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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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33/825

033・酒夜の告白

第33話になります。

よろしくお願いします。

 ――楽しい時間だった。


 酒場の中には、他の冒険者たちの声が賑やかに響いている。それをBGMに、美味しい料理に舌鼓を打ち、僕らは、他愛ない話に花を咲かせる。

 うん、転生してから一番、賑やかな時間だったと思う。


 でも不思議なことに、そういう時に限って、悪いことも起きるみたいで、


(あれ?)


 僕はふと、隣のイルティミナさんの異変に気づいた。


 いつの間にか、彼女の料理を食べる手が止まっている。どうしたんだろう、あんなに美味しい料理なのに?


 ガタッ


 彼女は突然、片肘をテーブルに着いた。え?


 そうして身体を支えながら、彼女は、辛そうに息を吐く。その美貌は、耳まで紅潮して、それを美しい髪が柔らかく隠している。頬を流れた汗が、白い首筋を伝っていく。


「ど、どうしたの? イルティミナさん、大丈夫?」

「……あ」


 声をかけると、彼女はハッと顔を上げる。

 心配そうな僕を見つけると、彼女は、いつものような笑顔を作った。


「な、なんですか、マール? 私は、どうもしませんよ?」

「…………」


 嘘だ。

 他の人には、どう見えるかわからない。でも、僕には、それが無理に作った笑顔にしか見えなかった。


「嘘つかないで」

「…………」

「イルティミナさん、具合、悪いんだよね? ……それとも、本当のことが言えないぐらい、僕は頼りない?」


 話してもらえない自分が情けなくて、ちょっと泣きたくなってしまった。

 そんな僕を見て、イルティミナさんは慌てたように「い、いえ、そんなことは!」と、否定する。でも、次の瞬間、眩暈を起こしたように彼女の上半身がグラッと傾いた。


(危ない!)


 反射的に両手を伸ばして、彼女を抱きとめる。

 イルティミナさんの身体は、火がついたように熱くなっていた。


 そこに至って、ようやく同席していた2人も、僕らの様子に気がついた。


「え、どったの?」

「イルナ? どうかしたか?」


 僕の腕の中で、イルティミナさんは「はぁはぁ」と荒く呼吸を乱している。


 さすがにキルトさんが立ち上がった。

 僕らのそばに来ると、イルティミナさんの額に手を当て、その白い手首から脈を取る。彼女は表情をしかめ、そして視線を巡らせる。その黄金の瞳が止まったのは、カウンターにある木製のジョッキを見つけた時だった。


 そこには、半分だけ、ビールのような金色の液体が残されている。


 キルトさんは、唸るように言った。


「ふむ……どうやら、酒精にやられたか」

「酒精?」


 僕は、オウム返しに聞き返す。


「酒のことじゃ。こやつは、あまり酒に強くない」


 え?

 つまり、酔っぱらってるってこと?


 僕は、唖然とする。

 でも、ソルティスが怒ったように、そんな僕を見る。


「ただ酔ってるんじゃないわよ。血中の魔力も暴走してるんだから」

「え……血中の魔力?」

「イルナ姉の体質なの。疲れてる時に、アルコールを摂取すると、魔力のコントロールが効かなくなるの。辛いんだから!」


 そ、そうなんだ?

 魔力の知識がない僕には、よくわからない。


(でも、辛そうなのはわかるよ)


 今も苦しげな息が、支える僕の首にかかっている。

 キルトさんが「ふむ」と頷いた。


「滅多に起きることではないが、心身ともに、疲労が重なっておったせいか。もう少し、様子を見てやるべきであったの」

「あの……それって、やっぱり僕のせいかな?」


 不安になって、聞いてしまった。


 イルティミナさんは、昨日から、ずっと大変だった。

 僕みたいな子供を連れて、トグルの断崖を100メートルも登って、アルドリア大森林を40キロも踏破し、闇のオーラの赤牙竜ガドと死闘を繰り広げ――それらは全て、昨日1日で起こったことだ。その上、メディスの街まで徹夜で歩き、今日は、僕の観光案内までさせてしまった。


 僕が、メディスに残るかどうかの話でも、その優しい心には、大きな負担をかけてしまっただろう。


「そなたのせいではない」


 キルトさんは、きっぱりと言った。


「これは全て、イルティミナ自身のせいじゃ。自身の疲れも把握せず、酒を口にするのがいかん」

「そうよ。うぬぼれるのも、大概にしなさい、ボロ雑巾」


 ソルティスが、ベシッと僕の後頭部を手刀で殴る。

 そして、少し柔らかい声になって、


「ま、イルナ姉も『ボロ雑巾と王都まで行ける』ってことで安心して、浮かれちゃったんでしょ。珍しいわ、こんな失敗するイルナ姉なんて」

「…………」


 僕は、イルティミナさんの顔を見る。

 苦しそうに息を吐いて、僕を見る真紅の瞳は、優しいものだった。


「マール、心配させて、ごめんなさいね」

「ううん」

「大丈夫ですよ? 部屋で少し休めば、すぐによくなりますから」


 そう言って、彼女は、椅子から降りようとする。


(おっと!)


 彼女の足が泳いで、僕は慌てて、また彼女を抱きしめる。


「す、すみません」


 恐縮し、顔を赤くするイルティミナさんに、僕は首を振った。

 そして、後ろの2人を振り返る。


「キルトさん、ソルティス。僕、イルティミナさんと一緒に、ちょっと部屋まで行ってくるよ」

「ふむ、その方が良さそうじゃな」

「そうねー。1人だと、階段とか心配だし」


 2人も頷いてくれる。

 イルティミナさんは、少し慌てたように僕の身体を遠ざけようとしながら、何かを言おうとした。


「イルティミナさん……僕に支えられるの、嫌?」


 口の動きが止まった。

 そして、代わりに、大きなため息がこぼれ落ちる。


「まさか。嫌ではありません」


 よかった。

 僕は、安心して笑ってしまった。


「……マールは、いけない子ですね? 私の血は、また別の意味で、暴走しそうです」

「え?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 笑って、彼女は覚悟を決めたように、僕の肩に体重を預けてくれた。


 ちょっと密着して、恥ずかしい気持ちもある。

 だけど、そんなことを気にしている場合じゃないから、僕は彼女の腰にしっかりと手を回しておく。


「すまぬな、マール。イルナのこと、任せるぞ?」

「イルナ姉、ゆっくり休んでね」


 心配する2人の声に、僕らは頷いた。

 そうして、至近にある互いの顔を見る。


「じゃあ、行こう?」

「はい、マール」


 頬を赤くした彼女が頷いて、僕らは身を寄せ合いながら、3階に通じる階段の方へと歩き始めた――。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 イルティミナさんに肩を貸しながら、僕らは無事に階段を上り切って、3階に辿り着いた。


「ごめんなさい、重かったでしょう?」

「ううん」


 申し訳なさそうなイルティミナさんに、僕は首を振る。


 嘘じゃない。

 初めて、彼女を見つけた時、僕は、トグルの断崖から塔まで、彼女を背負って歩いたんだ。それを思えば、自分の足でも歩いてもらった分、今の方が全然、楽だった。


「軽かったよ、イルティミナさん」

「そ、そうですか」


 なんだか、少し照れたようにうつむくイルティミナさん。


(???)


 まぁ、いいか。

 とりあえず階段を上がり切ったことで、転落の危険はなくなったんだ。ちょっと一安心。


 そうして僕は、部屋の扉を開ける。


 室内は、もう薄暗くなっていた。

 窓からは、メディスの街の光と、2つの月の光が差し込んでいる――そのおかげで、視界は一応、確保されていた。


(照明は、点けなくていいよね)


 それよりも、まずはイルティミナさんを、ベッドに横にしてあげたかったし、もし、そのまま眠るなら、灯りは要らない。


「足元、気をつけてね?」

「はい」


 暗い中を、僕らは密着しながら、ベッドの方へ近づいていく。

 そうしてイルティミナさんは、清潔なシーツの上に、大きなお尻を下ろした。やはり、起きているのは辛いようで、すぐにベッドに身体を横たえてしまう。


「ふぅぅ」


 大きな吐息が一つ、桜色の唇からこぼれる。

 深緑の美しい髪は、シーツの上に広がって、窓からの明かりにキラキラと輝いている。白い肌は紅潮して、しっとりと汗に濡れていた。


(……変なコト考えるな、僕)


 紳士な僕は、心の中で自分を殴っておく。


「じゃあ、寝るのに邪魔だろうから、僕はもう行くね?」


 彼女のそばにいたい気持ちもあったけど、我慢する。

 でも、立ち上がろうとした僕のシャツの袖を、イルティミナさんの白い指が摘まんでいた。


「もう少し……一緒にいてもらえますか?」

「…………。うん」


 不安そうな声だったので、僕は、頷いた。

 部屋に一つだけある椅子を引っ張って来て、ベッド脇に座って、イルティミナさんの手を握る。彼女の手は、とても熱かった。その白い指は、すぐに僕の手を握ってくる。


 彼女は、安心したように笑った。


「ありがとう。マールは、優しいですね?」

「ううん」

 

 僕は、困ったように首を振る。

 3人はああ言ったけれど、今回のことは、やっぱり僕のせいなんだ。イルティミナさんがあまりに優しいから、僕は、それに甘え続けて、大切な彼女をこんな目に遭わせてしまった。

 謝りたかった。

 でも、謝っても、彼女は認めないだろうし、余計に困らせるだけなので、それを口にもできない。


(どうしてだろう?)


 今も、こんな子供の手を握ってくれる彼女に、僕は、つい聞いてしまった。


「どうしてイルティミナさんは、僕に優しいの?」

「……え?」


 驚いたように、真紅の瞳が僕を見る。

 それを見返しながら、僕は、ずっと思っていたことを口にする。


「僕は、ただの他人だよ?」

「…………」

「たまたま、イルティミナさんの命を助けたけれど、そのお礼は、充分にしてもらってる。ううん、充分以上だ。……それなのに、どうして僕に、そんなに優しくしてくれるの?」


 わからなかった。


 自分で言うのもなんだけど、僕は『得体の知れない子供』だと思う。

 なぜか森の奥で1人で暮らしていた。

 しかも、記憶がない。

 例え、命を救われても、こんな子供には、関わりたくないと考えるのが普通だと思うんだ。


 でも、彼女は違った。

 足手まといの僕を見捨てずに、森から連れだしてくれて、時には、自分が赤牙竜の囮になって、命がけで僕を守ろうとしてくれた。


(なんでなの?)


 本当にわからなかった。


 戸惑いや不安の光に、僕の青い瞳は揺れている――イルティミナさんの真紅の瞳は、それを黙ったまま見つめ返し、やがて、大きく息を吐いて、彼女はこう答えた。


「私が、マールに優しいのは、きっと私自身のためですよ」

「…………」

「少し、昔話をしましょうか?」


 困惑する僕に、彼女は、いつものように優しく笑った。

 そして、天井を見ながら、寝物語をするように語りだす。


「私は昔、遠い山奥の村で生まれ、暮らしていました」

「…………」

「そこは、人里を離れた何もない村でしたが、のどかで大らかで、村の人もみんな優しくて、私は、その村のことが大好きだったんです」


 話している彼女の瞳は、とても優しかった。

 でも、そこに急に影が落ちる。


「ですが今から7年前、私が13歳の時に、私の暮らしていた村は、人狩りの襲撃にあってなくなりました」

「……え?」

「父様や母様、そして優しい村の人たちに守られて、私と当時6歳だった幼いソルは、村を脱出させてもらいました。でも、村の人たちは皆、殺されて、生き残ったのは、私たち姉妹だけだったんです」


 一度、彼女は、大きく息を吐く。


「よくある、珍しくもない話ですよね?」

「…………」

「それから、私は、幼い妹を守りながら生きるのに、必死でした。村の人たち以外の他人を、私は、信用できませんでした。だから私は、自分だけを頼りにして、この世界で生きてきたんです」


 そう告げる彼女は、僕と繋いでいない方の手を、見つめていた。

 

 その手が経験してきた、彼女のこれまでの人生には、いったいどれほどの痛みや苦しみがあったんだろう? 僕には、とても想像することもできない。


「――でも」


 その手を握って、彼女は瞳を伏せる。

 そして、開いた真紅の瞳は、小さく笑いながら、僕を見た。


「正直に言えば……私は、誰か頼りになる大人に、自分のことを助けてもらいたかったんですよ?」

「…………」

「だから私は、マールにとっての、そんな大人になりたかったんです」


 ギュッ


 僕の手が、強く握られる。


「ごめんなさい、自分勝手な話ですよね?」

「ううん」


 嬉しかった。

 ただ嬉しくて、ありがたくて、泣きたくなるほどに。


 そんな僕を見て、イルティミナさんは『よしよし』とあやすように、頭を撫でてくれる。

 そうして、彼女は、紅い瞳を伏せる。


「もう1つだけ……別の理由もあります」

「え?」

「私は、子供が産めません」


 え……?

 あまりに唐突で、一瞬、意味が分からなかった。


「3年前にわかりました。村を逃げる時に負った深手が原因で、私は、子供を産めない身体になっていたんです。女としては欠陥品です。一生、母親として生きることは、なくなりました」

「…………」

「でも、マールは可愛くて、だからつい、自分の子供のように甘やかせたくなった部分もあるんです」


 行き場のない母性を、僕に向けた――泣きそうな笑顔で、彼女は、そう告白してくれた。


(イルティミナさん……)


 僕は、自分の心の中を、覗き込む。


 そうして見つけた正直な気持ちを、僕は、彼女にぶつけてみた。


「じゃあ、イルティミナさんと結婚する男の人は、幸せだね」  

「え?」


 彼女は、驚いた顔をする。

 僕は笑った。


「だって、子供に奥さんの愛情を、奪われることがないんだもん。その分も、イルティミナさんに愛してもらえるんだよ? その人、すっごく幸せだよ」

「――――」


 結婚って、子供が欲しくてするわけじゃないんだ。

 大好きな人とずっと一緒にいたいから、その人と幸せになりたいから、するんだと思う。子供はきっと、その幸せの一つで、全てじゃない気がする。


(まぁ、前世でDTっぽい、僕の勝手な意見だけどね?)


 でも、本当にそう思った。


 そして、イルティミナさんは、


「マール」


 グイッ


 わっ?

 突然、僕の手を引き寄せ、きつく抱きしめられた。


(えっ? あ、あの? イルティミナさん?)


 ちょっと慌てる。

 でも、抜け出そうとした時、彼女の手が震えていることに気づいた。


(いや……手だけじゃない)


 イルティミナさんは、身体中を震わせていた。


 ――泣いてる。


 抱きしめられる僕からは、その顔は見えない。

 でも、わかる。

 彼女はポロポロと涙をこぼして、声を殺して、泣いていたんだ。


「…………」


 僕は何も言わず、彼女の頭を撫でた。

 サラサラした綺麗な髪を、優しく、慈しむように、イルティミナさんが僕に向けてくれた愛情のように、撫でてやった。


 触れた途端、ビクッと彼女の身体が震えて、


「ふっ……ぅ……ぅぅう……」


 堪えきれない嗚咽が聞こえ始める。


 そこにいるのは、きっと7年前のイルティミナさんだった。

 抱えきれない重荷を負わされた、可哀想な女の子――その頃、そばにいられなかった悔しさを晴らすように、せめてと、僕は、その少女の髪を優しく撫で続ける。

 それしかできなかった。


「マール、あぁ……マールぅ」


 暗い室内に、すがるような彼女の声が、いつまでも響いていた――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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[一言] 生き返った時にその傷も治ってたら良いね。
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