297・キルトの通う食事処
第297話になります。
よろしくお願いします。
翌日、僕とイルティミナさんとソルティスは、冒険者ギルドへと向かった。
「お、来たの」
白亜の塔のようなギルドの建物――その入り口前に、キルトさんとポーちゃんが立っている。
キルトさんは、シャツとズボンという格好で、豊かな銀髪も日常モードでポニーテールにしていた。
ポーちゃんも、珍しくスカート姿だった。
「へ~、似合ってるじゃない?」
ソルティスが、金髪の幼女を誉める。
無表情ながらも、幼い彼女はうつむいて、ちょっと照れているようだった。
(あはは)
なんだか微笑ましいな。
キルトさんとイルティミナさんも優しく笑っている。
「よし、では行くかの」
いつものようにキルトさんの号令で、僕らは王都ムーリアの市街地へと向かって歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
今日は、暗黒大陸からの帰還のお祝いとソルティスの誕生日会を兼ねて、キルトさんの馴染みだというお店に食事をしに行くんだ。
5人で、人通りの多い通りを歩いていく。
やがて、辿り着いたのは、1軒の小さなお店だ。
(……レストランというよりは、食事処といった印象かな?)
ソルティスが眉をひそめる。
「ここ?」
「うむ」
キルトさんは大きく頷いた。
眼鏡少女は『金印の魔狩人』の通う店ということで、もっと豪華な店を想像していたのかもしれない。
イルティミナさんも珍しそうに、店構えを眺めている。
「イルティミナさんもここに来るの、初めて?」
「はい」
ふ~ん、そうなんだ。
「さぁ、入るぞ」
言いながら、キルトさんが店内へと入っていく。
「む~」という顔のソルティスの背中を、ポーちゃんが押している。
3人に続いて、僕とイルティミナさんも中に入っていった。
「らっしゃい!」
大きな声が出迎えてくれた。
店内は20人ぐらいで満席になりそうな感じだった。まだ昼前だからか、客は4~5組で、席は半分ぐらいしか埋まっていない。
そして、空いているテーブルを、布巾で拭いている大きな男の人がいる。
腰にエプロンをしていて、店主さんみたいだった。
(今の大きな声は、この人のものかな?)
彼はテーブルを拭く手を止めて、こちらを見た。
そして「お?」という顔をする。
そんな店主さんに、キルトさんが笑った。
「来たぞ、ポゴ」
「おぉ、キルトか! 待ってたぜ」
短髪に髭を生やした店主さんは、白い歯を見せて笑った。
右目は義眼だ。
ポゴと呼ばれた店主さんは、キルトさんと握手を交わす。
それから僕らを見て、
「これが今のキルトの仲間たちか?」
と言った。
キルトさんは「うむ」と頷く。
「こんにちは。初めまして」
僕は、キルトさんと仲良しらしい店主さんに、きちんと頭を下げて、笑顔で挨拶する。
彼は笑った。
「おう! 俺はポゴ・アージリアだ。よろしくな!」
そう言って、右手を差し出してくる。
僕は、その手を握った。
キュッ
(ん……?)
ポゴさんの手には、剣ダコがあった。
驚いていると、彼はニカッと白い歯を見せて笑いかけてくる。
「なるほどな。そうか、お前が噂のキルトの弟子か」
「……え?」
向こうも、僕の手の剣ダコに気づいたみたいだ。
(ていうか、噂なの?)
彼の左目は、興味深そうに僕を見つめる。
「しかし、あの暴れん坊のキルトが弟子を取るとはなぁ……。しかも、こんなちっこいガキをさ。お前、そういう趣味だったのか?」
最後の言葉は、キルトさんに向けてだ。
キルトさんは、
「たわけ」
と仏頂面だ。
それから表情を崩して、
「まぁ、最初はたまたまじゃったがの。しかし今では、わらわがマールの剣才に惚れておるよ。どこまで行けるか、見たくての」
そう言ってくれた。
(……う、嬉しい)
そんな風に思ってもらえているとは夢にも思ってなくて、思わず僕は、キルトさんの横顔を見つめてしまった。
「ぬ……?」
気づいたキルトさんは、少し照れ臭そうに、指で頬をかく。
その様子に、ポゴさんは、
「……ほほう?」
と、にやついた。
「あの鬼姫キルトがこんな顔をするとはな。昔のお前からは考えられんぜ」
「放っておけ」
キルトさん、また仏頂面に戻ってしまった。
でも、ちょっと赤面してる。
そして、そのやり取りを眺めていたイルティミナさんが、ふと口を挟んだ。
「失礼ですが、キルトとは古くからの知り合いなのですか?」
「ん?」
ポゴさんは振り返る。
イルティミナさんをジロジロと見つめて、
「……なるほど。お前が新しい金印の魔狩人イルティミナ・ウォンか」
と呟いた。
イルティミナさんは、静かに彼を見つめ続ける。
ポゴさんは、短い髪を大きな手でかきながら、
「あ~、まぁ、若いキルトがやんちゃしている頃からの顔馴染みって奴だな」
と言った。
(やんちゃ?)
僕は首をかしげる。
そんな僕へと、キルトさんが教えてくれた。
「このポゴは『岩鬼のポゴ』と言ってな。『赤鬼のナルーダ』や『泣き虫ムンパ』と共に、わらわがアルン神皇国で『鬼王団』という盗賊をしていた時の仲間じゃ」
えっ!?
僕らはびっくりする。
ポゴさんも、「おいおい、そこまで教えていいのかよ?」と驚いていた。
キルトさんは「構わん」と笑う。
そして彼女はイルティミナさんを見て、
「付け加えるなら、こやつは、わらわやムンパと共に『冒険者ギルド・月光の風』を作った創立メンバーの1人じゃ。ま、イルナにとっても大先輩という奴じゃな」
と続けた。
「まぁ、そうでしたか」
イルティミナさんも真紅の瞳を丸くしている。
ポゴさんは苦笑する。
親指で、自分の右目の義眼を示して、
「これのせいで、冒険者はとっくに引退しちまったがな。ま、第二の人生で、この飯屋をやってるってわけよ」
と、明るく笑った。
そっか。
(その名残りで、まだ手に剣ダコが残ってたんだね)
僕は納得する。
キルトさんが両手を腰に当てた。
「長話はまたあとにしようではないか。ポゴ、そろそろ席に案内せい」
「おっと、そうだったな」
ポゴさんもハッとする。
「せっかくの予約だったからな、個室の2階席を用意しておいたぜ。――おーい、5名様の案内、2階席へ頼むわ!」
そう言って、最後は店の奥へと声をかける。
「はーい」
そう返事があって、女の給仕さんがやって来た。
(……あれ?)
僕は、目を瞬く。
イルティミナさんが、美貌を少し強張らせた。
ソルティスが「お~?」と驚き、キルトさんは『してやったり』という悪戯っ子の顔で笑った。
知らないポーちゃんだけが、首をかしげる。
女の給仕さんは、癖のある艶やかな赤毛を頭の後ろでまとめていて、甘いチョコレートみたいな褐色の肌をしていた。
その瞳が僕らを――僕を見つめる。
「お、お久しぶりです、マールさん」
少し恥ずかしそうな声。
かつての記憶が今と重なり、僕はその名を口にした。
「――レヌさん?」
覚えられていたことが嬉しかったのか、「あ……」と呟き、すぐに笑顔が弾けた。
「はい、レヌです!」
それは、かつてテテト連合国で出会った、魔物から人に戻った女の人――レヌ・ウィダートさんだった。
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