344・4つのお揃いグラス
第344話になります。
よろしくお願いします。
アルンのみんなと別れてから、3週間が経った。
「あ、見えた!」
竜車の窓から身を乗り出して、僕は大きな声をあげる。
目の前に広がっていたのは、広大な草原の先にある巨大な都市の城壁と、そこへ向かうたくさんの竜車や馬車の群れたちだ。
王都ムーリア。
3週間の時をかけて、僕らはシュムリア王国の首都へと帰ってきたんだ。
「ようやく着いたの」
キルトさんも頷く。
ソルティスは「はぁ~、やっとね~」と吐息をこぼし、ポーちゃんが労うように少女の肩を揉む。
その姿に、イルティミナさんは優しく笑う。
それから、
「帰ったら、まずはレクリア王女に報告ですからね。まだ終わりではありませんよ?」
「うへ~い」
姉の言葉に、妹は面倒そうな顔で返事をした。
そんな姉妹に、僕はつい苦笑する。
それから、また窓の外を見た。
国の依頼を受けた僕らは、渋滞する一般車両の脇を抜けて、そのまま城門へと向かった。
10分ほどで手続きを済ませ、王都内へ。
(相変わらず、賑やかだなぁ)
たくさんの人の溢れる景色に、なんだか懐かしい気持ちだった。
やがて、大通りを抜けて、聖シュリアン大聖堂に辿り着く。
そこで事情を伝えて、レクリア王女への面会を申し込んだ。
身分確認、身体検査、荷物検査、書類の記入などを済ませ、だいたい2時間ほどで許可が下りてくれた。
(ふぅ、一苦労だ)
ソルティスも『やれやれ』って顔だ。
「よし、行くぞ」
そんな中でも、キルトさんは疲れた様子は見せない。
本当にタフな人だ。
そして僕らは頷くと、大聖堂奥の階段を上がって、湖上に建つ『神聖シュムリア王城』へと登城したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「よくやってくださいましたわ!」
いつもの空中庭園で、報告を聞いたレクリア王女は、興奮した声を響かせた。
おしとやかな王女様が珍しい。
僕らは、ちょっと驚いてしまう。
それに気づいて、レクリア王女は少し頬を赤らめると、コホンと咳払いなさる。
それから、美しく微笑まれた。
「マール様、キルト様、イルティミナ様、ソルティス様、ポー様、本当によく成し遂げてくださいました。これで人類の救済に、大きく前進いたしましたわ」
穏やかな口調。
でも、その声には、強い熱がこもっている。
キルトさんも微笑み、
「ありがとうございます」
と頭を下げる。
7つの『神霊石の欠片』を集めることは、それだけ重要だったんだ。
レクリア王女は言う。
「状況を黙認した『闇の子』は不気味ですが、しかし、その行動はどう考えても悪手。わたくしたちにとっては、確かな好機ですわ」
うん。
(僕もそう思う)
『7つの神霊石集め』という一番の困難な部分を、僕らは達成したんだ。
あとは、しっかりと『神々の召喚』を成すだけ。
それでおしまい。
この世界から、恐ろしい悪魔の脅威は消え去るんだ。
そして、それは僕らが油断さえしなければ、確実に成せる事柄のはずだった。
レクリア王女は考えつつ、
「もしもに備えて『闇の子』と『復活したタナトス王』の行方は、こちらで調査いたしますわ。けれど、優先すべきは『神々の召喚』となるでしょう」
そう告げる。
僕らは頷いた。
それからキルトさんが、
「召喚装置の作成は、どうなっておりますか?」
と質問する。
レクリア王女は答えた。
「コロンチュード様を始め、シュムリア、アルン両国の優秀な『魔学者』たちが、日々、懸命の作業をしております。けれど、かなり難航している様子。残念ながら、まだ時間がかかりそうですわ」
とのことだ。
(そっか……)
でも、仕方ないのかもしれない。
神々の召喚は、400年前、古代タナトス魔法王朝の最新技術によって成された偉業だ。
人類史の最高潮の時代の技術。
そう簡単に、再現できる代物ではないのだろう。
ソルティスも『それは当然だわ』という顔だった。
それから、レクリア王女様は、僕を見る。
そして、
「1つ、わたくしからもご報告が」
と言った。
(え?)
「皆様のいない間に、わたしく、王国内の人員の身辺調査を行いましたの」
「はぁ」
「その結果、王国貴族の中に『悪魔崇拝者』、『破滅主義者』の者たちが幾人か見つかりましたわ。そして、彼らは『刺青の者』たちと接触をしていましたの」
…………。
(それって、つまり『闇の子』と繋がっていたってこと?)
僕は唖然としてしまった。
そういえば、エルフの国で出会った時に、アイツは、僕らの『神霊石集め』を知っていた。そして、『人間側にスパイがいる』みたいなことを言っていたっけ。
つまり、その人たちがスパイ。
そして、そこから、こっちの情報が漏れていたんだ。
みんなも険しい顔をしている。
キルトさんが問う。
「その者たちは?」
「処断しました」
レクリア王女は、毅然と答えた。
……そっか。
それも仕方ないのかもしれない。
(……それにしても……こんな状況でも、人類は本当に一枚岩にはなれないんだね)
そのことが少しだけ悲しかった。
そんな僕を見つめて、
「わたくしたちの不手際で、マール様たちを危険に晒してしまったこと、本当に申し訳ございません」
レクリア王女は、水色の髪を揺らして頭を下げる。
(わっ?)
僕は慌ててしまった。
「別に王女様が悪いわけじゃないですよ。だから謝らないでください」
必死に言うと、彼女も頭を上げてくれた。
そして、
「アルン神皇国でも、同様に内通者の炙り出しを行っているようです。今後は、2度とこのようなことは起こしませんわ」
そう決然と言ってくれた。
(うん)
僕は、大きく頷いた。
それからレクリア王女は、僕らに先のことについても語ってくれた。
「最優先は『神々の召喚装置』の作成です」
とのこと。
それが作成できるまでは、僕らも自由にしてていいそうだ。
ただし、王都内にいること。
何かあった時に、すぐ動けるように備えておくこと。
そう厳命された。
それと『闇の子』と『タナトス王』の動向に関しては、レクリア王女の方で情報を集めてくれるそうだ。
(つまり、しばらくは待機だね)
キルトさんは、
「承知いたしました」
と答え、王女様に頭を下げる。
僕らも、それに倣って頭を下げた。
レクリア王女は頷かれて、
「見通しは明るいとはいえ、この先、何があるかわかりません。皆様、どうか、悔いのない時間をお過ごしくださいましね」
そう美しく微笑まれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
シュムリア王国に帰ってから、3日が過ぎた。
あれからギルド長のムンパさんにも報告をして、恒例の家の大掃除も済ませて、僕らは日常の日々へと戻っていた。
そして今日。
僕とウォン姉妹は、冒険者ギルドにある『キルトさんの部屋』へと集合した。
クエスト達成の慰労会。
そして、僕とイルティミナさんの誕生日祝いのためだった。
そう、アルン神皇国に行っている間に、僕らは2人とも誕生日を迎えていたんだ。
イルティミナさんは、22歳。
僕は、15歳。
うん、僕はついに成人した。
世間的には、1人前の『大人』と認められる年齢になったんだ。
『かんぱ~い!』
カチン カチィン
僕ら4人は、手にしたグラスを掲げて、軽くぶつけ合う。
澄んだ音色が心地いい。
囲んだテーブルには、ギルドに用意してもらったご馳走やケーキが並んでいる。
そして、グラスの中身はお酒だった。
(前世なら違法な年齢だけどね)
でも、ここは異世界なので、こちらの法律上は問題がないのだ。
ゴクッ
……うん。
(ちょっと胸が熱くなる、果実ジュースって感じかな?)
異世界初のお酒は、そんな感想だ。
味を確かめる僕の様子を、キルトさんとイルティミナさんが優しく見守っている。
ソルティスは1人勝手に飲んでいた。
ちなみに、少女の手にあるのは、キルトさんから誕生日プレゼントにもらった『ガラス細工のお猪口』みたいなグラスだ。
「…………」
僕は、自分の手元を見る。
そこにあるのは、色違いの『ガラス細工のお猪口』だった。
僕だけじゃない。
隣にいるイルティミナさんの手にあるのも、また色違いの『ガラス細工のお猪口』なんだ。
実は、これが僕らの誕生日プレゼント。
僕の分は、キルトさん、ソルティス、イルティミナさんの3人がお金を出して買ってくれた。
イルティミナさんの分は、キルトさん、ソルティス、僕の3人がお金を出して買ったんだ。
そして元々、キルトさんも、更に色違いの同じ品を持っていた。
つまり、4人でお揃い。
全員がお酒を飲めるようになったのだし、せっかくだからと、みんなで同じグラスを持つことにしたんだ。
(えへへ)
なんか、こういうのっていいな。
3人のグラスを、それから自分のグラスを眺めて、僕の頬は綻んでしまう。
「あまり飲み過ぎるでないぞ?」
キルトさんは、そう苦笑しながら、水の入ったグラスも用意してくれる。
うん、気をつけます。
僕は笑って、お水とお酒を楽しんだ。
いつもは禁酒しているイルティミナさんも、今日ばかりは、お酒を口にしていた。
2人で視線が合うと、つい笑い合う。
「…………」
ソルティスは、その様子を眺めながら、パカパカとお酒を空けていく。
グビグビ
結構なハイペース。
「えっと……ソルティス、大丈夫?」
心配になって、僕は聞いた。
ソルティスは赤くなった顔で「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「何よ? 私がこうしないと、あとでマールが困るでしょ? だから、いっぱい飲んでるんでしょうが!」
(え?)
あとで僕が困る?
意味がわからない。
イルティミナさんと視線を合わせるけれど、彼女も首をかしげていた。
キルトさんは苦笑する。
ソルティスは、据わった目で僕を睨みつけ、
「ふんだ、この馬鹿マール!」
グビビ
またお猪口のお酒を一口に飲み干してしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
1時間ほどして、慰労&誕生日会は、終わりの時間となった。
「うにゅう……」
案の定、ソルティスは真っ赤になって、近くのソファーに横になっている。
……全くもう。
(これで家まで帰れるのかな?)
最悪、僕かイルティミナさんが背負っていくしかないなぁ、と思っていた。
けれど、
「キルトォ」
突っ伏したまま、ソルティスが言う。
キルトさんは、まだお酒を楽しみながら、「ん?」と呟く。
酔っ払い少女は、
「悪いんだけど、今日、アチシだけ泊めてぇ」
と言った。
(おいおい)
と思ったけれど、
「構わんよ」
キルトさんは、ソルティスの方を見ずに、お酒のグラスを空けながら、あっさりと了承した。
でも、その声は妙に優しい。
そしてソルティスは、僕とイルティミナさんに向かって、
「ってことで、明日の昼ぐらいまで、アチシは帰らないからさぁ……。それまで、2人きりでゆっくりしててよね……」
と言った。
(……え?)
驚く僕とイルティミナさん。
ソルティスは、ずっとソファーに伏せているので、柔らかそうな紫色の髪に隠れて、表情は見えない。
キルトさんの視線が、こちらを見た。
「そういうことじゃ。ソルは、今夜はわらわが面倒を見る。――そなたらは、もう帰れ」
「…………」
「…………」
その意味に気づかないほど、僕らは子供じゃない。
僕は、成人した。
そして2年前、僕らはヴェガ国である約束をしていた。
僕が成人するまでは、と。
誰にも咎められることなく、イルティミナさんへの想いを伝えられる時が来るまでは、と。
(…………)
その時が来たんだ。
ドクン ドクン
鼓動が一気に早くなる。
酔っていた熱が、別の熱に代わって、頭と心を焼いていた。
僕は、隣のお姉さんを見る。
「…………」
「…………」
イルティミナさんも僕を見ていた。
熱っぽく、緊張したような、泣きそうな、それでいて期待しているような顔だった。
…………。
それから僕ら2人は、キルトさんの部屋をあとにした。
外は夜だ。
晩冬の空気は冷たくて、吐く息は白くたなびいている。
でも、不思議と寒くない。
冒険者ギルドをあとにして、僕らは、家までの道を歩きだす。
コツ コツ
石畳の道を歩く足音だけが、真っ暗な夜の世界に響いていた。
「…………」
「…………」
キュッ
どちらからともなく手を握った。
彼女の手は、とても熱い。
僕とイルティミナさんは、何も喋ることなく、ただ前を向いて、2人だけの夜の家路を辿っていった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回は、きゃ~な展開となりますので、皆さん、どうか心していて下さいね~♪
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※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。