326・白雪の旅立ち
第326話になります。
よろしくお願いします。
お城に到着すると、王女の侍女フェドアニアさんが出迎えてくれた。
「皆様、こちらへ」
そして、あの空中庭園へと案内される。
庭園に入った途端、空気が暖かくなった。
見れば、真冬だというのに庭園内では、色とりどりの花たちが元気に咲いている。
(不思議だなぁ)
管理がしっかりしているのか、あるいは魔法の力か、両方か。
でも、とても綺麗だ。
そして、その美しい花々の奥にあるガゼボに、2人の少女がいた。
片方は、水色の髪に蒼と金のオッドアイをしたドレス姿の少女、この国の第3王女レクリア・グレイグ・アド・シュムリア、その人だ。
もう1人は、金髪碧眼の幼女、
(ポーちゃん?)
だった。
「皆様、よく来てくださいましたわ」
レクリア王女が微笑み、立ち上がる。
僕ら4人は跪いた。
ポーちゃんは、人形のように椅子に座ったままだ。
王女様は、僕らに立つように促し、僕らがそれに従うと、こちらの顔を、その2色の瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
そして、言った。
「今朝ほど、アルン神皇国より最後の『神霊石の欠片』の所在が判明した、と連絡が届きました」
(!)
ついに!
表情を変える僕らに、彼女は頷いた。
「またアルン神皇国よりの正式な要請として、『マール様たちの協力が欲しい』と受けました」
そのオッドアイの視線が、僕ら1人1人を見つめる。
「それは、7つの欠片の最後の1つ」
「…………」
「恐らく、『闇の子』がそれを阻止しようと襲撃してくるでしょう。このクエストは、今まで以上に危険な任務となる可能性がありますわ」
静かな声。
だからこそ、その懸念は真実味を帯びている。
王女様は問う。
「それでも、マール様たちは、アルンに向かってくださいますか?」
「もちろんです」
僕は即答した。
他の3人も頷いている。
そのアルン神皇国のクエストには、きっとラプトやレクトアリスが参加している。
黒騎士フレデリカさんも必ずだ。
(みんなの助けになるなら!)
どんなに危険だろうと、僕は世界の果てにだって行ってみせる。
僕の青い瞳を、レクリア王女は見つめた。
そして、
「わかりましたわ」
大きく頷き、微笑まれた。
「では、準備ができ次第、マール様たちはアルン神皇国に向かってくださいまし」
「はい」
僕らは首肯した。
と、そこでキルトさんが口を挟んだ。
「アルンに向かうのは、自分たち4人でしょうか?」
「いいえ」
水色の髪を柔らかく揺らして、レクリア王女は首を振る。
「もう1人、神龍ナーガイア様……いえ、ポー様も」
ポーちゃんも?
その言い方が、ちょっと気になった。
「えっと……ポーちゃんだけですか?」
「はい」
王女様は肯定する。
ちょっと驚いた。
ポーちゃんには、いつも護衛として、あの金印の魔学者コロンチュード・レスタが一緒にいる。
そんな彼女が、今回は同行しないなんて。
僕の表情に気づいて、
「コロンチュード様には、他にやって頂きたいことがありますの」
(……他に?)
驚く僕に、レクリア王女様は微笑まれた。
エルフの国から帰ってから、実はコロンチュードさんは、ずっとエルフの国との国交復活に向けて尽力していたそうだ。
それは『魔血の赤子』をシュムリア王国で保護するためだ。
そこには、ヴェガ国の協力も必要だったりで、シュムリア王国の外交部はしばらく大忙しだったそうだ。
「じゃあ、今回同行しないのは、そのために?」
「いいえ」
レクリア王女は、首を横に振った。
「それも重要な事柄でしたが、コロンチュード様には、それ以上に重要な事柄に当たって頂きますの」
それ以上……?
僕らは、心の中で首をかしげる。
そして、レクリア王女は言った。
「神々を招く『神界の門』の作成ですわ」
と。
(あ……!)
僕は、ハッとなった。
そうだ。
7つの欠片が集まり、『神霊石』が元に戻ったとしても、それは神々を招来するための部品の1つでしかなかった。
それを使って、『神界』と『人界』を繋ぐ『門』を作る必要があったんだ。
そして、それは古代タナトス魔法王朝においても、最高峰の魔法技術で造られたものだ。
その再現は、容易くない。
そして、
「コロンチュード様には、今、その設計に携わってもらっていますの」
レクリア王女は、そう言った。
いや『神霊石』探しが始まった段階で、アルン、シュムリア両国の優秀な魔学者たちが、すでに研究を始めていたのだそうだ。
今後はそこに、コロンチュードさんも加わるとのこと。
(なるほどね)
それはある意味、『神霊石の欠片』を集める以上に重要な任務だ。
僕は頷いた。
「わかりました」
コロンチュードさんには、こちらは気にせず、『神界の門』作成をしっかりがんばってもらおう。
他の3人も頷いている。
ポーちゃんは、すでに説明されていたらしく表情は変わらなかった。
「がんばろうね、ポーちゃん」
「…………」
コクッ
僕の呼びかけに、幼女はいつも通りに頷いた。
ふと気づいたら、そんな僕らを眺めて、みんなは優しい顔で笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
それから僕らは、レクリア王女にお茶をご馳走になった。
「旅立ちの前に、一息入れてくださいましね」
と優雅に微笑まれる。
王女の侍女フェドアニアさんの淹れてくれた紅茶は、いつも飲む物より香りが強くて、
(高級品なのかな?)
なんて思った。
空中庭園で、花々に囲まれてお茶を楽しむ、なんとも優雅な一時だった。
まぁ、ソルティスなんか無言のままで、とても緊張した様子だったけどね。
「…………」
でも、本当に美味しいお茶だ。
レクリア王女も美しい瞳を伏せて、優美な所作でカップを傾けている。
彼女も、もう15歳。
初めて会ってから2年近くが経過して、気がついたら、王女様はもう成人していた。
(時間が経つのは早いものだ……)
前は、その水色の髪も肩上で切り揃えられていたけれど、今は、だいぶ伸びて背中まで届いている。
ソルティスも成長したけど、それ以上に大人っぽい。
(まぁ、元々、大人びた人だったけれどね)
そんなことを思いながら、お茶を飲む。
「あら? どうかされまして?」
(わ……)
横顔を見ていたら、その視線に気づかれてしまった。
ちょっと焦る。
「いえ、その、レクリア王女も大人っぽくなられたなぁと思って」
正直に答えてしまった。
王女様は「まぁ」と目を丸くなさる。
「これ、マール」
キルトさんは、少し慌てたようにたしなめてきた。
「あ……ごめんなさい」
相手は王族だものね。
(ちょっと不躾だったかな……?)
でも、レクリア王女ならば許してくれそうな気がした。
案の定、王女様は口元を手で隠しながら、
「フフフッ、とても嬉しいですわ。ありがとうございます、マール様」
なんて、可愛らしくお笑いになられた。
あぁ、よかった。
そして、本当に可憐な笑顔だ。
それから、レクリア王女は色々な話をしてくださった。
現在のシュムリア王国では、公表できる部分では、国王様やレクリア王女の兄、姉たちが担当してくれて、公表できない悪魔関連などの部分を、自分が担当しているのだとか。
ドル大陸のヴェガ国では、王子のアーノルドさんが近々正式に王位を継ぐことになったのだとか。
(へ~?)
アーノルドさん、ついに王様になるんだ。
前に求婚されたキルトさんは、「そうですか」と懐かしそうな顔をしていた。
ちなみに、その話をすると、
「まぁ、そうでしたの!?」
と、レクリア王女は瞳を輝かせた。
やっぱり女の子なんだね。
恋愛話には、とても興味がおありのようだった。
ちなみに僕は、キルトさんに「余計なことを申すな」と怒られちゃったけど。
あと、ソルティスは初耳だったので『マジで!?』って顔で、キルトさんの横顔を見ていたよ。
ポーちゃんだけが無言、無表情だ。
そして話題は、そこからレクリア王女自身になった。
「わたくしも、成人してからは、特に婚姻の申し込みが多くなりましたの」
とため息。
(おぉ、そうなんだ?)
王女様、美人だもんね。
ただ彼女の場合は王族だから、僕ら庶民とは、結婚そのものの意味が違ってしまうんだろう。
感情より国益、とか。
でも、できれば彼女には、好きな人と結婚して欲しいなと思う。
なので、
「いい人、いたんですか?」
と質問してみた。
レクリア王女は困ったように笑って、「いいえ」と首を横に振られた。
「全て、お断りしておりますの」
とのこと。
「今はこんな時ですもの。『闇の子』に関することが解決するまでは、さすがにわたくしも、他のことまで考えている余裕はありませんわ」
(そっかぁ)
優しく聡明な王女様は、自分よりも世界を優先なさっている。
でも、だからこそ、
(早く解決して、レクリア王女には、素敵な人と結婚してもらいたいな)
なんて思う。
みんなも、そんなことを思っている顔だった。
と、蒼と金の瞳が、僕を見つめた。
「……もし結婚するならば、わたくし、マール様のような方が良いですわ」
そう微笑まれる。
(え?)
ちょっと驚いた。
キルトさん、ソルティスも唖然とし、イルティミナさんなんて「な……っ!?」と愕然とした顔をしている。
「あはは、ありがとうございます」
僕は笑った。
こちらを喜ばせようという社交辞令だ。
素直に感謝である。
「…………」
レクリア王女は微笑んだまま、そんな僕を眺めている。
イルティミナさんは何かを言おうとしたけれど、その前に、キルトさんが「これっ」と慌てて止めていた。
ソルティスは難しい顔である。
(???)
僕は、心の中で首をかしげた。
そんな中、
コキュ コキュ
ポーちゃんだけが我関せず、美しい庭園で1人、美味しい紅茶を飲み続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
不思議な空気は一瞬で、すぐに穏やかなお茶会に戻った。
そして、
「して、レクリア王女? 最後の欠片があったのは、どんな場所で?」
とキルトさんが訊ねた。
(あ……)
そういえば、まだ聞いてなかったね。
僕らは姿勢を正した。
レクリア王女は頷いて、
「アルン北方の地、アマントリュス地方ですわ」
と教えてくれた。
アマントリュス地方……。
聞いたことのない地名だけど、しっかり心に刻んでおく。
(ん?)
その時、その名前を聞いたキルトさんが、少し驚いた表情をしていた。
「アマントリュス地方……」
そう呟きを落とす。
(???)
知っている名前だったのか、少し変な反応だ。
そんなキルトさんに代わって、イルティミナさんが問いかける。
「それは、どのような土地なのでしょう?」
レクリア王女は、瞳を伏せた。
少しだけの間、そして、
「そこは古代タナトス魔法王朝の最後の王の眠る、『タナトス王の王墓』がある場所ですわ」
と告げた。
(タナトス王の……お墓?)
僕らは驚いた。
王女の声は言う。
「神魔戦争を起こした王であり、タナトス魔法王朝という人類の最盛期に君臨した王――その異名は『魔王』とも呼ばれた人物が眠る土地ですわ」
そこに宿る畏怖。
同じ王族であっても、規模と格が違う。
僕らも息を呑んだ。
「そこに……最後の『神霊石の欠片』があるんだ……」
僕は呟く。
レクリア王女は「はい」と頷いた。
なんという偶然か。
それとも運命か。
アルン北方の地、アマントリュス地方にあるという『タナトス王の王墓』――僕らは、そこを目指すのだ。
「…………」
ギュッ
僕は、小さな両手を握り締める。
その日は、そうしてお茶会も終わり、僕ら5人は、神聖シュムリア王城をあとにすることとなった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、王都ムーリアに初雪が降った。
「う~、寒いわね」
サクッ
1センチほど積もった雪に足跡を残しながら、ソルティスがぼやく。
吐く息も、真っ白だ。
その白さは、早朝の冷たい空気に溶けていく。
僕らは今、自宅から『冒険者ギルド・月光の風』へと向かって歩いていた。
「寒くはないですか、マール?」
「うん」
心配してくれるイルティミナさんに、僕は笑う。
防寒ローブを着ているから、大丈夫だ。
(でも、道が滑り易いから、そこだけは注意しないとね)
そうして僕らは、道を歩く。
いつもの道も、けれど、真っ白な世界になると、まるで初めての道みたいに違って見えるから不思議だね。
やがて、冒険者ギルドに辿り着いた。
「お、来たの」
「…………」
門前には、キルトさんとポーちゃんもいた。
そんな2人の前には、シュムリア国章の描かれた大きな竜車も停まっている。
「お待たせ」
僕と姉妹は笑った。
キルトさんも笑い、それから、僕ら全員を見る。
「皆、覚悟は良いの?」
「うん」
「はい」
「もちろんよ」
「…………(コクッ)」
僕らは頷いた。
キルトさんも頷いて、
「よし、では行くぞ」
その言葉を合図に、僕らはレクリア王女が手配してくれた竜車へと乗り込んでいった。
見送りには、ムンパさんが立ってくれた。
「いってらっしゃい」
そう手を振ってくれる。
心配しているだろうけど、最後まで笑顔でいてくれた。
(いってきます)
僕らも、窓から手を振り返す。
ギッ ゴト ゴトン
やがて、雪の地面を車輪が回って、竜車はゆっくりと動き出す。
ついに出発だ。
窓の外を、白く染まった王都の景色が流れていく。
(…………)
向かうのは、アルン神皇国。
その北方の地、アマントリュス地方にある『タナトス王の王墓』だ。
かつて世界を滅ぼした王の墓。
そこに、この世界を救うための欠片があるという。
(……皮肉だね)
そんなことを思いながら、窓を見つめる。
キュッ
ふと、イルティミナさんの手が、そんな僕の手に重なった。
「…………」
振り返れば、優しい笑顔の彼女がいる。
(うん)
がんばろう。
世界を救うために、あと少しだ。
僕も笑った。
初雪の降ったとある朝。
白く染まった景色の中を、僕らは竜車に乗って、アルン神皇国へと旅立ったのだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。