350・王命のクエスト
第350話になります。
よろしくお願いします。
僕らが『王立魔法院』を訪れてから、2日が経った。
その日の夕方、イルティミナさんの家でくつろいでいる時に、家の扉がノックされた。
「はい」
家主のお姉さんが応対に出る。
扉の向こうにいたのは、王国騎士――『王家の使い』と名乗る騎士様だった。
驚く僕らに、
「レクリア王女が、皆様をお呼びです」
騎士様は、そう伝えた。
(……何だろう?)
疑問に思いながらも、僕らはすぐに支度を整えて、家の前に停められていた馬車へと乗り込んだ。
ガタガタ ゴトゴト
竜車に揺られながら、『聖シュリアン大聖堂』へ。
そこで、同じように呼び出しを受けたキルトさんと合流し、僕ら4人は大聖堂の奥から『神聖シュムリア王城』へと向かった。
…………。
案内されたのは、いつもの空中庭園。
綺麗な花々も、夕暮れの輝きに、全てが赤く染まっている。
その赤い世界に立つ、1人の少女――彼女は、僕らを見つけると、たおやかに微笑まれた。
「皆様、よく来てくださいましたわ」
レクリア王女だ。
僕らは自国の王女様の前に、跪く。
彼女は微笑まれて、「お立ちくださいまし」と促してくる。
僕らは、素直に従った。
(……この呼び出しは、いったい何なのだろう?)
そんな思いを込めて、僕は、王女様を見つめる。
彼女は、蒼と金の美しい瞳を伏せた。
それから、意を決したように、改めて僕らを見る。
そして、
「実は昨日、シュムリアとアルンの国境付近で、『闇の子』の拠点の1つが見つかりましたの」
と告げられたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(あの『闇の子』の拠点が?)
僕らは驚いた。
かつて魔物から人間に戻ったレヌさんの情報で、シュムリア王国内には、いくつもの拠点があったことは知らされている。
調査を行ったけど、その拠点は全て、もぬけの殻だったという。
(今回も、その1つが見つかったのかな?)
僕は、そう思った。
でも違った。
「そこには現在も『魔の勢力』がいるのだそうですわ」
「!」
その事実に、僕らは息を呑む。
それから、レクリア王女がしてくれた説明はこうだ。
シュムリア国内では、『闇の子』の動向を調べるために、『シュムリア竜騎隊』を中心とした調査がずっと行われていた。
そして、3日前のこと。
調査隊の1つが、人里離れたとある渓谷で『刺青の者』たちを発見、そして戦闘になったそうだ。
戦いには勝利した。
竜騎隊の活躍もあったが、それ以上に、その『刺青の者』たちを魔物から人間に戻してしまえたそうなのだ。
(なんと……っ!)
コロンチュードさんの開発した魔法だ。
人間に戻されたのは、男性2名。
翌日、意識を取り戻した彼らを尋問し、今回の拠点の所在も判明した。
そこは、まだ放棄されていない拠点。
そして、
「その5日前まで、あの『闇の子』と『復活したタナトス王』が滞在していたとの情報もありましたわ」
(アイツが!?)
その事実に、僕らは目を見開いた。
それはつまり、そこは『ただの拠点の1つ』ではなく、奴らの『本拠地』だった可能性もあるのだ。
キルトさんが表情を引き締め、
「では?」
と問う。
レクリア王女は、大きく頷かれた。
「皆様、どうか、その拠点へと向かってくださいまし」
そうはっきりと言われた。
彼女のオッドアイは、ゆっくりと僕ら1人1人を見つめながら、
「そこにいる『魔の勢力』を排除し、拠点を制圧して欲しいのですわ。そして『闇の子』たちが何を企んでいたのか、調べてきて欲しいんですの」
そう命じてくる。
…………。
それは、今まで以上に危険な任務だ。
キルトさん、イルティミナさんは厳しい表情だし、ソルティスは、顔色を青くしている。
(でも、これは王家の命令だ)
断れるはずもない。
キルトさんは「わかりました」と答え、僕と姉妹も頷いた。
レクリア王女も頷かれた。
それから、
「このような危険な役目を与えてしまい、申し訳ありません。ですが、どうしても必要なことですの」
少しだけ申し訳なさそうに微笑まれた。
(……王女様)
レクリア王女は、とても優しい方だ。
でも、そういう任務を誰かに命じなければいけない立場であり、それは本当に大変なことなんだな、と、僕は思ってしまった。
だから僕は、
「大丈夫です」
そう笑った。
僕の気遣いがわかったのか、レクリア王女も微笑んでくれた。
それから、この任務には『シュムリア竜騎隊』も同行することが付け加えられ、王女様からの話は終わった。
「それでは、失礼します」
キルトさんと共に、僕らは頭を下げる。
そして、レクリア王女に「どうか、お気をつけて」と見送られながら、赤い光に包まれた空中庭園をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
お城をあとにし、大聖堂から外に出た時には、日も暮れてしまっていた。
周囲は暗く、通りには街灯が灯っている。
「はぁ……やれやれな任務だわ」
家へと向かう道すがら、ソルティスがそうぼやいた。
僕は苦笑する。
キルトさんは「仕方あるまい」と口にした。
「現状、『神々の召喚装置』の作成は難航しておる。いつ完成するかもわからぬのだ。ならば今は、削れる時に敵戦力を削ることが重要であるからの」
(なるほどね)
召喚装置の作成が順調なら、この危険な任務は必要なかったのかもしれない。
でも、現状は違う。
だから、危険だとわかっていても、こちらから動く必要があるんだ。
それでも、ソルティスは不満顔だ。
「でも、だからって、私たちに命じなくてもいいじゃない? 他にも強い人、いっぱいいるでしょ?」
例えば、神殿騎士とか……と付け加える。
そんな妹に、イルティミナさんが言う。
「神殿騎士団は、王都の守りの要です。それを動かすわけにはいきませんよ」
「……でもぉ」
「それに、これは公表されない『魔』に関する特殊任務です。他の騎士や実力ある冒険者にも依頼できません」
「…………」
「それに何より――」
彼女は右手を持ち上げる。
パァッ
そこに、金色に輝く魔法の紋章が輝いた。
「私とキルトは『金印の魔狩人』です。少人数における私たち以上の戦力は、このシュムリア王国には存在しません」
それは気高く、責任感に満ちた声だった。
ソルティスも黙り込む。
一方で、先輩『金印』のキルトさんは、頼もしそうに後輩『金印』を見つめた。
「なかなか言うようになったの、イルナ」
そう笑う。
僕も笑った。
イルティミナさんは「そうですか?」と不思議そうだ。
ソルティスは、長いため息をこぼして、
「ま、しょーがないかぁ」
と呟いた。
そんな彼女に、僕は言った。
「それだけレクリア王女様は、僕らのことを信頼してくれているんだよ」
って。
だから僕らは、その信頼に応えられるよう、全力でがんばるんだ。
(うん、やるぞ!)
グッ
僕は両拳を握って、気合を入れる。
そんな僕を、イルティミナさん、キルトさんは優しく見守ってくれる。
ソルティスは、
「……本当、マールってお人好しね」
と苦笑いしていた。
そうして僕らは、暗い夜の家路を辿る。
そして翌日の早朝、僕ら4人は『シュムリア竜騎隊』と共に、その国境付近にあるという『拠点』を目指して、王都ムーリアを出発したのだった。