番外編・転生マールの冒険記41
番外編・転生マールの冒険記41になります。
よろしくお願いします。
あの戦いから、一夜が明けた。
生き残った僕らは、デメルタス山脈の麓から、無事だった木造船に分乗して帝都レダを目指していた。
ゴトゴトゴト
数百台の木造船団の車輪が、大地に砂煙をあげている。
そんな木造船の1隻。
その中にある1つの船室に、僕らは集まっていた。
僕、キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、トルキア、それ以外にもアメルダス陛下、ロベルト将軍、レイドルさん、アーゼさんもいる。
みんなの集まった中央には、ベッドに上体を起こしているイルティミナさんがいた。
そして、
「……まるで記憶にありません」
僕らの問いかけに、彼女は、当時のことをそう証言した。
(覚えてないんだ?)
僕らは、ちょっと驚いた。
詳しく話を聞くと、『トルーガ軍・拠点』で待機をしていた彼女は、けれど、遠いデメルタス山脈の山頂で『赤い発光信号弾』が輝き、中腹で森林火災が発生しているのも目撃して、いてもたってもいられなくなったのだとか。
彼女曰く、
「マールの身に何かがあったのだと、不思議とわかりました」
とのこと。
それは、ちょうど僕が『黒い手』に殺された頃と一致する。
そして彼女は、たった1人で『マールを守らねば』とデメルタス山脈に向かったんだそうだ。
そこから、彼女の記憶は朧気になる。
「気がついたら、目の前にマールがいました」
それからは、僕らも知っての通りだ。
イルティミナさんは、『真っ白な炎』を放出して、デメルタス山脈に現れた『悪魔の欠片』を倒してくれた。
でも、その記憶がないという。
「何か『大きな力』が私の中を駆け巡り、外に抜けた感覚はあるのですが……」
とのことだ。
アメルダス陛下やロベルト将軍は、訳がわからないという顔だった。
でも、僕はわかっている。
キルトさんとソルティスもわかっていた。
(――あの白い炎は、女神ヤーコウル様の『祝福の神炎』だ)
かつて、アルドリア大森林・深層部の古代神殿で、イルティミナさんは、ヤーコウル様から『祝福』を授かったんだ。
その時、彼女の体内に『白い炎』が宿ったのを覚えている。
それを伝えると、みんな驚いていた。
「つまり、あれは別の『白の巨人』の力か」
と、アメルダス陛下。
ロベルト将軍、レイドルさん、アーゼさんも神妙な顔になり、
「まさか、神々の力がこれほどのものだったとは……」
と呟いていた。
(……うん)
僕も正直、ここまでだとは思わなかった。
でも、だからこそ思うんだ。
7つの『神霊石』を集めて、神々を召喚できれば、いくら『闇の子』が策略を練ろうとも、まだ恐ろしい悪魔が4体もいようとも関係ないんだって。
神様とは、それほど偉大な存在なんだ。
(……僕らは幸運だよ)
自分たちの行動次第で、そんな神様たちから守ってもらえるんだから。
ギュッ
僕は、ベッドの上にいるイルティミナさんの手を握った。
「マール?」
彼女は驚いた顔をする。
僕は言った。
「僕のこと、守ってくれてありがとう、イルティミナさん」
「…………」
彼女は、紅い瞳を丸くする。
それから、嬉しそうに微笑んだ。
なんとなく、それは、僕の主神様の浮かべる笑顔に似ているのだろうなと思った。
多くの感謝が心に浮かぶ
ふと船室の窓を見る。
そこには、戦場となったデメルタス山脈の遠ざかっていく姿があった。
多くの命が失われた地。
そして、そこには『猿王ムジャルナ』も『悪魔の欠片』も、もういない。
山々の稜線の向こうには、綺麗な青空が広がっている。
「…………」
それを見つめ、それから僕は、長く息を吐きながら、ゆっくりと青い瞳を伏せていった。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから1週間が経った。
帝都レダに戻った僕らは、今、謁見の間にて、アメルダス陛下の前に跪いていた。
跪く僕らは前回と同じ、代表4人に、通訳のイルティミナさんとトルキア、おまけで僕、ソルティス、ポーちゃん、アミューケルさんの合わせて10人だ。
大きなピラミッド型の謁見の間には、大勢のトルーガ戦士や貴族がいる。
そこには、英雄パルドワンさんもいた。
「こたびは大儀であった」
トルーガを支配する女帝陛下は、厳かな声で言った。
「お前たちのおかげで『猿王ムジャルナ』は死に、長く争っていた『黒大猿』との闘争にも、一応の決着がついた。遠くない未来に、わたくしたちは大陸北部の支配権も取り戻せるだろう」
『ははっ』
僕らは、ロベルト将軍に合わせて返事をする。
アメルダス陛下は、青いアイシャドーに包まれた赤い瞳を細めた。
その手が持ち上がる。
美しい指が支えるのは、20センチほどの光る石――『神霊石』だった。
彼女は言う。
「お前たちの求めていた『輝きの石』だ。これが世界には7つもあるのか」
「…………」
陛下の美貌を、石の表面が反射している。
その表情が険しくなる。
「そしてお前たちの話を信じるならば、この地を滅ぼしかけた『黒の巨人』と同じ存在もまた、この世界には4体も眠っているのだな」
その声には、かすかな恐怖があった。
僕ら10人は、頷いた。
アメルダス陛下は、大きく息を吐く。
「お前たちは、それにも立ち向かうのか」
「はい」
僕は答えた。
「そうしなければ、世界が滅びてしまうから」
アメルダス陛下と周囲のトルーガの人々の視線が、僕に集まる。
英雄パルドワンも、僕を見ている。
やがて、陛下は皮肉そうに笑った。
「わたくしたちの平和な世界は、どうやら、相当不安定な危うさで成り立っていたらしい」
そして彼女は、突然、『神霊石』をこちらに放った。
(わっ?)
その放物線は、僕へと向かっていた。
慌てて、なんとかキャッチに成功する。
……ふぅ。
(落とさなくて、よかった)
安堵の息を吐く僕に、アメルダス陛下はおかしそうに笑っていた。
「こたびの褒美だ。持っていけ」
陛下……。
僕は「ありがとうございます!」と頭を下げる。
彼女は頷いて、
「わたくしたちトルーガ帝国の造船技術は、まだ低い」
突然、そんなことを言った。
(え?)
急な話題の変化に、僕らは戸惑う。
それに構わず、陛下は話し続ける。
実は、暗黒大陸周辺の海域は、北部以外は海流が激しく、またたくさんの巨大な海の魔物が生息していて、トルーガ帝国の外洋への航海技術は発展していないのだそうだ。
そして唯一、外海に出られる北部は、『黒大猿』の縄張りだった。
「だが、状況は変わった」
陛下は言った。
『猿王ムジャルナ』は死に、北部の支配権も遠からず、『トルーガ帝国』が握ることになる。
そうなれば、『トルーガ帝国』も外海を目指せるのだ。
帝国を支配する女の瞳が、僕らを見据える。
「そうなれば、わたくしたちはお前たちの国『シュムリア』との友好を築けるだろう。そして、お前たちが求めるならば、いつでも我ら『トルーガ』は助けとなる」
その言葉に、僕らは呆けた。
そして、その意味に心が熱くなった。
「陛下……」
アメルダス陛下は笑った。
「誇るがいい! お前たちは、わたくしたち偉大なるトルーガ戦士の認める『友』となったのだ!」
『アゥラララァア!』
陛下の声に応じるように、謁見の間に集まったトルーガの人々が吠えた。
魂にまで響く声だ。
それに、なんだか泣きそうになってしまった。
僕ら10人は、偉大なるトルーガ帝国の女帝アメルダス陛下へと、深く、深く頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇◇
その夜、トルーガ皇城では『戦勝の宴』が開かれた。
僕ら『第5次開拓団』が3つの試練で『強さ』を認められた時みたいに、大規模な宴だった。
でも今回のこれは、鎮魂の意味もあるそうだ。
トルーガ戦士、6万人強。
第5次開拓団、248人。
これが、今回の戦いでの犠牲者の数だった。
「…………」
僕は、手の中の『神霊石』を見つめる。
たった1つのこの石を手に入れるために、これだけの人たちが亡くなってしまった。
その事実を、決して忘れてはいけないと思った。
ギュッ
輝く石を、強く握り締める。
「難しい顔してるっすね、マール殿」
ふと声をかけられた。
見れば、アミューケルさんがお酒を片手に、そばに立っていた。
灰色の髪が結い上げられて、ドレスを着ている。
いつもと雰囲気が違って、ちょっと驚いてしまった。
「……そんな、まじまじと見ないで欲しいっすね」
彼女は、唇を尖らせる。
僕は笑った。
「とても似合ってますよ、アミューケルさん」
「……ども」
彼女は、赤くなりながら、そっぽを向いてしまった。
あはは……。
やがて彼女は、僕の手にある『神霊石』を見つめた。
そして、僕の顔を見る。
「あんま、気に病まない方がいいっすよ」
「え?」
「暗黒大陸に来るまでに、みんな、死の覚悟はしてたっす。トルーガの戦士たちも同じっしょ。マール殿が、1人で背負う必要はないんすよ?」
「…………」
彼女は、そう言いながら、グラスのお酒を飲む。
プハッ
熱い息を吐きだして、
「ボブだって、そんなこと望んじゃいないっすよ」
と言った。
ボブさんというのは、今回、犠牲になった『竜騎士』だ。
その死の悲しみは、僕なんかよりも、同じ竜騎士であるアミューケルさんの方がよっぽど大きいはずだ。
それなのに、
(僕のこと、心配してくれたんだ……)
それが嬉しくて、申し訳なかった。
そんな僕の視線に気づいて、アミューケルさんは苦笑すると、
「マール殿は、よくやったっす」
ポン ポン
僕の肩を2回、叩いて、行ってしまった。
(…………)
その背を見送る。
それから僕は、『神霊石』をポケットにしまうと、ちゃんとこの宴を楽しむために歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は、美味しい料理を食べながら、周囲を眺める。
キルトさんは、パルドワンさんと片言のトルーガ語で話していて、でも、とても楽しそうだった。
(同じ強者として、シンパシーがあるのかな?)
お互いの大きな盃にお酌して、お酒を飲み合っている。
パルドワンさんもお酒が好きみたいで、キルトさんも今だけは終始笑顔だった。
ロベルト将軍は、アメルダス陛下のそばにいた。
真面目な将軍さんの言葉を、女帝陛下は面白そうに聞いている。
もしかしたら、トルーガ帝国とシュムリア王国、2つの国の未来について、語り合っているのかもしれないね。
レイドルさんとアーゼさんは、他のトルーガ貴族や戦士と話していた。
2人とも試練の中で、『強さ』を証明していたからかな? 集まるトルーガの人たちの視線には、確かな敬意があったんだ。
(あ……)
そこには、イルティミナさんの姿もあった。
どうやら通訳をしているみたい。
おかげで、せっかくの宴だというのに一緒にいられなくて残念だ。
でも、今の彼女は、普通に歩けていて、どうやら再生した右足は後遺症もなく、無事に回復してくれたみたいだった。
(本当によかった……)
僕は、それだけで笑顔になってしまう。
「何やってるのよ、マール。食べないの?」
みんなを見ていて食事の手が止まっていたせいか、隣にいたソルティスに声をかけられた。
ムッチャ ムッチャ
食いしん坊少女は、相変わらずで、トルーガ料理を口に運んでいる。
彼女の後ろには、金髪幼女のポーちゃんもいた。
世話好きの幼女は、大きなお皿にテーブルから料理を集めて、ソルティスに渡し、逆に空のお皿を受け取っている。
「…………」
神の眷属を当たり前にこき使うなんて、ソルティス、恐ろしい子……!
そんなことを思っていると、
(ん?)
宴の会場を離れて、開放された扉から、バルコニーへと向かう1人の少女を発見した。
僕は、その子を追いかけた。
バルコニーに出ると、涼やかな夜風が吹きつけてきた。
そこからは、明るく煌びやかな帝都レダの夜景が見渡せて、とても美しい世界が広がっていた。
(綺麗……)
心を躍らせながら、視線を巡らす。
彼女は、バルコニーの手すりに寄りかかって、その景色を眺めていた。
僕は近づいて、
「どうしたの、トルキア?」
「……ア」
トルーガ人の少女は、笑いかけた僕をびっくりしたように振り返った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
番外編・転生マールの冒険記の最終話は、明日、更新予定です。もしよかったら、最後まで、どうぞよろしくお願いします。




