356・未知なる魔導知識
第356話になります。
よろしくお願いします。
「これは……凄い、ね」
コロンチュードさんは、僕らの持ってきた『金属製の腕輪』や『設計図』を前にして、その瞳を輝かせた。
ここは、王立魔法院。
王都ムーリアへと帰ってきた僕らは、レクリア王女へと報告し、彼女の指示でここを訪れたんだ。
ここには、王国の頭脳とも呼べる優秀な『魔学者』たちが集っている。
そんな彼や彼女たちに、この古代の知識が詰まっているらしい『魔の拠点』からの回収品を調べてもらっているんだ。
テーブルに並べられたそれらの品に、コロンチュードさんの目は釘付けだ。
いや、彼女だけじゃなくて、同じ研究室にいる白衣の『魔学者』たちも、キラキラと目を輝かせて、それらに見入っていた。
その輪の中に、なぜかソルティスも混じっている。
「ですよね! これ、このサイズなのに、多重層の魔法陣が組み込まれているんですよ! 信じられません!」
ウキウキと語る少女。
周りの研究者たちも頷いている。
「この無駄のない配列、なんと美しいことか……」
「こんな魔法式があったとは……」
「尊い……」
「これを応用すれば、新たな魔法形態ができあがるぞ!」
ワイワイ ガヤガヤ
みんな、興奮状態だ。
そんなソルティスやコロンチュードさん、研究者の人たちを、僕とイルティミナさん、キルトさん、ポーちゃんの4人は、遠巻きに眺めている。
(えっと……)
なんだか声をかけられない状態だぞ。
思わず、4人で顔を見合わせてしまう。
そうして、みんなが騒ぐ中、コロンチュードさんは『金属製の腕輪』とその設計図を見比べて、
「……なるほど」
と呟いた。
僕は、そのタイミングを見て、彼女に声をかける。
「あの……やっぱり、魔物を人間にする魔法は、これで無効化されるんですか?」
そう訊ねた。
コロンチュードさんは、腕輪のタナトス文字を見ながら、「うん、そうだね」と頷いた。
あっさりした口調だ。
自分の開発した魔法が破られたというのに、悔しさも、悲しさも感じられない。
彼女は言った。
「その魔法が生み出す魔力の波長パターンだけを、この腕輪の魔法式は打ち消してしまう。こっちの魔法式が完全に把握されてる証拠。これを作ったのは、本物の天才だよ」
(…………)
天才のコロンチュードさんが、更に褒める天才とは、とんでもない。
キルトさんは問う。
「この無効化を、更に無効化する方法はないのか?」
「ないよ」
即答するハイエルフさん。
彼女は、いつもよりもしっかりした口調で続ける。
「これは、私も含めて、現代の魔法使いの誰もが知らない知識によって作られている、全くの新技術。むしろ、お目にかかれて光栄」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それほどなんだ……。
コロンチュードさんは、テーブルに広げられた他の『設計図』にも視線を落として、
「こっちも同じ、未知なる技術の塊ばかり。……キルキルたちは、まさに時代を変えてしまうほどのお宝の山を掘り当てた感じ」
と言った。
僕らは言葉もない。
失われたはずの古代タナトス魔法王朝の魔法技術。
人類史における最高潮の時代のテクノロジーが現在に甦り、今、僕らの目の前に存在しているんだ。
(それって、凄いことだよね)
前世の世界で、本当にタイムマシンができてしまったぐらいの意味なのかもしれない。
研究者の人たちも、興奮が収まらない。
あの人見知り少女のソルティスでさえ、それを忘れて、このとてつもない叡智についてを語り合っている。
それだけの知識のない僕らは、ちょっと置いてけぼりだけど……。
キルトさんは、難しい顔で腕組みをする。
「それで、これらの『設計図』は何を意味するものなのじゃ? 完成したら何になる?」
そう問いかけた。
コロンチュードさんは、しばらく答えなかった。
やがて、その『設計図』を見つめながら、
「……わからない」
と言った。
その答えに、僕らはまた沈黙だ。
「正直に言って、私たちには理解できない技術が多い。それを加味して推測するなら、結局は巨大な『魔法装置』だとしか言えない」
巨大な魔法装置……?
「規模は、かなり大きい。ひょっとしたら、お城より大きいかも……」
(はい!?)
お城より大きい魔法装置なの!?
そんなものを『闇の子』や『タナトス王』は建造しているってことなのか……。
いったい、何のために?
(もしかしたら、とんでもない攻撃兵器とか……?)
もしそうなら、どれほどの威力だろう?
僕は、色々と想像してしまう。
でも、その答えは、現時点では誰にもわからない。
キルトさん、イルティミナさんは『金印の魔学者』の言葉で、より難しい表情になってしまった。
そのハイエルフさんは『設計図』に触れながら、
「ただ、ここに描かれている部品の幾つかは、現代には存在しない素材も多い。簡単には作れないと思うけど……」
と呟いた。
キルトさんは「そうか」と少し安心したように呟いた。
(…………)
でも、僕はあることに気づいてしまった。
「どうしました、マール?」
僕の表情に気づいて、イルティミナさんが声をかけてくる。
キルトさん、コロンチュードさん、ポーちゃんも僕を見る。
僕は迷いながら、
「この間、ムンパさんが言っていたよね? 最近、古代タナトスの遺跡が荒らされているって」
と言った。
イルティミナさん、キルトさんは「あ」という顔をする。
そう……。
それは恐らく、『闇の子』たちの仕業だと推測されている。
「もしかしたら、それって、奴らが遺跡に残されていた遺物を回収して、その『設計図』に必要な『失われた素材』を集めるためだったんじゃないの?」
「…………」
「…………」
僕の予想に、2人は答えられなかった。
代わりに、
「有り得るね」
コロンチュードさんだけが淡々と口にした。
ポーちゃんは無表情のまま、そんな僕ら4人の顔を、交互に見比べている。
もしそうなら、
(この設計図の『魔法装置』の開発は、順調に進んでいることになる……)
それは、とても重い事実だ。
僕は、唇を噛み締める。
そんな僕の頭に、コロンチュードさんが手を乗せた。
ポム
「ま、しょーがないよ……。でも、こっちはこっちで大収穫」
(え……?)
見上げる僕に、コロンチュードさんは柔らかく笑って、
「マルマルたちが回収してくれた、これらの『設計図』や『金属製の腕輪』に使われている技術は、もう私たちのものになった。これを使えば、行き詰まっていた『神々の召喚装置』の開発も、また進められると思うよ」
と続けたんだ。
その言葉に、僕は目を見開いた。
「本当ですか!?」
「うん」
頷くハイエルフのお姉さん。
彼女は、再び『設計図』を見下ろして、
「まるで狙ったみたいに、こっちの欲しかった知識や技術が描かれたものばかり。細かい調整は必要だけど、それは時間が解決してくれる」
「じゃあ……」
「うん。完成までの道筋は、はっきりと見えたよ」
王国一の魔法使いコロンチュード・レスタは、そう断言してくれた。
(わぁ……!)
それは、大きな希望だ。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、笑顔になってしまった。
ポーちゃんも、
ポムポム
『よかったね』というように、僕の肩を叩いてくれる。
コロンチュードさんも、優しく微笑んでいた。
「…………」
でも、ただ1人だけ、キルトさんは難しい顔のままだった。
彼女は、
「まるで狙ったみたいに……か」
と小さく呟いた。
その声は、興奮に沸き立つ王立魔法院の研究室内のざわめきに、すぐにかき消され、僕以外の耳には聞こえなかったようだった。