303・森妖精の3つの心
第303話になります。
よろしくお願いします。
湖に架けられた長い橋を渡った先、目の前にある大樹の幹には、大きな門があった。
木の枝や蔓などが絡み合って構成された『植物の門』だ。
高さは10メードぐらい。
表面の枝や茎には、見たこともない美しい花々が咲いていて、『植物の門』を綺麗に飾っている。
門前には、門番らしい槍を持ったエルフさんが2人いた。
コロンチュードさんが話しかけると、彼らは槍を引いて、コロンチュードさんはそのまま『植物の門』に触れた。
「シュルキア」
呪文のような、小さな一言。
すると、
ギギギィ
数本の蔦が門を引っ張って、自動で開いていく。
(凄いなぁ)
さすが『森の妖精』なんて言われる種族だ。
どうやらエルフさんたちは、植物の力を借りて文明を築いているみたいだった。
やがて、『植物の門』が開門された。
それを眺めながら、僕らは『王樹の城』へと入っていく。
(ふわぁぁ……)
その先は、不思議な空間だった。
外から見たら、ただの大きな樹にしか見えなかったのに、内部に入ったら、そこにちゃんとした建物としての構造が広がっていたんだ。
床は、磨かれた白い石。
広い壁は、曲がった木材が何本も組み合わさっていて、不思議な彫刻みたいな印象だ。しかも、その樹皮が薄く透けているのか、外の景色も見えている。
天井は高く、花の形をした照明が、長い通路に沿って等間隔に並んでいた。
(これが、エルフのお城なんだ!)
ちょっと感動だ。
そして城内には、美しいエルフさんたちが何人も歩いていた。
うん、眼福。
そのエルフさんたちは、すれ違うたびに、僕らのことを驚いたように見つめてくる。
(……ふむ)
やっぱり人間が珍しいみたいだ。
やがて、僕らはコロンチュードさんに先導されて、控室みたいな部屋に案内された。
綺麗な部屋だ。
木々を使ったモダンな雰囲気で、そこにあるソファーに僕らは腰かける。
侍女らしいエルフさんが、グラスに入った飲み物を、木製テーブルに置いてくれた。
コクッ
一口、飲んでみる。
(わっ、美味しい!)
ただの果実水だと思うんだけれど、シュムリア王国の物と比べて、より甘くて爽快感があった。
さすが、植物文明のエルフの国だ。
(もしかしたら、他の土地より、美味しく果実が育つのかもね)
その味に、ソルティスも驚いている。
「へ~?」
彼女も気に入ったのか、すぐに中身を飲み干してしまった。
ゴクゴク
僕も同じくだった。
あっという間に、2つのグラスは空っぽだ。
コロンチュードさんは笑って、侍女さんにもう1杯、同じ飲み物を用意させてくれた。
(わーい)
ありがとう、コロンチュードさん!
そんな僕らに、そのハイエルフのお姉さんは、優しく瞳を細めて、
「……女王との謁見準備、が、整うまで……もうちょっと……待っててね」
と言った。
キルトさんは「ふむ」と呟く。
コトンと、果実水のグラスをテーブルに置いて、
「待つのは良い」
「…………」
「しかし、もう少し説明をしろ、コロン。わらわたちはいったい、何のためにエルフの女王に会い、そなたはわらわたちに何を手伝わせたいのか?」
そう問いかける。
その疑問は、僕ら全員が持っていた。
みんなの視線が、コロンチュードさんに集まる。
彼女は、眠そうな目で僕らを見返して、
「……『神霊石』をもらうため、に……とある戦いをする予定……なの」
と答えた。
(とある戦い……?)
コロンチュードさんは瞳を伏せて、
「……その手伝いが必要。……で、その手伝いを認めてもらうため、に……女王に会って許可を求める……んだ、よ」
と言葉を続けた。
……まだよくわからない。
「とある戦いって何?」
僕は問う。
コロンチュードさんは答えた。
「……『邪精』の討伐」
(……邪精?)
その正体がわからなくて、僕は、キルトさんやイルティミナさんの方を見た。
でも、2人も初めて聞く単語みたいだ。
表情には疑問が浮かんでいる。
そんな中、ソルティスが少し自信がなさそうに、
「それって、邪悪に染まってしまった『精霊』のことですか?」
と口にした。
少女の答えに、コロンチュードさんは
「……そそ」
と頷く。
(えっと……)
それは、つまり悪い精霊さんってこと?
そして、コロンチュードさんは、僕らにその討伐を手伝ってもらいたいの?
僕らは、彼女を見つめた。
そのドレス姿のコロンチュードさんは、猫背のまま、グラスの中の果実水を一口すする。
それからグラスを口を離して、
「……詳しい話は、女王との謁見が終わったらする、よ。……許可もらえなければ……話しても意味なくなる、し」
と、吐息をこぼした。
どうやら彼女の意識は、今は『僕らへの説明』より『女王との謁見』に向いているみたいだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら4人は、思わず顔を見合わせてしまう。
ただ1人、ポーちゃんだけは義母を信頼しているのか、何も訊ねることもなく、
コクコク
と、1人でグラスの果実水を、まるで小動物のように少しずつ飲んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
「そう言えば、さっきのアービタさんって、何だったんですか?」
ふと思い出して、僕は訊ねた。
ずいぶんとコロンチュードさんと険悪な感じだったし、ちょっと気になったのだ。
僕の言葉に、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの表情には、さっきとは違って、確かな嫌悪が浮かぶ。
魔血排斥主義者。
そのリーダー格のような印象を、彼には受けたんだ。
僕の言葉に、コロンチュードさんは「ん?」と顔をあげる。
それから、
「……あぁ。……アイツは、私と同じ3大長老の1人、アービタニア・ファブロガス……だよ」
と教えてくれた。
(あの人も、3大長老の1人なの!?)
僕は驚いた。
同時に、そんなエルフの国の重鎮らしい人物が、魔血排斥主義者なのかと愕然となってしまう。
キルトさんが問う。
「その3大長老とは何じゃ?」
あ……。
そういえば、キルトさんとソルティスは、コロンチュードさんがエルフの国の3大長老の1人だって知らなかったよね。
コロンチュードさんは言った。
「この国で……女王の次に偉い3人」
「…………」
「…………」
「……そなたも、その3大長老の1人なのか?」
「……そだよ?」
ハイエルフさんの答えを聞いた途端、その事実を認めたくないのか、キルトさんは沈黙した。
やがて、こめかみを押さえて、
「……本当に……コロン、そなたは大事なことは何も言わず……いつも、いつも……」
ブツブツ
小さな独り言のような恨み言が、その口から洩れてます。
(ち、ちょっと怖いよ、キルトさん……)
ちなみに、ソルティスなんかは『さすがコロンチュード様!』と瞳を輝かせながら、敬愛するハイエルフさんを見ていたけど。
閑話休題。
「えっと……そのアービタニアさんは、僕らを嫌ってるの?」
僕は、そう聞いた。
「……うん」
コロンチュードさんは、あっさり頷く。
(…………)
そっか。
その事実に、僕は、ちょっと胃の腑に重いものが落ちたみたいな感じがした。
ハイエルフさんは言う。
「……アービタは、保守派だから。……人間も、『魔血の民』も嫌い。……あと、口うるさい」
そうなんだ。
世の中には、色んな考え方の人がいるし、それはエルフさんも同じだろう。
でも、そういう差別を隠すこともなく行える価値観を、僕はどうしても受け入れることができなかった。
そんな僕の表情を、コロンチュードさんは見つめる。
そして、言った。
「……エルフの国の6割のエルフは、保守派」
「…………」
「……でも、3割は中立派……だよ」
中立派……?
「差別をする人を止めない。でも、差別もしない。そういう人。……ちなみに、もう1人の3大長老も中立派……だよ」
そうなんだ。
黙って話を聞く僕の前で、コロンチュードさんは、自分の顔を指差した。
「……で、私」
「?」
「……革新派」
「…………」
「……革新派は、人間と共存し、魔血への理解も得ようとする人。……エルフの国にいる革新派のエルフは、1割ぐらい。……だけど、これは革新派のエルフが、すぐ国の外に出ていってしまうから、割合が少ないだけ……なんだよ?」
僕は、目の前にいるハイエルフさんの美貌を見つめてしまう。
彼女は、その翡翠色の瞳を細めて、
「……だから、マールやキルキルたちと一緒にいたがるエルフは、この世界にたくさんいるよ」
そう優しく微笑んだんだ。
(あ……)
その笑顔と事実に、心が熱くなった。
「うん」
僕は大きく頷いた。
コロンチュードさんも、笑って頷き返してくれる。
キルトさんは、何とも複雑そうに同じ『金印の冒険者』を見つめ、イルティミナさんは彼女に感謝を示すように瞳を伏せた。
ソルティスは「コロンチュード様……」と声を震わせる。
ポーちゃんは、ただ黙って、果実水のグラスを傾け続けていた。
「……よしよし」
ポムポム
コロンチュードさんは、幼い子供にするみたいに、僕の頭を軽く叩く。
その手が心地いい。
エルフは長命だからこそ気長で、物事への積極性が少なく、その結果、大きな変化を望まない傾向にあるみたいだ。
けれど、それでも、若いエルフを中心とした一部のエルフさんたちは、革新的な考えをするみたいだ。
それが、僕にとっては小さな希望のように思えた。
保守派。
中立派。
革新派。
それら3つの派閥があるのが、現在のエルフの国の状況で、その割合は今後、変わるかもしれないんだ。
(革新派のエルフさん、増えて欲しいな)
そう切に願う。
そんな風にして話をしている間に、時間は流れていた。
そして、
「――皆様、女王様との謁見の準備が整いました」
1人の侍女エルフさんが控室を訪れ、そう教えてくれた。
コロンチュードさんは頷いて、僕らを見る。
「……じゃあ、行こうか」
少しだけ緊張したような声。
いつも眠そうなコロンチュードさんには、珍しいことだった。
その声に頷いて、僕らはソファーから立ち上がると、彼女と一緒に『エルフの女王』のいる謁見の間へと向かったんだ。
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※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




