322・憧れの金印たち
第322話になります。
よろしくお願いします。
みんなで、学舎の廊下を歩いていく。
教室の中からは、教師の話し声が聞こえてくる。
ドアの窓から、覗いてみると、たくさんの子供たちが机に座って、真剣な表情で授業を受けていた。
(……本当に学校だね)
まるで前世の世界みたいだ。
現在やっているのは、装備道具の説明みたいだ。
魔石やナイフ、食器類、毛布、治療キット、ロープ、発光信号弾などなど、色々なものが教壇の上に並べられている。
(ふむふむ)
教師は魔石を持って、黒板に、各色ごとの作用を書きながら説明をしていた。
(なるほど)
どうやら昔、イルティミナさんに教わったのと同じ内容だ。
そう言うと、
「フフッ、そうですね。少し懐かしく思います」
と笑うイルティミナさん。
キルトさんは難しい顔で、
「……あの時は、マールに碌な知識もなく、技術もなく、なのに、そなたら2人で、いきなりゴブリン討伐に行ったのであったな」
と遠い目でぼやいた。
(あはは……)
今思うと、ちょっと無謀だったかな?
ラッセル校長は呆れている。
「まぁ、イルナさん同伴だったしね」
とは、当時、そのクエストを許可したギルド職員のクオリナさん。
ソルティスは『どうでもいいわ』という顔で、肩を竦めていた。
そんな昔話をしながら、校庭へ。
そこでは、僕と同年代ぐらいの少年少女たちが、木剣を手にして、稽古をしている姿があった。
◇◇◇◇◇◇◇
「みんな、注目!」
ラッセル校長の声で、授業が中断される。
みんなが一斉にこっちを見る。
(…………)
同世代の人たちの前に立たされると、なんだか緊張するな。
ドキドキ
小心者な僕である。
ソルティスも居心地悪そうだ。
一方で、キルトさん、イルティミナさんは平然とした顔である。
クオリナさんは、少し下がった位置に控えていた。
そして、そんな僕らの姿を認めて、生徒さんたちは『誰だ、こいつら?』という顔をしていた。
ラッセル校長は、そんな生徒さんたちの前に出て、
「今日は特別に、君たちの授業を見学したいという人たちがやって来た。あのキルト・アマンデスとイルティミナ・ウォン、『金印の魔狩人』のお2人だ」
と告げた。
ザワッ
生徒さんたちは、ざわめいた。
「嘘っ!」
「あの鬼姫と白槍の!?」
「マジか!」
「うぉおお、スゲー!」
一気に賑やかになった。
(さすが、キルトさんとイルティミナさんだ)
『金印』という冒険者最高峰の称号は、伊達じゃない。
紹介された2人は、
「こんにちは」
「すまぬな。今日は少し邪魔をさせてもらうぞ」
と大人らしく微笑んだ。
それに生徒たちはまた歓声をあげて、なんと拍手まで沸き起こる。
(いや、本当に凄いや)
思わず、ソルティスと顔を見合わせちゃったよ。
それから、僕らは授業を見学させてもらった。
生徒さんたちは、木製の剣や槍、斧など、色々な武器を使って、素振りだったり、基本的な型を教わったりしていた。
「みんな、いつも以上に熱が入っているな」
とはラッセル校長。
どうやら、見学している『金印』2人の前で、いい格好がしたいみたいだ。
(うんうん)
気持ちはわかるよ。
やがて、実践訓練――つまり、実際に武器を持って対人戦で稽古する授業が始まった。
カン コン ガンッ
木製武器のぶつかり合う音が響く。
(ふ~む)
意外とみんな、強い。
少なくとも、剣を覚え始めたソルティスよりも、武器の扱いは、ずっと上手だ。
僕が戦ったら、どうだろう?
(……多分、勝てると思うけど)
でも、何人かは、本当に強い生徒さんもいて、絶対に勝てるとは言い切れなかった。
…………。
考えたら、僕が剣を習い始めて、まだ1年半ぐらいだ。
ラッセル校長の話だと、この生徒さんたちは2年生らしいから、剣を覚えたのは、ほぼ僕と同じ期間だろう。
技術的に、そんな差は生まれないのかもね。
そんなことを思いながら、僕らは授業を見学した。
サービスではないけれど、キルトさん、イルティミナさんも自分たちの気づいたこと、気になった点を生徒さんたちにアドバイスしたりしていた。
生徒さんたちも、嬉しそうだった。
ちなみに、僕とソルティスは、クオリナさんと一緒に少し離れた木陰に座って、見学だけをしていた。
そして生徒さんたちは、憧れの冒険者に、色々な質問をしたりする。
「俺、立派な冒険者になれますか?」
とか。
「冒険者をやっていて、一番強かった敵は何ですか?」
とか。
「好きな人はいますか?」
とか。
(……最後の質問は何だろうか?)
ちょっと苦笑してしまう僕である。
大人な2人は、
「さての? しかし、本人に意思があるならば、あとは努力次第で可能じゃろう」
とか。
「アルン神皇国で戦った『暴君の亀』ですね」
とか。
「おらぬ」
「心に決めた相手がおりますよ」
とか。
最後のイルティミナさんの答えに、なぜか生徒さんたちは「おぉおお!」と盛り上がっていた。
一部は、なんか残念がっていたけれど……。
…………。
(心に決めた相手……か)
自信過剰でなければ、その相手はつまり……えへへ……。
僕の頬は、ちょっと緩んでしまった。
そうして授業は進んでいく。
その時間も、もう少しで終わろうかという頃、1人の男子生徒がキルトさんへと近づいた。
(ん?)
その子は、見ていた生徒たちの中でも、一番強かった子だった。
キルトさんも気づく。
彼は、そんな銀髪の美女を真っ直ぐに見つめ、
「キルト・アマンデスさん、お願いがあります。どうか一度、俺と手合わせしてもらえませんか?」
強い声で、そう言ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
キルトさんに戦いを挑んだ少年の名前は、ムハイル・タルクィン。
年齢は14歳で、僕と同い年。
2学年の中では、実技の首席だという成績優秀な生徒で、すでに3つ冒険者ギルドからスカウトが来ているという情報を、ラッセル校長が教えてくれた。
(へぇ)
首席って凄い。
クオリナさんも頷いて、
「よし、あとで私も声かけよう」
なんてギルド職員の顔で言っていた。
あはは……。
そんなムハイル君は、黒髪に緑色の瞳をした、ちょっときつい眼差しの少年だった。
その彼の瞳は、今、キルトさんを真正面から見つめている。
と、
「無謀な奴ね。……もしかして馬鹿なのかしら?」
僕の横のソルティスが、ちょっと呆れたように呟いていた。
(…………)
でも、僕は気持ちがわかる。
前に、初めてアルンを訪れた時、同行した3人のシュムリア騎士さんが、キルトさんに稽古をつけてもらえたことがあった。
その時、その現役の騎士さんたちでさえ、キルトさんと直接、剣を合わせられることに、まるで子供みたいに目を輝かせて喜んでいたんだ。
キルト・アマンデス。
その名前は、それぐらい剣を学ぶ者にとっての憧れなのだ。
だから、ムハイル君の手合わせしたいという気持ちは、僕にはとても納得できるものだった。
(……戦ってあげて欲しいな)
できるなら。
僕は、そう願ってしまう。
そして、キルトさんは、少し考え込んでいた。
彼女は、ムハイル君を見つめ、それから、その後ろにいるたくさんの生徒さんを見た。
(あ……)
そこで気づいた。
そっか。
もしもムハイル君に応えると、他の生徒さんたちも同じように立候補してくるかもしれないんだ。
その全員に応えるなんて、さすがに無理だ。
(どうするんだろう?)
キルトさんがどう答えるのか、僕は、少しドキドキしながら待った。
イルティミナさんも、彼女の横顔を見つめている。
キルトさんは、
「ふぅむ」
ガシガシ
豊かな銀髪を手でかいた。
それから、大きく息を吐いて、
「そうじゃな。まずは、わらわの弟子と手合わせをして、もしそなたが勝てたなら、わらわが直接、相手をしよう」
(……え?)
そして、キルトさんの黄金の瞳は、僕を見た。
ムハイル君も、こちらを見る。
いや、そこにいる生徒全員が、僕の方を振り向いたんだ。
え……ちょっと待って。
(わらわの弟子って……まさか、僕が手合わせするの!?)
その意味に気づいて、愕然となる僕。
みんなの視線がちょっと怖い。
そして、そんな僕の背中を、
ポンッ
ソルティスが叩いた。
「が・ん・ば・れ♪」
妙に楽しそうな声。
…………。
なんとなく、養成学校の頭上に広がる青い空を見上げてしまう。
(……はぁ)
なんで、こんなことになるんだか。
僕は、木陰の中で小さなため息をこぼすと、お尻をパンパンと払いながら、少し重そうな動作で立ち上がった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。