番外編・転生マールの冒険記33
番外編・転生マールの冒険記33になります。
よろしくお願いします。
『前方から1000体、その後方から2000体の群れが来ています!』
トルキアのトルーガ語の叫びが、森に響く。
バサッ バサッ
その上空では、『シュムリア竜騎隊の竜』が飛んでいる。
通訳であるトルキアの役割は、上空から偵察を行った『シュムリア竜騎隊』の報告を、トルーガ軍にも伝えることだ。
前方に進んでいた『トルーガ戦士』たちは、足を止め、それぞれの武器を構えた。
ガシャッ
同時に、その全身の赤い紋様が輝きを放つ。
『アゥラララアア!』
戦士たちの雄叫びと共に、その肉体が一回り膨れ上がる――『肉体強化の魔法』だ。
僕も『妖精の剣』を構える。
僕は、キルトさんが率いる冒険者団の一員として、戦場に立っていた。
冒険者団の人数は、40人ほど。
先日の戦闘で、イルティミナさんを含めた負傷者、そして死亡者が10人ほど出ていたんだ。
(……負けるもんか!)
心に残る悲しみを押し殺して、僕は、目前の戦いに集中する。
10秒。
20秒。
そして、トルキアの叫びから30秒後、大地が震動し始め、魔物たちの雄叫びが聞こえてきた。
「!」
次の瞬間、森の木々の隙間から、『黒大猿』たちが溢れ出るように襲いかかってきた。
まるで黒い津波。
トルーガ戦士たちは、真っ向から立ち向かっていく。
肉と肉、そして、鋼のぶつかり合う衝突音。
「皆の者、行くぞ! 『トルーガの戦士』たちに、我らシュムリア冒険者の『強さ』を見せつけてやれい!」
戦場においてもよく通るキルトさんの声。
冒険者団は『おぉ!』と雄叫びで答えた。
僕も全力で叫ぶ。
「おぉおおっ!」
叫びながら、みんなと一緒に駆けだし、目前へと迫った『黒大猿』へと『妖精の剣』を振り下ろした。
◇◇◇◇◇◇◇
肉を斬り、骨を断つ。
数えきれないほどの『黒大猿』を斬り殺していく。
負傷もした。
魔物の牙に、爪に、僕の肉体は斬り裂かれた。
でもそれは、すぐ後ろにいてくれるソルティスが、すぐに回復魔法で治してくれる。
「さぁ、行って!」
「うん!」
少女に応えて、僕はまた恐ろしい魔物たちへと立ち向かった。
僕が去れば、彼女は、他の負傷者も治していく。
ポーちゃんは、唯一の非戦闘員であるトルキアを守ってくれていた。
トルキアは、トルーガ軍から知らせられる戦況を僕らに、僕らが知らせる新手の存在をトルーガ軍に、必死に叫んで伝えてくれていた。
キルトさんは、冒険者団の先頭に立って、『黒大猿』を倒し続けている。
一緒に戦う『トルーガ戦士』たちも全身を赤く輝かせながら、凄まじい強さで『黒大猿』たちを倒していた。
元々が『魔血の民』と同じ『神民』で、優れた肉体能力を持っている。
そんな彼らが『肉体強化』の魔法で、より強化されているのだ。単純な力や速さは、もはや『黒大猿』にも引けを取らないレベルになっていた。
現状は、僕らの方が押している。
でも、
(どれだけの数がいるんだ!?)
倒しても倒しても、『黒大猿』たちは際限なく森の奥から姿を現していた。
まるで終わりのない悪夢みたいだ。
ハァ ハァ ハァ
呼吸が乱れる。
戦う時間が進むにつれて、『黒大猿』たちの戦い方も変化してきた。
ボヒュッ バカァン
突然、空気の裂ける音がして、目の前にいた『トルーガ戦士』の頭が吹き飛んだ。
(え?)
返り血が、僕の頬に降りかかる。
「投石じゃ!」
キルトさんの警告が響いた。
『黒大猿』たちは、直接、襲いかかるだけでなく、木々に隠れながら遠距離攻撃も仕掛けてきたんだ。
ボボォオン
今度は、紫色の炎が吐き出され、それに冒険者の1人が巻き込まれる。
(火炎息か!)
魔物の多彩な攻撃に、1人、また1人とやられていく。
その状況を打開しようと、『トルーガ戦士』たちが木々の奥に隠れる『黒大猿』を狙って、前方に突撃していった。
その瞬間、
メキメキ ズガガァン
森の木々が倒れてきて、その倒壊に戦士たちが巻き込まれた。
(!?)
偶然にしては、あまりにタイミングが良すぎる。
まさか……。
(『黒大猿』が罠を仕掛けていた?)
そうとしか考えられない。
僕のその予想は、時間の経過と共に確実となった。
落石。
落とし穴。
他にも様々な罠が、前進する僕らを襲ったんだ。
「これは……誘い込まれたか」
キルトさんも、魔物のあまりにも高い知能に驚愕しつつ、その事実を認識した。
まずは直接戦い、そこでわざとこちらに押し込ませて、僕らを罠のある地点まで誘い込んだんだ。
(まるで人間じゃないか!)
『黒大猿』は『少し頭の良い獣』ぐらいに思っていたら大間違いだ。
死傷する『トルーガ戦士』も増えていく。
(くそっ)
敵の数は、僕らの約3倍いる。
つまり僕らは、魔物たちの3倍の戦果を挙げて、初めて互角の戦況なんだ。
でも、今のこの状況は……。
そう思っていた時、これまで共に戦場に立っていた女帝アメルダス陛下が、血まみれの剣を振り上げ、雄々しく告げた。
「皆、止まるな! わたくしたちの狙いは唯一つ、『猿王ムジャルナ』の首を狩ることだ! 決して止まらぬ牙となり、デメルタス山脈の頂にいる奴の首に、その牙を突き立てよ!」
その言葉を、トルキアが僕らに訳してくれる。
(そうか……)
元々が不利な状況、それは陛下もわかっていたんだ。
その上で、狙いは1つ。
この25万の魔物の群れを突破して、敵大将である『猿王ムジャルナ』を討つ。
その作戦のみだったんだ。
キルトさんも叫んだ。
「聞こえたな! 冒険者団よ、前へ進め! 全ての敵を倒す必要はない、ただ先へと進むのじゃ!」
(うん!)
僕は、強く頷いた。
勝利への道筋が見えているならば、あとは、そこを目指して必死に戦うのみだ。
実は、あとから知ったんだけど、8万人のトルーガ軍は、『英雄パルドワン』を先頭にして、突撃陣形を取っていたんだって。
2人の女傑の言葉に、僕らは奮起する。
『黒大猿』たちの攻撃を受けながらも、必死に前へと進んでいく。
脱落する人も多い。
でも、足は止まらない。
気がつけば、周囲は乱戦になっていて、自分たちは有利なのか、不利なのかもわからなかった。
それでも、必死に前へ。
そんな時だった。
『グォオオン!』
上空から、竜の叫びが聞こえた。
(え?)
反射的に振り返れば、竜の身体に、1本の縄のようなものが絡んでいた。
いや、あれは蔦だ。
竜騎士が、その蔦を剣で斬り落とす。
けれど、周囲の地上から、先端に石の括りつけられた蔦が何本も投げつけられ、その巨体へと絡みつけられていた。
竜と竜騎士は、抵抗する。
けれど、そこに投石攻撃も加わって、竜騎士はその1つの直撃を受けた。
(あ!)
鞍から、竜騎士が落下する。
ほぼ同時に、蔦に絡まれて飛翔力を失った竜も、地上へと向かって落ちていった。
ズズゥン
森の向こうに響く、重い落下音。
僕は、呆然となった。
(あのシュムリア竜騎隊が、落とされた……?)
僕だけでなく、周囲の冒険者団の人たちも、思わず立ち尽くしてしまっていた。
『シュムリア竜騎隊』は、ある意味、シュムリア王国の『強さ』の象徴だ。
シュムリア人であればこそ、その感覚は強くなる。
その象徴たる『強さ』の1騎が今、暗黒大陸に生息する『黒大猿』たちによって落とされてしまったのだ。
あのキルトさんさえ、呆然としていた。
ソルティスも、
「……嘘」
と、口元を両手で押さえ、呟いている。
今の出来事は、それほどの衝撃を僕らの心に与えたんだ。
そして、そんな状況だからといって、もちろん『黒大猿』からの攻撃は止まらない。
立ち直る間もなく、僕らは、その猛攻に晒された。
(くっ)
竜を落としたことで、逆に『黒大猿』たちは勢いづいたみたいだ。
僕らの冒険者団が、周囲にいる『トルーガ戦士団』が、次々と分断され、各個撃破されるような状態になっている。
(まずい、まずいまずい!)
この流れは最悪だ。
必死に『妖精の剣』を振って抗うけれど、どうしようもなかった。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、トルキアとも距離が離れていってしまう。
ガツンッ
「ぐあっ!?」
『黒大猿』の石のような張り手を、なんとか『白銀の手甲』で受けたけれど、僕は大きく弾き飛ばされてしまった。
落下し、ゴロゴロと地面を転がる。
「ちょっと、マール!?」
ソルティスの叫びが、魔物の群れの向こうから聞こえる。
(くっ)
慌てて立ち上がったけれど、完全に孤立してしまった。
いや、僕だけじゃない。
この戦場にいるほとんどの冒険者、トルーガ戦士は、孤立させられていたのだ。
これも『黒大猿』の戦術か。
遠くに、キルトさんの戦う姿が見える。
立て直しが難しいと判断したのか、キルトさんは銀髪をひるがえして、その場にいる全員へと聞こえるように叫んだ。
「全員、山頂を目指せ! 誰か1人でもいい! 1人でも『猿王』の下へと辿り着き、奴を殺すのじゃ!」
必死な声。
戦況はいつの間にか、そこまで悪化していたんだ。
(山頂へ……っ!)
僕は顔をあげる。
ここは、5合目か6合目か、まだ先は長い。
でも、誰かが行かなければ。
僕は足に力を込めて、そちらへと向かった。
『ホギャア!』
すぐに『黒大猿』たちの群れが襲いかかってくる。
僕は息を吸い、吐く。
そして、
「そこをどけぇ!」
大きく叫びながら、邪魔をする魔物たちに向かって踏み込んでいった。
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