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336・聖なる墓室

本日も、書籍発売を記念して更新です♪(毎日更新は10月30日の金曜日まで行いますよ~)


それでは本日の更新、第336話です。

どうぞ、よろしくお願いします。

 僕らは、石板のあった広間から『開かずの扉』の前へと戻ってきた。


 ソルティスが扉の魔法石の1つを、小さな指で示す。


「じゃあ、キルト。ここにキルトの血を流して。そうすれば、血液中の魔力から波長パターンが検出されて、扉の封印が解けるはずだわ」

「ふむ、わかった」


 頷くキルトさん。


 彼女は、予備の武器である短剣を引き抜いて、その魔法石へと近づいていく。


 僕とイルティミナさんは、それを見守る。


「ち、ちょっと待ってくれ」


 そう声をあげたのは、アルンの黒騎士であるフレデリカさんだった。


「いったい、どういうことだ? なぜ、キルト殿の血で扉が開くことになる? その理由を、私たちにもわかるように説明してくれないか?」


 困惑した声だ。


 それは当然の反応だろう。


(だって、フレデリカさんは知らないんだから)


 キルトさんが、かつてこの地に存在したアマントリュス王家の血筋だってことを……。


 でも、それを僕らが口にしていいのか、わからない。


(キルトさん……)


 彼女は、魔法石だけを見つめている。


 彼女が自ら言わないのであれば、僕らはフレデリカさんには申し訳ないけれど、それを教えられないと思った。


 ダルディオス将軍は難しい顔をしていた。


 そして、静かに口を開く。


「50年ほど前、アルンが平定したことにより、この地にあったアマントリュス王国は滅びた。そして25年前、その王家の生き残りだという1人の男が、同じこの地で反乱を起こし、殺された」


 キルトさん以外の視線が、将軍さんに集まる。


 彼は続けた。


「男の妻子は、その罪により奴隷に落とされた。だが、神帝都に移送される際、大規模な盗賊団に襲われ、その妻子も亡くなったと聞いておる。……もしその子供が生きておったなら、そこの鬼娘と同じ年頃であろう」


 フレデリカさんは「まさか……」と目を見開いた。


 キルトさんは、何も言わない。


 その銀髪の流れる背中を、ダルディオス将軍は、真っ直ぐに見つめた。


「25年前、反乱軍の首謀者の首を刎ねたのは、このワシだ」


(!)


 僕は、ビクッと反応してしまった。


 その言葉の意味は、つまり……キルトさんの父親の仇は……。


 ソルティスも驚いた顔だ。


 でも、イルティミナさんは何も表情を変えなかった。


 ラプト、レクトアリス、ポーちゃんの3人は、人間たちのしがらみに関わる気はないのか、無言のまま、成り行きを見守っている。


 そして、キルトさんは、


「そうか」


 短い一言をこぼしただけだった。


 その声は、驚くほどに淡々としていた。


 まるで、自分とは無関係な他人の話を聞いているかのように……。


 ブシュッ


 そして、キルトさんは、短剣で自分の左手首を切った。


 真っ赤な血が溢れる。


 それは目の前の魔法石へと流れ落ちていき、不思議なことに、その血液は魔法石の中へと吸い込まれていった。


 ピィィン


 魔法石が光り輝く。


 その表面には、とても精緻な極小のタナトス魔法文字の羅列が浮かび上がっていた。


 その文字が、次々と書き換えられていく。


 やがて、その輝きは、扉に刻まれた紋様に沿って、他の魔法石へと辿り着き、その表面にも光るタナトス魔法文字の羅列を輝かせていった。


 少しずつ、扉の封印が解かれている。


 少しずつ増していく光たちが、僕ら9人を照らしていく。


「…………」

「…………」


 フレデリカさんも、ダルディオス将軍も、もう何も言わなかった。


 ドクッ ドクッ


 キルトさんの手首から、血が流れ続けている。


(大丈夫かな?)


 かなりの出血量に思える。


 心配になった僕は、キルトさんに近づき、その横顔を覗き込もうと思った。


 その時だ。


「わらわは、父を恨んでいた」


 不意にキルトさんが、独り言のようにそう言った。


(え?)


 僕の足が止まる。


「あの男が反乱など起こさねば、わらわも母御も、村の者も皆、奴隷に落とされることはなかった。母御も死なずに済んだかもしれぬ」


 彼女の瞳は、魔法石だけを見ている。


 そこに流れる己の血を。


 アマントリュス王家の血を見つめ続けている。


(…………)


 僕は何も言えなかった。


 キルトさんの壮絶な過去を思えば、軽々しいことは口にできなかったんだ。


 でも、


「しかし今は、少しだけ許しても良いと思えた」


 そうキルトさんは微笑んだ。


 その横顔は、とても穏やかで美しく、まるで女神様みたいだった。


 そんな彼女が言う。


「あの過去がなければ、わらわはアルンの片田舎で、母御たちと共に穏やかな一生を送ったであろう。そうなれば、このように戦う力は得られなかった」


 ……キルトさん。


「今のわらわには、自らの信じる道を貫く力がある……それだけは良かった」


 穏やかな声。


 その響きが終わると同時に、扉の魔法石全てが光り輝いた。


 ガコッ ゴゴォオン


 何かが作動し、重い物が動いた音がする。


 キルトさんは、手首を押さえて止血しながら、ゆっくりと振り返った。


 アマントリュス王家のみが開けられるという扉の輝きを、まるで後光のように背負いながら、キルトさんの黄金の瞳は僕を見つめた。


 彼女は、優しく笑う。


「マール、そなたを守り、導く力を得た。そのことだけを、わらわは父に感謝する」


 その笑顔は眩しかった。


(キルトさん……)


 キルトさんは、ゆっくり僕に近づくと、


 ギュッ


 僕の身体を抱きしめた。


 失血のせいで、立っているのが辛かったのかもしれない。


 まるですがるように体重を預けられ、その身体を密着させてくる。


 グッ


 僕はしっかりと踏ん張って、キルトさんを支えた。


「……あぁ……マール」


 嬉しそうな、切なそうな声で、僕の名前を呼ばれた。


 なんだか、夢見心地の声だ。


 気づいたソルティスが慌てて駆け寄ってきて、今も血が流れ続けている手首の傷へと回復魔法をかけ始める。


「血を流しすぎて、意識が混濁しているようです」


 イルティミナさんも、すぐに近づいて、一緒にキルトさんの身体を支えようとする。


 ググッ


 でも、キルトさんは朦朧としながらも、僕にすがるように抱きついたままだ。


「……むっ」


 イルティミナさんは、少し表情を曇らせた。


 ソルティスが言う。


「横にして、少し休ませましょ? 回復魔法で血は作ってるから、しばらくすれば回復するはずよ」

「……わかりました」


 妹の言葉に、イルティミナさんは頷いた。


 キルトさんは目を閉じて、僕に抱きついたままだ。


 ダルディオス将軍とフレデリカさんが毛布を敷いてくれて、僕は、キルトさんの身体をそこに寝かせてやる。


 ギュッ


 でも、手は強く握られたままだ。


「……マール?」

「大丈夫。そばにいるよ」


 珍しく不安そうな声が聞こえて、僕は優しく応えて、手を握り返した。


 キルトさんは、少しだけ安心した表情になる。


 そんな僕らの後ろでは、


 ガコッ ゴン ゴォオオン


 輝きを放つ扉が大きな音を響かせながら、少しずつ左右へと動きだしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――すまんな。もう大丈夫じゃ」


 しばらくすると、キルトさんはそう言って、身体を起こした。


 失血で白かった顔色も、今は快復したのか、血色が戻っていた。


(よかった)


 僕は、安堵の息を吐く。


 ふと気づけば、キルトさんは自分の右手を見ていた。


(ん?)


 僕も視線を追いかければ、彼女の手を、僕の手がいまだ握っている状態だった。


「わっ、ごめんなさい」


 パッ


 急に恥ずかしくなって、慌てて手を離す。


 そんな僕に、キルトさんは驚き、それから彼女も照れ臭そうにはにかんだ。


「ありがとうの」


 ポンポン


 繋いでいた手で、僕の頭を軽く叩いてくれた。


 そんな僕らに、イルティミナさんは嘆息し、他のみんなは優しく見守ってくれている。


 キルトさんも笑って、立ち上がった。


 けれど、その表情はすぐに引き締まって、彼女の視線は解放された『開かずの扉』へと向けられる。


 扉は、完全に開いていた。


 扉自体の厚さは、2メード以上もあったみたいだ。


 断面からは、巨大な鉤爪や閂、歯車みたいな複雑な内部機構も見えている。


 そして扉の先には、通路があった。


 通路の床の左右には、青白い光を放つ紋様が描かれていて、それが奥まで続いている。


 …………。


 この奥には、人類史上最も栄えた王朝、その最後のタナトス王の亡骸が安置されているんだ。


 そして、


(そこにはきっと、7つ目の『神霊石の欠片』もあるんだね)


 僕らは、通路を見つめる。


「よし、行くぞ」


 キルトさんの力強い声。


 全員が頷き、そうして僕ら9人は、『開かずの扉』の先の通路へと入っていった。


 …………。


 通路は、30メードほどだった。


 その先には、ピラミッド型の空間が広がっていた。


 周囲には、青白い液体の詰まったタンクや、見たこともない巨大な魔導機器などが並んでいる。


 ヒィン キキン


 作動音らしい澄んだ音色が、空間内には響いている。


 空気は冷たい。


 そして、周囲の巨大タンクや魔導機器などからは、無数のパイプやコードなどが伸びていて、それらは中央へと集まっていた。


 その中央にあったのは、


「……祭壇だ」


 僕は呟いた。


 2段ほど高くなった場所に、祭壇があり、そこにパイプやコードが連結されていた。


 そして祭壇の上には、『棺桶』が置かれていた。


 漆黒の美しい石で造られた、装飾も見事な『棺桶』だった。


 魔力が流されているのか、棺に刻まれた溝には、青白い光が今も血流のように流れ続けている。


「…………」


 皆、言葉もない。


(あれが……最後のタナトス王の棺……) 


 まるで芸術品にも思える、美しい『漆黒の棺』だった。


 そして、その中央。


 棺の蓋部分の真ん中には、魔法陣が描かれ、その中央の窪みに白い光を放つ石の欠片が嵌め込まれていた。


 みんなの視線が集まる。


 その神々しい輝きは、この空間に満ち、そして僕ら9人全員の顔を照らしている。


 ――ついに見つけた。


「最後の……『神霊石の欠片』だ」


 思わず、呟く。


 その僕の声は、400年間の長い間、外部から隔絶されていた薄暗い室内に、妙に大きく響いた。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 何時如何なる時もマールに近寄る女を許さない。 そんな気概に満ちたイルティミナは「ハーレムなんて論外だ!」と謂わんばかり。 其れは相手が喩えキルトであっても例外…
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