308・供養塔の前にて
第308話になります。
よろしくお願いします。
僕らは、コロンチュードさんの家で一夜を明かした。
客室の窓から、朝日が差し込んでくる。
(ん……)
『エルフの国』でも、イルティミナさんの抱き枕となっていた僕は、夜明けと共に目を覚ました。
動いた僕に反応して、イルティミナさんも目を覚ます。
「ん……おはようございます、マール」
柔らかな甘い笑顔。
寝起きなのに、イルティミナさんは、とっても綺麗だ。
長く艶やかな髪にちょっと寝癖があるのも、いつもと違う無防備さがあって、なんだか可愛いんだ。
僕も笑う。
「うん、おはよう、イルティミナさん」
「…………」
彼女は僕を見つめると、
ギュウッ
(わっ?)
何かに耐え切れなくなったように僕を抱きしめる。
スンスン
僕の髪に鼻を押しつけられ、頬ずりされたり、髪にキスされたりしてから、彼女はようやく満足そうに僕を開放してくれた。
……うん。
(まぁ、いつも通りの朝だね)
達観しながら、その愛情を受け入れる。
そうして僕ら2人は、ようやくベッドから起き上がるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……おはよ。……よく眠れた?」
キルトさん、ソルティスと一緒に客室を出ると、コロンチュードさんはすでに起きていた。
そばには、ポーちゃんもいる。
見れば、リビングのテーブルに朝食が並んでいた。
(!)
ドキッとしたけれど、それはパンに蜂蜜の小瓶、ベーコンエッグと生野菜のサラダ、それとミルクという普通の食事だった。
よかった……。
安心した僕は、ポーちゃんの表情に気づく。
相変わらず無表情だけど、そこに『ドヤァ』という達成感を漂わせていた。
(ありがとう、ポーちゃん!)
僕ら4人は、普通の朝食を死守してくれた幼女に、深く感謝した。
…………。
それから僕らは、美味しい食事を堪能した。
食べ終わるのを見計らって、
「……このあと、『精霊王の祠』に向かうから」
とコロンチュードさんが言った。
『精霊王の祠』とは、眠っている『精霊王』の『御霊石』が安置されている場所なんだって。
つまり『邪精』も出現する場所だ。
早速、討伐に向かうのかと思ったのだけれど、『邪精』は周期的に現れるそうで、
「……今日は下見」
とのことだ。
計算では、次に現れるのは3日後なのだそうだ。
(……決戦は3日後か)
それまでに体調と覚悟の気持ちを整えておこう、うん。
そんなわけで、僕らは朝食を済ませたあと、みんなでコロンチュードさんの家を出発したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
早朝のエルフの街を歩いていく。
この時間帯で歩いているエルフさんは少ないけれど、みんな、僕らに視線を送ってくる。
「…………」
憎悪の視線もあるけれど、興味の視線も感じられた。
(興味は、中立派かな?)
たまに革新派のエルフさんもいて、コロンチュードさんに挨拶したりすることもあった。
そうして歩いていくと、段々と周囲の人が少なくなった。
人気のない場所だ。
と、その時、コロンチュードさんが不意に言った。
「……ちょっと、寄り道」
「え?」
唐突な言葉に驚く。
けれど、彼女はそのまま歩を進めてしまう。
僕らは顔を見合わせ、すぐにコロンチュードさんを追いかけた。
…………。
やがて辿り着いたのは、やはり人気のない場所だった。
たくさんの大樹に囲まれた空間で、そこは土の地面に花々が咲いていて、中心に3メードほどの大きな石柱が建てられていた。
(なんだろう、ここは?)
空気は、とても澄んでいる。
不思議と心が安らかになる場所で、なんだか気持ちが落ち着いてくるんだ。
コロンチュードさんの背中は、石柱の前で止まる。
そして、
「……ここは、殺された『魔血の赤子』のための供養塔なんだ」
と教えてくれた。
(!)
僕らは硬直する。
それから改めて、目の前にある白い石柱を見上げた。
「…………」
子供が産めない身体であるイルティミナさんは、特に表情を苦しそうに歪めていた。
キュッ
僕は、その手を握る。
イルティミナさんの指は、強く握り返してきた。
それから、僕らはコロンチュードさんに倣って、石柱の前に跪くと、しばしの黙祷を捧げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
静かな時間と新たな決意を終えて、僕らは立ち上がった。
そして、この穏やかな場所から去ろうとした――その時だ。
「ここで何をしている?」
悪意の滲んだ声が、僕らの耳朶を打った。
(!)
振り返った先にいたのは、保守派エルフの代表であるアービタニア・ファブロガスさんだった。
彼のそばには、保守派らしい20人ほどのエルフさんも一緒である。
コロンチュードさんは顔をしかめた。
向こうも同じ顔をしていて、
「ふん、やはり『悪魔の血筋』だな。同じ『悪魔の子』の埋められた場所を訪れるか」
蔑みの声をぶつけてくる。
わざわざ、僕らのわかるアルバック共通語で話しているところにも、彼の悪意を感じるね。
コロンチュードさんは言った。
「……罪なきエルフの子らが安らかに眠れるよう……罪なき人間の子らが祈っただけ、だよ」
「はっ」
その言葉を、彼は鼻で笑った。
「罪なき? 罪にまみれているだろうが? 400年前の世界の破滅を、誰が招いた? タナトスの人間と悪魔だ! そして、ここに埋められているのは悪魔の子であり、お前たちは、タナトスの末裔だ!」
「…………」
「今すぐ、このエルフの土地から去れ! ここは、貴様らの訪れて良い場所ではないのだ!」
強い憎しみの声だ。
同調するように、他の保守派エルフさんたちも「そうだ!」、「消えろ、悪魔の子孫どもめ!」と叫んでいる。
キルトさん、イルティミナさんは何も言わない。
ソルティスは、唇を噛み締めている。
(…………)
僕は、アービタニアさんを睨んだ。
彼はそれに気づいた。
「なんだ、人間の子供が」
馬鹿にしたような顔をする。
僕は言った。
「僕は、エルフのことが大好きです。でも、貴方たちのことは大嫌いだ」
予想外だったのか、彼らはキョトンとした。
僕は続ける。
「この世界は今、破滅の危機に瀕している。それなのに、どうして僕らがいがみ合っているの? 今はみんなで協力する時じゃないの?」
彼は笑った。
「世界の危機と言っているのは、お前たちだ。それが嘘でない保証がどこにある?」
「なら、確かめてよ」
僕は、彼を見つめた。
「僕らの言った言葉の真偽を確かめてよ。疑うだけじゃなくて、それを確かめるために行動してよ。文句を言ってもいい。でも、ちゃんと僕らのことを見てよ」
アービタニアさんたちの嘲笑が止まった。
彼の視線が、僕を見る。
「ほざくな、人間が」
それは凍りつくような声だった。
「言葉の真偽など、どうでもいい。『人間』であるというだけで、お前たちの言葉は聞くに値しない。見る価値もない」
「…………」
「世界が滅ぶ? 結構だ」
……え?
「お前たち『人間』や『悪魔の子孫』に協力するぐらいなら、我らエルフは、世界が滅ぶ道を選択する!」
「!」
アービタニアさんの啖呵に、僕は衝撃を受けた。
(……そこまで)
そこまで、僕らは憎まれてるの?
ただ人間に生まれたというだけで、魔血を宿していたというだけで、これほどの憎しみを受けるの?
これが……差別。
これが、憎しみに染まった人の心。
固まってしまった僕を庇うように、キルトさんが前に出た。
「悪いが、そなたらの身勝手に付き合い、この世界に破滅を招くことは、このキルト・アマンデスが決して許さぬ」
「何っ!?」
アービタニアさんたちが気色ばんだ。
でも、キルトさんは1歩も引かない。
これまで幾多の困難を乗り越えてきた、その黄金の瞳は、怯むことなく、目の前に集まったエルフさんたちを見つめている。
(……キルトさん)
その背中の頼もしさに、心が震えた。
グッ
イルティミナさんが僕の手を握ってくれる。
熱い手だ。
そして、ソルティスとポーちゃんが、僕の横へと並んで立ってくれた。
(……みんな)
最後に、コロンチュードさんが再び口を開いた。
「……どちらにしても……私たちは『御霊石』を守るために『邪精』を討伐する、よ。……その邪魔だけはしないで」
「勝手なことをするな!」
アービタニアさんは言い返した。
「『御霊石』は、我らエルフの『精霊使い』でも充分に守り切れる! お前の懸念していた巨大な『邪精』も、すでに姿を消したであろうが! もはや、お前たちの出る幕ではない!」
保守派のエルフさんたちも「そうだ!」と叫ぶ。
その人たちを見つめ、
「……これは、女王の決めたこと」
コロンチュードさんは、冷静に言い返した。
途端、アービタニアさんたちは黙った。
とても苛烈な人たちだけれど、『エルフの女王』の権威は、そんな彼らの心にも、しっかり浸透しているみたいだ。
そして、コロンチュードさんは続ける。
「……それに、例の巨大な『邪精』は……力を溜めるため、一時的に姿を隠しているだけ。……次に姿を見せた時、貴方たちは死ぬ……よ?」
静かな声だ。
それは、この慰霊の空間に、冷たい風となって低く響いた。
アービタニアさんが、歪んだ表情で問う。
「それほどの強力な『邪精』が、お前たちに倒せると?」
「……うん」
コロンチュードさんは頷いた。
それから、一緒にいる僕らの顔を、ゆっくりと見回して、
「……みんな、強いからね」
そう信頼に満ちた笑顔で言い切った。
(……コロンチュードさん)
その信頼が嬉しかった。
それだけで、例え危険なクエストであっても、必死に果たしたいと思えるよ。
だけど、
「ハッ、ハハハハッ! 強いだと? そんな女子供の集団が?」
アービタニアさんは、そう馬鹿にしたように笑った。
20人ほどの他の保守派エルフさんたちも、彼に追従するように笑い声を響かせた。
完全な蔑みの笑みだ。
でも、3大長老の1人であるハイエルフのお姉さんは、余裕の顔で、
「……なら、試して、みる?」
「……あ?」
「……そこにいる小さなマルマル1人だって……アービタの部下の『精霊使い』より、ずっと強い、よ?」
え……僕?
突然、名前が出てきて驚いた。
アービタニアさんは、呆れたように、
「何を馬鹿な……」
「……怖いんだ? マルマルに負けるの……が」
「…………」
「……誇り高いエルフが……逃げるんだ、ね?」
コロンチュードさんは、挑発的な笑みを浮かべた。
残念美人な彼女だけれど、その顔はとても端正だ。それが浮かべる嘲笑の笑みは、酷く人の心に突き刺さる。
そして、アービタニアさんは表情を消した。
「よかろう」
静かな声だ。
「そこまで言うならば、その人間の子供の死を持って、己の暴言を悔いるがいい」
彼は、殺意にギラついた瞳で僕を睨んだ。
(…………)
思わぬ展開に、僕は戸惑った。
でも、
「――僕は負けない」
アービタニアさんの視線から逃げたくなくて、真っ向から見つめ返して、そう答えた。
コロンチュードさんは、大きく頷く。
キルトさんは信頼の表情で、ソルティスは『やっちゃえ!』という顔で僕を見つめる。
ポーちゃんは、僕の背中をポンと叩いた。
イルティミナさんは、少し心配そうだったけれど、僕の意思を尊重してくれたようだった。
そしてアービタニアさんは、
「…………」
少し驚いたように、そんな僕らのことを見つめていた。
――そうして僕は、急遽、アービタニアさんの選んだエルフの『精霊使い』と戦うことが決まったんだ。
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