309・マールVSエルフの戦士!
第309話になります。
よろしくお願いします。
アービタニアさんに連れられて、僕らは、闘技場のような場所に連れてこられた。
(ふ~ん?)
直径30メードほどの白い石造りの闘技場だ。
闘技場の外側には、青い水の流れる水路があって、それぞれの戦士が入場できるよう、闘技場の両端に木製の橋が架けられていた。
更に外側は、観客席だ。
騒ぎを聞きつけたのか、200人ぐらいのエルフさんたちが集まっていた。
(……なるほど?)
アービタニアさんか、コロンチュードさんが集めたのかな?
多分、僕が負けた場合、あるいは勝った場合、保守派と革新派の力関係には影響が出るだろう。
だから、観客は、その証人とするためなんだろうね。
責任重大だな。
そんなことを思う僕は、すでに1人で闘技場に立っている。
対面の橋からは、1人のエルフさんが歩いてきた。
外見年齢は、人間なら20代後半ぐらい。
金色の長い髪に銀の瞳をしていて、背が高く、細身の男の人で、やはりエルフらしく端正な美貌の持ち主だった。
鎧は革製で、その腰には、レイピアが提げられている。
(綺麗な人だな……)
同性だけど、素直にそう思った。
そんな綺麗な男エルフさんの後ろの観客席には、アービタニアさんがいて、
「この者の名は、ティトテュリス・ハールスタン」
「…………」
「『御霊石』の守護隊の隊長を務める人物だ。人間の子供では、決して勝てぬエルフの戦士であるぞ」
と、こちらを嘲笑するように教えてくれた。
(…………)
うん、とても強そうなエルフさんだね。
静かな佇まいだけれど、隙がない。
向き合っただけでも、このエルフさん――ティトテュリスさんは、かなり手練れの戦士なのだと感じられた。
と、その時、
「……ふん、マルマルだって強いんだぞ~! ……負けるわけな~い!」
後ろ側から、そんな声が聞こえた。
振り返れば、その観客席にいるコロンチュードさんが、大きく手を上げて叫んでいた。
隣にいるポーちゃんも義母を真似して、手を上げている。
(あはは……)
なんだか、緊張がほぐれるなぁ。
ふと見れば、2人のそばにいるキルトさん、イルティミナさん、ソルティスが僕を見つめていることに気づいた。
3人とも何も言わない。
でも、その瞳には、強い信頼の光があるのがわかる。
(…………)
コクッ
僕は頷いた。
コクン
3人も、頷きを返してくれた。
(うん!)
それだけで心に力が湧いてくる。
そして僕は、もう振り返ることなく、目の前にいるエルフの戦士を見つめた。
ティトテュリスさんは、視線を合わせてくる。
(……?)
でも、その表情は浮かないものだった。
彼は、僕を見つめたまま、静かに言った。
「人の子よ。今、この場で負けを認め、謝罪をする気はないか?」
(え?)
その声には、悪意はなかった。
「私は人間を憎んでいる。だが、だからといって、お前のような幼き者まで殺したいとは思わん。今ならば、アービタニア様も謝罪を受け入れよう」
「…………」
思わぬ提案に、僕はびっくりした。
目の前のエルフさんを、まじまじと見つめてしまう。
(そっか)
僕は笑った。
「心配してくれて、ありがとう。その心は、とても嬉しいです」
ティトテュリスさんは、少し驚いた顔をした。
僕は続ける。
「でも、その心遣いを受け取るわけにはいきません」
「…………」
「信じてもらえないだろうけど、アービタニアさんの言葉に従っていたら、世界は本当に滅びてしまうんです。人間もエルフも関係なく、みんな一緒に」
ティトテュリスさんの瞳は、僕を見つめ続けた。
僕も、視線を逸らさずに、
「僕は、それを防ぎたい。そのためには、ここで引くわけにはいかないんです」
青い瞳に力を込めて、そう言い切った。
ティトテュリスさんは、しばらく黙っていた。
やがて、
「……そうか」
その呟きを、吐息と共にこぼした。
「そのような戯言を盲信するとは、哀れなことだ。だが、幼き子供ならば、仕方がないのかもしれん」
「…………」
「残念だが、我が剣により、その目を覚まさせてやるしかないようだ」
シャラン
そう言いながら、彼は腰に差していたレイピアを引き抜いた。
刀身が陽光を反射し、光り輝く。
(…………)
盲信、か……。
そう思われてしまったことは悲しかった。
けれど、これ以上、言葉を重ねても、ティトテュリスさんの心に届かないことも、なんとなくわかっていた。
だから、僕も剣の柄に手をかける。
シュラン
そして、『妖精の剣』を鞘から引き抜いた。
半透明の青い刃が、美しい煌めきと共に、正眼に構えられる。
「…………」
「…………」
観客席に集まっているエルフさんたちのざわめきが消えていった。
吹く風を感じる。
物音1つしなくなった。
ティトテュリスさんの後ろで、アービタニアさんが余裕の表情でいるのが目に入った。
「さぁ、始めよ!」
彼は叫んだ。
それを合図に、僕とティトテュリスさんは、ゆっくりと間合いを詰めていった。
◇◇◇◇◇◇◇
先に間合いを潰して、大きく踏み込んできたのは、ティトテュリスさんだった。
ヒュオッ
上段からの鋭い振り下ろしだ。
僕は、真っ向からその剣に対して、自分の『妖精の剣』を合わせにいった。
ガィン
激しい火花が散り、そして弾き飛ばされたのは、なんと僕より体格の大きなティトテュリスさんの方だった。
「なっ!?」
彼は驚いた顔をする。
いや、彼だけでなく、アービタニアさんや観客のエルフさんたちも同様だ。
動じてないのは、イルティミナさんたち僕の仲間だけ。
でも、これは当然の結果だ。
ティトテュリスさんの剣は、確かにとても鋭かった。
けれど、彼は、僕を『人間の子供』と侮っていたのだ。
それに、エルフの戦士は『精霊使い』だというけれど、精霊を使う気もなく、剣のみで戦い始めたところからも、その侮りの心がわかる。
対して、僕は全身全霊で剣を振った。
だから、競り負けるのがティトテュリスさんの方だったのは、当然の結果なのだ。
「何をしている、ティトテュリス!?」
アービタニアさんが叫ぶ。
「く……っ」
ティトテュリスさんは、屈辱を受けた顔をして、すぐに僕へと襲いかかってきた。
(また剣のみで……?)
ガギィン
さっきよりも重い剣。
でも、打ち勝ったのは、また僕の方だ。
彼は愕然とした顔だ。
本人は、僕を侮っている自覚がないのだろう。人間が格下の存在というのは、きっと彼の中では『当たり前』で自覚できないのだ。
(今度は、こっちから行くぞ!)
混乱する彼へと、僕は一気に踏み込んだ。
ガン キン カィン
火花が散り、何度も剣を合わせていく。
――強い。
剣技のレベル自体は、僕と遜色ない。
でも、最初は互角に見えても、時間が経つにつれて、僕の方が優勢になっていった。
「う……くっ!」
彼は焦る。
でも、これも僕としては、当然の結果だ。
ティトテュリス・ハールスタンさんは、僕より体格が大きいとはいえ、『魔血の民』ではなかった。
あの超人的な『力』や『速さ』はない。
あるのは、『技』のみだ。
対して僕は、『魔血の民』であるキルトさんに、ずっと剣の稽古を受けてきた。
それだけではない。
僕が戦ってきた魔物たちは、みんな、人間よりはるかに優れた肉体能力を持っていて、僕は、そんな格上の存在ばかりと戦い続けてきたんだ。
それに比べたら、彼の能力は、僕と同じ土俵にいた。
あの理不尽なまでの身体能力差が、存在しないのだ。
そして、その理不尽な差に抗うために、僕がずっと磨いてきたのは剣の『技』だ。
同じ土俵で。
同じ『技』で。
僕は、決して負けるわけにはいかない――その覚悟で戦っていた。
「このっ!」
ティトテュリスさんが必死に剣を振る。
ガィン
でも僕は、それを余裕を持って弾いた。
(先の展開を考えろ、マール!)
ここ最近、ずっとキルトさんに教わっていた剣の稽古を思い出す。
どう剣を振るか?
どう防ぐか?
どう相手を誘導するか?
二の手、三の手を意識して、ずっと戦ってきたんだ。
そのためだろうか?
ティトテュリスさんが次に何をしてくるのかが、彼が動きだす前にわかってしまう。
自分が何をしたら、彼がどう反応してどう動くのかも、わかってしまう。
(なんだろう、この感覚……?)
まるで未来が全て見えているような、不思議な感じだ。
ふと、ずっと昔、キルトさんがオーガと戦っている時に、まるでオーガがキルトさんに操られて、自分から斬られに行っているように見えたことがあった。
それを今、僕は再現している――そんな感覚があった。
カンッ キキンッ ギィン
「く……うっ……がっ」
鎧の隙間に、僕の『撫でる剣』が当たり、ティトテュリスさんは血に染まっていく。
彼は、僕に押されて下がっていく。
「!」
そしてティトテュリスさんのかかとが、闘技場の端を踏んだ。
その先は、もう青い水の水路だ。
ティトテュリスさんは、自分がついに闘技場の端まで追い詰められたことを悟る。
そして、
「う、おぉおおおおっ!」
捨て身の覚悟で僕へと突っ込み、今までで一番鋭い突きを放ってきた。
それは、初めて侮りの消えた剣だ。
(…………)
僕は笑ってしまった。
対等に思われたのが嬉しくて。
そして、その彼の行動が、僕の予想通りすぎてしまって。
僕は、『妖精の剣』を上段に構えていた。
僕の最も得意な構え。
そして、最大の剣技――上段からの振り落としを放っていた。
ヒュコン
彼の手にしたレイピアが、あっさり切断される。
「……え……?」
彼は呆けた。
切断されたレイピアの刃は、回転しながら水路に落ちる。
そして、そんな彼の首へと、僕は返す刀で剣を振り上げ、その肌に触れる寸前で刃を止めた。
空気が凍る。
ティトテュリスさんは、動けない。
アービタニアさんは唖然とし、観客席に集まっていたエルフさんたちも、驚愕の表情で僕らを見つめていた。
僕は言った。
「――僕の勝ちだ」
◇◇◇◇◇◇◇
キルトさんが「うむ」と大きく頷いた。
イルティミナさんは安心したように微笑み、ソルティスとポーちゃんは「やったわ!」とお互いの手をパンと合わせた。
コロンチュードさんも『うんうん』と満足そうに頷いている。
(……ふぅ)
僕は、ゆっくりと剣を引いた。
ティトテュリスさんは茫然としている。
そんな彼とは対照的に、後ろの観客席にいるアービタニアさんが騒いでいた。
「馬鹿な! そんな馬鹿な! ありえん、人間風情がこんな……!」
ザワザワ
観客席のエルフさんたちも、ざわついている。
人間の子供が、エルフの戦士を打ち破る――それは、彼らにとって、あってはならないことだった。
でも、それが現実だ。
保守派のエルフさんたちは動揺し、中立派のエルフさんは感心したように僕を見ている。
コロンチュードさんは、みんなに聞こえる声で言った。
「……マルマルの勝ち、だよ。……約束通り、これで『邪精』討伐の邪魔はしないで、ね?」
「ぬ……ぐっ」
アービタニアさんは、顔を真っ赤にして唸った。
反論したくても、これだけの証人がいるのだ。
(うん、言い訳できないよね)
僕は、そう思った。
でも、
「いや、まだだ!」
その声は、思った以上に近くから聞こえた。
ハッとして、視線を落とす。
そこには、僕を憎しみに染まった瞳で睨みつけるティトテュリスさんの姿があったんだ。
敗北による強い憎悪。
すでに勝敗が決したと思っていた僕は、反応が遅れてしまった。
彼は、胸の前で両手で印を結ぶ。
「――、――――、――!」
そして、人間には発声できない声を発した。
その瞬間、
ボボォオン
凄まじい炎が、僕とティトテュリスさんの間の石の床に発生した。
(うわっ!?)
僕は仰け反り、大慌てで後退する。
剣を構え、そして見た。
血だらけのティトテュリスさんは、幽鬼のように揺らめきながら立ち上がっていた。
そしてその傍らに、『炎の化身』がいた。
それは、体長3メードもある真っ黒いトカゲだった。
その全身から灼熱する赤い炎が噴き出して、その黒い巨体を覆い隠している。
(な……っ!?)
僕は愕然とした。
前世の知識が訴えるその正体は、恐らく『火蜥蜴』と呼ばれる炎の精霊だ。
彼は、エルフの『精霊使い』。
そして、彼の怒りを具現したような炎の精霊は、その長い炎の舌をチロチロと、立ち尽くす僕へと向かって伸ばすのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




