番外編・転生マールの冒険記30
番外編・転生マールの冒険記30になります。
よろしくお願いします。
双方合わせて20万の人と魔物が激突し、お互いを殺し始めた。
怒号、悲鳴、そして肉を断つ音。
様々な音が戦場で響き渡っている。
(凄い……)
ここまで大規模な戦闘は、初めて見る。
その迫力に、思わず、震えた。
辺りには、あっという間に血の匂いが充満し、現実感の喪失と共に、人としての理性が消えていく感覚がした。
ギュッ
そんな僕の手を、イルティミナさんの手が握った。
(……あ)
その温もりに目が覚める。
イルティミナさんは、僕の顔を見つめ、そして、いつものように優しく微笑んだ。
それを見て、気づいた。
(そっか)
いつの間にか、僕は、戦場の空気に飲まれていたんだね。
うん。
今は、ちゃんと地に足がついている感じ。
「ありがとう、イルティミナさん」
「いいえ」
彼女は微笑む。
自分を取り戻した僕は、再び戦場を見た。
そこでは、10万人のトルーガ戦士たちの武器が、『黒大猿』たちを倒していた。
彼らの従える1万頭もの『戦獣』角の生えた灰色狼たちも、その角と牙を駆使して魔物を襲い、また300体の『金属ゴーレム』が魔物の攻撃を受け止め、その巨大な拳で逆に魔物たちを叩き潰している。
もちろん、『黒大猿』たちによって殺されるトルーガ戦士たちも大勢いた。
今のところ、戦局は五分五分だ。
「わらわたちも行くぞ」
キルトさんが言った。
僕ら『第5次開拓団』も、遅ればせながら、この戦いに参戦しようとしていた。
(うん)
僕は、覚悟を決める。
そんな僕らを見て、キルトさんは言う。
「ソルは回復要員として、ここに残れ」
「わかったわ」
ソルティスは頷いた。
キルトさんの視線は、僕とポーちゃんに向く。
「そなたら2人は、ここでソルとトルキアを守れ。決して、奴らを近づかせるな」
「うん」
「ポーは、了承した」
僕らも頷いた。
本当は、一緒に行きたかったけれど、戦いには役割があるんだ。
(ここは我慢だ)
自分に言い聞かせる。
キルトさんは、もう1人の『金印の魔狩人』を見て、
「イルナ、そなたは共に来い。『黒大猿』どもを駆逐するぞ」
「はい」
イルティミナさんは、静かな闘志を秘めて頷いた。
そして、2人は女帝アメルダス陛下に挨拶をして、自分たちも船を降り、戦場へと駆けていく。
『第5次開拓団』は400人。
その内の冒険者団50人ほどを率いて、キルトさんは戦場を走った。
遊軍として、戦場のかく乱を行っていた。
上から見ていると、その様子がよくわかる。
またロベルト将軍の率いる王国騎士団300人は、回復役に徹していた。
次々と運び込まれる負傷したトルーガ戦士たちを、回復魔法で治療し、戦場へと戻していく。
回復部隊は、敵にも狙われやすい。
けれど、王国騎士たちは1歩も引かなかった。
そして、そんな王国騎士団を守るのは、銀の鎧も美しい神殿騎士団50人だった。
アーゼさんの指揮の元、彼らが杖を手にして一斉に呪文を唱えれば、上空に巨大な魔法陣が生まれて、そこから光の柱が落ちて『黒大猿』たちを焼き払っていた。
「集団魔法だわ!」
ソルティスが目を輝かせた。
それは神殿騎士団が得意とする、複数人数で発動する強力な魔法なのだそうだ。
その魔法の威力に、トルーガ戦士たちも驚いた顔をしている。
そして更に上空からは、竜騎士レイドルさん率いる『シュムリア竜騎隊』の竜が4騎、戦場で『黒大猿』たちが集まっている場所めがけて、凄まじい火炎を放射していた。
これにより、『黒大猿』たちは目前の『トルーガ戦士』のみに集中できない。
更には、トルーガ木造船からの砲撃も継続中だ。
(いい流れ!)
時間の経過に連れて、戦局がこちら側に傾いているのは、僕でもわかった。
「ふむ」
女帝アメルダス陛下も、どこか余裕を持って、木造船の高みから戦場を眺めている。
その時だ。
『――伏兵だ!』
そんなトルーガ語の叫びが、僕らのすぐ近くで響いた。
◇◇◇◇◇◇◇
(えっ!?)
驚いた僕は、すぐに船縁へと走った。
そこから、地上を見る。
「!」
そこには、トルーガの木造船と木造船の間に集まる100体ほどの『黒大猿』がいたんだ。
(なんで!?)
ここは、トルーガ女帝のいる場所。
即ち、多くの護衛の戦士に守られた、戦場では最も安全な場所の1つだ。
そこに、これだけの『黒大猿』がいるなんて、ありえないことだった。
周囲のトルーガ戦士たちも、驚いている。
そして視線を巡らせた僕は、その『黒大猿』たちが、地面に空いた大きな穴から次々に姿を現しているのを目撃した。
(あ)
そうか、地面の下を通ってきたのか!
地上での戦いを行っている間に、一部の『黒大猿』たちは地面の下に穴を掘り、トルーガ帝国の本丸である『女帝の船』を落としに奇襲をかけてきたんだ。
なんて知能だ。
驚いている間にも、『銀大猿』を先頭にした群れは、こちらへと迫ってきた。
ガシュッ ザシュッ
当然、周囲のトルーガ戦士たちは、一斉に『黒大猿』たちを攻撃する。
あっという間に、群れの数は減っていく。
けれど、5体ほどが船の外壁に取りつき、一気に壁を登ってきた。
(速い!)
その速さに驚きつつ、僕は後方に下がりながら、鞘から『妖精の剣』を抜き放った。
5体が船上へと到達する。
「ほう?」
シュラン
女帝アメルダス陛下は、腰に差していた曲剣を抜いた。
そこから感じるのは、確かな戦士としての雰囲気――トルーガの女帝陛下は、自身も戦える戦士のようだ。
そして、5体が飛びかかってくる。
陛下の護衛である20人ほどのトルーガ戦士たちが、それを食い止めようと立ち塞がった。
ガシュッ ザキュン
4体が殺される。
けれど残された1体、『銀大猿』だけが防壁をすり抜けた。
その先には、女帝アメルダスの御姿のみ。
(まずい!)
剣を構えようとした女帝アメルダス陛下の前で、『銀大猿』は予想外にも急停止をする。そして、その口を大きく開放した。
陛下の表情が強張る。
「しま――」
膨らむ魔物の喉に、アメルダス陛下は自身の死を予感したのかもしれない。
(そうはさせるか!)
「ポーちゃん!」
「承知」
そんな陛下の前へと、子供の僕ら2人は、飛び出した。
「!?」
驚いたような陛下の顔。
次の瞬間、『銀大猿』の口から紫色の火炎が噴き出して、
「ポォオオオオ!」
同時に、金髪幼女の雄叫びが、船上へと響き渡った。
ボバァアン
その『神龍の雄叫び』は、円形の障壁となって紫色の火炎を防ぎ、周囲へと弾き返した。
『ギョア!?』
『銀大猿』の人面に、驚愕が浮かぶ。
(今だ!)
その隙を見逃さず、僕は、超低空の姿勢で一気に間合いを詰める。
ヒュコン
その両足を切断。
そのまま反転して、落ちてきた『銀大猿』の首を一閃で斬り飛ばした。
ヒュパン
魔物の頭部が飛び、船の床に落ちて、転がる。
(よし!)
残心を忘れず、『銀大猿』の絶命を確認してから、僕は大きく息を吐いた。
それから、血に濡れた剣を背中に隠しながら、女帝陛下を振り返る。
「ご無事ですか?」
放心していたアメルダス陛下は、その声で我に返った。
「あ、うむ」
目を丸くして僕を見つめたまま、頷かれる。
よかった。
万が一があったら、トルーガ帝国にとっても、僕らシュムリア人にとっても、大変なことだった。
安心したら、笑顔がこぼれた。
「…………」
そんな僕の顔を、女帝アメルダス陛下は見つめた。
周囲では、トルーガ戦士たちが『銀大猿』の死体を確認しつつ、それを倒した小さな異国の子供を驚きと共に見つめていた。
「そうか」
アメルダス陛下は頷いた。
「確か、お前はマールと言ったな。小さな戦士よ。よくぞ、わたくしを守ってくれた。礼を言うぞ」
「ははっ」
僕は跪いて、頭を下げておく。
ポーちゃんも、僕の隣で、同じようにしてくれていた。
そんな僕らに、アメルダス陛下は微笑んだ。
そして、周囲を振り返り、高らかに声を張り上げる。
「奴らの姑息な策略は、シュムリアの小さな戦士が打ち砕いた! さぁ、『トルーガの戦士』たちよ! 次はわたくしたちの番だ! このまま奴らを蹂躙し、勝利の栄光をわたくしのこの手に捧げるが良い!」
美しくも、気高い激励の声。
それにトルーガの戦士たちは、各々の武器を高く掲げた。
『オォオオオオ!』
津波のように広がる雄叫び。
(おぉ……凄い)
その戦意向上の効果は、見ていて驚くほどだ。
目を見開く僕に、アメルダス陛下は笑った。
そうして戦いは続き、『黒大猿』たちが半数の5万体を失い劣勢となった時、奴らは一気に『デメルタス山脈』の方向へと退却していった。
僕らとトルーガ軍の勝利だ。
夕暮れとなった戦場で、『トルーガ戦士』たちの勝利の雄叫びが、荒野の空に高々と響き渡った。
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