352・聖光消失の腕輪
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
書籍版『少年マールの転生冒険記』が発売してから1ヶ月、なんと続刊が決定しました!
ばんざ~い♪
これもひとえに、書籍マールをご購入して下さった皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!
これからも皆さんに面白いと思ってもらえるように、また自分自身が楽しむことも忘れずに、精一杯、頑張っていきたいと思います!
それでは、本日の更新、第352話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
日没を迎えて、世界は闇の支配する夜になった。
「皆、準備は良いの?」
「うん」
「はい」
「大丈夫よ」
キルトさんの問いかけに、僕、イルティミナさん、ソルティスは頷いた。
全員、装備の上から黒いローブを羽織っている。
夜の森の闇に溶け込み、『魔の拠点』からの見張りの目をかい潜るためだ。
僕ら4人の出発を、3人の竜騎士と王国騎士たち、それに3体の竜が見送ってくれる。
レイドルさんが言う。
「2時間ほどしたら、俺たちも北東の空を飛ぶ。それを合図に、潜入を開始してくれ」
「わかった」
キルトさんは頷いた。
「慎重にっすよ、マール殿」
「気をつけてねぇ」
アミューケルさんとラーナさんも、そう声をかけてくれる。
僕は笑った。
「お2人も」
僕の言葉に、2人の女性竜騎士も微笑んだ。
ソルティスは緊張しているのか、少し顔色が悪くて、気づいたイルティミナさんがその肩に手を置いて、『大丈夫ですよ』と微笑みかけている。
そして、キルトさんは息を吸い、
「よし、行くぞ」
鉄の声で出発を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕ら4人は、下山を開始する。
ザッ ザッ
草木をかき分け、薄闇の中を進んでいく。
明かりは、頭上の夜空に輝いている赤と白、2つの月たちの光だけだ。
(晴れててよかった)
雲があったら、視界が確保できたかもわからない。
森は、それほどの暗闇だ。
そして、月光があっても、頭上の枝葉に遮られて、地上は所々が闇に沈んでいる。
そんな森を10キロ。
それも、2時間で移動しなければいけない。
「はぐれるなよ、マール」
「うん」
先頭を行くキルトさんは、夜目が利くのか、躊躇なく草むらをかき分けながら、前にズンズン進んでいる。
先は見えないけど、とりあえず彼女について行こう。
(僕は、鼻も利くしね)
万が一、その姿が闇に隠れてしまっても、彼女の匂いを追いかければ、はぐれることはないと思えた。
…………。
ある程度の距離までは、速度重視。
そして、拠点が近くなってきたら、見つからないよう隠密重視での移動になる。
(はぁ、はぁ)
3人に合わせて、必死に森を歩いていく。
僕以外の3人は、みんな身体能力の高い『魔血の民』なので、一緒に移動するのが大変だ。
それでもついていけているのは、3人の方が、僕の限界ペースに合わせて、速度を抑えてくれているからだろう。
ガッ
(おっと?)
暗闇の中で、木の根につまづいた。
転びそうになったけれど、すぐにイルティミナさんの手が伸びて、支えてくれる。
あ、危なかった。
「ありがと、イルティミナさん」
「いいえ」
僕のお礼に、彼女は微笑む。
そんな風にして、森を進んでいると、
「今の内に話しておくぞ」
(ん?)
先頭のキルトさんが、前を向いたまま、不意に口を開いた。
「これから、わらわたちは連中を暗殺していく。だが、その方法には注意しろ」
「方法に?」
「うむ」
キルトさんは頷いて、
「相手は人間ではなく、『刺青の者』たちじゃ。奴らは急所を刺されたとしても、簡単には死なぬ」
と厳しい声で言った。
(そういえば……)
僕らが初めて見た『刺青の男』は、腹を裂かれて、内臓を外にこぼれさせても平然としていたっけ。
キルトさんは、
「狙うならば、心臓、そして脳じゃ」
そう断言した。
「腹部や肺などは、あまり効果はなかろう。喉は、気道を裂いて、声を出させなくするにはいいじゃろう。しかし、頸動脈を切断しても、失血で殺せはせぬ。首ごと斬り落とせるなら、有りかもしれぬがの」
なるほど……。
実際に暗殺を行うイルティミナさんは、「わかりました」と神妙に頷いている。
(…………)
僕は、少し黙り込んだ。
その表情に気づいて、
「どうしたの、マール?」
ソルティスが問いかけてくる。
他の2人も僕を見た。
あ、いや……。
少し迷って、僕は言った。
「その……絶対に殺さなくちゃいけないのかな、って思って……」
3人は驚いた顔をする。
それから、キルトさんは頷いた。
「連中を、人間に戻せる可能性を考えておるのじゃな?」
「うん」
僕は頷いた。
コロンチュードさんが開発してくれた魔法のおかげで、『刺青の者』を『人間』に戻すことができるのは、レヌさんでも実証済みだ。
(……その魔法を使えば、殺さなくても済むかもしれない)
そう思ったんだ。
けれど、
「その可能性は、考えるな」
キルトさんは、鉄のような声でそう言い切った。
「…………」
僕は黙り込んでしまう。
そんな僕を、キルトさんは黄金の瞳で見つめて、
「状況が許すならば、その魔法を使ってもよかろう。しかし、現実にその状況を求めてはならぬ。そうした余計な選択肢を心に残しては、いざという時に判断が鈍り、こちらが命を落とす危険があるからの」
「…………」
「連中は、すでに取り返しがつかぬ状態だと心せよ。もはや全員が敵だと思い、行動するのじゃ」
それは重い言葉だった。
救える命だけを確実に救う――その決断と覚悟を、彼女はしていたんだ。
(…………)
僕は、頷くしかなかった。
理想を実現するために、みんなの命を危険に晒すことはできなかった。
クシャッ
キルトさんの手が、僕の頭を一度、強く撫でた。
それから彼女は、前を向く。
イルティミナさんは心配そうに僕を見つめ、ソルティスはため息をこぼしている。
やがて、
「拠点も近くなった、これより先は、会話もなしじゃ」
キルトさんは低い声で告げた。
(うん)
僕らは頷いた。
歩く速度を落とし、気配を殺して、慎重に進む。
森の夜が生み出す闇に紛れながら、そうして僕ら4人は、少しずつ『魔の拠点』への接近を続けていった。
◇◇◇◇◇◇◇
森を歩き続けて、そろそろ2時間が経過しようとしていた。
暗闇にも目が慣れて、僅かな月明かりでも周囲を把握できるようになり、だいぶ歩き易くなっている。
(……あ、見えた)
200メードほど先に、大地の盛り上がった丘があった。
森の木々に飲まれた古代遺跡。
黒いフードを被った僕ら4人は、その視線を交わし合い、頷き合った。
よし、行くぞ。
より慎重に、前へと進む。
その時だった。
(!?)
その臭いを感じて、僕は慌てて、先頭のキルトさんのローブを引っ張った。
「?」
驚いたように、キルトさんは振り返る。
僕は、唇に人差し指を当てた。
それから、その指で森の木々の奥の暗闇を示す。
潜めた声で、
「すぐそこに、誰かいる」
と教えた。
3人は驚いた顔だ。
けれど、キルトさんはすぐに表情を引き締め、地面に伏せて、茂みの奥を確認する。
僕らも茂みに紛れて、奥を見た。
(いた)
30メードほど先、木々の根元にある岩の上に、『刺青の男』が1人、立っていた。
ボロ布をまとい、右手首に『金属製の腕輪』をしている。
(見張りかな?)
拠点に近づく者がいないか見張るため、森の中にも人を配置していたみたいだ。
幸い、こちらに気づいた様子はない。
僕らは、茂みから出る。
木々に身を隠しながら、会話を交わした。
「どうするの?」
ソルティスの問いに、
「殺すしかあるまい」
キルトさんは、きっぱりと答えた。
…………。
僕は、そんな彼女に、思い切って言ってみた。
「あそこには、1人の臭いしかない。なら、人間に戻す魔法が使えるチャンスじゃないかな?」
3人は、僕を見る。
キルトさんは、否定したい様子だった。
でも、
「やってみましょう」
イルティミナさんが、僕の提案に同意してくれた。
キルトさんは、そんな彼女に、非難するような視線を向ける。
「イルナ」
「状況が許すならばと、貴方も言っていたではありませんか、キルト。今がその時ではないですか?」
「……むぅ」
迷ったようなキルトさん。
僕の青い瞳は、願いを込めて、その顔を見つめる。
ソルティスは『どっちでもいいわ』という雰囲気だ。
やがて、キルトさんは吐息をこぼした。
「よかろう」
そう認めてくれた。
(キルトさん……っ)
喜ぶ僕に、彼女は苦笑する。
それから、すぐに表情を引き締めて、指示を出した。
「ソルは、この場で魔法の準備。イルナ、マールは、その際の魔法光を身体で隠すのじゃ」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
キルトさんは『刺青の男』のいる方を見て、
「わらわは奇襲を仕掛け、奴をこちら側に吹き飛ばす。射程に入ったら、即、魔法を撃て」
そう続けた。
僕らは頷く。
そうして作戦を決めると、キルトさんは音もなく、木々の茂みの奥へと姿を消した。
ソルティスは深呼吸して、大杖を構える。
ポッ
魔法石に光が灯る。
僕とイルティミナさんは、黒いローブを広げて、それが周囲に漏れないようにした。
ローブの内側で、タナトス文字が空中に描かれる。
「…………」
ソルティスの視線が、僕らに向いた。
(準備できたね)
僕とイルティミナさんは頷き合い、それから『刺青の男』がいる方向を見た。
10秒ほどの静寂。
次の瞬間、その『刺青の男』のすぐ背後の闇の中からキルトさんが現れて、大剣で男を吹き飛ばした。
「っ!?」
衝撃で、男は声を発することもできない。
そのまま刺青のある身体は、凄まじい勢いでこっちに飛んでくる。
「マール!」
「うん!」
僕とイルティミナさんは、左右に弾けるように動いて、大杖の魔法石から黒いローブを外した。
ソルティスの瞳が輝く。
「聖光よ、その魔の呪いを打ち払え! ――ファ・パ・ルンティア!」
鋭い詠唱。
それと同時に、魔法石の正面に展開されていたタナトス魔法文字が、強く輝いた。
パッ
森の内側で、その魔法の光は『刺青の男』の肉体を照らす。
(よし!)
成功だ。
かつてテテト連合国では、これでレヌさんも人間に戻すことができたんだ。
だから、この『刺青の男』も元に戻るだろうと、僕は思っていた。
だけど、
ヒィイイン
「!?」
その輝きを浴びた瞬間、男の右手首にあった『金属製の腕輪』が、まるで魔法に反応したように光を放った。
光は、ゆっくりと消える。
そして、男の肌に浮かんでいた『青い刺青』は、変わることなく、その肌に残り続けていた。
(……え?)
僕は呆けた。
ソルティスも『は?』という顔をしている。
魔法の失敗?
いや、少女の反応からして、それはあり得ない。
むしろ、僕には、あの腕輪がソルティスの魔法を打ち消してしまったように思えたんだ。
ズザザッ
吹き飛ばされてきた男は、地面に着地する。
キルトさんにやられた衝撃でか、その口の端からは、血がこぼれていた。
それを、男は腕で拭った。
その全身に浮かんだ青い刺青が輝きを放ち、その肉体がメキメキと変貌していく。
全身に黒い毛が生え、頭部が山羊に変わった。
腕は4本。
足は、山羊のような蹄のある太い獣の足だ。
体長は2メードはある。
(魔物に変身した……)
その事実は、やはりソルティスの魔法が効かなかったという現実を教えてくれる。
まずい、まずいまずい!
僕らの目的は、隠密行動による暗殺だ。
(その1人目から失敗するなんて!)
最悪の展開に、僕の頭は真っ白になっている。
このまま、僕らの存在を仲間に知らされてしまったら、あるいは、ここでの戦闘で気づかれてしまったら。
計画は破綻する。
咄嗟に動けなくなった僕の前で、その『山羊の魔物』は、ズシンと足を踏み出してきた。
その頭部が空を向き、息を吸う。
『山羊の魔物』は、高らかな叫びをあげ、僕らの襲撃を拠点の仲間に知らせようとした――その寸前、
ヒュオン
白い閃光が走り抜けた。
そして、山羊の頭部が上半身からポロッと外れ、気づけば、心臓のあるだろう胸部に大きな穴が開けられていた。
穴から、向こうの景色が見えている。
そして、2つの傷から大量の血液が噴き出し、魔物の巨体はゆっくり仰向けに倒れた。
ズズゥン
(……え?)
呆気に取られる僕とソルティス。
そして、そんな僕らの前には、魔物の血のついた白い槍を構えている『金印の魔狩人』イルティミナ・ウォンが立っていた。
「ふぅ……」
彼女は、大きく息を吐く。
動かなくなった魔物の死骸を確認して、槍の構えを解く。
それから、
「どうやら、拠点の者たちには気づかれなかったようですね」
と、僕らに微笑みかけた。
僕とソルティスは、まだ呆然としていた。
やがて、実感が沸いてくる。
(……凄い)
あまりの槍の速さに、誰も、あの魔物でさえも反応できなかったんだ。
キルトさんに隠れてしまうこともあるけれど、イルティミナさん自身も本当に強い『金印の魔狩人』なんだと思い知らされる。
戻ってきたキルトさんも、
「ほう?」
その傷口を見て、感心したように息を漏らした。
イルティミナさんは『山羊の魔物』の死骸に近づき、その右手首を見つめる。
そこにあるのは『金属製の腕輪』だ。
真紅の瞳が細まり、
「どうやら、これがソルの魔法を無効化してしまったみたいですね」
イルティミナさんは、そう呟く。
僕らも近づいてみたら、その表面には、緻密なタナトス魔法文字がびっしりと刻まれていた。
(なんだ、これ?)
僕は眉をひそめた。
少女は、腕輪の表面の文字を確かめて、
「凄い複雑な魔法式だわ。多分、多重層式の魔法陣が組まれてる。……でも、こんな複雑な魔法式は、現在の魔法学じゃ解明されてないわよ」
そう震える声で言った。
(現在の魔法学にはない知識……?)
それって、つまり……。
僕の脳裏には、あの『骸骨騎士』の姿をした『古代の魔法王』が思い出されていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人の間に、沈黙が落ちる。
やがて、キルトさんは息を吐いた。
「どうやら、コロンの創りだした魔法への対抗策を、連中は見つけてしまったようじゃの」
(……うん)
そして、キルトさんの視線は僕を見る。
「マール」
「…………」
「すまぬが、これ以上は、連中を『人間』に戻すためには動けぬ」
僕は目を閉じる。
覚悟を決めて、瞳を開いた。
「うん」
キルトさんを見つめ返して、頷いた。
それを受け、彼女も頷いてくれる。
イルティミナさんは少しだけ悲しそうに、そんな僕を見つめていた。
その間に、ソルティスは「これも持って帰らないと」と魔物の手首をナイフで切断して、『金属製の腕輪』を荷物の中に回収する。
(うん、そうだね)
これも重要な情報で、貴重な証拠品だ。
僕らの知らない間に、『闇の子』たちはどれほどの力を得ていたのだろう?
(…………)
僕は、150メードほど先にある『魔の拠点』を見つめる。
それを確かめるためにも、僕らは、あそこを制圧しなければいけない。
「よし、行くぞ」
キルトさんの号令に、僕らは頷く。
そうして僕らは、暗い森の木々に紛れて、眼前にそびえる『魔の拠点』へと再び接近していくのだった。