314・邪なる精霊竜
第314話になります。
よろしくお願いします。
(け、結構、高い!)
勢いで、7メードの高さから飛び降りたけれど、思った以上に高く感じた。
ヴォン
そんな僕の背中で、虹色に輝く金属の翼が広がった。
(神武具!)
聖なる武具の優しさに感謝しつつ、僕は、大きな翼をはためかせて地面へと着地する。
バフッ ストン
(ほっ……)
ちなみに、『魔血の民』であるイルティミナさん、ソルティスは、なんなく高所からの着地を決めていた。さすがだね……。
そうして僕ら3人は、それぞれの武器を『邪精竜』へと構えた。
そして、キルトさんと向き合っていた『邪精竜』の巨体を、僕の手にあった『神霊石』の白い光が照らす。
20メードほどになっていた巨体から、黒い煙が昇った。
(あ……)
その巨体が見る見る縮んで、半分の12メードほどになっていった。
凄い。
これが『神霊石』の力か。
黒い竜の全身にある目玉が、忌々しそうに、僕の持っている神なる石の欠片を睨みつける。
「よくやったぞ、マール」
『邪精竜』と向き合うキルトさんが褒めてくれる。
(うん)
ちょっと嬉しい。
とはいえ、弱体化した状態でも『邪精竜』の強さは、あの赤牙竜ガド3体分だというんだから油断は禁物だ。
単純計算すれば、
キルトさんが1体。
イルティミナさんが1体。
僕とソルティスが1体。
それぞれに赤牙竜ガドを倒さなければいけないことになる。
(…………)
あの恐ろしい赤牙竜を、僕とソルティスの2人だけで……?
できるだろうか?
いや、できるかどうかじゃない。
(絶対に、やらなきゃ駄目なんだ!)
そうでなければ、エルフの人たちも困るし、僕らだって『神霊石』を譲ってもらえなくなる。そうなれば、世界は『闇の子』の思うがままだ。
そんなこと、させない!
そんな未来は、来させない!
ガチッ
僕は持っていた『神霊石』を口に咥えて、『妖精の剣』を両手で持ち直した。
イルティミナさんは、白い槍を構えたまま、『邪精竜』の右後方へと位置取りを変えていく。僕は、ソルティスを背中に庇いながら、反対の左側面へと移動していった。
正面に立つキルトさんは、息を吐き、
「よし、行くぞ!」
鋭く叫ぶと、黒き『邪精竜』へと挑みかかっていった。
◇◇◇◇◇◇◇
振り下ろされた『雷の大剣』が『邪精竜』の頭部へと叩きつけられる。
バヂィイン
青い雷光が散る。
その部分の目玉が潰れ、けれど、周囲の黒い触手たちがキルトさんめがけて、一斉に襲いかかっていった。
「ぬん!」
ガッ ギギィン
激しい雷光と火花が散る。
衝撃で地面が吹き飛び、触手の1本1本が、かなりの威力を持っているのがわかった。
ドパァン
そんな『邪精竜』の右後方から、イルティミナさんの白い槍の投擲が命中した。
(……いや)
直撃した部分には、黒い触手が重なり合い、衝撃を防いでいた。
「ちっ」
白い槍をその手に戻した、槍使いの『金印の魔狩人』は、小さく舌打ちをこぼす。
普通の生物だったら死角となる位置だけれど、目の前の『邪精竜』には、全身に目玉が生えていた。だから、死角というものが存在しない。
厄介な相手だ。
正攻法で上回らなければ、ダメージは与えられないのだ。
(よし、今度は僕も!)
側面から仕掛けよう――そう思った時だった。
その黒い全身にある目玉が、ギュルギュルと周囲へそれぞれに動いているのに気づいた。
その視線の先には、集まっているエルフさんたちがいた。
(!)
まさか……っ!
気づいた僕は、慌てて背中の翼を広げた。
(精霊さん、ソルティスを守って!)
左腕にある新しい『白銀の手甲』を掲げると、僕の願いに応えて、あの美しい『白銀の精霊獣』が召喚された。
ジ、ジジ、ジガァアッ
雄々しい咆哮。
『ここは任せろ!』
そう告げるかのように、魔法使いの少女を背中にしながら、戦闘態勢になってくれる。
(うん!)
それを確かめながら、僕は翼を羽ばたかせた。
ドパァアン
砂煙を舞い上げ、虹色に光の残滓を残しながら、エルフさんたちの方へと飛翔する。
左手で、もう1本の武器『マールの牙・弐号』を引き抜いた。
同時に、『邪精竜』の全身に生えていた黒い触手たちが、爆発するように周囲へと放出された。
ギュババッ
(来た!)
それは、僕ら4人だけでなく、集まっていたエルフさんたちをも狙っている。
させない!
驚いているエルフさんたちの前に、僕は着地する。
そして、
(神気開放!)
神なる力を解き放ち、獣耳と尻尾を生やす。
そのまま加速した自身の速さと力で持って、襲いかかってくる何十本という黒い触手の群れを、2つの剣で弾き返していった。
ガンッ ギン ガガッ ギャリリィン
激しい火花が散る。
その火花に照らされるエルフさんたちは、自分たちに『死』が迫っていたことに驚き、そして、それを獣の耳と尻尾、金属の翼を生やした子供が2刀を振るって、必死に守ってくれていることに更に驚いていた。
「なっ!?」
「あ……」
「う、お……っ?」
全員、呆けている。
そんな暇があるなら、逃げて欲しいんだけどな……。
何とか捌き切った僕は、
「ふっ、ふぅぅ!」
2つの剣を構えたまま、咥えた『神霊石』の隙間から、熱い息を吐きだす。
その背中を、エルフさんたちは茫然と見つめた。
「お前は……いったい?」
アービタニアさんが困惑した声を出す。
どうやら、僕が『ただの人間の子供ではない』ということを察したみたいだ。
(…………)
僕は、左手で短剣と一緒に『神霊石』を持った。
そして、
「僕は、女神ヤーコウルの『神狗』。名前はマール」
と答えた。
それを受けて、アービタニアさんは硬直した。
かつて400年前、自分たちを救うために神界から降臨した神々、その眷属が目の前にいる事実を理解したんだ。
その衝撃は、他のエルフさんにも伝わる。
特に保守派のエルフさんは、驚愕し、混乱しているみたいだった。
それはそうだ。
アービタニアさんたちの考えを、僕は否定した。
それは保守派のエルフさんたちにとって、自分たちの行動が、神々の意思に反するものだったという事実になってしまうのだから。
「…………」
それ以上、僕からは何も言えない。
ざわめきと混乱が、エルフさんたちの中で溢れている。
と、そんな状況であっても『邪精竜』は遠慮する訳もなく、その目玉がまたギュルギュルと動いて、再び黒い触手を解き放とうとしていた。
(くっ!)
また来るのか!
ガシャッ
僕は、急いで『神霊石』を咥え、2刀を構え直した。
その時だった。
フワッ フワリ
僕らの周囲に、桜色の花びらが舞っていた。
(?)
見惚れていると、花びらは広がって、たくさんの美しい花を空中に咲かせた。
その花の下には、可愛らしい小人の肉体がある。
(え……?)
僕は、キョトンとした。
小人たちの背中からは、翅が生えていて、その頭頂部に花が咲いているみたいだった。
妖精……?
(いや、花の精霊だ)
僕の直感が、その正体をそう見抜いた。
見れば、混乱するエルフさんたちの中にあって、ただ1人、花の形をした神輿に座っているエルフの女王ティターニアリス様だけが落ち着いた表情で、器の形にした両手の上にたくさんの花びらを生み出していた。
「ふぅぅ」
それに息を吹きかければ、花の精霊たちが空中に舞っていく。
(これは……)
戸惑っている僕の視界の中で、ついに『邪精竜』が黒い触手を放出した。
(!)
僕はすぐに2つの剣で迎撃しようとする。
けれど、それより先に、花の精霊たちが3人1組ぐらいで集まりだし、
ドパン ドパパッ ドパパァン
花の精霊たちみんなで『花の形をした光の盾』を生み出して、迫る黒い触手たちを弾き返してくれた。
(あ……)
驚く僕。
その耳に、美しい声が響く。
「その優しき心に感謝を。しかし、我らの身は、我ら自身で守りましょう。どうか、神狗様には、かの『邪精』の討伐をお願いいたします」
エルフの女王としての気高い声だ。
僕と女王様の視線が重なる。
…………。
僕は、大きく頷いた。
そして、背中の翼を大きく広げて虹色に輝かせると、『邪精竜』のいる方向へと跳躍していった。
◇◇◇◇◇◇◇
戻ってきた僕のことを、キルトさんの視線が捉える。
「よし」
彼女は頷いた。
戦いの組み立ての中に、僕も組み込まれていたみたいだ。そして、僕が戻ったことで、戦い方が確立したのだろう。
トン
僕は、大杖を構えるソルティスの前に着地する。
「おかえり」
ソルティスは短く言った。
彼女は無傷のままだった。ちゃんと、精霊さんが守ってくれたみたいだね。
(よかった)
僕は笑って、
「ただいま」
と、『神霊石』を手に持って、短く答えた。
彼女も小さく笑う。
そんな彼女の前に雄々しく立っている『白銀の狼』は、一度、僕へと鼻先を押しつける。
僕は、少女を守ってくれたことへの感謝を込めて、その美しい鉱石の毛並みでできた頭を、優しく撫でてやった。
ジジ……
嬉しそうな精霊の声。
(うん)
僕も嬉しくて、つい笑顔になってしまう。
そんな僕らを見つめて、戦いの中だというのに、イルティミナさんはとても優しい眼差しをしていた。
す、少し照れるね。
そして、そんな気持ちを引き締めるように、キルトさんの鉄の声が告げる。
「よし。皆、一気に決めるぞ!」
「うん!」
「はい」
「わかったわ、任せて!」
ジ、ジジガァアッ
精霊さんも一緒に、僕らは答えた。
ズズン
そんな僕らを迎え撃とうと、巨大な黒き竜――『邪精竜』は姿勢を低くしながら構えて、全身の目玉を蠢かせ、その触手たちを逆立てた。
僕は息を吐く。
(さぁ、行くぞ!)
青い瞳で、邪悪な精霊を睨みつけると、前へと足を踏み出していった。
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