346・ソルティスの想い
第346話になります。
よろしくお願いします。
結局、明け方まで、2人でがんばってしまった。
身体を綺麗にするために一緒にお風呂に入って、でも、そこでもついついがんばってしまったりして、長湯になってしまったりした。
それから仮眠した。
いつものように僕は、イルティミナさんの抱き枕だ。
その時には、不思議と落ち着いた気持ちで、すぐに眠りについてしまった。
お昼前に目覚めて、軽い朝食を食べた。
「ふふっ、頬についてますよ?」
イルティミナさんの手が伸びてきて、僕の頬のパン屑を摘まみ取り、パクッと食べられてしまう。
(えへへ……)
なんだか、本当に幸せだ。
イルティミナさんも幸せそうに笑っていて、それが余計に嬉しかった。
2人で笑い合い、見つめ合う。
いつもと同じ風景なのに、まるで世界がキラキラと輝いているみたいだった。
…………。
ずっと、こんな時間が続けばいいな。
そんなことを思いながら、僕らは2人きりの時間をゆったりと満喫したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまぁ」
昼過ぎに、ソルティスが帰ってきた。
少女を送ってくれたのか、キルトさんも一緒に来ていて、「邪魔するぞ」と彼女は笑った。
「おかえり」
「おかえりなさい、ソル」
僕とイルティミナさんは、2人で出迎える。
「…………」
そんな並ぶ僕らを、ソルティスはジッと見つめた。
それから、
「ふ~ん、そっか」
と呟いた。
どこか寂しそうな、何かを諦めたような、でも、納得したような顔と声だった。
(???)
僕は首をかしげる。
イルティミナさんは、そんな妹を黙って見つめていた。
キルトさんが苦笑する。
ポン
少女の頭に手を乗せ、クシャクシャと少し乱暴にかき混ぜた。
それから、
「まだ昼を食べておらんでの。何か食べさせてもらえるか?」
「はい」
キルトさんの言葉に、イルティミナさんは優しく頷いた。
20分ほどで料理が出てきた。
思ったよりも豪勢だ。
ソルティスは嬉しそうに「いただきまぁす!」と食べ始める。
ハムハム モグモグ
「…………」
「…………」
イルティミナさんとキルトさんは、そんな少女の食事の様子を、なんだか見守るようにずっと眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
食事が終わったあとは、みんなでお茶を楽しんだ。
他愛ない話をしていた。
そんな中、不意にソルティスがこんなことを呟いた。
「私、1人暮らししようかしら?」
って。
(えっ?)
僕とイルティミナさんは驚いた。
でも、キルトさんは落ち着いた顔で、そんな少女のことを見つめている。
「急にどうしたの?」
僕は訊ねた。
思った以上に、自分でも動揺しているのを感じていた。
ソルティスは、小さな肩を竦める。
「別に、急ってわけでもないわ。前から、少し考えてたのよ」
(前から……?)
戸惑う僕の横で、イルティミナさんが口を開いた。
「……それは、私たちのためですか?」
私たち?
(それって、僕とイルティミナさんのこと?)
…………。
……まさか。
昨夜のことがバレてる?
僕は、驚きと恥ずかしさと疑問の混じった視線を、目の前の少女に送ってしまった。
「…………」
「…………」
視線が合うと、彼女は唇を尖らせ、そっぽを向いた。
(うあ……)
これは、バレてるっぽい。
イルティミナさんは「……ソル」と心配した視線を送り続けている。
気づいた少女は、
「それもあるけど、それだけじゃなくてさ」
と、長い吐息をこぼす。
そして、
「ずっと考えてたのよ。成人したら、私もイルナ姉から自立しなきゃいけないなって」
と言った。
(イルティミナさんから自立……?)
僕らはソルティスを見つめる。
彼女は続けた。
「私はさ、子供の頃からずっとイルナ姉に守られてきた。そのおかげで生きていられたの。でもさ、そうしてイルナ姉の重荷になってることが、時々、本当に苦しかったの」
「…………」
「…………」
「…………」
「私は、イルナ姉が大好き。感謝してる。でも、だからこそ、私は、私からイルナ姉を解放したかった」
それは少女の心にずっとあった声だ。
ソルティスは、姉を真っ直ぐに見つめて、
「私も成人したわ。だからイルナ姉には、もう『自分のため』だけに生きて欲しいって思ってるの」
そう伝えた。
イルティミナさんは驚いたように「ソル……」と妹を見つめ返す。
その視線が眩しそうに、少女は顔を逸らして、
「……だから、そろそろ1人暮らししようかなって思ったって話よ」
と、どこか気恥ずかしそうに続けた。
(……そっか)
それは、ソルティスなりの姉を思う気持ちの表れだった。
なんだか胸がジーンとしてしまう。
イルティミナさんも、言葉に詰まってしまっているみたいだった。
キルトさんが微笑む。
「ソルの気持ちはわかった。しかし、若いのぉ」
そう呟いた。
僕らの視線が、キルトさんに集まる。
彼女は、お茶を一口飲み、
「ソルは確かに、イルナに守られてきたであろう。しかし、それはイルナの支えでもあったはずじゃ。ソルは守られることで、ずっとイルナを守ってきたのじゃがの」
と笑った。
ソルティスは驚いた顔をする。
彼女と僕は、イルティミナさんを見た。
イルティミナさんは、真紅の瞳を伏せながら、優しく微笑んでいた。
「えぇ、そうかもしれません」
ゆっくりと頷く。
ソルティスは「そう……」と小さく呟いた。
少しだけ泣きそうな顔だった。
グッ
彼女は、それを唇を引き結んで我慢する。
それから顔を上げ、
「でも、その役目は、これからはマールに譲るわ」
そう言って、僕を見た。
(僕?)
ちょっと驚いた。
でも、ソルティスの瞳は真剣だった。
…………。
「うん、わかった」
僕は頷いた。
1人の男として、大切な女の人のために生きる覚悟はできている。
守って、守られて。
そうして、一緒に生きていくんだって決めている。
だからこそ、昨夜、心と身体を重ねたんだ。
真剣な僕の瞳に、ソルティスも「ん」と満足そうに頷いていた。
キルトさんは笑った。
イルティミナさんは、口元を手で押さえながら、僕とソルティスのことを見つめている。
そして、ソルティスは、
「ま、すぐの話じゃないけどね」
と、また肩を竦めた。
「どこかで部屋を借りるか、小さな家を借りるか、まずは物件から探さないとね~」
そう腕組みする。
キルトさんが「ふむ」と呟いて、
「不動産屋に行くなら付き合うぞ。これでも、金印の人脈で、それなりに顔は広いでな」
と言ってくれた。
ソルティスは「ありがと」と笑った。
キルトさんも笑って、
「なんなら、ギルドにあるわらわの部屋で暮らしてもいいのじゃぞ? 部屋は余っておるからの」
「それじゃ、1人暮らしにならないでしょ」
ソルティスは苦笑する。
そして、
「私は自立したいの」
そう胸を張って続けた。
(…………)
その姿は、今までの少女の姿とは違って、本当に大人の女性に見えたんだ。
ちょっと眩しいな。
と思ったら、彼女はチラッと、僕とイルティミナさんの2人を見た。
それから、
「……ま、でも、それまでは週に1、2回ぐらい、泊まりに行かせてもらうかもね」
と悪戯っぽく言った。
意味深な表情だ。
僕とイルティミナさんは、顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
少女の気遣いに気づいて、僕らは互いに赤くなってしまった。
ソルティスは苦笑する。
キルトさんも笑って、
「本当に若いのぉ」
楽しそうにそう言うと、手にしたお茶のカップを美味しそうに傾ける。
――とある日の午後、そうして僕ら4人は笑い合いながら、とても穏やかな時間を過ごしたんだ。
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