329・烈火の剣
第329話になります。
よろしくお願いします。
僕らを乗せた『飛行船』は、アマントリュス地方の軍施設へと着陸した。
「ここからは竜車での移動だ」
と、フレデリカさん。
彼女やダルディオス将軍を始めとしたアルン騎士200名もいるので、かなり大所帯だ。
黒い大型竜車20台。
僕らは、その1台に乗り込んだ。
「出発だ!」
ダルディオス将軍の号令で、20台の竜車が軍施設を出発する。
窓の外は雪景色だ。
本来は草原なんだろうけれど、今は、青空の下に真っ白な大地が広がっている。
遠くには、白い森林と雪帽子を被った山脈が見えた。
ドドドッ
竜車の車輪が街道の雪を蹴散らして、雪煙が舞っていく。
「寒くはないですか、マール?」
窓の外を見ていると、隣の席に座るイルティミナさんにそう声をかけられた。
「うん、大丈夫」
僕は笑った。
竜車の中には、炭を焚いた火鉢みたいな物があったんだ。
おかげで車内は、ほんのり暖かい。
「心配してくれてありがとう、イルティミナさん」
「いいえ」
お礼を言うと、彼女は嬉しそうに僕の髪を撫でてくれた。
(えへへ)
その指が気持ちいい。
(……ん?)
ふと気づくと、そんな僕らを、フレデリカさんが少し羨ましそうに見ていた。
目が合うと、ハッとして視線を外される。
「???」
キルトさんとダルディオス将軍は、その様子に苦笑を浮かべていた。
ソルティスは、ため息をこぼす。
ラプトとレクトアリスとポーちゃんの神界の3人は、よくわかっていない顔だった。
「ふふっ、お気になさらず」
ナデナデ
イルティミナさんは満足そうに微笑み、ずっと僕の髪を撫で続けていた。
――そうして、竜車の旅は続いた。
そして3日目の昼頃。
20台の黒い大型竜車は、雪の積もったとある丘の上で停まった。
僕らは、竜車を降りる。
雪の上に足跡を残しながら、丘の端まで向かって、眼下の景色を見下ろした。
そこに都市があった。
城壁に覆われた、大きな都市だ。
けれど、その城壁はあちこちが崩されていて、都市の建物もほとんどが崩壊していた。
その上に、雪が積もっている。
(……廃墟の都市だ)
人の生活している気配は、どこにもない。
かつて、この地で反乱が起き、そして、この都市はその戦場となったのだろう。
「…………」
その反乱の首謀者の娘だというキルトさんは、長い銀髪を冬の風にたなびかせながら、無言のまま、その景色を見つめていた。
フレデリカさんの指が、都市の奥を示す。
そこには、長さ1キロほどの古墳のような、巨大な土の盛り上がりがあった。
土の中から、人工的な壁や塔などが見えている。
どうやら巨大な建造物が、長い年月で土と雪に埋もれてしまったみたいだ。
「あれが『タナトス王の王墓』だ」
フレデリカさんが静かに告げた。
あれが……。
僕らは言葉なく、それを見つめた。
これから僕らは、あの巨大な王墓の中へと入ることになるのだ――その実感を、僕は、ようやく強く覚えていた。
◇◇◇◇◇◇◇
雪の積もった廃墟の都市を、僕らは眺めた。
(……ん?)
すると、その白い場所には、無数の黒い影が動いているのに気づいた。
都市の中だけでなく、外側の大地にもいる。
あれは……?
「アンデッドだ」
そうフレデリカさんが教えてくれた。
アンデッド、つまり、不死の人。
不死の魔物は、5体をバラバラにされても活動停止することはない。その活動を止めるには、神聖魔法か、火によって浄化するしかないそうだ。
そして不死人は、元は人間だ。
だから、できる限り、神聖魔法か火によって浄化することが望まれている。
(…………)
僕は、白い大地に広がる不死人たちを見つめた。
2000~3000体はいる。
物凄い数だ。
あれは、この都市の住人だったのか、反乱軍の戦士だったのか、あるいはその両方かもしれない。
……もしかしたら、
(あの不死人の中に、キルトさんのお父さんや仲間だった人もいるのかな?)
僕は、キルトさんの横顔を見上げた。
「…………」
彼女の表情は、いつもと変わらなかった。
その可能性を思っているのか、思っていないのかもわからない。
…………。
もしかしたら、キルトさんは父親を恨んでいるのかもしれない。
だって、お父さんの反乱のせいで、幼いキルトさんは奴隷になってしまったんだから。
そして、そのことは僕ら3人しか知らない。
僕とイルティミナさんとソルティスだけ。
あのダルディオス将軍も、この地の反乱軍とキルトさんの関係を知らないはずだ。
と、フレデリカさんが口を開く。
「あのアンデッドの足止めは、アルン騎士たちが行う。その間に、私たち9人は『タナトス王の王墓』へと侵入する」
キルトさんは頷いた。
「わかった」
その声も、いつも通りだ。
今は目的のため、過去の因縁は、意識の外側に追いやっているのかもしれない。
フレデリカさんは続ける。
「作戦の決行は明朝。今夜は、明日に備えて、旅の疲れを癒して欲しい」
僕らは頷いた。
そうして僕らは、その丘の上に野営して、最後の平穏な一晩を過ごしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝だ。
太陽が東の地平から顔を出し、銀世界を輝かせる。
その美しい世界の中で、
『うぉおおおお!』
ガキッ ザキュン ズバァン
廃墟の都市内部からは、200名のアルン騎士と数千体のアンデッドの戦いの音が響いていた。
「こっちだ!」
アルン騎士たちの間を、フレデリカさんを先頭に僕らは走る。
アルン騎士たちが手にするのは、『炎の剣』だ。
それはアルン軍の開発した剣で、トリガーを引くと柄にある歯車が回転し、火の魔石の力を発動するという汎用品だ。
アルン騎士の標準装備で、全員が持っている。
その炎が迫るアンデッドたちを斬り裂き、燃やして、その肉体を浄化していく。
(さすがだ)
鍛え上げられた彼らは、強かった。
そのおかげで、僕やソルティスが火の魔法を使う必要もなかった。
彼らの作る道を、安心して走っていける。
目指すのは、『タナトス王の王墓』のみだ。
「急ぐぞ、マール殿!」
「うん!」
フレデリカさんの言葉に頷いて、僕らは通りの雪を蹴散らして、走っていく。
と、その時だ。
ガラッ ガララァン
(!?)
通りの前方にある建物の1つが崩れて、そこから数十体のアンデッドが溢れ出してきた。
「くっ」
まずい。
突然の出現で、アルン騎士さんたちの足止めも間に合わない。
(仕方ない)
僕は神気を消費して、『炎の蝶』の魔法を使うことにする。
でも、
「ここは、私に任せてくれ」
そんな僕の前に手を出して、フレデリカさんがそう言った。
(え?)
驚く僕の前で、彼女は剣を抜く。
シュラン
その引き抜かれた剣を見て、僕は、それが今まで彼女の使っていた『炎の剣』ではないことに気づいた。
紅い宝石みたいな美しい刃の剣だ。
その刀身には、タナトス文字が刻まれ、根元には魔法石が填まっている。
まさか、
(タナトス魔法武具!)
そう気づいた僕らの前で、彼女は紅い剣を構えた。
ボワンッ
その紅い刀身が烈火に包まれる。
そして、炎が燃え盛った魔法の剣を手にした女黒騎士は、それを鋭く振り下ろした。
ボバァアアン
凄まじい火炎が砲弾となって飛び出した。
それは、前方に群がっていたアンデッドたちに直撃し、その全てを炎に包み込む。
ジュオ ジュオオオ……
不死の呪いを受けた肉体は、浄化され、炎の中で崩れ、消えていく。
(……凄い)
フレデリカさんは、一瞬で数十体ものアンデッドを倒してしまった。
唖然となる僕ら。
フレデリカさんは「ふぅ」と息を吐き、そのタナトス魔法武具の剣を鞘にしまう。
「その剣は?」
イルティミナさんが問いかけた。
フレデリカさんは「ん?」と振り返り、それから笑った。
「『シャベルサの密林』にあった古代遺跡でな。『神霊石の欠片』を探している時に発見した」
カシャッ
そう言いながら、柄に手をかける。
(ほぇぇ……そうだったんだ)
凄いや。
ただでさえ強い黒騎士のお姉さんが、魔法の剣まで手に入れてしまったんだ。
僕の視線に、フレデリカさんはくすぐったそうだった。
他のみんなも感心している。
父親であるダルディオス将軍は、
「とはいえ、その『烈火の剣』の強さにばかり頼ってはいかんぞ、フィディ?」
と忠告する。
「わかっております、父上」
フレデリカさんは生真面目に頷いた。
(うん)
こんな真面目な彼女なら、慢心なんてしなさそうだよね。
これまで、フレデリカさんと一緒に旅をしてきたラプトとレクトアリスも、信頼した眼差しだ。
そんな中、
「…………」
イルティミナさんだけは難しい顔だった。
彼女は、自分のタナトス魔法武具である『白翼の槍』をギュッと握り締めている。
と、2人の視線が合った。
「…………」
「…………」
フレデリカさんは微笑み、イルティミナさんは何も言わない。
(???)
僕は、そんな2人のお姉さんに首をかしげる。
と、
「道は開けた。このまま先に進むぞ」
キルトさんが鉄の声で言った。
あ、うん。
「急ごう!」
僕はそう言って、駆けだした。
「あぁ、そうだな」
「行きましょう」
2人のお姉さんも頷き、みんなも同じように走りだしている。
『タナトス王の王墓』は、もう目の前だ。
再びアンデッドが集まる前にと、僕ら9人は『烈火の剣』の炎によって雪の蒸発した通りを、一丸となって駆け抜けていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。