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316・闇色の誘惑

第316話になります。

よろしくお願いします。

(どうして、ここに『闇の子』がっ!?)


 あまりの驚きに、僕は咄嗟に動けなかった。


 いや、僕だけでなく、他のみんなも動けない――奴の登場は、それほどの不意打ちだった。


 そんな中、


「……馬鹿な……? ……この膨大な魔力、この邪悪な気配は……まさか……『悪魔』の……っ!」


 アービタニアさんが震える声を発した。


 その眼球は血走り、その身体は恐怖でガタガタと小刻みに震えている。


 いや、彼だけじゃない。


 この場にいるエルフという種の人々は、全員、顔色を蒼白にして、まるで金縛りにあったように、その場に立ち竦んでいた。


(あ……そうか)


 僕は気づいた。


 ここにいるエルフさんたちは、400年前の時代にも生きていた。


 つまり、僕らとは違って、本物の悪魔が生きている姿を、その目で見てきた人たちなんだ。


 その脅威を経験している。


 だからこそ、今、目の前にいる黒い少年の宿した魔力の大きさと、そこから放たれる『魔の気配』が、その『悪魔』と同じものだとわかるんだ。


 そして、この存在の恐ろしさも……。


 グッ


 僕は『妖精の剣』の柄に、右手をかけた。


 そんな僕に、『闇の子』は、古い友人に語りかけるように笑って声をかけてきた。


「おかえり、マール。暗黒大陸から、よく生きて戻ってきてくれたね」

「…………」

「正直、ボクは驚いているよ」


 前より伸びた黒髪を揺らして、彼は首をゆっくりと横に振る。


「あの地にいる『悪魔の欠片』は、ボクらの中でも最強の存在だったんだ。君と一緒にアイツを殺しに行くのは、他の『悪魔の欠片』を全て殺したあと、一番最後にするつもりだったんだよ?」


 その声には真実があった。


(なるほど……あれは、それほどの存在だったんだね?)


 道理で、僕らは手も足も出なかったわけだ。


 あの時、女神ヤーコウル様の『神炎』がなければ、僕らは確実に全滅していた。


『闇の子』も、他の『悪魔の欠片』を全て倒して、その力を吸収してから挑むつもりだったんだというのだから、あれがどれほど規格外の『悪魔の欠片』であったのか、それだけでもわかるというものだ。


 彼の漆黒の瞳は、僕の表情を覗き込む。


「いったい、どんな方法で倒したんだい?」

「……教えると思うのか?」


 僕は、できる限り感情を殺した声で答えた。


 彼は苦笑する。


 軽く肩を竦めて、


「言いたくないのなら、別に構わないよ。マール、君は生きて帰ってきた。――それで充分さ」


 と笑った。


(…………)


 本当に……友人みたいな顔をして、話しかけてくる。


 それが不快で堪らない。


 彼はまた苦笑して、


「それにね。言ってなかったけれど、奴が死んだことで、ボクはその魔力を吸収できたんだ。おかげで、こうして少し成長できたんだよ」


 その褐色肌の手で、自分の胸元を押さえた。 


 ドクンッ


 僕の心臓が、強く脈打った。


(少し……?)


 冗談じゃない。


 見た目は、確かに少しだけ成長して見えるけれど、内包している気配の圧力は、今までとは段違いだ。


(くそっ)


 暗黒大陸の『悪魔の欠片』を倒したことは、悪くない結果だ。


 それは間違いない。


 でも、その代償は、決して安くもなかったみたいだ。


 今の『闇の子』には、僕は『戦っても勝てる』という感じがしなかった。いや、むしろ『勝てない』という確信に近い感覚があった。


 …………。


 気圧されるな、マール!


 僕は自分を叱咤して、


 シュラン


 鞘から『妖精の剣』を抜き放った。


「おっと?」


『闇の子』は、わざとらしい表情で驚いてみせる。


「やめておきなよ、マール」

「…………」

「ボクには君を殺す気はないけれど、でも、他の存在に対しては容赦はしないよ?」

「!」


 奴の視線は、僕だけでなく、僕の大切な仲間やエルフさんたちにも向いていた。


(く……っ)


 その言葉に、僕は動けなくなってしまった。


「よせ、マール」


 グッ


 そんな僕の肩を、キルトさんの手が強く掴む。


(キルトさん……)


 僕を制止した『金印の魔狩人』は、そのまま、その視線を周囲の森へと送った。


 つられて、僕もそちらを見る。


「……あ」


 そして、気づいてしまった。


 エルフの森に生えた大樹の枝たちの上に、10人近い『刺青の男女』が立っていることに。


(いつの間に……?)


 僕らとエルフさんたちは、完全に包囲されていた。


「……ぁ……ぁ」

「……ひぃ」


 ドサッ トスン


 気づいたエルフさんたちの中には、恐怖で腰を抜かし、頭を抱えて座り込んでしまう人たちもいた。


「……ふん」


 コロンチュードさんが鼻を鳴らし、小さな杖を持ち上げる。


 それを見て、ソルティスは「あ」と思い出し、慌てて、同じように大杖を持ち上げた。


 2人は、『魔の眷属』を『人』に戻す魔法が使える。


 距離があるので、今はその魔法も届かないけれど、接近してきたなら躊躇なく使うという意思表示だった。


 牽制の意味もある。


「怖いなぁ」


 闇色の少年は、笑いながらそう言った。


 でも、その漆黒の瞳は、まるで笑っていない。


 そんな奴へと、キルトさんは問う。


「いったい、お前はなぜここにいる? 何が目的じゃ?」


 グギュッ


 その右手は、背負った『雷の大剣』の柄を強く握り締めた。 


 返答次第では、戦闘も辞さない――その覚悟が伝わる。


「…………」


 イルティミナさんも、音もなく『白翼の槍』を構えている。


 それらを眺めて、


「ちょっと確認したくてね」


 と『闇の子』は答えた。


 キルトさんの形の良い眉が、怪訝そうにひそめられる。


「確認?」

「そ。――君たちが、その『石』を求めて行動している、という確認をね」


(!)


 奴の視線は、僕の左手にある『神霊石』へと向けられていた。


 まさか……。


 僕の表情を見て、『闇の子』は優しく、残酷に微笑んだ。


「やっぱりそうか」

「!」

「おかしいと思っていたんだ。君たちの目的は『悪魔の欠片』を全て倒すことだと思っていたけれど、最近は、どうもその意思が見えなかった」

「…………」

「それに最近、君たち人間は、アルンとシュムリアの両方で、妙な動きをしていたよね」


 それは、両国の『神霊石』探しのこと?


(なんで……?)


 なんで、その動きを『闇の子』が知っているんだ?


 驚く僕に、奴は、おかしそうに笑った。


「不思議なことじゃないよ。ボクにだって、協力者はいるんだから」


(協力者……?)


「人間さ」

「!?」

「破滅願望っていうのかな? 人間の中には、『魔の勢力』の味方をしてくれる人間もいるってこと」


 それは、あっけらかんとした口調だった。


 思わぬ事実に、僕は唖然だ。


(そんな……馬鹿な……?)


 キルトさん、イルティミナさんは厳しい表情をしていて、ソルティスは顔色と言葉を失っている。


 コロンチュードさんは、眠そうな顔の唇を尖らせていて、ポーちゃんだけは無表情だ。


 そして、『闇の子』は、


「愚かだよね、人間って。君たちがどんなにがんばっても、それを無駄にしてくれる」

「…………」

「でも、おかげで、ボクとしては助かるんだけどね」


 そう三日月の笑みをこぼしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 黒い少年は、片手を腰に当てて、ため息をこぼした。


「でも、そうか。神の力を宿した石か……。なるほど、君たちの計画が読めてきたよ」

「!」


 ギュッ


 僕は左手の『神霊石』を奴から遠ざけながら、『妖精の剣』を構えた。


「奪う気なら、渡さない」


 青い瞳で睨みながら、そう告げた。


 奴と視線が絡まる。


 やがて、『闇の子』は肩を竦めた。


「今はやめておくよ。そう簡単にはいかないだろうし、まだ、もう1つ欠片が必要みたいだしね」

「…………」


 もう1つ欠片があることまで、知られているんだ?


(本当に油断できない奴だ)


 キルトさん、イルティミナさん、ポーちゃんは無言で構え続けている。


 警戒を解かない僕らに、奴は苦笑した。


「言ったろ? 今日は確認したかっただけさ。それがなせたなら、それ以上は求めないよ」


 そう言って、両手を『降参』と持ち上げる。


 …………。


 その声に、嘘はないように思えた。


 カチン


 僕は『妖精の剣』を鞘にしまう。


 そんな僕の横顔を見つめて、それから、キルトさん、イルティミナさんも武器をしまい、ポーちゃんも構えていた両の拳を下ろした。


「わかった。なら、さっさと消えろ」


 僕は、冷たく告げた。


『闇の子』は「つれないなぁ」と嘆いてみせる。


 でも、僕は、厳しい表情を崩さない。


 奴は吐息をこぼした。


「わかったよ。どちらにしても、君たちの狙いがわかった以上、こっちもやることができたからね。ここは引かせてもらうよ」


 バササッ


 その言葉の終わりと同時に、奴の背中に、4枚の黒い翼が生えた。


 抜けた黒い羽根が、周囲に舞う。


 そのまま、『闇の子』はこちらに背を向け、


「ところでさ?」


 その動きが途中で止まった。


(?) 


 奴の漆黒の瞳は、光もなく、僕らの背後に集まっているエルフさんたちを見つめた。


 そして、


「1つ聞きたいんだけど、そこのエルフたちを殺さなくていいのかい?」


 と言った。


(……は?)


 呆ける僕に、彼は当たり前のように言う。


「君たちに協力するどころか邪魔をして、ボクらの対抗戦力となりうる『魔血』を宿した人たちも減らしていく。マールにとっては、百害あって一利もない存在だろう?」


 それは……。


 思わぬ言葉に、僕は、咄嗟に答えられなかった。


 奴は黒髪を揺らし、首をかしげる。


「特に、その男」


 その視線の先にいるのは、アービタニア・ファブロガスという名のエルフさんだ。


「ずいぶんと君への敵意を持っている。放置するのは危険じゃないかな?」

「…………」


 そして、


「なんなら、ボクが殺してもいいんだよ?」


 と、黒い少年は、淡々とした声で言った。


 だからこそ、それは本気であり、そのことが伝わったアービタニアさんや、保守派のエルフさんたちは蒼白になっていた。


 僕は、彼らを見る。


「…………」


 アービタニアさんと視線が合った。


 彼の瞳には恐怖と、けれど同時に、僕への消せない憎悪の暗い光が宿っていた。


 助かりたい。

 けれど、人間などに、決して助けは求めない。


 そんな意思。


(…………)


 僕は、目を閉じた。


 それから、まぶたを開き、青い瞳で『闇の子』を見つめた。


「殺すな」


 そう言った。


『闇の子』は意外そうだった。


「どうして?」

「…………」

「むしろ殺した方が世界のためになると、ボクは思うけどな」


 うるさい奴だな……。


 答えを聞くまでは、立ち去りそうになかった。


 僕はため息をこぼす。


 それから、こう答えた。


「僕だって、アービタニアさんは嫌いだ。いなくなってしまえばいいと思う」


 その言葉に、アービタニアさんの表情が強張った。


 それを無視して、


「でも……僕の手は、とても小さいんだ」


 僕は、そう続けた。


 ……僕は、欲張りでわがままだ。


 自分の目の前で苦しんでいる人がいるのは嫌で、許せなくて、その人を助けようと手を伸ばしてしまう。


 この手で、多くの人を助けたいと願ってしまう。


 でも、僕の手は小さい。


 助けたいのに、助けられない人がたくさんいる。


 それは仕方のないことだと割り切って、自分の手からこぼれた人たちを、これまで心の中から切り捨ててきた。


 でも本当なら、僕は、全てを助けたかった。


 もちろん、そんなことは不可能だ。


 でも、さ?


「アービタニアさんの手は、僕の手からこぼれた人たちを助けていた」

「!?」


 その3大長老の1人であるエルフは、酷く驚いた顔をする。


 僕は、自分の両手を見つめた。


 彼のことは嫌いだ。


 エルフのことだけを考えて、罪もない人たちを苦しめ、傷つけ、殺している。


 許せない。


 でも、許せないけれど、そうすることで彼は、神魔戦争で世界に絶望して、生きる希望を失ったエルフたちの心を支えていた。


 だから、彼らも生きることができていたんだ。


 それは結果論かもしれない。


 でも、僕の正しさでは、そのエルフさんたちは助けられなかった。


 きっと、そのエルフさんたちは死んでいた。


(認めたくない気持ちもあるけれど……)


 でも、アービタニア・ファブロガスという人物は、僕の手からこぼれ、切り捨ててしまっただろう人たちを助けたのだ。


 世界は、1つの考えでは埋まらない。


 違う価値観。


 違う考え方。


 それが同時にあることで、より助かる存在があるのなら、僕はそれを受け入れるべきだと思ったんだ。


(もちろん、絶対に受け入れられない線引きはあるけどさ)


 僕は、長く息を吐く。


 そして、


「アービタニアさんは、エルフにとって必要な人だ。だから、殺さないし、殺させない」


 僕は、黒い少年の目を見て、はっきりと告げた。


 …………。


 アービタニアさんは、呆然としていた。


 ベルエラさんやティトテュリスさん、他のエルフさんたちは困惑した顔だった。


 でも、エルフの女王ティターニアリス様は、 


「…………」


 ただ静かに、僕の横顔を見つめている。


 そして、黒い少年は、


「ふぅん?」


 つまらなそうに呟いた。


「マールは相変わらず、生き難そうな道を選ぶんだね。ボクには、とても理解できないけれど」


 そうかい。


(僕だって、お前に理解して欲しいとは思わないよ)


 少なくとも、目の前にいるこの黒い少年は、僕の受け入れられない一線をとっくに越えているのだから。


 僕の表情に、彼は苦笑した。


「まぁ、いいさ。それがマールだからね。ボクは、君の選択を尊重するよ」

「…………」

「それじゃあ、また会おう」


 バヒュッ


 4枚の黒い翼がはためき、黒い少年の身体が空中へと浮かび上がった。


 赤い三日月の笑み。


 最後にそれを残して、そのまま奴は、森の上空へと飛んでいってしまった。


 青い空に、その姿が見えなくなる。


(……あ)


 気づいたら、『刺青の男女』の姿も消えていた。


 …………。


 どうやら、『エルフの国』での『魔の勢力』との衝突は避けられたみたいだ。ふぅぅ……。


 吐息をこぼしていると、


 ポフッ


(ん?)


 気づいたら、イルティミナさんの白い手が僕の髪に触れ、ゆっくりと撫でていた。


 その真紅の瞳は、どこか悲しそうで、


「マールはもう少し、自分のことだけを考えても良いと思いますよ? そうでないと、いつか貴方自身が壊れてしまいそうです」


 そう心配そうに言われてしまった。


(えっと……)


 そうかな?


 自分では、よくわからない。


 キルトさんは苦笑し、ソルティスは、


「マールは馬鹿なのよ。ほんっと、馬鹿のつくお人好し!」


 なんだか怒っている。


 コロンチュードさんは、柔らかく笑って、


「……マルマルは、いい子だねぇ」


 ポム ポム


 眠そうな義母の声に合わせて、義娘のポーちゃんの小さな手が、僕の肩を励ますように軽く叩いた。


(う、う~ん?)


 みんなの反応に、僕は困ってしまった。


「…………」

「…………」

「…………」


 集まったエルフさんたちは、そんな僕らのことを戸惑った顔で見つめている。


 ……ま、いいか。


 僕の手には、『神霊石』がある。


(今は、その結果だけで充分だと思うんだ、うん)


 僕は頷く。


 それから、その左手を高く掲げると、


 キィン


 白い輝きは世界を染め上げて、僕は、その眩しさに青い瞳を少しだけ細めた。

ご覧いただき、ありがとうございました。


次回で『エルフの国編』は終わりとなります。エルフの国でのマールたちの物語、もしよかったら、どうか最後まで見届けてやって下さいね!


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 闇の子は転移能力でも持ってるのかな? 飛行しても数ヶ月かかる距離の場所に、ポンポンタイミング良く出て来ると言う事は、そういう技能が無いととても説明が付かないと思う。 特に今回、マー…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 話し合いで被害もなく済んだのは幸運でしたね! ……しかしまぁ、イルティミナやソルティスの言う通りな気もしますが(苦笑) [気になる点] 『闇の子』と黒い少年。 …
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