347・片思いの三角関係
第347話になります。
よろしくお願いします。
「そういえば、2人は結婚とかしないの?」
お茶会の最後に、ソルティスは、僕とイルティミナさんにそんなことを聞いた。
僕は、イルティミナさんと顔を見合わせる。
それから、質問した少女に、
「うん」
「はい」
と、一緒に頷いてみせた。
ソルティスもキルトさんも、ちょっと意外そうだ。
実は、肌を合わせたあとに、イルティミナさんと『結婚』についての話もしていたんだ。
はっきり言う。
僕は、イルティミナさんと結婚したい。
イルティミナさんも、同じ気持ちだと教えてくれた。
嬉しかった。
本当に嬉しくて、泣いてしまいそうだった。
でも、同時に僕は、今はその気持ちを抑えておくべきだとも思ったんだ。
理由は、僕の心が弱いから。
大好きなイルティミナさんと結婚できたら、僕は幸せになれる――その自信があった。
きっと心は満たされる。
でも、そうなったら僕は、戦えなくなってしまう気がしたんだ。
これから先、何があるかわからない。
もしかしたら『闇の子』が仕掛けてきて、命懸けの戦いが待っているかもしれない。
その時に、もしも心が満たされていたら、僕は、その『幸せ』を失うことが怖くて、本気で命を懸けることができなくなる気がしたんだ。
……死ぬ気はない。
でも、死中に活を求めるような戦いには、きっと飛び込めなくなる。
「……ごめんね」
僕は、イルティミナさんに申し訳なくて謝った。
そんな僕に、彼女は優しく笑ってくれた。
「そうですか」
そう頷いて、
「マールらしいですね。大丈夫。私はそれでも構いません。いつまでも待ちますから、マールは、マールのしたいようになさってください」
白い指で僕の髪を撫でてくれた。
(イルティミナさん……)
見つめる僕に、彼女はまた笑った。
それから、その美貌を近づけて、僕の唇にまたキスをしてくれたんだ。
…………。
思い出したら、ちょっと赤面しちゃった。
コホン
僕は咳払いして、
「だから、結婚するのは全てが終わって、世界が平和になってからにするつもりなんだ」
そうソルティスとキルトさんに伝えた。
2人は、
「ふぅん?」
「そうか。そなたららしいの」
と、ソルティスはどこか感心したみたいに、キルトさんは優しく笑って、頷いてくれた。
キュッ
イルティミナさんが僕の手を握る。
その握り方は、今までと違って、指と指を交互に合わせた恋人繋ぎだった。
「…………」
「…………」
お互いに見つめ合い、そして笑った。
うん。
大好きな彼女と結婚できるように、これからもがんばろう。
――その輝くような笑顔を見つめながら、僕は改めて、自分の心にそう誓いを立てたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから、1週間が経った。
レクリア王女から特に連絡もなく、僕らは平穏な日常を過ごしている。
……えっと……その、イルティミナさんとも、あれから何回か、ソルティスがキルトさんの部屋に泊まった時に、身体を重ねたりもしているよ。
わ、若いんだから仕方ないよね、うん。
さて、そんなある日、僕とイルティミナさんは、2人で食材の買い出しに出かけた。
(いや、ま、ただのデートだけどね)
まぁ、口実は必要なのだ。
というわけで、彼女と手を繋いで、一緒に王都の商業区へと向かっていた。
歩きながら、ふと視線が合う。
「えへへ」
「ふふっ」
2人して、ちょっと赤くなりながら笑い合ってしまった。
幸せ……。
そうして歩いていた時だった。
「あら、マール君?」
そんな声が聞こえた。
(ん?)
そちらを見ると、チョコレートみたいな褐色の肌をしたエルフの女の人がいる。
白い髪に水色の瞳。
その腰には、レイピアと杖が提げられている。
冒険者のリュタさんだ。
そして彼女と一緒に、冒険者の格好をした2人の男の人もいる。
1人は背が高く、青い髪と茶色い瞳をした、背中に長剣を装備した青年で、もう1人は筋肉質で緑の髪と瞳をした、戦斧を手にした青年。
アスベルさんとガリオンさんだ。
かつてディオル遺跡から共に生還した、3人の冒険者たちだった。
「やぁ、マール」
「おう、久しぶりだな」
こちらに気づいて、3人は笑う。
僕も笑った。
「こんにちは、アスベルさん、リュタさん、ガリオンさん」
隣のイルティミナさんも微笑み、
「こんにちは」
と柔らかく挨拶する。
それに、アスベルさんは「イルナさん!」と表情を輝かせた。
…………。
そうだった。
(アスベルさん、イルティミナさんのことが好きなんだよね……)
口にされたことはないけれど、態度でバレバレなんだ。
でも、なぜかイルティミナさん本人は気づいてないみたいなんだけど……。
(……どうしよう?)
正式にイルティミナさんとお付き合いし始めたと、伝えた方がいいのかしら?
キラキラ
アスベルさんの瞳は、彼女だけを映している。
イルティミナさんはそれに気づかず、ただ穏やかに微笑んで、彼と他愛もない会話を続けていた。
とても和やかな雰囲気だ。
う、う~ん?
(……言わなくても、その内、きっと気づいてくれるよね?)
うん、そう信じよう!
ちょっと心苦しいけど、そう思うことにした僕でした。
「…………」
と、そんな僕の様子を、リュタさんがジッと見つめていた。
(?)
彼女の視線は、僕とイルティミナさんの繋いでいる手へと落とされる。
もちろん、恋人繋ぎだ。
そして、その視線は最後に、幸せそうに話をしているイルティミナさんの美貌へ。
…………。
「イルナさん、ちょっといいですか?」
「はい?」
唐突にリュタさんは、イルティミナさんとアスベルさんの会話に割り込んだ。
そのまま、イルティミナさんの腕を引っ張って、少し離れた場所へ。
「おい、リュタ?」
驚くアスベルさん。
そして、僕ら男3人から離れたリュタさんとイルティミナさんは、こちらには聞こえぬ小声で、何やら会話を交わしだした。
「!?」
イルティミナさんが驚いた顔をする。
その美貌が、赤く染まった。
リュタさんの口が『やっぱり』と動いた気がする。
2人は、チラチラと僕を見た。
そして、またヒソヒソ話をする。
「実は、その……マールと……はい」
「そうなんですね! ……どうやって……ほうほう?」
……あぁ。
(これは、バレましたね)
さすがリュタさん。
女の勘なのか、なんなのか、速攻で僕とイルティミナさんの関係が進展したことに気づかれたみたいです。
(いや、ま、いいけどね)
ちょっと恥ずかしいけど、僕は、達観した表情だ。
ガリオンさんは、興味なさそうに欠伸を噛み殺す。
そして、アスベルさんは、
「あの2人、いったい何を話してるんだ?」
何も気づいていない顔で、のん気にそんなことを呟いて、首をかしげているのでした。
◇◇◇◇◇◇◇
女性陣が離れている間、僕は、3人がどうしてここにいるのか聞いてみた。
すると、
「クエストを受注してな。東のドルイクの街近くの森林まで、赤角狐の討伐に行くところだったんだ」
とのこと。
その魔獣の毛皮を納品するクエストなんだって。
そのため、馬車の乗降場に行く途中だったのだと教えてくれた。
(そうなんだ?)
つまり、3人は仕事中だったんだね。
そんな話をアスベルさんとしていると、
「ほぉん?」
ガリオンさんが呟き、ジロジロと僕の顔を見てきた。
(ん?)
彼は腕組みしながら、僕を見下ろし、
「マール。お前、また背が伸びたな。前よりでかく見えるぜ」
と頷いた。
「え、本当!?」
自分の身長に、ちょっとコンプレックスを持っていた僕としては、とても嬉しい!
よしよし。
このまま伸びて、イルティミナさんと並んでも相応しい身長になれば!
ギュッ
両拳を握ってしまう僕。
ガリオンさんは苦笑して、
「ま、ちっとだけどな」
「…………」
「けど、剣の腕が上がったのか、雰囲気は変わってるぜ。なんつーか、男の器がでかくなったって感じだな」
男の器……。
(う、う~ん?)
自分ではよくわからないよ……。
僕としては、普通に身長が伸びてて欲しいんだけどな。
悩む僕に、ガリオンさんは笑う。
それから、
「リュタの奴、おせえな。定期馬車が出ちまうぞ?」
そう言いながら、まだヒソヒソ話をしているリュタさんとイルティミナさんの方へと歩いていった。
その背中を、アスベルさんと見送る。
と、
「ガリオンは、リュタが好きなんだよな」
不意にアスベルさんが言った。
(え?)
「そうなの!?」
僕は驚きだ。
アスベルさんは苦笑して、「あぁ」と頷く。
「リュタは気づいてないみたいだけどな。孤児院で暮らしていた子供の頃から、そうみたいだ」
ひょええ……。
(そうだったんだ?)
僕も全然、気づいていなかった。
「……告白しないのかな?」
と呟く。
アスベルさんは苦笑して、
「パーティー内での恋愛沙汰は、色々と問題も起きることもあるからな」
と言った。
(そっか)
相思相愛ならいいけれど、もしそうじゃなかったら大変だ。
戦闘時の連携にも影響が出そうだし、最悪、パーティー解散とかもあり得るのかもしれない。
(…………)
僕とイルティミナさんは、特殊なケースだったのかな?
そんな風に思った。
それにしても、アスベルさんたちのパーティーは凄い三角関係だ。
ガリオンさんは、リュタさんが好き。
そのリュタさんは、多分、アスベルさんが好きみたいだ。
そして、アスベルさんは、
「…………」
「…………」
彼の視線は、リュタさん、ガリオンさんと一緒にいるもう1人の女性だけに向けられている。
その瞳の輝きは、本当に真摯だ。
…………。
アスベルさんは背も高くて、顔立ちも端正だ。
実力も確かで、今は『青印』の冒険者だけど、いつか『白印』以上になると僕は思っている。
ふと夢想する。
イルティミナさんの隣に、彼が立っている姿を……。
(……お似合いだ)
凄く悔しいけれど、美男美女で、僕と違って周りから羨望の眼差しを送られるようなカップルになると思った。
いや、彼だけじゃない。
イルティミナさんなら、もっと格好良くて、もっと強く、もっと素敵な男性とも釣り合うんだ。
彼女は、それほどの魅力的な女性だった。
「ほら、行くぞ」
「わかってるわよ。引っ張らないで、ガリオン」
その人のそばから、リュタさんの手を引いたガリオンさんが戻ってくる。
あとに続いて、イルティミナさんも戻ってきた。
アスベルさんが申し訳なさそうに、
「すみません、イルナさん。俺たち、クエスト依頼があるのでもう行かないと……」
と言う。
イルティミナさんは少し驚いて、
「おや、そうでしたか」
と頷いた。
「どうか気をつけて。無事に帰ってきてくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
彼女の言葉に、アスベルさんは嬉しそうに返事をする。
「はい」
「おう」
リュタさん、ガリオンさんも頷いた。
そして、
「イルナさん。帰ったら、また詳しい話を聞かせてくださいね?」
リュタさんはそう片目を閉じた。
イルティミナさんは苦笑しながら、「はい」と約束した。
「いったい何の話だ?」
「いいの、いいの。アスは知らなくて」
キョトンとするアスベルさんに、澄まして答えるリュタさん。
「ほら、お前ら、行くぞ」
ガリオンさんが急かして、1人で先に歩きだす。
それを見て、慌てて2人も追いかけた。
「アスベルさん、リュタさん、ガリオンさん、またね!」
僕は、大きく手を振った。
気づいた3人は、笑って、手を振り返してくれる。
そして、その姿も人混みの中に消えてしまった。
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは、その姿が見えなくなる最後まで見届けた。
そして、イルティミナさんは吐息をこぼして、
「では、私たちも行きましょうか?」
そう僕へと微笑みかけた。
白い手が、また僕と手を繋ごうと、こちらに伸ばされる。
(…………)
その手を見つめ、それから彼女の顔を見上げた。
「イルティミナさん……。僕を選んでくれて、ありがとう」
そう思いを込めて、言う。
彼女は、驚いた顔をする。
でも、僕の真剣な表情を見つめて、そして、柔らかく微笑んだ。
自身の胸に手を当てて、
「このイルティミナの愛する男は、この世界で、ただ貴方1人しかおりませんよ」
そう言ってくれた。
(うん……っ)
嬉しくて、心が弾けてしまいそうだ。
僕は笑った。
イルティミナさんも嬉しそうに笑ってくれる。
ギュッ
そうして僕は、彼女の手をしっかりと握り締める。
何があっても、決して離さないように。
「さぁ、行きましょう、マール」
「うん」
この世でただ1人の大切な女の人に誘われて、僕は笑顔で大きく頷いた。
ずっと一緒に……。
お互いにそう願いながら、僕とイルティミナさんは手を繋いだまま、王都ムーリアの人混みの中へと紛れていった――。
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