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325・年末年始

第325話になります。

よろしくお願いします。

 エルフの国から帰ってから、1ヶ月以上が経った。


 あれから、特に進展はない。


 あの『闇の子』たちの動向は掴めず、最後の『神霊石の欠片』を入手したという報告もなかった。


(……平和だね)


 怖いほどに穏やかな日々だった。


 1つだけ教えられたのは、最後の『神霊石の欠片』の所在を調べるのに、少し難航しているという話だ。


「待つしかあるまい」


 とキルトさん。


 アルン神皇国の人たちも必死にやってくれているだろう。


(うん、そうだね)


 自分にそう言い聞かせる。


「時が来れば、また忙しくなりましょう。それまでは、ゆっくりしましょうね?」


 イルティミナさんは、そう優しく笑った。


 その笑顔に、心も落ち着く。


「うん」


 僕も笑った。


 そうして時は流れて、気がついたら、キルトさん31歳の誕生日を迎えていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「時が経つのは、早いのぉ」


 キルトさんはそう言いながら、ケーキに立てられたロウソクの炎に息を吹きかけた。


 フウッ


 3本の太いロウソクと、1本の細いロウソクの炎が消える。


「お誕生日おめでとう、キルトさん!」

「おめでとうございます」

「おめでとー、キルト!」


 パチパチパチ


 僕らの祝福に、キルトさんは少し照れ臭そうにはにかんだ。


 それは、キルトさんの部屋。


 冒険者ギルドの3階にある彼女の部屋で、今夜は、僕ら4人だけで彼女の誕生日会をやっていた。


 窓からは、夜景が見えている。


 紅白の月が輝く星空。


 そして、シュムリア湖とライトアップされた神聖シュムリア王城、それから、光り輝く王都ムーリアの姿が広がっていた。


 それを背景に、キルトさんは笑った。


「ありがとの」


 31歳になって、その大人な魅力は、ますます磨きがかかった感じだ。


 それからは、食事を楽しんだ。


 ムンパさん主導のもと、ギルド職員さんが用意してくれた豪勢なご馳走だ。


 イルティミナさんが作った料理もある。


 どれも美味しい。


 キルトさんはそれらテーブルに並んだ料理を眺めて、お酒のグラスを傾ける。


「好きに食え。とても1人では食べ切れぬからの」

「うん」

「やったわ!」


 僕とソルティスは、喜んで、それらを味わわさせてもらった。


 そんな僕らに、イルティミナさんは苦笑している。


「マールはともかく、ソルは成人しても変わりませんね」

「良いことじゃ」


 キルトさんは、そう笑った。


 …………。


 僕も、あと2ヶ月で15歳。


 成人だ。


(少しは控えた方がいいのかな?)


 いや、まだ14歳だからいいか。


 というか、こんなに美味しい料理をお腹いっぱい食べちゃいけないなんて、その方が冒涜だよ。


 ムシャムシャ パクパク


 そんな風に、僕らは料理を楽しんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 やがて、1時間ほど、食事と会話を楽しんだ頃、


「マール」


 ツンツン


 隣に座っているイルティミナさんに、肘で脇腹をつつかれた。


(ん?)


 振り返った僕の耳元に、彼女は、その口元を近づけて、


「そろそろあれ(・・)を」


 そう吐息と共に囁かれた。


(あ)


「うん、わかった」


 僕は食事の手を止めて、椅子から立ち上がる。


 それから、隠してあった物を取りに、別室へと向かった。


「?」


 キルトさんはキョトンとしている。


 僕は、すぐに戻ってきた。


 その手には、リボンの結ばれた30センチほどの酒瓶が抱えられている。


 ソルティスも『お、持ってきたか』という顔だ。


 僕は、キルトさんの前に立つ。


「はい、キルトさん。これは、僕らからのお誕生日プレゼントです」

「む、そうか」


 驚くキルトさん。


 差し出された酒瓶を、受け取ってくれる。


 実はこれ、僕とイルティミナさんとソルティスの3人で、お金を出し合って買った物だった。


 キルトさんは、酒瓶を見つめる。


「ふむ? 見たことのないラベルじゃの?」


 そう呟いた。


 イルティミナさんは頷いて、


「それは、ミュレール地方で造られた『幻の古酒・ファルカの涙』ですよ」


 そう教えてあげた。


「……何じゃとっ!?」


 途端、キルトさんの黄金の瞳が見開かれた。


 僕らの顔を見つめ、それから、また酒瓶を見つめる。


 その驚きように、


(やった!)


 僕は嬉しくなった。


 イルティミナさん、ソルティスと顔を見合わせ、笑ってしまう。


 実は、キルトさんの誕生日プレゼントをどうしようと3人で相談した時、みんなで、彼女の大好きなお酒をあげようとなった。


 その時に、イルティミナさんが提案したのが、このお酒だ。


 僕とソルティスは、お酒に詳しくない。


 けれど、イルティミナさん曰く、この『幻の古酒・ファルカの涙』は50年前に造られたお酒で、現存するのも数少ない希少なお酒だと教えられた。


 そしてお値段、なんと30万リド。


(つまり、3000万円だ)


 500CCもないようなお酒が、家も買えてしまう金額なんだ。


 僕も1000万円、出した。


 これまで大変なクエストを幾つもこなしてきたので、お金だけは溜まっていたんだ。


 それをキルトさんに使えるなら、悪くないよね?


(うん)


 だって、それらのクエストを達成できたのは、間違いなく彼女の存在があったからだもの。


 そんなわけで、希少な古酒をプレゼントだ。


 ちなみに、入手先を探すのも一苦労だったとイルティミナさんは言っていたよ。


「そなたら……」


 キルトさんは、僕らを見つめる。


(えへへ……)


 僕ら3人は、照れ笑いを浮かべた。


 クシャクシャ


 キルトさんは、豊かな銀髪を片手でかく。


「参ったの。まさか、そなたらから、このような物をもらえるとは思っておらなんだ」


 そう苦笑する。


 ちなみに、この部屋の片隅には、キルトさんの誕生日だということで、各国の重鎮やたくさんのファンから送られたプレゼントが積まれていた。


 プレゼントには、武具が多い。


 キルト・アマンデスは『武具を集めるのが趣味』という噂があったからだ。


 あくまで噂だけどね。


 他には、洋服、食べ物、調度品などもある。


 そして中には、高価なお酒の類もあった。


 そこには、僕らの『ファルカの涙』ぐらいする値段のお酒もあったみたいだ。


 でも、キルトさんは、


「嬉しいの」


 その時には見せなかった、しみじみした表情で、今、自分の手の中にある酒瓶を見つめていた。


 …………。


(キルトさん……)


 なんだか、僕らの胸も温かくなってしまった。


 それから、キルトさんはその幻の古酒を、早速、開封した。


「ほれ、そなたらも飲め」


 と、僕ら3人にもおすそ分けだ。


 成人していない僕は、ほんの一口だけ。


 禁酒していたイルティミナさんも、今日だけは祝いの席ということで、久しぶりのお酒を口にした。


 チロッ


 舐めて見たら、かなりのアルコールの強さ。


(ひ~)


 顔をしかめる僕。


 ソルティスも似たような反応だ。


 そんな僕らに、キルトさんはおかしそうに笑った。


 笑いすぎたのか、目尻に涙が滲んでいた。


(鬼の目にも涙)


 いやいや、鬼姫の目にも涙、かな?


 自分でも気づいたキルトさんは、目元をこする。


 それから、


「いかんな。年を取りすぎて、涙脆くなったか?」


 そう呟くと、


 キュッ


 また美味しそうに、古酒の盃を口に運んだ。


 年末も近づいた夜、僕らはそうして、キルトさんの誕生日を祝ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 キルトさんの誕生日の翌日は、大晦日だ。


 今日は、イルティミナさんの家に4人で集まっている。


 時刻は、もうすぐ日付が変わる。


 早起きな僕らは、いつもなら眠っている時間だけど、今夜だけは特別に起きていた。


(うぅ……寒い)


 そんな僕らがいるのは、庭のテラス席だ。


 季節は冬。


 吹き抜ける夜風は、身を切る寒さだ。


 僕とソルティスは、厚着をしてブルブルと震えている。


「はい、温かな紅茶ですよ」


 すると、キッチンにいたイルティミナさんが紅茶を淹れてきてくれた。


(わ、ありがたいや)


「ありがとう、イルティミナさん」

「ありがと~、イルナ姉」


 僕らのお礼に、優しいお姉さんは微笑んだ。


 それから、


「キルトはどうします?」


 と訊ねた。


 キルトさんは、熱いお酒のグラスを傾けていたんだ。


 少し考え、


「頂こう」

「はい」


 キルトさんの答えに、イルティミナさんは柔らかく微笑んだ。


 そうして、4人でお茶を飲む。


 そのまま歓談しながら、20分ほど。


「そろそろですね」


 不意に、イルティミナさんが言った。


 キルトさんは頷き、ソルティスは夜空を見上げる。


 イルティミナさんの家は、王都の郊外にある小高い丘の上に建てられていた。


 なので、ここからは王都の夜景が見渡せる。


 年越しだからか、街の光はいつもより強くて、夜空の星々は、その輝きに隠れて、少しだけ数が少なくなっていた。


 そして、街の一角から、


 シュルル


 突然、光が昇った。


 そして、


 ドパァアアン


 そんな王都上空の空に、美しい大輪の花が咲いた。


(うわぁ)


 花火だ。


 下っ腹に響くような音が響く。


 同時に、


 カラーン カラーン


 ライトアップされたシュムリア大聖堂から、年が変わったことを知らせる大鐘の音が響き渡った。


(新年だ!)


 転生してから2度目の年越し。


 去年は、ドル大陸のヴェガ国から、アルバック大陸のアルン神皇国に向かう船上で迎えたんだったね。


 今年は、家で迎える落ち着いた年越しだった。


 ドパァアン パパァアン


 色とりどりの大輪の光の花が、王都ムーリアの上空に何度も咲いている。


 その輝きが、僕らを照らす。


(綺麗だなぁ)


 その光を見つめる。


 そんな僕の耳に、


「新年明けましておめでとうございます、マール」


 甘い声が囁いた。


 見れば、すぐ横で微笑むイルティミナさんの美貌があった。


「おめでと、マール」


 その奥で、ソルティスも珍しく上機嫌で笑う。


「おめでとうじゃ」


 キルトさんは白い歯を見せると、お酒のグラスを軽く掲げた。


 僕も笑った。


「明けましておめでとう、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス」


 そう、新年初めての言葉を口にする。


 それからも、みんなで花火を見上げた。


 やがて、30分ほどで花火も終わる。


「う~、さむさむ」


 ソルティスは、冷え切ってしまった身体を擦りながら、暖かな家の中へと戻っていった。


 キルトさんも、空になったグラスを片手に席を立つ。


 その背中も家に消えた。


 冬の空の下に残されたのは、僕とイルティミナさんの2人だけだ。


「…………」

「…………」


 花火は終わってしまった。


 けれど、新年の祝いなのか、王都からは明るい人々のざわめきの声が聞こえていた。


 …………。


 僕は、青い瞳を細める。


「このまま……ずっと、こんな時間が続けばいいのにな」


 そう呟いた。


(いつか、神々の召喚を行って、『闇の子』を倒せたら……きっと)


 ギュッ


 小さな手を握る。


 そんな僕の横顔を、イルティミナさんは見つめていた。


 その白い手が、僕の髪を撫でる。


「その時は……必ず来ますよ」


 そう、優しい声で言ってくれた。


(うん)


 僕は、大好きな彼女の顔を見る。


 彼女も、僕のことをジッと見つめてくれた。


 …………。


 どちらからともなく顔を近づけ、唇をソッと重ねた。


 熱くて、柔らかい。


 そして、気持ちいい。


 触れ合う唇から、心と身体に熱が伝わっていくみたいだった。


(ん……)


 そんな僕ら2人のことを、新年の夜空に輝く紅白の月と花火たちだけが見守ってくれていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 年が明けた。


 お正月は、僕とイルティミナさんとソルティスの3人は、家で、イルティミナさんの作った新年の祝い料理を食べて過ごした。


 キルトさんは、1人、神聖シュムリア王城に向かった。


 王家主催の新年のパーティーがあるからだ。


「美味い酒をいっぱい飲んでくるぞ」 


 と、銀髪の美女は笑って、出かけていった。


 本当は同じ『金印の魔狩人』であるイルティミナさんにも招待状が届いたんだけど、


「初めてマールと家で過ごせる新年ですから」


 と、恐れ多くも断ってしまったのだ。


(い、いいのかな?)


 小心な僕は心配になってしまうけれど、イルティミナさんは気にしてないみたいだった。


「イルナらしいの」


 と、キルトさんも苦笑していた。


 まぁ、キルトさんが強引に連れていかないなら、きっと大丈夫だろうと思うし、その分、ちゃんとフォローもしてくれるだろう。


 2日目には、4人で大聖堂に出かけた。


 新年の感謝と挨拶を、女神シュリアン様にも伝えるためだ。


(こっちの初詣でだね)


 そうして僕らは、大聖堂へ到着する。


 でも、


「毎年、この混雑が嫌なのよね~」


 とソルティス。


 その言葉通り、大聖堂前の通りと広場は、王国中から集まった人で埋め尽くされていた。


 たった5分ほどの祈りのために、3時間かかったよ。


 帰りは遠回りをして、あちこちでやっている屋台を巡りながら、寄り道をして帰った。


(割高だけど、美味しいね)


 簡素な料理だけど、こういう場で食べるとなぜか、いつも以上に美味しく感じるから不思議。


「うひひ~」


 ソルティスは、お腹を膨らませながらも満足そうだ。


 ちなみに彼女が着ているのは、誕生日にイルティミナさんからもらった大人っぽい服だった。


「……まだソルには、少し早かったですかね」


 ため息をこぼすお姉さん。


 僕とキルトさんは、苦笑してしまった。


 翌日は休息日。


 年末年始で忙しかった分、3日目は、ゆっくりと時間を過ごした。


 そんな風にして、僕らの3が日は終わる。


 4日目からは、冒険者ギルドや知り合いのお店などを回って、みんなに挨拶に行った。


 ちなみに、ムンパさんからお年玉ももらってしまった。


(……異世界にも『お年玉』って文化があるんだね?)


 ちょっと驚いた。


 ちなみに、イルティミナさんからも1000リド硬貨――10万円ほど、お年玉をもらってしまった。


 そして、


「ソルは成人しましたからね」

「…………」


 僕の隣で両手を出していた少女は、そこに何ももらえず、愕然とした表情になって固まっていた。


(あはは……)


 あとで、お年玉で何かを奢ってあげようと思う僕でした。


 そうして時は流れて、7日目。


 のんびりしていた僕らの家に、王家の使いだという騎士さんが訪ねてきた。


「――レクリア王女がお呼びです」


 との伝言だ。


(……そっか)


 どうやら、穏やかな日々は終わったらしい。


 それを知った僕らは、すぐに支度を整える。


 そして、迎えの馬車に乗り込むと、王女様の待つ神聖シュムリア王城へと向かったのだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ お年玉を貰えずに愕然としたまま固まってしまうソルティス。 …………おそらく、成人してしまった事を初めて悔やんだ瞬間でしょう(笑) [一言] 誕生日プレゼントで感…
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