ!?)
自分でもびっくりするぐらいできなかった。
まず戦いの最中に、指でタナトス魔法文字を空中に、正確に描くのが難しい。
仮にそれができても、
(ま、魔力が安定して注げない!)
タナトス魔法文字1文字ずつに注ぐ適切な魔力の調節が、剣を振りながらだと全然できなかったんだ。
おかげで、魔法がまるで発動しない。
そして、魔法の発動に意識を向けていると、肝心の剣技の方が疎かになってしまうんだ。
…………。
よくソルティスは、こんな事ができると思う。
(……本当に天才だよ、あの子は)
こんな戦法、誰にも使えるわけがない。
だから、これまでも僕は、こんな戦法で戦う人に出会ってこなかったんだ。
それほどの難易度。
でも、あの少女はそれを実現してしまった。
まだ拙いけれど、それは着実に実を結んでいっている。
あのキルトさんが、
「アヤツの将来が楽しみじゃ」
と、こっそり僕らに教えてくれるほどだった。
…………。
一番弟子のつもりの僕としては、少々焦りを覚えてしまったよ。
(負けてはいられない!)
僕も強くなるぞ!
そう意気込んで、日々の稽古に集中していった。
そんな僕を見て、
「お互い、良い刺激になっているみたいですね」
「うむ、良いことじゃ」
イルティミナさんとキルトさんは、2人とも穏やかな表情で笑い合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そんな日々が続いた晩春のとある朝。
僕、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの4人は、冒険者としての装備を整え、『冒険者ギルド・月光の風』の前に集まっていた。
天気は快晴だ。
空は青く、風も爽やかだ。
「いい日和だね」
僕は呟いた。
イルティミナさんが微笑み、「そうですね」と頷いた。
ソルティスは、小さな肩を竦める。
キルトさんは、そんな僕らに笑みをこぼし、
「では、行ってくるぞ、ムンパ」
僕らの前に立っていた真っ白な獣人さんへと、そう声をかけた。
ムンパさんは頷いた。
「いってらっしゃい、キルトちゃん」
いつもの柔らかな微笑み。
彼女は、幼馴染のキルトさんのことをギュッと抱き締める。
「気をつけてね」
「うむ」
キルトさんも頷いた。
王国から、『神々の召喚装置』が完成したとの報告が来たのは、昨夜のことだった。
装置が作られたのは、アルン神皇国の領土。
魔学者たちの計算によって、そこが神界との『門』を繋ぐのに最適な場所だと計測された結果だった。
僕らは今日、そこへと『転移魔法陣』で旅立つんだ。
(ついに、この日だ)
神様たちを招いて、世界を救ってもらう日。
それが、ようやく訪れたんだ。
もちろん、それを阻止しようと『闇の子』たちが来ることは想定されている。
僕らはそれを防ぎ、『神々の召喚』が終わるまで装置を守る役目のため、そこへと向かう。
…………。
とても危険な役目だ。
僕らだけでなく、王国騎士団やシュムリア竜騎隊、神殿騎士団も配備される。
アルン神皇国側でも、アルン騎士たちが配備される手筈だ。
最後の総力戦。
今日は、そんな日にもなるのかもしれない。
ムンパさんとキルトさんの抱擁は、しばらく続いた。
やがて、真っ白な獣人さんは、ゆっくりと身体を離す。
その目尻には涙が滲んでいて、彼女はそれをすぐに指で払って、いつも通りの笑顔を浮かべてくれた。
「マール君、イルティミナちゃん、ソルティスちゃん」
彼女は、僕らもハグしてくれた。
柔らかくて温かい、とても優しい心の伝わってくる抱擁だった。
身体が離れると、
「みんな気をつけてね」
そう気遣いの声をかけてくれる。
僕らは頷いた。
ムンパさんは、気持ちを落ち着けるように一度、大きく息を吸い、吐く。
それから、
「いってらっしゃい」
力強く、僕らを送り出す言葉を贈ってくれた。
僕は答える。
「いってきます」
必ず世界を守ると、心に誓って。
「うむ、いってくる」
「いって参ります」
「……いってきます」
3人もそれぞれに返事をしていた。
それから、僕ら4人は、お互いの顔を見つめ合った。
…………。
ついつい笑い合ってしまった。
そして、いつものようにリーダーである銀髪の美女が号令をかける。
「よし、行くぞ」
「うん」
「はい」
「えぇ」
僕らは答え、そしてムンパさんに見送られながら、神聖シュムリア王城へと向かう道を歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
大聖堂での検査を受けて、王城へと辿り着いた。
向かったのは、城内にある大きな広間だった。
そこには、『シュムリア竜騎隊』のレイドルさん、アミューケルさんたちとその『騎竜』たちが集まっていた。
他にも、1000名ほどの王国騎士もいる。
率いるのは、あのロベルト将軍だ。
また『神殿騎士団』もいて、その先頭には、兜で口元しか見えない神殿騎士団長のアーゼさんが立っていた。
みんなに挨拶して、僕ら4人も合流する。
そして、待つこと15分。
僕らのいる広間へと、シュムリア王国国王シューベルト・グレイグ・アド・シュムリアが姿を現した。
いつものマント姿ではなく、鎧をまとった騎士王の姿だ。
そばには、レクリア王女も立っている。
「皆、よく集まってくれた」
国王様は、僕らにそう声をかけ、そして、これよりアルン神皇国に向かうこと、その地で『神々の召喚』を成功させるため、激しい戦いが起きる可能性に言及された。
僕らは黙って、話を聞く。
みんなの表情を見て、わかる。
(全員、覚悟を決めた顔だ)
その頼もしい眼差したちを、国王様はしっかりと受け止め、それから頷かれた。
「では、参るぞ!」
雄々しい声が告げる。
パァアン
同時に、僕らの立っていた広間に床に、突然、光の筋が走りだした。
それは、巨大な光の魔法陣を描きだす。
(転移魔法陣だ!)
気づいた僕は、少し驚いた。
キュッ
そんな僕の手を、イルティミナさんが握ってくれた。
見れば、彼女は僕を見つめ、静かに微笑むと頷いた。
(……うん)
僕も笑った。
繋いだ手に力を込める。
やがて、光る『転移魔法陣』は広間全体へと広がり、その輝きを強く増していく。
白い光が視界を埋め尽くす。
(さぁ、行くぞ)
静かに呼吸を整える――その瞬間、大きな魔力が広がり、転移魔法が発動した。
神聖シュムリア王城の城内にあった広間から、人の姿は消え去り、僕らは最後の決戦を迎えるため、アルン神皇国へと空間を越えて旅立ったのだった。