342・魅惑の休息プール
書籍発売を記念しての毎日更新10日目、本日で最後となります♪
それでは本日の更新、第342話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
アルンで数日間、ゆっくり過ごすことになったけど、
ドキドキ
今日の僕の鼓動は、むしろ、いつもよりも速くなってしまっていた。
原因はわかっている。
僕の目の前に、なんと水着姿のイルティミナさんが立っているからだ。
「ふふっ、どうしました、マール?」
甘く優しい笑顔。
そんな僕らがいるのは、アマントリュス地方の軍施設にある屋内の『温水プール』だった。
ここでアルン騎士たちが訓練したり、あるいは怪我のリハビリに利用したりしているのだと、フレデリカさんが最初に説明してくれた。
「ここで、ゆっくりするといい」
と、軍服のお姉さんは、そう笑っておっしゃったんだ。
(う、う~ん?)
思っていた休息と違うけれど、まぁ、たまにはいいかな?
ということで今、僕ら9人は貸し切りだという『温水プール』で、思い思いの時間を過ごしているんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
チャポン
僕は、ゆっくりとプールの温水に、身体を沈めた。
(うん、あったかいや)
お風呂みたいに熱くはないけれど、ほんのりぬるま湯みたいな感じ。
僕の身長でも、充分、足がつく深さだった。
ただ中央付近は、3メード近い深さがあるので要注意だ。
ちなみにその深さは、アルン騎士たちの水中訓練用で、鎧を着たまま泳いだり、潜水したりするんだって。
(アルン騎士って、本当に凄いよね)
僕なら、鎧の重さで溺れてしまうよ。
さすが、世界一の大国の騎士たちだ。
そんなことを思っていると、
パシャッ
(わっ?)
顔にプールの水をかけられた。
見たら、イルティミナさんが悪戯っぽい表情で笑っている。
彼女が着ている水着は、白と黒ツートンのセパレートだ。
長い髪は朱い紐でまとめられ、綺麗なポニーテールにされている。後れ毛が白いうなじに見えていて、ちょっと色っぽい。
「ふふっ、今日は楽しみましょうね、マール」
笑うイルティミナさん。
リラックスしているのか、いつもより子供っぽい笑顔で、とても可愛いです。
でも、身体は大人。
成熟した肉体は完璧なプロポーションで、描かれる見事な曲線ラインは、見ている僕の鼓動をやっぱり速くしてくれる。
(本当、スタイルいいなぁ)
改めて、イルティミナさんが女性として魅力的だと、僕は再認識させられる。
トン パシャン
彼女は綺麗なフォームでプールに飛び込む。
潜水したまま、僕の下まで来て、そこから浮上した。
水に濡れた美貌が、すぐ目の前に現れる。
「ふふっ」
濡れた前髪から水滴が流れ、けれど、その笑顔は輝くように眩しい。
(なるほど)
水もしたたるいい女って、こういうことかと実感だ。
僕も笑う。
「少し泳ごうか?」
「はい」
イルティミナさんも微笑みと共に頷いて、僕らは一緒に、ゆっくりと泳ぎだした。
チャポ チャポ
僕はのんびり平泳ぎ。
イルティミナさんは、その隣で僕を眺めながら、人魚のように足だけを使って優雅に泳いでいる。
視線が合うと、お互いに笑い合ってしまった。
なんか楽しい。
そうして泳ぎながら、僕は、他のみんなへも視線を送る。
プールサイドのデッキチェアには、黒い水着姿のキルトさんが寝そべっていた。
サイドテーブルには酒瓶とグラス。
(…………)
呆れる僕だったけれど、彼女のそばには、あのダルディオス将軍もビキニブリーフ水着でいらっしゃって、どうやら一緒に酒盛りをしているみたいだった。
将軍さんの肉体は、筋骨隆々だ。
50代だというのに、衰えた様子はまるでない。
全身の肌には無数の傷跡が残っていて、歴戦の将であることを感じさせるんだ。
2人とも、赤ら顔でお酒を楽しんでいる。
(……プールに来た意味、あるのかな?)
ちょっと疑問。
とりあえず、お酒を口にしたら泳いじゃ駄目だよ? と心の中で注意しておくのだった。
チャポン
そうして泳ぎながら、また視線を別方向へ。
その先にいたのは、プールサイドに座って、足だけを水に浸けているソルティスとレクトアリスの2人の女性陣だった。
ソルティスは、フリル付きのピンクのワンピース水着。
レクトアリスは、情熱的な紅色のビキニ水着だ。
2人は、1冊の本を一緒に覗き込んでいて、
「ここの公式は、ここに当てはめればいいのね?」
「そうよ。こっちの公式と間違えやすいから、気をつけてね」
「えぇ、わかったわ」
そんな声が聞こえてくる。
(…………)
ここでも勉強かぁ。
遊ぶことより知的好奇心を満たすことが大事なんて、まぁ、あの2人らしいといえばらしいかな。
ちょっと達観してしまう僕でした。
チャポ チャポ
そんな2人の前を通り抜けて、ふと前の方を見ると、
「手、離さんといてや!」
「…………」
コクコクッ
プールの隅っこにいるラプトとポーちゃんを見つけた。
ラプトは、ボクサー型の水着。
ポーちゃんは、可愛らしい花柄のワンピースだ。
(何してるんだろ?)
近づいていくと、なんだかラプトは必死な表情だった。
バッチャ バッチャ
水飛沫が凄い。
……お、溺れてないよね?
心配になる僕だけれど、そんなラプトの前には、無表情な幼女がいて、その両手を握ってやっていた。
イルティミナさんが呟いた。
「泳ぎの練習をしてるみたいですね」
「…………」
そっか。
(ラプトって、カナヅチなんだ……)
初めて知った衝撃の事実である。
ラプトは、僕にとって大切な友人だ。それは神狗アークインにとってもであり、マール自身にとってもである。
そして、僕は知っている。
ラプトが、実は見栄っ張りだってことを。
かつてキルトさんの『鬼神剣・絶斬』を受けてギリギリだったのに、平然とした顔でやせ我慢していたぐらいだ。
だからこそ、
(……うん、見なかったことにしてあげよう)
僕は、心の中で慈愛の微笑みを浮かべる。
そして、
「えっと、イルティミナさん、あっちの方に行こう?」
「はい」
その意図を察してくれたのか、優しいお姉さんは苦笑しながら頷いてくれた。
がんばれ、ラプト。
そう心の中で応援しながら、
チャポ チャポ
僕ら2人は、泳ぐ進路を変えていった。
◇◇◇◇◇◇◇
そうして泳いでいたら、僕とイルティミナさんは、いつの間にか反対側のプールの端まで辿り着いてしまった。
みんなと距離が離れて、2人きりだ。
プールの床に立ちながら、みんなの様子を遠く眺める。
「…………」
「…………」
それから、お互いの顔を見つめ合った。
イルティミナさんの真紅の瞳には、どこか濡れたような輝きが灯っていた。
少し頬が赤い。
何かを求めるように、その桜色の唇がかすかに開いていた。
ドキドキ
僕の鼓動が速くなる。
熱のこもった視線が絡み合い、それに引き寄せられるように、お互いの顔が近づいていく。
(……イルティミナさん)
そうして、瞳をゆっくりと伏せていき、
「ここにいたのか、マール殿」
(!)
「!」
突然かけられた声に、僕らはビクンと身体を跳ねさせてしまった。
慌てて振り返る。
すると、そこにいたのは、女神のように美しいアルン人の女性――フレデリカ・ダルディオスさんだった。
「姿が見えないので探したぞ」
そう屈託なく笑う。
イルティミナさんは、登場した彼女のことを物凄い視線で睨んでいた。
でも、僕は言葉が出なかった。
フレデリカさんは、自らの艶やかな青髪と合わせたように、綺麗な青色のセパレート水着を身に着けていた。
髪は、軍服姿の時と同じようにお団子だ。
そして、水着になったことで、彼女の抜群のスタイルもはっきりと視認できるようになっていた。
(……綺麗だなぁ)
素直にそう思った。
鍛えられた身体は引き締まり、けれど、胸やお尻などはしっかり膨らんで柔らかそうだ。
肌には傷跡もある。
でも、それもアクセントになって彼女の魅力をより引き立たせているだけのようにしか、僕には見えなかった。
ドキドキ
また鼓動が速くなり、イルティミナさんの水着姿を見た時と同じ感覚が襲ってくる。
(ど、どうした、僕?)
節操がないと自分でも思ってしまう。
でも、勝手にそう感じてしまうんだから、仕方がない……うぅ。
「ん? どうした、マール殿?」
気づいたフレデリカさんは、首をかしげる。
サラリと前髪が揺れて、なんだか可愛い。
僕の頬が、ちょっと赤くなってしまう。
それを見たフレデリカさんは驚き、それから少し赤くなりながら、「そ、そうか」と僕が何も言ってないのに、そんなことを呟いた。
そんな僕に、イルティミナさんは愕然とした顔になる。
「…………」
それから、ちょっと涙目でフレデリカさんをまた睨んだ。
それを受けるフレデリカさんは、余裕の表情だ。
すると、突然、
ギュウッ
イルティミナさんの手が伸びてきて、僕のことを抱きしめてきた。
って、
(わあっ!?)
水着1枚越しに柔らかな弾力が押しつけられ、濡れた素肌同士が触れ合い、こすれ合う。
「むっ?」
「ふん」
フレデリカさんが視線を険しくし、イルティミナさんは、まるで子犬を守る母犬のような表情で牽制する。
あわわ……。
鼻先の触れる肌から、女の人の甘い匂いがいっぱいする。
僕の頭からは、白い蒸気が吹きそうだ。
バチバチッ
そんな僕を抱きしめるイルティミナさんとフレデリカさんは、水着姿のまま、僕の頭上で睨み合いの火花を飛ばし続けるのだった。