312・聖祠の開戦
第312話になります。
よろしくお願いします。
コロンチュードさんの『大樹の家』へと帰ってきた。
その日の夕食も、イルティミナさん、ポーちゃんの活躍で、見た目から美味しそうな料理を味わうことができた。
「……ふふん♪ ふふ~ん♪」
みんなが美味しそうに食べる姿に、家主のハイエルフさんも満足そうだ。
そして、夜。
僕らは宛がわれた客室で、それぞれのベッドに横になった。
「さぁ、マール」
いつものようにイルティミナさんに誘われて、僕は、彼女の作ってくれたシーツの空白へと身を横たえる。
ギュッ
彼女の長い腕が僕のお腹に回され、優しく抱きしめられた。
イルティミナさんの温もりが背中に感じられ、甘やかな彼女の匂いが僕を包み込む。
(……なんか安心するな)
自分がリラックスするのを感じるよ。
その光景を見慣れてしまったのか、もはやキルトさんもソルティスも何も言わない。そのまま、自分たちのベッドに横になっている。
ポーちゃんは、コロンチュードさんと別室だ。
やがて、窓の外の紅白の月が、ゆっくりと動いていく。
…………。
…………。
…………。
あれから、1時間ぐらいしただろうか?
「――眠れないのですか、マール?」
ふと、イルティミナさんの声がした。
その言葉通り、僕は、なぜだか寝つけないでいた。
(というか、イルティミナさんも起きていたんだ?)
もしかしたら、僕の気配のせいで眠れなかったのかな……? それなら、申し訳なくなってしまう。
「うん……ごめんね、イルティミナさん」
「いいえ」
背中側から、彼女の微笑む気配がした。
そのまま頭を撫でられる。
そして耳元に、
「何か心配なことでもあるのですか?」
と、柔らかな声で問われた。
(…………)
心配というわけでもないけれど、
「エルフさんたちのことが、ちょっと気になって……」
僕は、そう答えた。
この国のエルフさんたちに出会って、僕は、色々と考えてしまった。
神魔戦争のこと。
人間とエルフの関係についてや、『魔血』への受け止め方の違いについて。
そして、その原因。
(きっと彼らの中では、まだ神魔戦争は終わってないんだ……)
僕にとっては、そして、今の人間にとっては、神魔戦争は『遠い過去』の話でしかない。
だけど、
(エルフにとっては、違う)
今を生きるエルフさんのほとんどは、神魔戦争を経験していて、その傷と共に生きている。
…………。
なんとなく、僕は右手を窓へと伸ばした。
その先で輝く、紅白の月。
僕の手は、短くて、小さくて、望む全てに手が届くわけではなかった。
僕の考え方。
エルフの考え方。
アービタニアさんの考え方。
ベルエラさんの考え方。
コロンチュードさんの考え方。
僕は、色々な考えに触れた。
「…………」
ギュッ
届かぬ2つの月を掴むように、手を握る。
そんな僕の行動を、イルティミナさんは何も言わずに見守り続けていた。
僕は息を吐く。
手を戻して、まぶたを閉じた。
「ごめんね、何でもないんだ。――おやすみなさい、イルティミナさん」
「…………」
彼女は数秒、何も言わなかった。
やがて、
「はい、おやすみなさい、マール」
そう優しく微笑んだ。
それから僕の髪へとキスを落として、今までより少しだけ強く抱きしめてくれる。
(本当に安心する……)
なんとなく、彼女の方へと身を寄せてしまった。
そうして僕ら2人は、『大樹の家』のベッドの上で、ゆっくりと眠りに落ちていった。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから2日が過ぎた。
僕らは『白銀の手甲』を受け取りに、シャクラさんのご両親の家を訪れていた。
「お待ちしていました」
シェルミナさんが、笑顔と共にお出迎え。
そうして僕らは、『大樹の家』の中へと案内される。
そのまま連れていかれたのは、地下室だった。
壁から、スズランのような形をした照明が生えていて、室内を照らしている。
(わ、鍛冶場だ?)
その部屋には、かつて、テテト連合国のアービンカ装備店の鍛冶場で見たような、ハンマーやペンチみたいな道具、水桶や金床、他にも炉などが置いてあったんだ。
大規模なものじゃない。
でも、そこは間違いなく鍛冶場だった。
(……空気が熱くて、鉄の匂いがするよ)
そして、普通の鍛冶場とは違って、そこには魔法陣の描かれた祭壇のような場所も造られていた。
その祭壇前に、キュードルさんがいる。
「やぁ、ようこそいらっしゃいました」
僕らの来訪に気づいて、彼は笑顔を浮かべる。
そして、目前の祭壇の魔法陣の上には、白銀の輝きを放つ手甲が置かれていた。
(あ……)
釘付けとなる僕の視線に、キュードルさんは頷いた。
「つい先ほど、完成したところです」
そう言って、彼は、恭しい所作で『白銀の手甲』を魔法陣から持ち上げた。
ゆっくり、こちらを振り返る。
ドキドキ
心臓を高鳴らせる僕に、彼は、それを差し出した。
(サイズが大きくなってる!)
形状は大きく変わらないけれど、子供用だったサイズは、今、ちゃんと大人でも装備できるサイズになっていた。
装甲も少し厚いかな?
より実戦向きな手甲になった気がするよ。
「マール、早速、装備してみては?」
イルティミナさんに促され、僕は「うん」と頷いた。
まずは、指先の空いた手袋に、自分の左手を通す。
装甲を腕に当てながら、手首と肘の前の部分にある皮ベルトをしっかりと引っ張った。
ギュ……ッ
うん、きつくない!
今までは、金属部分が狭くて、肉が押し潰される感じがあったけれど、今はぴったりフィットしている感覚だ。
軽く動かしてみる。
動かし難いこともないし、ずれることもない。
「大丈夫そうですね」
キュードルさんは、満足そうに頷いた。
「もし今後、きつくなるようでしたら、内側に詰めてある当て布を減らしてください。これからマール君が成長していっても、それで充分対応できるでしょう。精霊を宿した装甲部にさえ手を出さなければ、人間の鍛冶師でも、その調整はできるはずですから」
(おぉ……!)
そんな配慮までしてもらえているなんて、感動だ。
「ありがとうございます、キュードルさん!」
「いいえ」
彼は、穏やかに微笑んだ。
「こうして腕を振るうのは、80年ぶりでしたが、上手くいって良かった」
80年……。
そっか、前はシャクラさんが旅立つ時だったんだね。
シェルミナさんが夫を労うように、ソッと肩に手で触れて、キュードルさんも微笑みながら、そんな妻の手に自分の手を重ねていた。
(…………)
いいご夫婦だなぁ。
僕もいつか、イルティミナさんとあんな風な関係になれたらいいな……。
……な、なんちゃって。
(ちょっと気が早いかな)
「?」
勝手に自分を見つめて赤くなる少年に、イルティミナさんは微笑んだまま、不思議そうに首をかしげた。
コホン
小さく咳払いして、気持ちを落ち着ける。
「…………」
改めて、左腕を見た。
手の甲から肘までを覆っている、白銀に輝く金属の手甲だ。
手首に可動部があり、そこには、半透明な緑色の魔法石が填まっている。その周辺の装甲には、不思議な紋様が刻まれていて、
キュ……ッ
僕の小さな指は、その装甲を撫でた。
すると、
ジ、ジジジ……ッ
サイズが大きくなっても変わらない、精霊さんの応える音が響いてくる。
(あは……っ)
その響きは、とても心地好く僕の鼓膜と、そして心に届く。
左腕を上に伸ばした。
みんなの視線が集まる中、生まれ変わった『白銀の手甲』は、照明の光を反射して美しく輝いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
日付が変わった。
エルフたちの集う『聖なる森』に、1日の始まりを告げる朝日が昇る。
その輝きが、東の地平に顔を出した頃、
「よし、行くぞ」
「うん」
「はい」
「えぇ」
「……ん」
「…………(コクッ)」
キルトさんの号令で、完全装備をした僕ら6人の冒険者は、『精霊王の祠』へと向かった。
早朝のエルフの森は、白い靄がただよっている。
湿った匂い。
涼やかな風。
それをかき分けながら歩き、やがて、人気のない静謐な空間の広がる『精霊王の祠』へと辿り着いた。
(おや?)
その祠の手前、白い靄の向こうに、たくさんの人影があった。
近づいてみると、そこには花の形をした神輿のような物があり、そこに『エルフの女王』ティターニアリス様がいらっしゃった。
(うわ?)
予想外のことに驚き、僕らは、慌ててその場に跪いた。
エルフの女王様の周りには、護衛のエルフの戦士たちが集まっていて、他にも3大長老であるアービタニアさんやベルエラさんもいた。
護衛の戦士の中には、ティトテュリスさんの姿もある。
(…………)
アービタニアさんや、そのそばにいるエルフさんは、嫌悪や敵意の視線を送ってくる。
ベルエラさんは、曖昧な笑みだ。
でも、ティトテュリスさんは、不思議と落ち着いた表情で僕らを見ていた。
そして、
「これより、戦いに赴くのですね?」
エルフの女王様は、たおやかな声でそうお訊ねになられた。
コロンチュードさんが頭を下げ、
「はい」
と返答する。
それに頷いて、エルフの女王様はおっしゃった。
「私たちは、それを見届けに参りました。貴方がたの語った言葉が真実であるのか、その力が信頼に値するものなのか、それを見極めるために」
女王様の僕らを見る目は、とても冷静だ。
僕らは頷いた。
人間を代表するように、キルトさんが答えた。
「こちらとしても、それは願ってもないこと。ぜひ、我らの戦いをご照覧ください」
その黄金の瞳が、女王様を見つめ返す。
…………。
数秒間、視線を合わせて、ティターニアリス様は、優雅に頷いた。
そして、その白い手が、衣の内から何かを取り出した。
(あ……っ!)
そこに現れたのは、清浄な光を放つ長さ30センチほどの石の破片だった。
『神霊石』だ。
その突然の出現に、僕らは驚き、その視線を釘づけにされてしまう。
ティターニアリス様は、その美しい光の石を、そばにいた巫女のような2人の女性へと預けた。
その2人のエルフの女性は、恭しい所作でそれを掲げる。
そして、そのまま長い階段を登って、祠の内部へと運んでいく。
(そうか)
思い出した。
エルフさんたちは『御霊石』を守るために、この400年間、『神霊石』を国宝の『守り石』として、その力で『邪精』を弱体化させていたんだっけ。
つまり、これからの『邪精』との戦いに備えて、『神霊石』が用意されたんだ。
「…………」
その輝きを、僕は見つめる。
他のエルフさんたちも、敬虔な眼差しで『神霊石』の白い輝きを見つめていた。
それは、あのアービタニアさんもだった。
「では、行ってまいります」
コロンチュードさんが、僕には聞き慣れない、凛とした声で告げた。
女王様は頷く。
僕ら6人は、立ち上がった。
お互いの顔を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そこには油断もなく、恐れもない、ただ自分と仲間を信じる瞳と表情があった。
(うん)
僕らは頷き合った。
そして、祠の内部へと通じる長い階段を登り始めた。
「ふん、せいぜい醜態を晒すがいい。貴様らが失敗したあとは、我らが『御霊石』を守ってやるからな」
小さな悪態の声。
それは、忌々しそうに僕らを見るアービタニアさんからだった。
…………。
でも、あまり気にならなかった。
今は、そんな些細な悪意に構っている場合ではなかったから。
彼を無視して、僕らは祠に入った。
室内の中央には、大きな岩のような『御霊石』が安置され、そのすぐ手前に、『神霊石』が台座のような物に固定され、飾られていた。
白い光が、室内を照らしている。
静謐な空気だ。
(でも、なんだろう……?)
この間、下見に来た時とは違って、今日は、何か『濁り』みたいなものを感じるんだ。
首の後れ毛が、チリチリと逆立つ感じがする。
キルトさんが言う。
「前もって決めていた通りじゃ。『御霊石』とソル、コロンを中心に、円陣を組め。全方位からの敵に備えるぞ」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
「……ん」
「ポーは、了承した」
僕ら6人は、すぐに配置についた。
ソルティス、コロンチュードさんの魔法使い2人は『御霊石』と『神霊石』の近くに、そして、その四方を僕、イルティミナさん、キルトさん、ポーちゃんで囲んでいる。
僕は、『妖精の剣』の柄に手を当てる。
…………。
そのまま、15分ほどが経過した。
嫌な『濁り』の気配は、少しずつ強まっている。
そして、
「……邪気が溜まってきた。……そろそろ、だよ?」
コロンチュードさんが警告する。
キルトさんは頷いた。
「全員、構えよ」
油断のない、鉄の声だ。
僕らは、その指示にすぐに従う。
ソルティス、コロンチュードさんはそれぞれの杖を構えた。
イルティミナさんはカシャンと『白翼の槍』の翼飾りを開放し、魔法石と美しい刃をむき出しにする。
ポーちゃんは身体の前に拳を構え、その両手を『神気』で光らせる。
キルトさんは『雷の大剣』を包む赤い遮雷布をほどいて、肩に担ぐように構えた。
シュラン
僕も『妖精の剣』を鞘から抜く。
青銀に輝く半透明の刃が、『神霊石』の放つ白い光に、濡れたように輝いた。
それを正眼に構える。
「…………」
そして、感じていた『濁り』が更に強くなった。
それは、室内の空間に渦を巻くように集まって、やがて、黒い影となって実体化する。
(出た!)
直径1メードほどの大きな目玉から、黒い蛇のような触手が無数に生えた化物だ。
それが、祠の内部に7体。
本当に、空中に滲み出るように、突然に出現した。
――これが『邪精』。
邪悪に染まった精霊という言葉通りに、目玉の化物たちは、ずいぶんと嫌な気配を発している。
ウネウネ
その触手を揺らしながら、『邪精』たちは、ゆっくりと動き出した。
「来るぞ!」
キルトさんが叫ぶ。
僕は集中しながら、剣の柄を強く握った。
(さぁ、かかってこい!)
心の中で強く咆哮する。
――こうして『精霊王の祠』における、僕ら6人と『邪精』との戦いは、幕を開けたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。