357・月夜の甘い約束
第357話になります。
よろしくお願いします。
王立魔法院を訪れてから、7日が経った。
噂によれば、多くの新技術が見つかったことで『神々の召喚装置』の作製は、大きく前進したそうだ。
(このまま、完成してくれたらいいな)
そう願うばかりである。
そんな今夜は、ソルティスが『キルトさんの部屋』へと泊りに行っていた。
僕とイルティミナさんは、2人きりだ。
「……マールは、本当に物覚えが早いですね」
同じベッドの上で休憩している時に、彼女は、僕へとそう微笑みかけた。
(そ、そうかな?)
僕は、ちょっと照れてしまう。
イルティミナさんを喜ばせたくて、僕も一生懸命なのだ。
だって彼女はあまりに魅力的だから、がんばらないとすぐに負けてしまうのだ。
「ふふっ」
赤くなる僕に、彼女は優しく笑う。
白い指が、汗に濡れた僕の髪を、優しく撫でてくれた。
ギュッ
それから彼女は、僕に抱きつく。
まるで、僕の心臓の音を聞いているみたいに、頭が胸に押しつけられている。
綺麗な髪が、肌に擦れて気持ちいい。
イルティミナさんは目を閉じている。
なんだか子供みたいに、あどけない表情だ。
「あぁ、マール……」
甘く名前を呼ばれた。
僕は笑って、その大好きな人の髪を、ゆっくりと手櫛で梳いてあげた。
イルティミナさんは、されるがままだ。
窓からは、星空に輝く紅白の月が見え、淡い2色の月光が室内へと降り注がれている。
幸せで、落ち着く時間だ。
いつまでも、こんな時間が続けばいいと思った。
…………。
そのためには、
「……ねぇ、イルティミナさん?」
僕は、胸の上にいるお姉さんに声をかけた。
彼女の真紅の瞳が、僕を見る。
僕の青い瞳は、それを見つめ返した。
そして、
「今度、イルティミナさんも槍を使って、僕に稽古をつけてくれないかな?」
そう頼んだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
彼女は、驚いたように僕を見つめた。
「稽古、ですか?」
「うん」
僕は頷く。
イルティミナさんは、少し不思議そうに首をかしげて、
「稽古ならば、キルトに連日、つけてもらっているのでは?」
と聞かれた。
うん、つけてもらっている。
キルトさんは毎日、午後にイルティミナさんの家に来てくれて、僕に稽古してくれているんだ。
それは、本当にありがたいこと。
だけど、
「それだけじゃ、足りない気がするんだ」
僕は、困ったように笑って、そう答えた。
彼女は、驚いた顔だ。
「足りない?」
「うん」
僕は頷いた。
それから、
「『闇の子』や『タナトス王』に勝つためには、僕は、もっと強くならないといけないんだ。でも、そのためには、今の稽古だけじゃ足りない気がするんだ」
そう続けた。
アルン神皇国での『王墓』の戦いで、僕は負けた。
タナトス王である『骸骨騎士』に、『究極神体モード』でも負けてしまったんだ。
そして『闇の子』の強さは、その『骸骨騎士』を上回っていた。
(……今の僕は、あの2人に勝てない)
その焦燥があった。
イルティミナさんは、そんな僕の話を黙って聞いてくれた。
やがて、
「キルトはなんと?」
と問われた。
僕は沈黙する。
それから、
「……焦る必要はないって」
そう正直に答えた。
キルトさんにも、もちろん稽古を厳しくしてくれるよう頼んだんだ。
だけど、彼女はそうしてくれなかった。
「無理な稽古は、強くなるどころか、むしろ身体を壊し、逆に今よりも弱くなってしまうのじゃぞ」
と言われてしまったんだ。
でも、
(無理をしないと、あの2人に追いつけない……)
そんな気持ちがあった。
ギュッ
その不安と焦りに、僕は手を強く握り締めてしまう。
「…………」
イルティミナさんは、その手と、そんな僕の表情を静かに見つめた。
やがて、
キュッ
握り締めた僕の手に、彼女の白い手が重ねられる。
僕は、顔をあげた。
イルティミナさんは穏やかに微笑んで、
「マールがどうしても、と望むならば、私も貴方に稽古をつけてあげましょう」
と言ってくれた。
(本当に!?)
もしかしたら反対されるかもと思っていた僕は、驚き、それから喜んだ。
そんな僕に、彼女は笑う。
白い指が、僕の髪をゆっくりと撫でる。
そして、
「ですが、その前に……明日の午前中、私に付き合って、少しお出かけをしてください」
と言った。
(お出かけ?)
キョトンとなる僕に、彼女は「はい」と頷いた。
「えっと、どこに?」
「ふふっ、それは明日のお楽しみです」
彼女は悪戯っぽく笑って、行き先は教えてくれなかった。
(……まぁ、いいか)
稽古をつけてもらえるのなら。
強くなれるのなら。
どこにだって付き合おう、うん。
(それに、イルティミナさんとのお出かけなら、僕も普通に嬉しいしね……)
なので、その申し出には了承した。
話は、それでおしまいだった。
そして、休憩もおしまいだった。
それから僕とイルティミナさんは、もう少しだけ2人きりの夜を楽しむことにした。
「あぁ、上手ですよ、マール……」
甘やかな声が響く。
その極上の歌声を聞くために、僕は必死にがんばって、その夜はゆっくりと更けていった――。