番外編・転生マールの冒険記29
番外編・転生マールの冒険記29になります。
よろしくお願いします。
歓迎の宴から3日後、僕ら『第5次開拓団』は、トルーガ戦士10万人と共に帝都レダから出陣することになった。
(たったの3日だよ?)
これほど短期間で準備ができた事実に、僕は驚いた。
実は、これには理由がある。
帝都レダに在籍する15万のトルーガ軍の内、その10万は、なんと元々、大陸北部に向けて出陣する予定だったのだ。
大陸北部に生息する『黒大猿』は、7年ごとに大繁殖を起こす。
それにより南下してくる『黒大猿』たちを押し返し、帝国民を守るため、トルーガ帝国政府は、その当たり年に大陸北部へ軍の派遣を行っていたんだって。
今年も5000人が6部隊、計3万人のトルーガ戦士が大陸北部に派遣されていた。
ところが、今年は例年以上の異常な大繁殖が起きていた。
「恐らく、例年の3~5倍の数だ」
とは、実際に戦ったパルドワンさんの言葉。
そして、その報告は、伝令兵によって『帝都レダ』にも届けられ、女帝アメルダス陛下の指示のもと、更なる追加兵7万人が編成された。
それが、ちょうど僕ら『第5次開拓団』と『英雄パルドワン』の率いる5000人の軍勢が出会った頃だったんだそうだ。
3万人の戦士は、一旦、帝都レダに帰還。
そうして、僕ら400人も加えて、改めて、10万人の軍勢として出陣することになったんだ。
(ちょうど、いいタイミングだったんだね)
僕らは運が良かった。
だって、トルーガ軍の出陣する直前のタイミングで合流できたんだから。
そして本来は、『黒大猿』を大陸北部まで押し返すだけの北伐は、『世界の危機』だという僕らの言葉を信じてくれた女帝アメルダス陛下のおかげで、『黒大猿』の本拠地ともいえる『デメルタス山脈』までの侵攻となった。
ガラガラガラ
石畳に車輪の音を響かせながら、水陸両用のトルーガの木造船1500台が、僕ら『第5次開拓団』400人とトルーガ戦士10万人を乗せて『帝都レダ』を出発する。
『ワァアアアア!』
出陣を見送る帝都民の歓声が聞こえる。
来る時は、狭い船倉に閉じ込められていたけれど、『強さ』が認められ協力関係となった今、僕らは普通の船室を与えられていた。
(凄いなぁ)
窓から見える帝都の国民たちは、皆、トルーガ軍の勝利を疑っていないようで、笑顔で手を振り、鳴り物を鳴らして僕らの出陣を応援してくれていた。
「アゥララララァ!」
英雄パルドワンが船首で咆哮し、手にした新しい戦斧を振り上げれば、国民の歓声は益々大きくなった。
まさに『英雄』の姿だ。
(格好いい……)
太陽の光に輝く、鍛え上げられた戦士の肉体は、僕にはとても眩しく映る。
こうして僕らは『神霊石』を手に入れるため、『帝都レダ』を出発し、大陸北部を支配する『黒大猿』たちの生息域『デメルタス山脈』へと向かったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
出陣してから7日が過ぎた。
1500台の木造船は、ここまで順調に北上を続けている。
現在は、見晴らしの良い草原地帯だ。
風を切って進む船の甲板には、僕、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの5人と通訳のトルキアがいて、そこからの景色を眺めている。
他には、トルーガ人の戦士たちが20人ほど。
そして、もう1人、
「良い風だな」
そう呟いたのは、艶やかな民族衣装に身を包んだ、美しい女性だった。
編み込まれた白い髪が、風になびいている。
その暴れる髪を手で押さえながら、青いアイシャドーに包まれた赤い瞳を細めているのは、誰あろう、あのアメルダス陛下だ。
そう、トルーガ帝国を支配する女帝陛下は、なんと、今回の北伐に自らも参加していらっしゃるのだ。
これには、僕らもびっくりだ。
でも、女帝陛下、曰く、
「これは『世界の危機』に関わる戦いなのだろう? ならば、偉大なる『トルーガ』の皇帝が参戦しないなど、あり得ぬことだ」
とのこと。
(さすが『強さ』を誇りとするトルーガ人だ)
その頂点に立つ人物だからこそ、大事な戦いには、自ら赴く義務があるんだね。
そういえば、前に、アルン神皇国でもコキュード地区での戦いに、アザナッド皇帝陛下も自ら参戦してたのを思い出した。
どちらの大国も、その考え方は同じなのかもしれないね。
ゴトゴトゴト
木造船団は、草原を進んでいく。
女帝アメルダス陛下のいる木造船は、他と比べて約60メードと倍ほどの大きさがあった。
その船室の1つに、僕らは呼び出される。
そこで僕らは、女帝陛下から、『黒大猿』に関する情報を教えられた。
「現在、デメルタス山脈を中心に生息する『黒大猿』の総数は、およそ30万体だ」
30万体……。
それは、僕らの3倍の数だ。
(……凄い数だね)
また、そんな『黒大猿』たちの特徴についても教えられる。
それは体毛の色だ。
群れという組織をなす『黒大猿』たちは、その体毛の色によって役割が違うらしいんだ。
例えば、黒。
それは一般的な体毛の色で、最も数が多く、『兵』の役割の個体だという。
そして、銀。
これは『兵』を率いる個体、『将』の役割の個体だ。
(そういえば、僕らの戦った1000体の群れを率いていたのも、銀色の体毛をした『銀大猿』だったよね?)
知能も高く、体格も大きかった。
そして、そんな『将』の『銀大猿』たちを率いる存在、すなわち、30万体の頂点にいる『王』の役割の個体もいる。
「それが『猿王ムジャルナ』だ」
そのアメルダス陛下の声には、畏敬があった。
体格は7メードほどと巨大で、その体毛は、頭頂部から背中にかけて紫色なのだという。
特に、その知能は脅威的だ。
地形を利用し、伏兵を配する、まさに人間みたいな戦い方をする。
これまで『トルーガ帝国』は、『黒大猿』を絶滅させるために何度か大陸北部へと侵攻したけれど、それを、ことごとく跳ね返したのが『猿王ムジャルナ』なのだそうだ。
魔狩人として魔物をよく知るキルトさん、イルティミナさんも険しい顔だ。
知恵が回る。
そういう魔物は、特に討伐するのも難しいのだそうだ。
むしろ、闘争本能のままに襲いかかってくる魔物の方が、討伐するのは楽なんだって。
(相当、手強い相手みたいだね……)
2人の表情から、それを感じる。
「デメルタス山脈には、必ず『猿王』がいる。お前たちも、遭遇したならば気をつけろ」
アメルダス陛下も、そう警告する。
僕らは、大きく頷いた。
それにしても、この強大な『トルーガ帝国』に対して、唯一、自分たちの領土を確保しているのが『黒大猿』だけというのは、なんだか皮肉だった。
「……凄い魔物だね」
思わず、呟く。
アルバック大陸にだって、こんな強力な魔物はいなかった。
すると、その声が聞こえてしまったのか、女帝アメルダス陛下が僕を見て、
「あれは、『黒血』を受けた、小さな猿の果てなのだ」
と言った。
(え……?)
女帝陛下の話によれば、『黒大猿』は、400年前の『黒死の大地』の時に、『黒の巨人』の血を与えられた『猿の魔物』なのだそうだ。
それはつまり、
(……悪魔の子孫!?)
その事実に、僕らは唖然だ。
悪魔の子孫である人間が『魔血の民』や『神民』ならば、悪魔の子孫である魔物が『黒大猿』ということだ。
アメルダス陛下は笑った。
「『黒死の大地』以後、滅びかけた『トルーガ』を支えたのは『神民』の存在だった」
彼らが人々を魔物から守ったからこそ、帝国は復活できたのだ。
けれど、
「今、そんなわたくしたちを最も脅かすのは、同じ『黒血』を与えられた『黒大猿』なのだ」
その声には、強い怒気と闘志が宿っていた。
(なんて因縁だ……)
魔血を継ぐ2つの種族が、大地の覇権をかけて争っている――これが暗黒大陸の実情だ。
女帝アメルダス陛下は、その赤い瞳を細めて、
「『輝きの石』を求めるこの戦いが、全ての決着となることを、わたくしは願っている」
天井を見ながら、そう言った。
◇◇◇◇◇◇◇
それからも、トルーガ軍の北進は続いた。
途中で、生息域から追い出された『黒大猿』の群れ、500~2000体ぐらいの群れを発見することもあった。
けれど、
「撃て」
アメルダス陛下の言葉によって、1500台の木造船に装備された槍のような『魔法の大砲』が放たれ、群れを全滅させていた。
僕らが、船を降りることもなかった。
やがて、そういう生息域から追い出された『黒大猿』の群れに遭遇することもなくなった。
アメルダス陛下は、
「『猿王』がわたくしたちの動きに気づき、デメルタス山脈付近に群れを集めているのだろう」
と言っていた。
(そんなに頭がいいの?)
それはつまり、『黒大猿』には、斥候や情報収集の概念があるということだ。
イルティミナさんは言った。
「まるで、人と人の戦いですね」
うん……。
それから7日が経過して、僕らは、乾燥した大地の荒野へと辿り着いていた。
遠方には森が見え、その向こうには、青く霞んでそびえる『デメルタス山脈』の威容があった。
そして、その森の手前。
そこに、黒い魔物の大群が集まり、地平の果てまで広がっていた。
(…………)
その異常な数に、息を呑んだ。
推定10万体。
それだけの『黒大猿』が僕らの眼前に待ち構えていたんだ。
女帝アメルダス陛下は、
「まずは10万か。ふん、『猿王』め、初戦は様子見といったところか?」
美しい口元を笑みに歪めた。
ドォン ドォン
銅鑼が鳴る。
それに合わせて、10万人の『トルーガ戦士』たちが木造船から降りていく。
全員が、これから始まる戦いに高揚し、獰猛な笑みを浮かべていた。
10万体の『黒大猿』と10万人の『トルーガ戦士』が、荒野の戦場で遠く睨み合う。
その闘気。
その殺意。
ぶつかり合う意思と感情が、大地の上に集束していく。
そして、
『ホギュアアア!』
集まっていた『黒大猿』たちが吠えた。
10万体の群れが砂煙をあげて、地響きを立てながら、こちらへと駆けてくる。
凄まじい迫力。
それに負けじと、先頭に立つ『英雄パルドワン』が戦斧を振り上げた。
応じて、
『アゥラララァアア!』
10万人の『トルーガ戦士』たちも雄叫びをあげ、前方へと走りだした。
(正面からぶつかり合う気だ!)
巨大な魔物との真っ向勝負を、誇り高い戦士たちは選んだのだ。
溢れる熱気が渦を巻き、天へと昇っていく。
暗黒大陸の北部において、20万にも及ぶ人と魔物の戦いが、こうして今、僕らの眼前で始まろうとしていた。
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