306・樹上の道
第306話になります。
よろしくお願いします。
「……じゃあ、行こうか」
眠そうなコロンチュードさんに案内されて、『王樹の城』をあとにした僕らは、白い石畳の道を歩いていく。
しばらく歩き、やがて、1本の大樹へと辿り着いた。
(ここがコロンチュードさんの家?)
と思ったけれど、
「……こっちが近道なんだ」
とコロンチュードさん。
近道?
みんなで首をかしげていると、彼女のたおやかな手が、大樹の幹に触れた。
「シャプラ」
短い文言を呟く。
すると、
グッ グググッ
なんと大樹の幹の表面が動いて、そこに螺旋を描く階段が現れたんだ。
唖然となる僕ら。
「……さ、行こ」
コロンチュードさんは眠そうな声で言うと、その螺旋の階段を登り始めた。
僕らも慌てて、猫背のハイエルフさんを追いかける。
やがて、70メードほどの高さまで登った。
(うわぁ……)
僕らの目の前には、大樹から長く伸びた枝があった。
それは幅が10メードほどで、上側の表面が平らになっていて、なんと通路になっていたんだ。
通路には、スズランの照明もある。
そして、その長く伸びた枝は、他の大樹から伸びた枝と繋がっていて、森に広がる空中の交通網となっていたんだ。
(これは凄いや)
キルトさん、イルティミナさんも驚いている。
ソルティスなんかは、
「こういうのって、エルフ独自の文化よねっ」
と、瞳をキラキラさせていた。
ポーちゃんだけは無反応だったけど……。
「……手すり、ないから、落ちないでね」
眠そうな声で注意して、コロンチュードさんは、枝の上を歩きだした。
僕らは、おっかなびっくり、その背を追いかける。
…………。
枝の道は思った以上に安定している。
最初は緊張していたけれど、少しずつ、その高所の歩きにも慣れてきた。
その時、僕は、ふと顔をあげて、
(わぁ、いい景色!)
そこからの眺めに驚いた。
それは、地上70メードからの眺めだ。
数千、数万年を生きた大樹たちが、地平の果てまで広がっている神秘的な光景を、全周囲に望むことができる。
地上には、白い石畳の地面と青い水の水路。
その白い石畳には、たくさんのエルフさんたちが歩いていて、まるで小さなお人形さんみたいに見える。
また見上げれば、頭上には生い茂った大樹の枝葉が広がっていた。
そこから、夕日の赤い光が幾筋にも分かれて差し込み、僕らのことを柔らかく照らしている。
「……綺麗だな」
思わず、足を止めていた。
今まで、色々な国を訪れたけれど、そのどれとも違う風景だった。
(……これが、エルフさんたちの暮らしている国かぁ)
その美しさに、僕は青い瞳を細めてしまう。
コロンチュードさんが笑いかけてくる。
「……気に入った?」
「うん」
僕は大きく頷く。
その答えに、彼女は嬉しそうだった。
他のみんなも一緒になって、しばらく僕らは、その枝の道からの景色を眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、コロンチュードさんの家を目指して、再び枝の道を歩いていく。
道には、僕らの他にもエルフさんたちが歩いていて、何回もすれ違うことがあった。
ペコッ
今もすれ違ったエルフさんがいて、僕らに会釈する。
(…………)
いや、正確には、コロンチュードさんにかな?
彼女は、3大長老の1人だ。
女王様に次ぐ立場だという。
だから、他のエルフさんたちも敬意を払ってくれているみたいだ。
だけど、
(コロンチュードさん、1000年以上も国から離れてたはずなのに、みんな、気にしないのかな?)
と、ちょっと疑問だった。
普通なら、地位のはく奪とかあっても、おかしくない気がするんだけど……。
「……ん? ……どうかした、マルマル?」
その様子に気づいたコロンチュードさんが、こちらを振り返る。
僕は、素直に聞いてみた。
「えっと、コロンチュードさん、長い間、国を離れていたのに、戻った時、問題なかったのかなって」
「……あぁ」
彼女は納得したように頷いて、
「……人間の感覚だと、そうかもね。……でも、私たちはエルフだから……1000年ぐらい、どうってことないよ」
との答えだ。
(そういうものなの?)
僕は思わず、他のみんなを見てしまう。
イルティミナさんは考えながら、
「エルフは長命ですからね。時間に対する意識は、私たちとは違うのかもしれません」
と言う。
キルトさんは、
「ここは、エルフのみで暮らしている世界じゃからの。そういうこともあるかもしれぬ。まぁ、人間と共にあるエルフは、また時間の考え方は違うであろうの」
と肩を竦めた。
ソルティスも「エルフの文化なら、そんなものでしょ」と頷いている。
ポーちゃんは、もともと気にしていないのか、無言のままだ。
そして、コロンチュードさんは、ぼんやりと中空を見上げながら、
「……あとは、私の性格を……みんな知ってるから、ね」
と付け加えた。
(あぁ、なるほど)
つまり、コロンチュードさんなら仕方がないと、みんなが諦めている……いやいや、理解してるってことだね。
それなら、僕も納得だ。
「…………」
でも、コロンチュードさんの横顔は、少しだけ悲しそうだった。
(???)
彼女は言った。
「……もう1つだけ、理由がある……よ」
「…………」
「……外から帰ってきた私に、みんなが期待してる……んだ。……今の自分たちの状況に、変化を起こしてくれる……んじゃないか……って」
え?
(どういうこと?)
僕らはみんな、困惑した。
彼女の表情に何かを感じたのか、ポーちゃんは、なんだか心配そうに義母の顔を見つめる。
それに気づいて、
ポン ポン
コロンチュードさんは優しく笑って、義理の娘の頭を撫でてやった。
それから、彼女は僕らを見る。
夕日に赤く照らされた、ハイエルフさんの美貌は、少し悲しげに笑っていた。
そして、彼女は言う。
「……今のエルフはね。……ゆっくりと滅びゆく種族、なんだよ」
ご覧いただき、ありがとうございました。
最近は、とても暑くなってきましたね。
どうか皆さん、熱中症や脱水など、健康には充分にご注意なさって下さいね~。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。