338・タナトス魔法王
書籍発売を記念しての毎日更新、本日も更新です♪(毎日更新は10月30日の金曜日まで行いますよ~)
それでは本日の更新、第337話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「行くぞ、将軍!」
「おうさ、鬼娘!」
迫る『骸骨騎士』に対して、キルトさんとダルディオス将軍が左右から挟撃を仕掛けた。
ダンッ
2人はタイミングを合わせて踏み込み、それぞれの武器を振り下ろす。
「鬼剣・雷光斬!」
キルトさんの咆哮が木霊し、
ガギィイン
薄暗い空間に、激しい火花が散った。
キルトさんの両手で放った『雷の大剣』は、けれど、『骸骨騎士』の片手の剣にあっさり受け止められていた。
(な……っ!?)
なんて力だ!
キルトさんの剛腕は、竜とさえ力比べができるほどなのに……。
キルトさん自身、驚いた顔をしている。
それに、もう1つ、
(……なんで、雷が出ないんだ?)
『雷光斬』を放ったはずなのに、ぶつかり合った大剣からは、今回、放電が起きなかった。
その事実に、違和感を覚える。
ヒュッ カッ キィン
そんな中、『骸骨騎士』のもう片方の剣は、ダルディオス将軍の繰り出す正確無比な剣を全て弾き続けていた。
「ぬ……うっ!」
将軍さんも険しい表情だ。
剣の制御だけなら、キルトさんさえ上回る将軍さんの剣が、完全に防がれている。
力と正確さ。
この2つで、『骸骨騎士』は、キルトさんとダルディオス将軍を完全に上回っていたんだ。
『…………』
ダンッ
その恐ろしい異形の騎士は、前方に大きく踏み込み、左右に剣を振り抜いた。
「がっ!」
「ぐぉおおっ!?」
合わせた剣ごと、キルトさんと将軍さん、2人の身体が吹き飛ばされた。
(うわっ!?)
まるで交通事故を目撃したみたいだ。
ガシャアン
キルトさんは、近くの液体が入っていた巨大なガラス瓶に激突して、それを破壊する。
ダルディオス将軍も、魔導機器の1つに激突して、床へと転がった。
「がふっ……」
将軍さんの口から、血がこぼれる。
その姿に、フレデリカさんが「父上!?」と悲痛な叫びをあげた。
『…………』
黒い鎧の『骸骨騎士』は、そんな2人を見比べる。
そして、
ガシャッ
その足は、ダルディオス将軍へと向かって踏み出された。
(まずい!)
僕は、そちらに駆け寄ろうとする。
でも、その前に、
「それ以上はさせんぞ!」
フレデリカさんは『烈火の剣』に炎をまとわせ、大きく振り被った。
ドォン
巨大な火球が撃ちだされる。
同時に、イルティミナさんも『白翼の槍』を素晴らしい速度で投擲した。
キュボッ
2つのタナトス魔法武具による攻撃。
(当たる……っ!)
その速度とタイミングから、僕は、それを確信した。
そして、その瞬間、『骸骨騎士』は1本の剣を床に突き刺し、空いた左手のひらを前方へと向ける。
ブォオオオン
妙な振動を、肌に感じた。
それと同時に、迫っていた火球が小さくなり、ボヒュッと消える。
(え……?)
イルティミナさんの放った『白翼の槍』も突然、推力を失ったように減速し、ガラランと床に落ちた。
「な……っ!?」
「これは……?」
攻撃した2人も呆然だ。
何が起こったのか、わからない。
気づいたのは、僕らの一番後方にいたソルティスだった。
「魔法の力が無効化されてるわ! ソイツは『タナトス王』なの! だから、タナトス魔法武具の魔法は効かないのよ!」
少女の声は、震えていた。
(そう……か)
キルトさんの『雷光斬』が発動しなかったのも同じ理由だ。
相手は、タナトス王。
3人の使う『タナトス魔法武具』は凄まじい威力だけれど、それが作られたのは古代タナトス魔法王朝の時代だ。
そして今、僕らの前にいるのは、その魔法王朝の頂点に君臨した人物なのだ。
少女の叫びに、僕らはそれを再認識する。
「ちぃ……そういうことか」
割れたガラス瓶を踏みながら、ずぶ濡れのキルトさんが立ち上がった。
将軍さんも、よろめきながら腰を上げ、
「魔法が効かぬならば、剣の技で上回るしかあるまい」
2人は、また剣を構える。
イルティミナさんも『白翼の槍』を呼び戻し、フレデリカさんも『烈火の剣』を構え直す。
(…………)
魔法が駄目なら、剣で勝つ。
単純な結論だけれど、でも、それがどれだけ難しいことかは僕でもわかる。
あの『骸骨騎士』は、たった今、キルトさんとダルディオス将軍、この人類最強の位置にいる2人を手玉に取ってみせたのだ。
ゴクッ
その困難さに、僕は唾を飲んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
キルトさん、ダルディオス将軍、イルティミナさん、フレデリカさんの4人が『骸骨騎士』を取り囲む。
少しずつ、間合いを詰めていく。
『…………』
そんな4人を、『骸骨騎士』は静かに見つめた。
その『骸骨の兜』にある眼球が、ゆっくりと動いて、
(!)
僕と目が合った。
僕の左右には、ラプトとレクトアリス、後ろにポーちゃんとソルティスだ。
そんな僕らへと、
カシャッ
『骸骨騎士』は、ゆっくりと左手のひらを向けた。
そこにタナトス魔法文字が光る。
(あ……)
そこで僕らは思い出した。
相手は、タナトス王。
それは、古代に存在した『魔法王朝』の王なのだ。
剣で戦い、勝つ――それは、僕らだけの考えだ。
つまり、目の前の『骸骨騎士』にとっては、剣だけでなく魔法も使える状況であり、その魔法こそが本命の戦法でもあった。
ヒュオオン
手のひらにあったタナトス魔法文字が、空中に広がり、魔法陣として展開される。
圧縮されていく凄まじい魔力。
大気が震え、光が集束する。
(これは駄目だ!)
全員が気づいて、顔面を蒼白に染めた。
「あかん!」
ラプトが叫び、『神武具の円形盾』を展開しながら、前方に飛び出した。
レクトアリスも第3の瞳を開き、僕らを赤い結界で包み込む。
ポーちゃんも変身した。
柔らかな金髪の中から角を生やし、肌に鱗を輝かせ、長い竜の尻尾を伸ばしていく。
そして、
「ポォオオオオオッッ!」
凄まじい雄叫びと共に、周囲に障壁を生み出した。
(ソルティス!)
ギュッ
僕は、反射的に少女を庇うように抱きしめる。
「マールっ」
彼女も泣きそうな声で僕を呼んだ。
その瞬間、『骸骨騎士』の左手から放たれた本物の『タナトス魔法』の凄まじい白光の輝きが、僕ら5人の姿を飲み込んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
その魔法の輝きは、10秒ほど続いた。
(ぐ……ぅ)
死の恐怖を感じさせる時間は、とても長く、けれど、まぶたの向こう側にあった白光が消えていく。
恐る恐る、目を開けた。
目の前には、虹色に輝く円形盾を構えるラプトの背中が見える。
後ろを振り返った。
(うわっ)
そこにあったのは、僕らを始点として放射状に広がる破壊跡だ。
この『王墓』の金属製の構造体を貫通し、溶かし、広がる地下空間をクレーター上に抉って、地上まで到達していた。
破壊された天井から、青空が見えている。
地上の風が、僕らの肌を撫でていく。
「……嘘でしょ?」
ソルティスも呆然だ。
人類史上、最も繁栄した魔法王朝の『攻撃魔法』は、とんでもない威力だった。
ラプトは膝をつく。
「くそったれ……なんちゅう威力や」
そう語る彼の円形盾の表面は、相当の熱量を受けたらしく、赤く灼熱して蒸気をあげている。
結界を張ったレクトアリスも、
「はぁ、はぁ」
呼吸を乱し、額に汗を輝かせていた。
キルトさん、ダルディオス将軍、イルティミナさん、フレデリカさんも、目の前で放たれた魔法の凄まじさに、言葉もなく立ち尽くしてしまっている。
と、その時だ。
ガシャッ
目の前に立つ『骸骨騎士』が再び、僕らへと左手のひらを向けたのだ。
(!)
そこに輝くタナトス魔法文字。
(まさか、あの威力の魔法を連発できるの!?)
僕らは愕然となった。
とっさに誰もが動けず、けれど、その中でただ1人、ポーちゃんだけが反応していた。
ダッ
神龍の幼女は、大地を蹴って突進する。
「ポオオッ!」
雄叫びと共に、『骸骨騎士』へと拳を繰り出した。
ガィン
魔法を中断し、『骸骨騎士』の左手は、それを受け止める。
空中に衝撃波の波紋が広がり、同時に、右手の剣がポーちゃんを襲った。
パシン
小さな手のひらが、その刃の腹を叩いて、その軌道を変える。
ポーちゃんの金髪を数本散らして、剣は逸れた。
ヒュボッ
そのまま、もう1つの小さな拳がボディブローを放ち、『骸骨騎士』は半歩下がって、それを回避した。
魔法は諦めたのか、タナトス王の左手が、地面に刺さっていた剣を抜く。
再びの二刀流。
ポーちゃんは1歩も引かず、竜鱗に包まれた両拳を神気に輝かせた。
「ポオオオッ」
雄叫びをあげ、前へと踏み込む。
ガィン
神気の火花が散り、『骸骨騎士の剣』と『神龍の拳』がぶつかり合った。
ガンッ ギンッ ガガァン
凄まじい攻防。
1撃でも喰らえばおしまいの状況で、けれど、ポーちゃんは臆することなく、決死の戦いを続行する。
我に返ったキルトさんが、
「ポー!」
そう叫びながら、『骸骨騎士』の背中に大剣を振る。
ガギィン
死角からの攻撃を、けれど『骸骨騎士』は振り返ることもなく、片手の剣のみで防いだ。
ガッ ギン ガギィン
キルトさんとポーちゃん、『金印の魔狩人』と『神龍』を相手に、『骸骨騎士』は劣勢になることもなく戦い続ける。
(強い……っ)
2対1の不利を、まるで感じさせない。
それどころか、
ガギィン
「くっ!?」
あのキルトさんが、逆に、また弾き飛ばされてしまった。
銀髪を散らし、床に転がるキルトさん。
すかさず、その空いた穴を埋めるように、今度はダルディオス将軍が参戦した。
「ぬぅぅ!」
ガツッ ガッ ギギン
それでも、将軍さんの剣も『骸骨騎士』は片手でいなしてしまう。
「父上!」
フレデリカさんが『烈火の剣』を構えて、前に走った。
その横を、イルティミナさんも並走する。
キルトさんも立ち上がり、再び異形の騎士めがけて襲いかかった。
ガガガッ ガギッ ギギィィン
5対1だ。
こちらが圧倒的に有利な状況で、けれど『骸骨騎士』は巧みに位置取りを変えながら、素晴らしい反射速度で5人を相手にし続ける。
(嘘だろ……?)
目の前の光景が信じられない。
あのキルトさんが、イルティミナさんが、まるで子供のように翻弄されている。
「ぬう!」
「……くっ」
2人の表情にも、小さな焦りがある。
唯一、その力と速度に追いついていけるのは、『神龍』のポーちゃんだけみたいだった。
その小さな身体で、『骸骨騎士』の懐に入り続け、
「ポオッ!」
ドゴォン
迫る剣に頬を裂かれながら、ついに光る拳を『骸骨騎士』の脇腹に叩き込んだ。
黒い鎧がひび割れる。
それでも『骸骨騎士』の動きは止まらない。
右手の剣が、ポーちゃんの頭上から振り下ろされ、
「ポォオオオッ!」
バキャアアン
逆にカウンターを発動して、ポーちゃんの光る拳は、肘関節に強烈なアッパーカットを喰らわせていた。
肘が、逆方向に曲がる。
(やった!)
僕は、心の中で喝采をあげた。
戦いにおいて、片腕の破壊は、勝敗を決定づけるほどの致命的なダメージとなる。
でも、その直後だった。
ヒィイン
砕けた脇腹の黒い鎧が、折れたはずの右腕が、緑色の回復光を放ち、一瞬で修復された。
(え……?)
僕は呆けた。
みんなも呆けた。
そして、見上げるポーちゃんめがけて、復活した『骸骨騎士』の右腕の剣が叩き込まれた。
ドプッ
硬い竜鱗の肌が斬り裂かれ、鮮血が舞う。
辛うじて、頭部は逸らした。
けれど、肩から5センチほどの深さまで、刃が食い込んでいる。
「ポーちゃん!」
僕は絶叫した。
それに応えるように、ポーちゃんの光る拳が『骸骨騎士』の顔面を殴り飛ばした。
ドパァン
直撃を受けて、『骸骨騎士』はたたらを踏む。
黄金色の『骸骨の兜』に生まれたひび割れは、けれど、やはりすぐに修復されていく。
「……かふっ」
ポーちゃんは血を吐いて、床に片膝をついた。
「あかん!」
「ナーガイア!」
ラプトとレクトアリスが、慌てて駆け寄り、その身体を抱えて、ソルティスの前へと引っ張ってきた。
でも、ソルティスは茫然としていた。
「ソルティスっ」
僕は、その肩を揺らす。
「……あ」
ソルティスはハッとすると、慌てて、ポーちゃんの傷へと回復魔法をかけ始める。
「だ、大丈夫よ! 必ず治すからね、ポー!」
「…………」
コクッ
血まみれの幼女は、いつもの無表情で頷く。
でも、『神体モード』の限界時間が来たのか、白煙をあげて、竜の角と尻尾、肌の鱗が消えていく。
(……ポーちゃん)
限界まで戦い続けた幼女に、僕の胸は熱くなる。
キルトさんたち4人は、『骸骨騎士』の接近を阻むように、僕らの前に立ってくれていた。
僕は息を吐く。
「ラプト。これ、お願い」
そう言いながら、左手に抱えていた『神霊石の欠片』を差し出した。
僕の表情を見て、
「わかった」
ラプトは、神妙な顔で受け取ってくれた。
僕も頷く。
それから、僕らを守ろうとしてくれるキルトさん、イルティミナさんの間を抜けて、僕はみんなの前に立った。
「マール」
キルトさんが僕の名を呼ぶ。
僕は振り返らずに、
「巻き込まれないように、みんな、離れていて」
そう警告した。
目の前に立つ『骸骨騎士』は、その間、不思議と襲ってくることもなく、僕らのことを静かに見つめていた。
それを見返して、僕は告げる。
「――神気開放」
その言葉と同時に、僕の頭部に獣耳が、臀部から長い尻尾が生えてくる。
そして、
「――究極神体モード」
そう続けた言葉に応じて、ポケットから『神武具』が虹色の粒子となって吹き出し、僕の全身にまとわりついた。
パシッ パシィン
神気の白い火花が散る。
その中で、僕は、虹色の外骨格をまとったような『人型の狗』へと変身した。
背中には、金属の翼。
左右の手には、『妖精の剣』と『マールの牙・弐号』を神化させた、大小の『虹色の鉈剣』がある。
凄まじい力が内側から溢れる。
『…………』
その姿を、『骸骨騎士』は身じろぎ一つせずに見つめていた。
彼我の距離は、10メード弱。
キリリン ガシャン
金属の外装を筋肉のように回転させて、僕は、2つの『虹色の鉈剣』をゆっくりと構えた。
応じるように、
ガシャリ
異形なる『骸骨騎士』も、左右の剣を構える。
2人の間の空気が圧縮する。
皆が固唾を飲んで見守る中、僕の『神狗の兜』にある青い眼球と、『骸骨の兜』にある紫色の眼球の視線がぶつかり合った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




