295・帰ってきた英雄たち
転生マールの冒険記、本日より更新再開です!
物語としては、番外編の始まる前の第294話の続き、蛇神人などの出てきた本編の続きからとなります。
暗黒大陸からシュムリア王国へと帰ったマールたちの物語を、どうぞお楽しみ下さい!
それでは本日の更新、第295話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
「――陸が見えたぞぉ!」
聞こえてきたその言葉に、僕らは『開拓船』の甲板に集まった。
外に出ると太陽が照り付け、風には潮の匂いがする。
目の前に広がる海原。
青い空。
そして遠くには、青く霞んで見える陸地があった。
(アルバック大陸……)
僕は、青い瞳を細める。
隣に立つイルティミナさんが、前を向いたまま、僕の手をキュッと握った。
「……帰ってきましたね」
懐かしそうに言う。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、他にも集まった『開拓団員』や水兵さんたち全員が、久しぶりの大地に魅入られていた。
僕も、もう一度、青く霞む陸地を見る。
「うん」
大きく頷いた。
暗黒大陸を発って2ヶ月ほど、僕らは、ようやくシュムリア王国へと帰ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
上陸してから2週間ほどかけて、王都ムーリアに到着した。
およそ8ヶ月ぶり。
僕らの乗った竜車は、王都ムーリアの大門を潜る。
途端、大きな歓声が轟いた。
(うわっ?)
王都に入った途端、通りの左右には、大勢の王都国民が詰めかけていた。
紙吹雪が舞い、みんなが手を振ってくる。
「……何よ、これ?」
僕だけでなく、ソルティスも呆気に取られている。
イルティミナさんとポーちゃんも、驚いたように窓の外の景色を見つめていた。
キルトさんも感心したように、
「ふむ、思った以上の歓待じゃの」
と呟いた。
史上初めて、謎だらけだった暗黒大陸に上陸し、生きて帰った『第5次開拓団』は、僕らの想像以上に国民から英雄扱いをされていた。
全体の75%が死亡した。
それを生き延びた25%の英雄たち。
(…………)
僕、1回、死んじゃったんだけどな……。
それでも同じ扱いでいいのかしら?
そんな僕らは、そのまま聖シュリアン大聖堂にて、『帰還の式典』に参加させられた。
出陣式でも羽織っていた、シュムリア国章の刺繍された白いマントを身に着けて、みんなで整列させられる。
式典には国王様も出てきて、
「皆、大儀であった」
という言葉から始まり、長い労いのお言葉を賜った。
亡くなった者たちへの鎮魂の儀。
それから、勲章授与。
勲章は、ロベルト将軍、レイドルさん、アーゼさん、キルトさんの代表4人が国王様から授かって、それから、僕ら『開拓団員』の全員にも女官さんたちが授与してくれた。
それから、代表4人からも一言ずつ挨拶。
それが終わると、キルトさんが紫色の布に包まれた『何か』をロベルト将軍に渡した。
ロベルト将軍は、それを恭しく、国王様に差し出す。
布が剥がれた。
(あ!)
それは白く輝く『神霊石』だった。
大聖堂に集まった人たちから「おぉ……!」と声があがった。
聖なる輝きを放つ、暗黒大陸より持ち帰られたその太古の石の欠片を、国王様は受け取った。
それを見つめ、大きく頷く。
『神霊石』は背後に控えていた神官さんに渡され、どこかへと運ばれていく。
その時、一瞬だけ国王様がこちらを見た。
僕と目が合う。
(…………)
すぐに国王様は視線を外した。
……はて?
やがて、国王様は再び僕らへと労いの言葉をかけられて、そして『帰還の式典』は終わった。
僕らは、大聖堂の奥の間へと退場する。
ふぅ、やれやれだ。
観衆の目の届かなくなった場所で、僕は大きくため息をこぼしてしまう。
「ふひ~」
ソルティスも横で吐息をこぼした。
お互いの顔を見合わせ、思わず苦笑いしてしまった。
そんな僕らに、イルティミナさんも笑う。
ポーちゃんは、労うようにソルティスの背中をポンポンと軽く叩いていた。
「お。そなたら、ここにおったか」
やがて、キルトさんも合流する。
キルトさんに教えられたんだけど、式典のあとは、僕ら『第5次開拓団』を労うために、会食パーティーが開かれることになっているんだって。
(美味しい物、いっぱい出てきそう……)
ちょっと楽しみだ。
時刻は夜。
身なりを整えた僕らは、パーティー会場に向かった。
(わぁ……!)
シャンデリアが吊るされた煌びやかな会場には、豪華な料理たちがいっぱいだ。
僕とソルティスの目はキラキラと輝いている。
開会の挨拶があったりして、やがてパーティーが始まった。
モグモグ
「ん~、美味しい!」
僕とソルティスは料理に夢中だ。
ポーちゃんは、マイペースで小動物のようにチマチマと食べている。
イルティミナさんはパーティーに参加している貴族様に声をかけられたりしていて、なかなか食事が進められないようだ。
……ちょっと可哀相。
でも、イルティミナさんは『金印の魔狩人』だから仕方ないのかもしれない。
そして、もう1人の『金印の魔狩人』は、
(ん?)
女官さんに耳打ちをされていて、何やら驚いた顔をしている。
「なんと、陛下が?」
「はい」
「わかった。すぐに向かうとお伝えを」
女官さんは一礼して去っていく。
キルトさんは、僕ら4人を振り返った。
(…………)
嫌な予感。
まだ食べ始めたばかりなんだけど……。
そんな僕らに、
「マール、イルナ、ソル、ポー、国王陛下がわらわたち5人をお呼びじゃ。すぐにそちらに向かうぞ」
キルトさんは、きっぱりおっしゃった。
あぁ、やっぱり……。
僕はしょんぼりしながら、頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
パーティー会場を後にした僕らは、女官さんに案内されて、神聖シュムリア王城へとやって来た。
「国王陛下は、この奥にてお待ちです」
そう一礼する女官さん。
目の前には、美しく巨大な扉があった。
扉の左右には、騎士さんが2人、立っている。
そして扉自体には、精緻な装飾が施され、中央には赤い魔法石が埋め込まれていた。
ヒィン ヒィン
その魔法石から周辺へと、まるで鼓動のように赤い光が縦横に走る。
それを見て、ソルティスが驚いていた。
「何これ……? ずいぶん強力な魔法結界を形成してるじゃないの、この扉」
魔法結界?
キルトさんは頷いた。
「当たり前じゃ。ここは、この王城の宝物庫の1つじゃからの。厳重な警備をされておる」
え?
(ここ、宝物庫なの!?)
驚いた。
イルティミナさんとソルティスも驚いている。
ポーちゃんだけ変わらない。
そばに立っていた騎士さんが魔法石に触れ、何か呪文を唱えると、扉はゴゴン……と重そうな音と共に開いた。
僕らは、中へと入っていく。
石の通路だ。
足元には、幾何学模様が刻まれている。
ヒィン
その模様も、時々、赤く光る。
「……うぇぇ……消滅魔法陣の描かれた床だわ。許可のない奴が歩いたら、即死じゃないの」
ソルティスが小さく呻く。
(こ、怖ぁ……)
なんだか歩くだけで緊張してきたよ。
コツ コツ
僕らの足音が静かに響く。
やがて、石の通路の先が明るくなっていた。
――部屋だ。
半径20メードほどの円形の部屋。
天井はドーム型になっていて、床には巨大な魔法陣が描かれ、淡い光を放っている。
その中央には、金属製の台座があった。
台座の上は、白く光っている。
そして台座の近くには、
「来たか」
国王陛下と、
「フフッ、お待ちしておりましたわ」
その娘であるレクリア王女が立っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
シューベルト王とその娘は、僕ら5人の姿を見つめる。
僕らは、すぐに跪いた。
「お召しにより参上いたしました、国王陛下」
キルトさんが代表して言う。
王様は「うむ」と頷く。
「ふふっ、皆様、お立ちくださいな」
レクリア王女は、柔らかく微笑んで促し、僕らはそれに従った。
…………。
久しぶりのレクリア王女は、やっぱり可憐な花のように美しかった。
一方の王様も、まさに王の威厳に溢れている。
この国を支配する王族のお2人。
(……ちょっと緊張するね)
僕だけでなく、ソルティスも顔色が悪い。
そして、そんな僕らを睨むように見つめながら、シューベルト王が口を開いた。
「此度は、よくぞ暗黒大陸より『神霊石』を持ち帰った。実に大儀であった」
僕らは「ははっ」と頭を下げる。
「ロベルトから聞いている。特にお前たちの活躍は目覚ましかったとな。――特に、マール」
(え?)
「お前が『蛇神人』という化け蛇を倒し、その体内より『神霊石』を持ち帰ったと。それは真か?」
「は、はい」
僕は、頷いた。
シューベルト王の鋭い眼光が僕を射抜く。
ドキドキ……。
「そうか」
彼は頷いた。
「神なる狗。その名に恥じぬ働きをしたようだ。……心身は未熟でありながら、わからぬものだな」
「…………」
不思議そうな呟き。
僕は迷いながら、言った。
「僕1人の力ではありません。皆の助けがあったからです」
「そうか」
「はい。もちろん、王様たちの助けもあったからですよ」
「……何?」
王様は驚いた顔をする。
僕は服の下から、ペンダントとなっている灰色の宝石を取り出した。
「僕は死にました」
「…………」
「でも、王様たちの配慮のおかげで、生き返ることができました。だから、こうして王様の前にいます」
王様やレクリア王女が『命の輝石』を用意してくれたから。
(だから、僕は今、ここにいる)
王様は何とも言えない顔になった。
レクリア王女は嬉しそうに、
「マール様のお役に立てたのなら、何よりでしたわ」
と可憐に微笑んだ。
その笑顔に、僕もつい笑ってしまう。
王様は、すぐに厳しい表情に戻って、
「神なる狗を殺したのは、彼の地にいた『悪魔の欠片』であったそうだな?」
と聞いてきた。
「はい」と首肯するキルトさん。
「イルナの……いえ、女神ヤーコウルの祝福により、撃退することができました」
「そうか」
王様の視線がイルティミナさんに向く。
白き槍の『金印の魔狩人』。
彼女は王様の鋭い視線を浴びせられても、僕と違って、少しも動じた様子はない。
「ずいぶんと大きな力を授かっていたようだな?」
「はい」
イルティミナさんは頷いた。
「マールを守るために」
短い一言。
けれど、そこには深く純粋な意志が宿っていた。
それは誰であっても、例え王であっても崩せない、神聖なる強さだ。
シューベルト王は瞳を細める。
「なるほど。その心が女神ヤーコウルの意志と重なり、認められた結果の祝福か」
感心した声だ。
レクリア王女は、そんな父の隣でただ微笑んでいる。
王様は頷いた。
「『悪魔の欠片』を倒した結果、『闇の子』はまた力を蓄えてしまったかもしれぬ。だが、それもやむを得ん。『神霊石』を持ち帰り、2人の『神の子』は生き延びた。これは『神々の召喚』に向けて、充分な結果だろう」
独り言のような確認の呟き。
キルトさんは「ははっ」と頭を下げた。
と、レクリア王女が口を開く。
「皆様が頑張っている8ヶ月の間に、わたくしたちの方でも成果はありましたのよ?」
成果……?
キョトンとなる僕に、彼女は笑った。
その視線が、すぐそばにある金属の台座へと向けられる。
つられて、視線を送った。
(……あ!?)
そして、気づいた。
金属の台座の上に、白く輝く石の欠片――『神霊石』が浮かんでいた。
それも、3つも。
本来は直径30センチの球体の下半分ぐらいを、3つの欠片は集まって、構成していた。
他のみんなも気づく。
僕らは、レクリア王女を見た。
王女様は頷いた。
「わたくしたちも、シュムリア湖、そしてケラ砂漠より『神霊石』を発見しましたわ」
おぉ!
(僕らがいない間に、2つも!)
驚く僕らに、彼女は笑った。
「それだけではありませんわ。アルン神皇国でも、『シャベルサの密林』、『奈落の腐食谷』より2つの『神霊石』を確保したとの連絡が来ておりますの」
な、なんと!
フレデリカさん、ラプト、レクトアリス、将軍さん、もしかしたらゲルフォンベルクさんやガルンさんも、アルンの人たちがやってくれたんだ。
「現在、もう1つの『神霊石』の所在を調べているそうですわ」
そして、それが判明するのも時間の問題だと、レクリア王女様は付け加えてくれた。
(凄い……凄い凄い!)
7つの『神霊石』の内の5つがもう集まっているなんて。
ギュッ
僕は興奮して、両拳を握り締めてしまう。
と、その時、
「ポーは、質問をしたいと告げる」
不意に、彼女がそう言った。
(ポーちゃん?)
レクリア王女は、水色の髪を揺らして、小首をかしげた。
「なんでしょう?」
僕らの視線の先で、金髪の幼女は、抑揚のない声を発した。
「ポーの義母となったコロンチュード・レスタは、どうなっているのか、その状況を知りたい――と、ポーは問う」
あ……。
そういえば、ここには3つしか『神霊石』がない。
シュムリア湖。
ケラ砂漠。
暗黒大陸。
その3つだ。
もう1つの『神霊石』はエルフの国にあるという。
そして、コロンチュードさんは、そのエルフの国へと向かったんだ。
レクリア王女は、少しだけ表情を曇らせて、
「まだ戻ってきませんの」
と答えた。
……8ヶ月経っても、まだ?
シューベルト王が、娘に代わって、口を開く。
「金印の魔学者コロンチュード・レスタを始めとした我が国の使節団は、シュムリアを発って2ヶ月後にヴェガ国に入国した。その後、ヴェガ国内を経由し、1ヶ月後にエルフの国の国境に辿り着いた」
「…………」
「だが使節団の入国は拒否され、コロンチュード・レスタのみが入国を許された」
そういえば、エルフの国は鎖国状態なんだっけ。
「じゃあ、コロンチュードさんだけがエルフの国に?」
僕は問う。
レクリア王女が頷いた。
「はい。そこまでは報告があったのですが、それ以降は何も連絡がありませんの」
「…………」
大丈夫なんだろうか?
少なくとも5ヶ月、コロンチュードさんから音信不通になっている。
キルトさんは顔をしかめた。
「5ヶ月……判断が難しいですな」
「えぇ」
レクリア王女も頷いた。
(判断が難しい……?)
キョトンとなる僕に、イルティミナさんが囁きかけてくる。
「エルフは非常に長命な種族です。私たちとは時間感覚が違うため、物事の判断にとても長い時間をかけることもあります。ですから、返答まで5ヶ月以上かかることも、充分あり得るのですよ」
そうなんだ……?
だから、更なるアクションを起こすべきか、王女様も判断に迷ってるんだね。
「あと1ヶ月だ」
王様が言った。
「1ヶ月経っても進展がない場合は、こちらからも新たな手を打つ。『魔の勢力』が動きだす可能性を考えれば、それ以上は待てん」
それは強い覚悟の声だった。
もしもの時は、エルフの国と戦争する気かもしれない。
(…………)
それは、避けたいな。
それから僕は、訊ねてみた。
「あれから『闇の子』たちの動きは?」
「ありませんわ」
レクリア王女は、首を横に振った。
「この8ヶ月、恐ろしいぐらい静かですの」
「…………」
「こちらも色々と備えていますので、迂闊に動けないのもあるでしょう。ですけれど、あまりに静か。裏では何かをしているかもしれませんわね」
そっか……。
アイツの動向も掴めていない。
(でも、いいや)
アイツが何を企んでいようと、僕らが『神々の召喚』に成功すれば、こっちの勝ちなんだ。
レクリア王女は、金髪の幼女を見た。
「なので、ごめんなさい。今はわたくしたちにも、コロンチュード・レスタの現状はわかりませんの」
ポーちゃんは頷いた。
「ポーは了承した」
淡々とした答え。
でも感情がないわけじゃない。
きっと心の中では、義母となったコロンチュードさんのことを心配しているんだろう。
キュッ
ソルティスがさりげなく、そんなポーちゃんの手を握った。
「…………」
「…………」
ポーちゃんは、少女の横顔を見る。
ソルティスは、前を向いたまま、何も言わなかった。
(……ふ~ん?)
僕は、つい笑ってしまった。
キルトさん、イルティミナさん、レクリア王女も微笑んでいる。
そして王様は、
「此度の暗黒大陸までの遠征は、大儀であった。だが、お前たちの身には多くの疲労が残っているだろう。コロンチュード・レスタの件についても、事態が動くのは1ヶ月後だ。それまでは、しっかりと静養しておけ」
と、王の声で告げた。
僕らは「はっ」と頭を下げた。
そうして、シュムリア王家の人たちとの面談は終わりとなった。
僕らは、宝物庫をあとにする。
(……静養かぁ)
石の通路を歩きながら、ふとこれからに思いを馳せる。
暗黒大陸で大変だった分、僕らは、しばらく平穏な時間を過ごせそうだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これからの更新は、月、水、金の週3回となります。次回更新は、3日後の7月20日0時頃を予定しています。
どうぞ、よろしくお願いします。