355・竜戦、そして任務の完遂
第355話になります。
よろしくお願いします。
僕らが遺跡内部の探索をしている間、外でも激しい戦闘が起きていた。
ズズン ズゥン
遺跡が揺れる。
天井からは細かい砂や石片が落ち、窓の外が赤く染まった。
思わず、視線を向ける。
(うわ……っ!?)
すると、窓の外では、金色に輝く2つ首の巨大な飛竜と、3体のシュムリア竜騎隊の戦っている光景があった。
金色の飛竜は、かなり大きい。
体長は30メードはありそうだ。
竜騎隊の『竜』も大きいけれど、『金色の飛竜』は、その3倍近い体躯があった。
「ほう? 双頭竜か」
同じものを見て、キルトさんが唸った。
(双頭竜……?)
僕の表情に気づいて、イルティミナさんが教えてくれる。
「飛竜の中でも、かなりの上位種です。特に金色の鱗を持つ双頭竜は、体格も大きく、双頭竜の中でも危険な種だと言われていますね」
(へ~、そうなんだ?)
でも、確かに巨大で強そうな竜だった。
僕らが遺跡の中で遭遇した、『刺青の者』たちの変身した魔物とは、ちょっと桁が違う。
キルトさんは、
「あれが、この拠点の指揮官であったかもしれぬな」
と呟いていた。
そんな危険な『金色の飛竜』に対して、『シュムリア竜騎隊』の3体の竜は、各個に散開しながら攻撃を行っていた。
ゴバァ ドパァアン
双頭竜の2つの首から、火球が放たれる。
『シュムリア竜騎隊の竜』は、それを華麗に回避して、その先にあった森に火球は着弾した。
炎が弾け、木々が燃える。
(うわぁ……)
夜の闇の中に、炎は赤く染まり、森の世界を明るく照らした。
ガシュッ バシュッ
そうして火球を回避しながら、『シュムリア竜騎隊』は、爪や牙による攻撃を行っていく。
鮮血と共に鱗が散る。
金色の鱗は、月光と炎を反射して、キラキラと輝いていた。
(凄い……)
3体の竜は、小柄な俊敏性を生かし、かつ数的有利を利用して、『金色の飛竜』の死角から次々と攻撃を重ねていった。
1つ1つは小さな傷だ。
けれど、積み重なれば、それは大きなダメージとなる。
気がつけば、『金色の飛竜』の巨体は、傷だらけでボロボロになっていた。
2つの頭部が焦ったように噛みつきを行い、前肢の爪や太い尾で薙ぎ払おうとするけれど、3体の小さな『竜』たちは1撃も喰らわない。
「当然じゃ」
キルトさんは言った。
生まれ持った高い竜種の力だけで戦う者と、それを鍛え磨き抜いた者、その差が今、目の前で起きている一方的な結果なのだと。
(…………)
身につまされる。
僕も『究極神体モード』の凄まじい力に頼らず、自分自身を鍛えなければ……!
そう心に誓っていると、
ブチチッ
レイドルさんの乗った赤い竜が、『金色の飛竜』の首の1つに噛みつき、その肉の半分を引き千切った。
苦悶の雄叫びが響く。
更に、レイドルさんは長剣を抜き、その千切れかかった首を完全に切断した。
首の1つが落ちた。
鮮血が空から落ちてきて、僕らのいる砦を濡らしていく。
頭部を1つ失い、瀕死となった金色に輝く巨体へ、他の2体の『竜』も襲いかかっていく。
巨大な翼が千切られる。
腹部が割かれ、内臓がこぼれた。
そして、地上に落ちた『金色の飛竜』に向かって、3体の竜は、同時に口から凄まじい火炎を浴びせた。
ゴバァアアン
森の木々ごと、恐ろしい灼熱が双頭竜の巨体を焼いた。
(熱っ)
熱波が僕らのいる場所まで襲ってくる。
その瞬間だけ、夜の森はまるで昼間のように明るくなっていた。
やがて、火炎が消える。
あとに残されたのは、黒く焼け焦げた巨大な竜の死骸と、残り火の燃える森の残骸だけだった。
「ふっ、さすがじゃの」
キルトさんは、そう笑った。
僕らも頷くしかなかった。
そうして、この拠点のボスを倒した3体の竜たちは、この砦の上空を悠然と旋回する。
拠点から逃げ出す者を、見張っているようだった。
…………。
内側からは僕らが、外側からはシュムリア竜騎隊が襲いかかり、やがて、この拠点にいた『刺青の者』たちは全滅したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ」
合流したレイドルさんは、片手を上げて、僕らにそう笑いかけた。
もう朝だ。
東の空は白く照らされ、輝く朝日が顔を出している。
キルトさんも「うむ」と頷いた。
レイドルさんは、僕らを見つめ、
「首尾はどうだい?」
と聞いてくる。
「入手できる情報は、全て入手した。といっても、何かの設計図などが見つかっただけじゃがの」
キルトさんの答えに、彼は首をかしげた。
「設計図?」
「うむ。詳しくはわからぬ。帰ってから、調べてもらわねばの」
「そうか」
レイドルさんは頷いた。
それからキルトさんは、
「それともう1つ、連中は『魔物を人に戻す魔法』を無効化する術を手に入れたようじゃ」
と続けた。
「なんだって?」と驚く竜騎士の隊長さん。
キルトさんは「ソル」と声をかけ、少女が回収した『金属の腕輪』を見せてやる。
「これが、魔法を無効化した」
「……へぇ」
呟くレイドルさん。
けれど、その声には険しい色が滲んでいた。
彼は少し考え、
「なるほど。これは、あの『タナトス王』が古代の魔法知識から作りだした物かな」
と呟いた。
キルトさんは「恐らくの」と頷いた。
その事実を前に、僕らの間には、重い沈黙が下ろされる。
キルトさんは、長い銀髪をひるがえし、背後にそびえる『魔の拠点』だった遺跡を見上げた。
しばし見つめ、
「情報は手に入った。しかし、どうも腑に落ちぬ」
(え?)
その呟きに、その場の皆がキョトンとした。
キルトさんは、
「この腕輪しかり、残された設計図しかり、『闇の子』と『タナトス王』が去っても、なぜ、これらの情報がここには残されていた?」
と続ける。
(…………)
それは、つまり?
「向こうがわざと、私たちに情報を与えたということですか?」
僕らの疑問を、イルティミナさんが口にする。
キルトさんは答えなかった。
でも、それが答え。
彼女は、その可能性を考えていた。
ソルティスが困ったように呟く。
「どうして?」
「わからぬ」
ようやくキルトさんは答えた。
「わからぬが、それが奴らにとって利になることがあるのじゃろう。……わらわの勘が正しければ、の」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
鬼姫の勘は、馬鹿にできないよ……。
僕らは黙り込んでしまった。
と、アミューケルさんが、考えるのに疲れてしまったのか、クシャクシャと髪をかいてから、
「まぁ、いいじゃないっすか」
と言った。
「少なくとも情報が手に入ったのは、こっちにとっても確実に『利』なんすから」
僕らは、彼女を見つめてしまう。
それから互いの顔を見た。
「まぁ、そうねぇ」
竜騎士のラーナさんは、色っぽく笑いながら頷いた。
それからアミューケルさんの髪を、優しく撫でる。
その手を、アミューケルさんは嫌そうに払いのけて、レイドルさんはそんな部下たちに苦笑した。
そして、気を取り直したように、
「そうだね。これ以上は、聡きレクリア王女に考えてもらおう」
「ふむ、そうじゃな」
キルトさんも頷いた。
(うん)
悔しいけど、僕らじゃ、アイツの考えを読み取れない。
……ふぅ。
ようやく任務が終わったことを感じて、僕は大きく息を吐いた。
すると、
「ふふっ、お疲れ様でしたね、マール」
イルティミナさんが優しく笑いながら、僕の髪を撫でてきた。
僕は笑った。
「イルティミナさんも」
そうして2人で笑い合う。
経験のない隠密行動からの潜入、そして暗殺、情報入手、それから最後に殲滅戦。
その全てをやり遂げたんだ。
達成感も心地いい。
そんな僕とイルティミナさんの様子に、みんなも笑った。
森の中を風が吹く。
それは僕らの髪を揺らして、空へと消えていく。
グルルン
ふと控えていた3体の竜が、その風を追いかけるように、煌めく早朝の空を見上げて、小さく鳴いた。
こうして、任務は終わった。
やがて僕らは、竜の背に乗ってこの地を離れ、そして、遠き王都ムーリアへと帰っていったのだった――。
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※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。