349・神龍のポーちゃん
第349話になります。
よろしくお願いします。
コロンチュードさんは、他の研究者さんたちに、
「ちょっと休憩……」
と声をかけて、
「みんな、ここだとなんだから……他の話ができるところ……行こ?」
と僕らを誘って、歩きだした。
大きな研究室をあとにして、僕ら4人とコロンチュードさん、ポーちゃんが辿り着いたのは、建物の裏にある広い庭だった。
(わぁ、いい眺め)
僕は、目を輝かせた。
剪定された木々。
綺麗に刈られた芝生。
正面には、青く陽光を反射するシュムリア湖。
そこを渡ってきた風も、爽やかだ。
庭には、ベンチも備えられていて、どうやら研究者たちの休憩スペースとなっているみたいだった。
「適当に……休んで」
コロンチュードさんはそう言って、1つのベンチに座る。
僕らも座った。
ハイエルフのお姉さんは、目を閉じて「ふぅ~」と大きな息を吐いている。
……相当、疲れてるみたい。
ポーちゃんはベンチの後ろに回って、義母の肩をモミモミと揉んでやる。
「あぁぁ……ありがとぉぉ……」
コロンチュードさん、気持ち良さそうだ。
なんだか微笑ましい2人。
僕らも、つい笑ってしまった。
それからキルトさんが表情を改めて、
「それで、コロン。『神々の召喚装置』の進捗は、どんな具合なのじゃ?」
と問いかけた。
コロンチュードさんが片目を開ける。
それで僕らを見て、
「全然……駄目」
と答えた。
(……全然、駄目なの?)
ちょっと驚いた。
シュムリア王国の伝説ともいえる『金印の魔学者』の口から、そんな言葉が出るとは思わなかったんだ。
みんなも驚いている。
コロンチュードさんは、隈の残った瞳で、シュムリア湖を見つめた。
「『神霊石』は重要……だよ。……召喚のための天文学的なエネルギーの供給源になる、し、……異なる世界層から『神』という因果を特定し、召喚するための媒体……ともなってくれる。……でも、それだけ。……召喚そのもののプロセスは、こっちで作成しなきゃいけない……んだ」
…………。
難しくてわからない部分もあるけれど、
(つまり『神霊石』が完成しても、それだけじゃ、神様たちを召喚することはできない……ってこと?)
と、僕は理解する。
コロンチュードさんは、クシャクシャと寝癖のある金髪を、片手でかき乱した。
「400年前に比べたら……どうしても、私たちには知識が足りない。……足りな過ぎる。……それを補填するために、現状の技術で応用させたいんだけど……う~ん」
とても悔しそうな顔だ。
(こんなコロンチュードさん、初めて見た……)
かなりびっくりだ。
キルトさんも驚いている。
それにしても、やはり400年前の古代タナトス魔法王朝の時代の技術の再現は、とても難しいみたいだ。
そして、キルトさんは聞き難そうに問いかけた。
「それで……完成までは、どれくらいかかりそうじゃ?」
って。
コロンチュードさんは、空を見上げた。
「……わからない。……1ヶ月後か……1年後か……10年後か、あるいは永遠に完成しないかも……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その答えに、僕らは黙り込んでしまった。
つまり、現状は、まるで目途が立っていないってことだ。
(そんなに大変だったのか……)
僕は『神霊石』さえ集めてしまえば、あとはなんとかなると思っていたけれど、そう簡単ではないみたいだ。
でも、諦めるわけにはいかない。
コロンチュードさんも諦めていないから、こんなに疲れていて、苦しんでいるんだ。
彼女は、フッと息を吐く。
「煮詰まってたから……キルキルたち、来てくれて……気分転換、なったよ。……ありがと」
そう笑った。
(……うん)
僕らも微笑んだ。
それから、コロンチュードさんとソルティスが、僕らにはわからない専門的な会話を交わしだした。
神気の変換とか。
次元の形状とか。
境界の浸食作用とか。
それらの反動による現世の因果の安定率とか。
…………。
うん、僕だけでなく、イルティミナさんとキルトさんも黙って、聞き流している。
と、
ツンツン
僕の肩がつつかれた。
(ん?)
振り返れば、そこにはポーちゃんが小さな指を立てて、立っていた。
そして、
「ポーは、マールに話がある」
と無表情に言った。
(話?)
僕は、キョトンとなった。
よくわからないけれど、彼女の表情を見るに、どうやら2人だけで話がしたいみたいだ。
「うん」
僕は頷いた。
立ち上がって、みんなからは少し離れたベンチへと向かう。
コロンチュードさんとソルティスは話に夢中で、キルトさん、イルティミナさんはこちらを気遣ってくれて、黙って行かせてくれた。
20メードほど離れて、僕らはベンチに座った。
みんなには、声は届かない。
ポーちゃんの横顔を見る。
金髪の幼女は、真っ直ぐ、正面のシュムリア湖を見つめていた。
10秒ほど、沈黙があった。
やがて、彼女は僕を見る。
大きな水色の瞳には、僕の顔が映っていた。
「ポーは、マールに伝える」
「うん」
僕は頷いた。
彼女は小さく息を吸い、そして、
「――7日前、ポーの中にあった『神龍ナーガイア』の人格が、完全に消滅した」
と告げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(ナーガイアの人格……?)
そこで僕は思い出した。
今から2年前、『神龍ナーガイア』は『闇の子』の勢力に敗北して、その脳に損傷を負ったんだ。
その修復のため、ナーガイアの意識は眠りについた。
そして、その間、ナーガイアの肉体を保持するための疑似人格が生まれた――それが僕らが『ポーちゃん』と呼んでいる人格だったんだ。
なのに、
「そのナーガイアの人格が……消滅したの?」
僕は、茫然と聞き返した。
ポーちゃんは、
「した」
と頷いた。
冷たい冬の風が、僕らの間を通り抜けていく。
彼女は、水色の瞳を伏せる。
「7日前、脳の修復が終わった。本来、ポーの人格は、ナーガイアの覚醒と共に消滅するはずだった」
あ……。
その言葉に、僕はドキリとする。
ナーガイアの人格が復活すれば、これまでの『ポーちゃん』が消えてしまう事実を、ようやく思い出したんだ。
けど、消えたのはナーガイアの人格だという。
(……どういうこと?)
頭の中に疑問が満ちる。
しばしの沈黙が落ち、やがて、ポーちゃんが口を開いた。
「ナーガイアは眠りにつきながらも、ポーの見聞きした情報を受け取っていた。その結果、自らの消滅を行ってしまった」
え……?
(つまり、自分から消滅した……ってこと?)
僕は目を見開いてしまう。
その先にいる金髪の幼女は、自らの両手を見つめた。
そして、
「ナーガイアは、ポーを大事にする人々の存在を知った。その人たちから、ポーを奪えなかった。ゆえに、ポーを守るため、ナーガイアは自己消滅を選んだ」
ギュッ
淡々と告げながら、両手を握る。
そして、彼女は、空を見上げて、
「ナーガイアは、自らの人格を捨ててでも、今の生活を愛したのだ」
そう続けたんだ。
…………。
僕も空を見る。
「そっか」
そう呟いた。
神龍ナーガイアは、ナーガイアとして生きるよりも、ポーとして生きることを選んだのだ。
ポーとして育んだ日々を。
自分よりも、ソルティスやコロンチュードさんたちとの絆を選んだのだ。
2人でしばらく、遠い青空を見つめた。
やがて、
「それにより、神龍ナーガイアの復活はなくなった。ゆえに脳が修復されても、ポーの人格では、その能力の開放は不完全にしかできない。戦力は大きく低下したと言える」
ポーちゃんは、淡々と説明した。
僕は頷いた。
「でも、ナーガイアはそれを選んだ」
例え弱くなったとしても、みんなと紡いできた絆の方を望んだんだ。
なら、
「なら、その分、僕らでがんばろう、ポーちゃん?」
そう笑いかける。
彼女の水色の瞳は、僕を見つめた。
そして、
「うん、マール」
ポーちゃんは、これまで見たことがないような華やかな笑顔を浮かべたんだ。
…………。
ちょっと呆けてしまった。
気づいたら、目の前の幼女はすでに無表情である。
錯覚?
いや、違う。
(ナーガイアは、きっと彼女の中にいるんだね……)
そうわかった。
もう『神龍ナーガイア』はいない。
けれど代わりに、『神龍ポー』が誕生して、今、目の前にいるんだ。
僕は笑った。
吹く風がポーちゃんの柔らかそうな前髪を揺らし、彼女は、水色の瞳を細める。
ベンチに座った僕らの先で、広がるシュムリア湖の水面が、太陽の光を反射してキラキラと美しく輝いていた――。




