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353・暗殺

第353話になります。

よろしくお願いします。

 目指す『魔の拠点』から100メードほど離れた茂みで、僕らは、その時を待っていた。


(あ……来た!)


 北東の空に、3つの影が見えた。


 レイドルさんたち、『シュムリア竜騎隊』だ。


 薄紅の月明かりに照らされて、夜空を飛翔する竜たちの影は、とても格好いい。


 3体の竜がいるのは、拠点を挟んで僕らの反対側だ。


 竜たちは、その森の上空で集まると、まるで何かを探すように3方向へと分散しながら、ゆっくりと旋回をし始めた。


 もちろん、あれは陽動だ。


 拠点を探すふりをしながら、連中の注意を引きつけてくれているんだ。


 キルトさんが、僕とソルティスを見る。


『そなたらは、ここで待て』


 そう伝わってくる。


 僕らは頷いた。


 キルトさんも頷いて、それからイルティミナさんと視線を合わせると、2人の『金印の魔狩人』は音もなく動きだした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 2人は、黒いローブを羽織っている。


 その上で、森の木々が生み出す影の上だけを移動して、拠点となる遺跡の外壁へと近づいた。


 外壁は、石積みだ。


 7メードほど上に、切り抜かれたような四角い窓がある。


(あそこから侵入する気だ)


 そう気づいた。


 小さな石壁の凹凸に、その指と爪先をかけて、2人はスルスルと外壁を登った。


 凄い。


 かつて『トグルの断崖』を、イルティミナさんと共にクライミングした時を思い出してしまったよ。


 2人は、窓の下で停止した。


 中の気配を伺っているみたいだ。


(あ……)


 ちょうどその時、離れた僕らの視界から、その窓の奥を通り抜けていく『刺青の男』が見えた。


 ドキドキ


 思わず、鼓動が速くなる。


 けれど、その『刺青の男』は、窓の外に2人の魔狩人がいることには気づかず、そのまま行ってしまった。


(……よかった)


 そう思った瞬間だった。


(!)


 キルトさんが滑らかな動きで、窓から室内に侵入したんだ。


 遅れて、イルティミナさんも窓から中に入る。


 …………。


 ソルティスと一緒に、固唾を飲んで待った。


 やがて、窓に人影が現れた。


(イルティミナさんだ!)


 彼女は窓の外へとロープを降ろして、僕らを手招きする。


 僕とソルティスは、頷き合った。


 それから、さっきの2人を真似て、木の陰に身を潜めながら、ゆっくりと拠点の遺跡に近づいた。


 足元には、落ち葉や枯れ枝もある。


(踏んで音を立てないように、気をつけないと……)


 慎重に、慎重に。


 でも、できるだけ急いで移動する。


 やがて、遺跡まで辿り着くと、降ろされたロープを使って外壁を登っていく。


 グッ


 最後は、イルティミナさんが手を貸してくれて、無事に室内に入れた。


(ふぅ……)


 大きく息を吐く。


 イルティミナさんは『お疲れ様です』というように微笑んでくれた。


 僕も、つい笑った。


 やがて、ソルティスも外壁を登って、室内にやって来る。


「……ほっ」


 少女も息を吐いていた。


 でも、その表情がすぐに強張った。


(?)


 その視線を追いかける。


 そして、僕もそれを見つけて、思わず硬直した。


 僕らがいるのは、石造りの小さな室内だった。


 その中央に、刺青をしたさっきの男の死体が、床に血を広げながら転がっていたんだ。 


「…………」


 胸部と眼球に、傷がある。


 心臓と、眼球の先にある脳を、鋭い刃で刺されたんだ。


 ふと気づけば、奥の木製扉の前に、キルトさんがいて、外の廊下の気配を伺っていた。


 ポタ ポタ


 その手にある真っ黒な短剣は、赤い液体に濡れていた。


 その意味を理解して、


 ゴクッ


 僕は、唾を飲み込む。


 ……落ち着け、マール。


(僕らはそのために、ここに来たんだろ?)


 理性を総動員して、動揺している感情を静めていく。


 ソルティスも、小さく深呼吸していた。


「…………」


 そんな僕らの背中を、イルティミナさんの手が優しく撫でた。


 それから、


『しばらく、2人はここにいなさい』


 そうジェスチャーすると、音もなく立ち上がって、キルトさんのそばへと近づいた。


 2人は、視線を交わす。


 そして、少しだけ扉を開いた。


 キィ……ッ


 小さな軋み音。


 けれど、僕の耳には、妙に大きく室内に響いて聞こえた。


 そして、その生まれた隙間に、黒いローブをまとった2人の『金印の魔狩人』は、その身体を滑り込ませた。


 まるで本物の影だ。


 その美しい影たちは、これから遺跡内にいる『刺青の者』たちを暗殺していくのだ。


(……イルティミナさん、キルトさん)


 2人の無事を願う。


 いつもとは勝手の違う隠密行動に、僕は妙な不安を覚えながら、ソルティスと一緒に、この暗く小さな部屋で、彼女たちが帰ってくるのを待つのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 15分ぐらいが経過した。


 ……体感的には、もっと長く感じている。


 僕とソルティスは、『刺青の男』の死体と一緒に真っ暗な部屋で、2人の『暗殺者』の帰りを待っていた。


 とても静かだ。


 ドクン ドクン


 そのせいか、鼓動が妙に強く感じる。


 自分の息遣いも、とても大きく聞こえて、思わず、僕ら2人は息も殺し気味にしてしまっていた。


 その時だ。


 キィ……ッ


「!」

「!」


 何の前触れもなく、木製の扉が少しだけ開いた。


 反射的に僕は『妖精の剣』の柄に手をかけ、ソルティスは大杖を構えようとする。


 けれど、そこから顔を見せたのは、


(イルティミナさん……)


 だった。


 その見慣れた白い美貌に、僕らはホッと安堵の息をこぼしてしまう。


 彼女は、人差し指を唇に当てていた。


 それから、一度だけクイッと手招きする。


『静かについて来てください』


 そういう意味だろう。


 僕らは『うん』と頷き返し、イルティミナさんのいる扉の向こう側へと移動した。


 そこは廊下だ。


 石造りの何もない廊下で、所々に松明が設置されている。


 近くに人の気配はない。


 黒いローブを羽織った僕ら3人は、イルティミナさんを先頭にその通路を進んで、1つの部屋の扉を開き、その中へと入った。


 そこは広間のようだった。


 さっきの部屋とは違って、かなり広い室内空間になっている。


 中央に、武骨な木製テーブルがあって、その上に、たくさんの紙が散らばっていた。


 壁の1つには、大きな黒板。


 そこには、見たことのない計算式とタナトス魔法文字の羅列があった。


 奥の扉の前には、キルトさんがいる。


 こちらに視線を送ったあと、また、外の気配に感覚を集中しようとしていた。


 それから、


(!)


 部屋の隅に、無造作に6人ほどの『刺青の男女』の死体が積まれていた。


 僕とソルティスは、固まる。


 全員が、頭部と胸部に傷があった。


 2人が暗殺した相手を、見つからないようこの部屋に持ってきたみたいだった。


「…………」


 死体は、他に外傷もない。


 見事な手際だったんだと思う。きっと相手は、自分が死んだことにも気づいてなかったかもしれない。


 また、全員の手首には『金属の腕輪』があった。


 もうソルティスの魔法が通用しないと、改めて思い知らされる。


 そうして死体を見つめる僕らに、美しい暗殺者の1人は、


「どうやら、この広間が拠点の中心のようです。ソル、この辺の資料の意味がわかりますか?」


 と小さな声で訊ねた。


 ソルティスは大きく息を吐いて、気持ちを切り替える。


 それから、


「調べてみるわ」


 と、黒板の内容とテーブルに散らばる紙を確認しだした。


 まずは黒板。


 小さな指が文字を追いかけ、魔法式の計算を行う。


 少女の瞳は、キラキラと輝きだした。


「何よこれ……まだ解明されてない、新しい魔法理論だわ。……ううん、違う。正確には、遥か昔の、古代タナトス魔法王朝の時代の魔法理論が書かれているわ」


 その声は陶然としていた。


(古代の魔法理論……)


 それはつまり、あの『タナトス王の知識』ということか。


 少女は僕を見る。


「マール、これ全部、書き写しておいて」

「あ、うん」


 僕は頷いて、急いで紙と筆とインクを取り出して、黒板の内容を書いていく。


 その間に、ソルティスは、今度はテーブルに散らばる紙を見た。


「ふ~ん?」


 少女は、感心したように唸る。


 その姉が訊ねた。


「何かわかりましたか?」


 妹は、紙の1枚を手にしながら、


「はっきりとはわからないけれど、多分、何かの設計図ね」


 と言った。


(設計図?)


 カサカサ


 彼女は、何枚もの紙を見比べながら、「あった」と呟いた。


 それをこちらに見せながら、


「ほら。さっき、私の魔法を無効化した『腕輪』についても描かれているわ」


 と言う。


(どれどれ?)


 僕も見たけれど、確かに、そこには『腕輪』の絵が描かれていた。


 他の紙にも、色々な絵がある。


 でも、そっちについては、よくわからなかった。


 巨大なパイプ。


 歯車の組み合わさった球体。


 三角形の台座。


 そういう不思議な形状の物ばかりが描かれている。


「こっちは多分、何かの部品みたいね。でも、1つ1つがかなり複雑で大きいわ。それぞれが家1~2軒のサイズがあるもの」


(そんなに大きいの?)


 驚く僕とイルティミナさん。


 ソルティスは、顎に手を当てて考え込みながら、


「これはきっと、最終的に組み合わされて、もっと大きな『何か』になるんだわ。でも、ここにある資料だけだと、それが何かはわからないわね」


 と締め括った。


(そっか)


 きっと、もしもに備えて、その情報は他の拠点にも分散させてるのかもしれない。


 用心深い『闇の子』だもの。


 イルティミナさんも「そうですか」と頷いた。


「わかりました。では、その資料は、全て回収していきましょう」

「そうね」


 ソルティスは嬉しそうに頷いた。


 その時だった。


 コツ


 キルトさんが小さく床を叩いて、僕らの注目を集めた。 


 それから、唇に指を当てる。


 そして、彼女は扉を見つめた。


(!)


 その先の廊下から、誰かが近づいてきているんだ。


 僕らは、慌ててテーブルの陰に隠れ、気配を殺した。


 コッ コッ


 やがて、扉の向こう側を歩いている足音が聞こえてくる。


 1人……かな?


 キルトさんは、音もなく扉の前から離れると、そのすぐ横の位置に身を置いた。


 コツッ コツッ


 足音が大きくなる。


 そのまま通り過ぎてくれ――そう願った。


 けれど、


 コツン


 無情にも足音は、目の前の扉の前で止まってしまった。


(嘘……っ)


 僕とソルティスは、蒼白になった。


 イルティミナさんは、テーブルの影に身を隠しながら、姿勢を低くして、いつでも飛び出せる体勢になる。


 ギ……ッ


 ドアノブが回転して、扉が奥側に開いていく。


「…………」


 そこに1人の『刺青の男』が立っていた。


 男は無表情のまま、ゆっくりと室内に入ってくる。


 コツッ


 1歩目で足が止まった。


 かすかに怪訝そうな表情で、鼻を動かす。


(っっ)


 室内には、血の臭いが充満していたんだ。


 そして彼の視線は持ち上がり、部屋の隅に積み上げられている『刺青の男女』の死体に気づいた。


 驚いたように、目が開かれる。


 ――その瞬間だった。


 その男のすぐ横に潜んでいたキルトさんが、音もなく動いて、背後から迫り、彼の口を手で押さえたんだ。


「!?」


 男が反応しようとする。


 その前に、キルトさんの逆手に持った黒い短剣が、男の胸部に突き刺さった。


 ビクッ


 男が痙攣する。


 胸骨と肋骨を避け、黒い刃は、みぞおちの辺りから斜め上へと根元まで差し込まれていた。


(――心臓だ)


 それでも『刺青の男』の動きは止まらず、背中に取りついたキルトさんを引き剥がそうと前屈みになる。


 でもその前に、胸から短剣が抜かれた。


 血に濡れた刃は、間髪入れずに、男の右目に突き込まれた。


 ドシュッ


 眼球を斬り裂き、その奥の骨も貫いて、脳の中にまで到達する。


 グリッ


 とどめを刺すように、短剣が捻られた。


 直後、刺青の刻まれた男の両腕が、力なく垂れさがる。 


「…………」


 キルトさんは表情を変えぬまま、男の死体が倒れぬように支えて、ゆっくりと床に下ろす。


 それから、すぐに扉を閉めた。


「……ふぅ」


 吐息を1つ。


 それから銀髪の美女は僕らを見て、『もう大丈夫じゃ』という風に頷いた。


(……これが暗殺)


 あまりに鮮やかな手並みすぎて、言葉もなかった。


 殺された男は、自分を殺した相手の顔も性別もわからなかったと思う。


 本当に一瞬。


 呆気ないほどの出来事だった。


 生物としての最重要器官2つを破壊されると、『刺青の者』といえども、こんなにも簡単に死んでしまうんだ。


 ソルティスも、ちょっと目を丸くしている。


 イルティミナさんだけは、いつも通りの表情で、テーブルの陰から立ち上がった。


「マール。今の内に、黒板の写しを」


 あ……。


「う、うん」


 促された僕は、すぐに作業に戻った。


(まだ誰か来る前に……)


 急いで、でも、間違えのないように黒板の内容を紙に書き写していく。


 それから3分ほど。


 最後にもう1度確認をしてから、僕は頷いた。


「終わったよ」


 そう3人に伝える。


 キルトさんは、頷いた。


 テーブルに散らばっていた資料も、すでにウォン姉妹が回収して荷物の中に詰めてある。


 そんな僕らを見つめて、


「よし、隠密行動はここまでじゃ」


 キルトさんは、そう告げた。


(え……?)


「手に入る情報は、全て入手した。あとは殲滅戦じゃ。この遺跡にいる『刺青の者』共を、1人残らず、全て狩り殺す」


 ギラギラした殺意に、その黄金の瞳が輝いている。


 敵は少しでも減らす。 


 その明確な意思が感じられた。


「うん」

「はい」

「わかったわ」


 僕らも覚悟を決めて、頷いた。


 それから僕らは廊下に出ると、羽織っていた黒いローブを脱ぎ捨てる。


 キルトさんは、窓に近づいた。


 その手にあるのは、長さ10センチほどの金属筒――発光信号弾だ。


 それを夜空に打ち上げる。


 ヒュルル シュパァアアン


 漆黒の森の上空に、巨大な魔法の光が大輪の花のように咲いた。


 それは『シュムリア竜騎隊』への合図。


 それを見た彼らは、陽動の役目を終えて、即時、この遺跡の拠点へと強襲をかけてくれるだろう。


 拠点内の気配も変わった。


 ここに潜んでいた『刺青の者』たちも驚愕し、混乱が起きているのだ。


 ガシャッ


 大きな音を響かせ、キルトさんは『雷の大剣』の柄を握ると、その美貌に凶暴な笑みを浮かべた。


 そして、告げる。


「――さぁ、狩りの始まりぞ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 予想以上に鮮やかに行われた潜入ミッション。 マールとソルティスは完全に傍観者でしたね。 いや、ソルティスは資料漁りで役にたってましたが(笑) [一言] キルトと…
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