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307・滅びゆく種族

第307話になります。

よろしくお願いします。

(それって、どういうこと?)


 エルフは滅びゆく種族――そう告げたコロンチュードさんの言葉の意味が、僕には、わからなかった。


 いや、みんなもわかっていないみたいだ。


 怪訝な視線が、コロンチュードさんに集まる。


 でも、彼女は答えない。


 ただ悲しそうに、寂しそうに、自分たちの目の前に広がるエルフの世界を見つめていた。


 僕は思い切って、その意味を聞こうと思った。


 けれど、


「……あ」


 その前に、彼女は、ふと何かに気づいた顔をした。


(え?)


「……見えてきた、私の家」


 コロンチュードさんは、200メードほど先にある1本の大樹を指差した。


 彼女は小さく笑って、


「……あと少しだよ。……さ、行こう」


 スタ スタ


 そして、1人で先に歩きだす。


(あ……)


 声をかけそびれてしまった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 残された僕らは、なんとなく顔を見合わせてしまう。


「……行くかの」

「……うん」


 キルトさんの言葉に頷いて、僕らは、ハイエルフさんの猫背をすぐに追いかけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 コロンチュードさんの家は、やっぱり100メードほどの大樹だった。


 そこに木の扉があって、


「……ただいま」


 コロンチュードさんは、そう言いながら、その扉を開けて、大樹の中へと入っていった。


 僕らも続く。


(わぁ……)


 大樹の中は、ちゃんとした室内空間だった。


 シュムリア王国にあった王都郊外の森にあるコロンチュードさんの『木の家』の豪華版だ。


 リビングにキッチン。


 幹の内側に沿って続く螺旋の階段。


 そこにある扉は、更に、幾つかの部屋があることを示している。


 研究室は別にあるみたいで、シュムリア王国の『木の家』で見たような実験道具や魔物の素材などは、ここには見当たらなかった。


「ふむ」

「ほぅ」

「ここが、コロンチュード様の家なんですね!」

「…………」


 みんな、物珍しそうに周囲を見ている。


 1000年も留守にしていたはずなのに、思った以上に綺麗だった。


(埃とか、落ちてないね?)


 もしかして、そういう魔法なのかな、と思ったけれど、


「……革新派のみんなが、頼まなくても、勝手に掃除してくれてるから……ね」


 とのこと。


(なるほど)


「キルトさんの部屋を、ギルド職員さんが掃除してくれるのと同じだね」


 僕は笑って、そう頷いた。


「ぬ……」


 一緒にされたのが嫌だったのか、キルトさんは表情をしかめている。


 あはは……。


 イルティミナさんとソルティスも苦笑している。


「……適当に、くつろいでて」


 コロンチュードさんはそう言って、奥の部屋に行ってしまった。


 僕らは顔を見合わせる。


 それからお言葉に甘えて、背負っていた荷物や装備を外して、部屋の隅にまとめて置かせてもらい、近くにあった長椅子に腰を下ろした。


(ふぅぅ)


 ちょっと一息だ。


 やがて、コロンチュードさんも戻ってきた。


 どうやら着替えていたみたいで、女王との謁見用のドレスから、普段着らしいゆったりした服になっている。装飾品もすべて外されていた。


 ポリポリ


 長い金髪を、手でかいている。


 綺麗に梳かされていたのに、もうクシャクシャだ。


「……え~と……みんな、お腹空いてる、よね?」


 彼女は、そう質問してきた。


 ……うん。


 窓の外は、もう日が暮れていて、とっくに夕食の時間だった。


 そして僕らは、謁見のために昼食も食べていない。


 グゥゥ


(うっ?)


 答える前に、正直者の僕のお腹が先に答えちゃった!


 みんなが僕を見る。


 は、恥ずかしい……。


 イルティミナさん、キルトさん、コロンチュードさんは、優しく笑った。


 ……ソルティスは蔑みの目だ。


 ポーちゃんだけは、無表情が変わらない。


 そして、『大樹の家』の家主さんは、


「……わかった。……すぐに夕飯を作るから、もうちょっと待ってて……ね」


 と言ってくれたんだ。


 実は、とっても優しくて世話好きなハイエルフさんだ。


 その提案は、とても嬉しい。


(嬉しいけど……)


 僕は青ざめた。


 みんなの表情も青ざめていた。


 あのソルティスとポーちゃんでさえ、だ。


 僕らは覚えている。


 かつて、シュムリア王国の『木の家』で、コロンチュードさんの料理をご馳走になったことがあった。


 芋虫、昆虫、蛇。


 素材丸ごとそのままの料理だった。


(…………)


 あ、味は悪くなかったよ。


 でも、さ……なんというか、ね?


 コロンチュードさんだけが気づかない、凍りついた空気の中で、


「ポーは、義母を手伝うと提案する」


 ザッ


 勇敢なるポーちゃんが、僕らを救うために立ち上がった。


(おぉ……っ!)


 そして更に、


「何もしないというのは気が引けますので、私にも手伝わせてください」


 優しいイルティミナさんも、すぐに席を立つ。


 頼もしい2人に、僕とキルトさんとソルティスは、感謝の視線を送った。


「……そ?」


 コロンチュードさんは、不思議そうに首をかしげる。


「……ま、いいや。……それじゃあ、ついてきて」

「はい」

「了承」


 そうして、ハイエルフさんと2人の戦士は、奥の厨房へと姿を消した。


 ドキドキ


 残された僕らは、緊張した時間を過ごした。


 そして、1時間後。


「……ほい、お待たせ」


 僕らの目の前には、きちんと調理された美味しそうな『普通の料理』たちが並んでいた。


 やり遂げた表情のイルティミナさんとポーちゃん。


 あぁ、よかった……。


(ありがとう、2人とも!)


 僕は心の底から感謝し、キルトさんとソルティスも、とても安心した様子だった。


「???」


 そんな僕らに、コロンチュードさんだけは、1人首をかしげていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(あぁ、美味しかった)


 出された料理は、茸や野菜、果物を中心として、他に鹿やウサギの肉が使われていた。


 どれも美味しかった。


 キルトさんや食いしん坊少女のソルティスも、大満足の顔である。


「はい、マール。お茶ですよ」

「あ。ありがと、イルティミナさん」


 優しいお姉さんは、食後の紅茶まで用意してくれていた。


 本当に至れり尽くせりだ。


 その心地好さに、のんびりと浸ってしまう。


 コロンチュードさん自身も、自分の作ったと思っている料理を残さず食べてもらえて、満足そうな顔だった。


(あはは)


 なんだか、ゆったりした時間だった。


 そのせいか、ふと僕は、さっきのコロンチュードさんの言った言葉を思い出してしまった。


 …………。


 えっと、どうしようかな?


 聞いてもいいのか、迷ってしまう。


 でも、そんな僕の様子に、イルティミナさんが気づいてしまった。


「どうかしましたか、マール?」


 心配そうな顔。


(……う)


 迷ったけれど、それが決断を後押しする。


 僕は思い切って、ハイエルフのお姉さんを見た。


「あの、コロンチュードさん」

「……ん?」

「さっき、コロンチュードさんが言っていた『エルフは滅びゆく種族』って、どういう意味なんですか?」


 みんなが驚いた顔をした。


 コロンチュードさんも目を瞬く。


 それから、いつも眠そうな瞳が、今は真っ直ぐに僕を見つめた。


「……言葉通りだよ」


 コロンチュードさんはそう言った。


 それから、


「……マールは、この『エルフの国』の人口がどのくらいか、知ってる?」


 と質問された。


 知らなかった僕は、首を横に振った。


 彼女は微笑んだ。


「……15万人」


 15万人……?


 その少なさに、驚いた。


 ここは前世の世界に比べて、とても危険な世界で、人口そのものが多くない。でも、15万人という数字は、それでもあまりに少なく思えたんだ。


(だって、王都ムーリアの半分の人口だよ?)


 それが1国の総人口だというのだ。


 イルティミナさん、キルトさん、そしてあの博識少女ソルティスも知らなかったのか、とても驚いている。


 表情が変わらないのは、ポーちゃんだけだ。


 ソルティスが確認する。


「エルフの国の大半が森林で、生活圏が小さいのは知っていたけれど……そこまで少ないんですか?」

「……うん」


 頷くコロンチュードさん。


「……400年前までは、200万人以上いたけどね。……今じゃ、この『聖なる森』にも1万人ぐらいしか、エルフがいないんだよ」


 その言葉でわかった。


 神魔戦争だ。


 400年前の神魔戦争で、それだけ多くのエルフさんが犠牲になったんだ。


 それほどの悲劇だったのかと、僕らは愕然とした。


 同時に、アービタニアさんたちが『悪魔』を異常に恐れる理由の1つも、わかった気がした。


 コロンチュードさんは、紅茶のカップを両手で包み込む。


 その紅い水面を見つめて、


「……今の『エルフの国』はね、出生率よりも、死亡率の方が高いんだ」


 と言った。


「……私たちエルフは、とても長命で……だからこそ子孫を残すことに人間ほど貪欲じゃなかった。……それに加えて、神魔戦争以降、『魔血の赤子』は生まれてすぐに殺してきた」

「…………」

「……我が子を殺す心の痛み。……そして、『魔血の子』を生むかもしれない恐怖。……それが余計に出生率を下げたんだ」


 彼女は、皮肉そうに笑った。


「……400年前から今までに……『エルフの国』で生まれ育ったエルフは、たったの9人だけ」


 9人……!?


(この400年間で!?)


 その事実に、僕らは唖然だ。


 9人以外に生まれた『魔血の赤子』は、みんな殺されたそうだ。


 …………。


 もちろん、これは『エルフの国』のみの数字だ。


 国外にいるエルフたちは、革新的な考えの人が多いので、そちらの出生率はもっと高いという。


 でも、エルフ同士が結ばれるとは限らない。


 結果として、


「……少しずつ、エルフの血は薄れているんだよ」


 とのことだ。


 純血のエルフが集まる『エルフの国』。


 けれど、そこでは子が産まれず、子を産みたい革新的なエルフは国外に行ってしまう。


 そして、血は薄まる。


 また国外のエルフは、活動的な分、死亡率も高くなっているそうだ。


 無事、故国に帰ってくることは少ない。


 そして、外で生まれたエルフが、故郷でもない『エルフの国』を訪れることもない。


 こうして『エルフの国』の人口は、少しずつ減っていたのだ。


(……なんてことだ)


 僕は、言葉もなかった。


 その現実を、コロンチュードさんだって、黙って受け入れるつもりはなかった。


「……一応ね、訴えてはいるんだ。……『魔血の赤子』が生まれた時は、殺さず、シュムリア王国に送って欲しいって。……そうすれば、子供を産むことへの抵抗も減るし、多くの命を救うこともできる。……でも今は、保守派の力が強いから」


 なかなか、その提案は通らないそうだ。


(……そんな)


 コロンチュードさんは、中空を見上げる。


「……昔はね、革新的な考えのエルフの方が多かったんだよ」


 え?


「……だから、人間世界とも多く交流があった。……だけど、その分、神魔戦争でそういう考えのエルフの多くが犠牲になっちゃったから。……だから生き残った保守派の方が今は強くて、『エルフの国』は、外の世界と断絶して鎖国するようになっちゃったんだ」


 その声はとても辛くて、悲しそうだった。 


(…………)


 400年前は、コロンチュードさんも生きていた。


 もしかしたら、彼女も、大切なエルフの友人たちを亡くしてしまったのかもしれない。


 コロンチュードさんは、吐息をこぼす。


 寂しそうに笑って、


「………だからね。……すぐにではないけれど……でも遠い未来には、この世界から『エルフ』という種はいなくなってしまうんだ、よ」


 そう悲しい予言をしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



『エルフの国』が直面している厳しい現実に、僕らは言葉もなかった。


「…………」


 ポーちゃんは、心配そうに義母を見ている。


 気づいたコロンチュードさんは、優しく笑って、義娘むすめを抱きしめた。


 ギュッ


 その様子に、少しだけ空気が緩んだ。


 僕は言った。


「あの……僕らにできることって、何かないですか?」


 って。


 イルティミナさん、キルトさん、ソルティスも同じ表情だ。


 コロンチュードさんは驚いた顔だ。


 それから微笑んだ。


「……あるよ」


 え?


「……『邪精』を倒すこと」

「…………」

「……『エルフの国』のみんなも、このままじゃいけないって、心のどこかでわかってる。……私は、その変化のきっかけを作りたい」


 それが……邪精を倒すこと?


「……うん」


 彼女は、大きく頷いた。


 エルフたちの手に負えない『手強い邪精』を、『魔血の民(・・・・)』の人間・・が倒して『エルフの国』の助けとなる――その事実が欲しいのだ、とコロンチュードさんは言った。


「……すぐには変わらないかもしれない」

「…………」

「……でも、そういうことを積み重ねていけば、いつか『エルフの国』も変わると思うんだ」


 そう語る翡翠色の瞳は、とても真剣だった。


 …………。


 思わず、その輝きに吸い込まれそうだった。


(ちょっとびっくりだ)


 あの自分の研究だけを追い求めていたコロンチュードさんが、こんな風に生まれた国のことを熱く考えているなんて。


 そう思ったのは、僕だけではないみたいだ。


 ポーちゃん以外の3人も驚いている。


 そして、キルトさんは苦笑した。


「コロン、そなたがそのような責任感を持つとはな。……いったい、どうした?」


 そう問いかける。


 コロンチュードさんは、


「……私も義母になったから、ね」


 と、腕の中に抱きしめている義理の娘に、慈愛に満ちた視線を送った。


(そっか)


 ポーちゃんとの出会いが、彼女にも変化を起こしたんだね。


 その金髪の幼女は、美しいハイエルフの義母を見上げている。


 と、


「……それに……小さな身体で、いつでも誰かを守ろうと必死にがんばる姿を、いっぱい見せられちゃったから……ね」


(ん?)


 なぜかコロンチュードさんの視線は、僕の顔にも向いていた。


 他のみんなも、僕を見る。


「なるほどの」

「よくわかります」


 キルトさんとイルティミナさんは、しみじみと頷いた。


 その隣で、


「……まぁ、コロンチュード様がおっしゃるなら、反論はしませんけど」


 ソルティスは少し不服そうに呟く。


 最後にポーちゃんが、


「…………」


 コクン コクン


 柔らかそうな金髪を揺らして、何度も頷いていた。


 えっと……?


(どういうこと?)


 僕だけが、その意味をわかっていないみたいだ。


 コロンチュードさんは、おかしそうに笑った。


 それから、その右手を上へと伸ばして、


「……この手が届くかわからないけれど……それでも、私も精一杯、手を伸ばしてみる……よ」


 キュッ


 見えない何かを掴むように、その細い指を強く握ったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ キルトとコロンチュードの意外なようで意外でもない共通点。 確かに! ……と納得でした(笑) [気になる点] 今回、ポーちゃんはコロンチュードが料理をすると言った…
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