番外編・転生マールの冒険記42
番外編・転生マールの冒険記42になります。
よろしくお願いします。
宴に参加しているトルキアは、民族衣装に着飾っていた。
いつもの快活そうな雰囲気が消え、広がる美しい夜景とも相まって、とても神秘的に見えてしまう。
(…………)
僕は、その姿を見つめる。
トルキアは、少し恥ずかしそうに笑った。
それから、そんな僕から視線を外して、
「私ネ、アメルダス陛下ニ、『帝都ニ残ラナイカ?』ッテ、誘ワレタノ」
その夜景を見ながら、そう教えてくれた。
僕は驚いた。
「そうなの?」
だって、1国を支配する方から直々に誘われるなんて、本当に凄いことだから。
彼女は「ウン」と頷いた。
トルキアが誘われた理由は、彼女がアルバック共通語を喋れるから。
これから先の時代、シュムリア王国との国交が始まれば、彼女のように2国の言葉を話せる人材は、たくさん必要になる。
トルキアには、その人材を育てる教師となって欲しいんだそうだ。
「凄いね」
僕は、素直に感心した。
トルキアは、少し照れ臭そうに、
「アリガト」
と微笑んだ。
それから、彼女は再び、帝都レダの夜景を見つめる。
「私ネ。村ヲ出ル時ニハ、コンナ凄イコトニ、ナルナンテ、思イモシナカッタノ」
「…………」
呟いたトルキアは、吐息をこぼす。
そして、
「外ノ世界ッテ、本当ニ広イネ」
と、前を見たまま微笑んだ。
「うん」
僕も笑った。
(あ、そうだ)
1つ思いついて、僕は着ている上着を脱いだ。
それは、シュムリア王国から支給された服で、女神シュリアンの刺繍が施された赤い上着だった。
僕は、それをトルキアに差し出した。
「あげる」
「エ?」
驚くトルキア。
それから、彼女は、その意味に気づいたみたいだ。
30年前、『第3次開拓団』の1人だったジェスさんが、トルキアの祖父であるモハイニさんに命を助けられ、別れ際に送った赤い服――その友情の証を、僕も真似をして、トルキアに送ろうと思ったんだ。
彼女の手が、上着を受け取る。
「……アリガト、マール!」
彼女は笑った。
どこか泣きそうな笑顔だった。
でも、それは美しい帝都レダの夜景を背景に、とても輝いて見えたんだ。
「うん」
僕も笑った。
30年前のジェスさんとモハイニさんの友情が、今の僕らの関係を生みだした。
それがなければ、僕らは『トルーガの人々』と交流することもできず、結果として『悪魔の欠片』を倒すこともできず、『神霊石』を入手できなかったかもしれない。
全ての始まりは、あの2人だったのだ。
それは今の時代に続き、僕らの友情を結んでくれた。
そして、これから先の時代にも繋がっていくんだろう。
トルーガ帝国とシュムリア王国の人々が、仲良く交流していく未来を思いながら、僕とトルキアは、美しい夜景の見えるバルコニーで、いつまでも話し続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕ら『第5次開拓団』は、『英雄パルドワン』率いる『トルーガ軍』に護衛されながら、帝都レダを出発した。
100台の木造船団が城門を抜ける。
帝都の人たちも、僕らの見送りに歓声をあげていた。
「マタネーッ!」
城壁の上から、トルキアの声がした
見上げると、そこには、アメルダス陛下と護衛の戦士たちと一緒に、トルキアも見送りに立っていた。
船上の僕らも、大きく手を振り返した。
「またね、トルキアー!」
精一杯の声を送る。
そのまま木造船は進んでいき、やがて、トルーガ帝国の中心である大都市の姿は、段々と遠ざかっていった。
そこから10日ほどで、大陸北部の森に到達した。
途中、『黒大猿』たちに襲われることもあったけれど、パルドワンさんを始めとした『トルーガ戦士』たちによって、あっという間に倒されていた。
「楽な帰路じゃの」
キルトさんはそう笑っていた。
そうそう、モハイニさんのところには、女帝陛下自らがしたためた書状が送られているそうだ。
そこには、トルキアの未来についても書かれている。
突然のことに驚いているだろうけれど、永遠の別れというわけでもない。
(トルキアも、将来、モハイニさんを帝都に呼びたいなんてことも話していたしね)
僕らも直接、挨拶に行きたい気持ちもあったけれど、かなり遠回りになってしまうので、諦めることになってしまった。
暗黒大陸に来てからすでに4ヶ月近くが経っている。
『闇の子』の動向も気になるし、目的を達した以上、あまり、のんびりはしていられないんだ。
「…………」
それでも僕は、『墓守の村』のある方角の空を見て、深く頭を下げておいた。
そして、森を進むこと、更に5日間。
(あ……)
僕らはついに、暗黒大陸に上陸した浜辺に帰り着くことができたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
生き残った僕ら152人の開拓団員は、4隻の『開拓船』に乗り込んでいく。
「またの」
「ウェガスタ」
キルトさんとパルドワンさん、2人の『英雄』が握手を交わす。
言葉は違うけど、心は通じ合っている感じだ。
やがて全員が乗船すると、4隻の巨大な『開拓船』たちは、海岸の波を白く弾き飛ばしながら、ゆっくり外洋へと漕ぎ出した。
砂浜には、見送りに『トルーガ戦士』たちが立っている。
『アゥラララァアア!』
彼らは吠えた。
それは、大切な『友』を見送る雄叫びだった。
僕らも、大きく手を振り、大声を返していた。
王国騎士も、竜騎士も、神殿騎士も、冒険者も、みんな、共に戦った『トルーガ戦士』たちに応えていたんだ。
その光景が嬉しかった。
これからの両国の未来を感じさせた。
彼らの姿は、そして、その大陸の姿は、少しずつ遠ざかっていく。
発見されて40年。
これまで暗黒大陸と呼ばれた未知の大地には、偉大なる帝国が築かれていた。
僕らはそれを、シュムリア王国の人々にも伝えるんだ。
(…………)
この地で出会った人々の顔が思い浮かぶ。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんも、遠ざかる大陸を見つめている。
「マール」
イルティミナさんが、優しく僕を呼んだ。
キュッ
手を握られる。
僕も、彼女の指を強く握り返した。
「また、来れるよね?」
僕は問う。
彼女は、力強く頷いた。
「はい、平和になったなら、必ず」
その答えに、僕は笑った。
イルティミナさんも、優しい微笑みで、僕の思いを受け止めてくれる。
ヒュウウ
海風が吹き抜け、寄り添う僕らの髪をさらっていく。
それは海を渡り、煌めく陽光の空を越えて、遥かトルーガの大地まで飛んでいった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにて『番外編・転生マールの冒険記』は終了です。
本来なら没にするべき12万文字ほどの文章でしたが、作者として供養のつもりで『番外編』という変則的な形で公開させて頂きました。
ここまで読んで下さいました皆さんには、本当に感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました!
この番外編は、本編(蛇神人編)とは違う『IF世界』の物語でした。
なので本編の世界では、トルキアやアメルダス陛下など、番外編のトルーガの人々が存在するかも未定です。
もしかしたら、トルーガ帝国は滅んでいるかもしれません。あるいは、マールと出会わずに生きている彼女たちも、いるかもしれません。全く違う文明、違う人々がいる可能性もあるでしょう。
どんな世界かは、皆さんのご想像にお任せします。
何はともあれ、この番外編の世界は『マールたちの歩んだ、もう1つの可能性の世界』として、皆さんに楽しんでもらえたなら幸いです。
さて次回更新までは、1週間ほどお休みを頂きまして、7月17日(金)の午前0時より、本編(蛇神人編)の続きとなる物語の更新を再開したいと思います。
そちらからは、また月、水、金の週3回更新の予定です。
もしよかったら、また新しく始まるマールたちの物語を、どうかご覧になってやって下さいね。
40日間連続更新、全42話の『番外編・転生マールの冒険記』、ここまでお付き合い下さいまして、皆さん、本当にありがとうございました!
それでは、また次の更新で!