320・パンフレットと赤毛の獣人さん
第320話になります。
よろしくお願いします。
「こんにちは、マール君」
挨拶した僕に、赤毛の獣人クオリナさんは嬉しそうに微笑んだ。
(ふむ?)
クオリナさんは、ギルドの制服姿だ。
手には書類のような物も持っているし、どうやら仕事中みたいである。
「うむ」
「こんにちは、クー」
「ちは~」
3人も挨拶をする。
クオリナさんは笑って、「こんにちは」とみんなにも応えた。
それから、
「4人とも、こんなところでどうしたの?」
と首をかしげる。
拍子に、赤髪のポニーテールも揺れた。
「ちょっと、昔お世話になった人に会いに。……でも、結局は留守で会えなかったんですけど」
しょぼんと答える僕。
クオリナさんは、「そっかぁ」と残念そうに言ってくれた。
僕は気を取り直して、
「クオリナさんは、どうしたんですか?」
と訊ねた。
ここは、王都ムーリアの大通り。
立ち止まっている僕らの周囲には、たくさんの人たちが歩いている。
そんな場所に、冒険者ギルドの職員がいるのは、ちょっと不思議に思えたんだ。
ユサッ
クオリナさんは、胸に抱えた書類を揺らした。
明るく笑って、
「ちょっと『冒険者養成学校』に用事でね」
と答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「冒険者養成学校……?」
思わず、復唱する僕。
そういえば、さっき『黒鉄の指』の喫茶店でその名前のパンフレットを見たなぁ、と思い出す。
クオリナさんは頷いた。
「冒険者になりたい人に、その技術を教える学校だよ」
と教えてくれる。
(へ~、そんな学校があるんだ?)
ちょっと感心。
僕自身は、学校にも通わず、いきなり冒険者になってしまった。
(まぁ、美人先生はいたけれど……)
チラッ
一瞬だけ、隣のイルティミナさんを見上げてしまう。
「?」
僕の視線に、彼女は、綺麗な長い髪を揺らして首をかしげた。
僕は笑って、誤魔化す。
それから、
「そういう学校もあるんですね」
と、クオリナさんに言った。
彼女は頷く。
「うん。3年ぐらい前にできたばかりだけどね」
(へ~?)
意外と最近だ。
興味を持っている僕に気づいて、クオリナさんは、もう少し説明してくれる。
「前にマール君にも説明したと思うけど、他の職業に比べて、冒険者って死亡率がとても高いんだ」
うん。
(確か、1年目で3割弱が死亡するって話だったよね?)
凄い数字だ。
冒険者になって1年半以上、僕はなんとか、その3割弱にはならなかったみたいだけど……。
(でも、そうなってもおかしくない状況は、たくさんあったよね)
本当に運がよかった。
きっとイルティミナさんやキルトさん、ソルティスが守ってくれたおかげだ。
そう思う僕である。
そんな僕に、クオリナさんは、
「でも、養成学校から冒険者になった人は、1年目の死亡率が1割未満なんだよ」
と教えてくれた。
(へぇ、それは凄いや!)
ちょっと驚いた。
「ふむ、そうなのか」
キルトさんも感心した顔である。
僕らの反応に、クオリナさんは、なんだか嬉しそうだった。
イルティミナさんも、
「なるほど」
と頷く。
それから、
「ですが、学校というからには、授業料などが必要なのでは?」
と質問した。
クオリナさんは「……あ~」と困った顔で笑った。
「うん。実は、そうなんだよね」
と認めた。
冒険者という仕事は、とても危険だ。
つまり『なりたい』というよりも、『ならざるを得ない』という人の方が多いのだ。
その理由は色々ある。
でも最も多いのは、『お金がないから』だろう。
それは、8年前のイルティミナさん自身もそうだったのだ。
だからこその質問。
クオリナさんは、
「やっぱり冒険者になる人の大半は、養成学校には行っていないね。『行けない』って言い換えてもいいけど」
と言う。
(やっぱり)
「でもね」
冒険者ギルドの職員さんは、続けた。
「最近は、冒険者に『なりたい』って人も増えてきたんだよ」
って。
(そうなの?)
僕らは驚いた。
そんな僕らを、特にキルトさんとイルティミナさんを見つめて、
「ここ最近の『金印の冒険者』の活躍で、冒険者に対する世間の評価は、グッと高まってきてるんだよ」
と教えてくれた。
国を襲った大魔獣から、命懸けで国を守った英雄、烈火の獅子エルドラド・ローグ。
アルンの地で、同じ大魔獣を倒した鬼姫キルト・アマンデス。
最も新しき金印の魔狩人イルティミナ・ウォンも、40年間、誰1人帰らぬ暗黒大陸から無事に生還してみせた。
それらが、世間では大評判。
そんな彼や彼女らに憧れて、冒険者に『なりたい』って人が増えてるんだって。
(ほぇええ……)
そうだったんだ?
当のキルトさん、イルティミナさんもびっくりしている。
クオリナさん曰く、
「そのせいで、最近は、養成学校に入学する人が増えてるんだ」
とのことだ。
「それにね。やっぱり養成学校を卒業した人は、能力も確かなんだよ。仕事の成功率も高いし、冒険者ランクの昇印も早いんだ」
(ふむふむ)
「だからね、冒険者ギルドとしても放っておけなくて」
そう言いながら、彼女は抱えていた書類を揺らす。
そして、
「養成学校に『月光の風』のパンフレットとか置いてもらって、アピールしないとね。やっぱり、いい人材は確保したいから」
と笑うクオリナさん。
(なるほど)
それで彼女は、養成学校に向かうところだったんだ。
学校かぁ……。
ちょっとだけ、前世の世界に思いを馳せてしまった。
「…………」
イルティミナさんは、そんな僕の横顔を見つめる。
それから、
「行ってみますか?」
と聞いてきた。
(え?)
「学校というからには、見学などもできるのでしょう? 気になるならば、クーと共に少し覗いてみませんか?」
そうイルティミナさんは微笑む。
クオリナさんは驚いていたけど、
「うん、いいんじゃないかな」
と頷いた。
「『月光の風』が誇る金印2人も顔を出してくれたなら、ギルドのいい宣伝にもなるし!」
なんて職員らしく言って、笑う。
キルトさんとソルティスは、顔を見合わせる。
えっと……。
「イルティミナさんとキルトさんは、いいの?」
そう聞くと、
「もちろんです」
「まぁ、今日は予定もなくなったし、構わぬぞ」
2人の『金印の魔狩人』は頷いてくれた。
最後に、僕はソルティスを見る。
彼女は肩を竦めて、
「ま、いいわ」
と言ってくれた。
「ありがとう、3人とも」
僕のお礼に、みんな笑った。
それから僕は、改めて、制服姿のギルド職員さんに向き直る。
「クオリナさん、僕も一緒に、冒険者養成学校に行ってもいいですか?」
そう確認する。
クオリナさんは満面の笑顔で、
「うん、もちろん!」
赤毛のポニーテールを揺らして、大きく頷いてくれた。
そうして僕らは、急遽、王都ムーリアにあるという冒険者養成学校へと向かうことになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
キルト、エルドラドの世間での評判について。
こちらは『闇の子』関連の事件の際、エルドラドが死亡した理由、キルトがアルン神皇国に出向いた理由について、表向きに公表された内容になっています。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




