番外編・転生マールの冒険記28
番外編・転生マールの冒険記28になります。
よろしくお願いします。
その夜、3つの試練で『強さ』を証明した僕ら『第5次開拓団』は、トルーガ帝国から歓待を受けることになった。
「うわぁ、凄いや」
そこは、1000人ほどが集まれるホールだった。
美しい花々や綺麗な調度品が飾られて、豪華絢爛。
並べられたテーブルには、見目楽しく豪華な料理が陳列し、床には、見事な刺繍が施された織物が幾重にも敷かれて、集まった人たちは、そこに直に腰を下ろして、料理やお酒を楽しんでいる。
ホールの奥では、楽団が生演奏を施し、雰囲気はとても華やかだ。
「うはっ、美味しそう~♪」
ソルティスが、早速、近くの料理に手を伸ばした。
ハグッ モグモグ
「ん~♪」
その恍惚とした表情だけで、味がわかるよ、うん。
(じゃあ、僕もいただきま~す)
僕も、料理を口に運んだ。
(ん……ちょっと辛い。でも、美味しい!)
トルーガの料理は、結構、香辛料を利かせているみたいだ。
1口目はびっくりするけど、それは癖になる辛さで、すぐに2口目が欲しくなる。あと、香りも凄く良いんだ。
僕とソルティスの間では、金髪幼女のポーちゃんも料理を食べている。
モキュモキュ ゴクゴク モキュモキュ
小さく千切って食べ、からかったのか、お水を飲んで、また千切って食べている。
……小動物みたいで、なんか可愛い。
トルキアも、
「コンナ立派ナ料理ハ、初メテダヨ!」
と嬉しそうに、自国の皇城で出される食事を堪能していた。
そうして楽しく食事をしながら視線を巡らせれば、周囲では、トルーガ貴族の人たちが気さくに僕らシュムリア人に話しかけ、笑いかけていた。
…………。
『強さ』が国是。
だからかな、『強さ』を証明した僕らに、彼らは心を開いてくれている感じがした。
言葉も通じないのに、どんどん懐に入ってくる。
(なんだか、アットホームだ)
それには、むしろシュムリア人である僕らの方が戸惑っていたりして、でも、僕自身は、この温かな雰囲気が凄く好きだった。
「あ」
その時、遠くにイルティミナさんを見つけた。
彼女はロベルト将軍たちのそばにいて、通訳として、トルーガ貴族との間に立っていた。
通訳なんて、国際的で格好いいよね。
でも、おかげで一緒にいられないんだ。
(それが、ちょっと寂しい……)
そんなことを思っていたその時、ふとこちらを見た彼女と視線が合った。
ニコッ
(あ、笑ってくれた!)
単純な僕は、それだけで嬉しくなって、笑顔になってしまう。
それから、また視線を巡らせれば、今度は別の場所で、女帝アメルダス陛下と話しているキルトさんを見つけた。
聞き耳を立てる。
「お前が女であることが惜しいな」
と陛下。
「もし、お前が男であるならば、その『子種』をトルーガの女たちに与え、『英雄の子孫』を数多く残していってもらいたかった」
残念そうな声は、その発言が本気なのだと伝えてくる。
(うはぁ……)
『トルーガ帝国』の『強さ』に対する渇望は、本当に凄いね。
ふと気づいたら、ホールにいるトルーガ貴族の大半の視線が、自国の『英雄』を負かしたキルトさんに向けられていたんだ。
(さすが、キルトさん)
その『強さ』はトルーガの人々の心を、すっかり魅了していたみたいだよ。
とはいえ、さすがのキルトさんも、さっきのアメルダス陛下のお言葉には「そうですか」と困ったように苦笑をこぼすしかなかったみたいだけれどね。
そんな風に、宴は続いていく。
シュムリアとトルーガ両国の関係は、凄く友好的になったみたいだ。
でも、さすがに子供な僕らに話しかけてくる人はいなくて、僕らは、基本的に料理ばかりを楽しんでいた。
「美味シイネ♪」
「うん」
笑顔のトルキアに、僕も笑う。
そうして僕ら2人は、『次は、あっちの料理を食べようか?』と別のテーブルに向かった――その時だった。
ドンッ
(わっ?)
たまたまタイミングが重なって、同じテーブルに料理を取りに来た男の人とぶつかってしまった。
かなり大柄な人で、小さな僕は弾かれる。
転びそうになったところを、けれど、すぐにその男の人の大きな手が背中を支えてくれて、助けられた。
(危なかった……)
僕は、頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
そして、顔をあげた。
見上げた先にあったその人物の顔に、僕は「あ」と驚いた。
隣のトルキアは、硬直している。
「…………」
僕らの目の前に立っていたのは、あの『トルーガの英雄パルドワン』その人だったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
突然の出会いに、僕は何も言葉が出なかった。
僕の視線に、彼は、少し不思議そうな顔をして、それからテーブルの料理を自分の取り皿に取り始めた。
(…………)
なんか、印象が違う。
戦場や闘技場で見た時は、もっと粗野な印象だった。
だけど、今、目の前にいるパルドワンさんは、長く白い髪を背中で1つにまとめ、着物みたいな民族衣装も身に着けていて、とても落ち着いた雰囲気だった。
身体も、一回り小さく感じる。
もしかしたら、これが普段のパルドワンさんなのかな?
「あの」
思い切って、僕は彼に声をかけた。
ちなみに、通訳はトルキアだ。
「もしよかったら、記念に握手してもらっていいですか?」
「…………」
彼は頷いてくれた。
子供に優しい人のようだ、よかった。
ギュッ
握り合わせたパルドワンさんの手は、ゴツゴツしていて本当に大きかった。
(戦士の手だね)
そして、これが『英雄』の手だ。
と、パルドワンさんは何かに気づいた顔をして、僕のことを見つめてきた。
「?」
困惑する僕に、話しかけてくる。
トルキアが通訳してくれる。
「君は、戦士なのか?」
だって。
僕は「はい」と返事をした。
パルドワンさんは頷いて、
「とてもいい戦士の手だ。このまま精進するといい」
と言ってくれたんだ。
(わぁ、褒められた!)
『トルーガの英雄』に認められて、僕は有頂天になってしまう。
「ありがとうございます。これからも、しっかりキルトさんに鍛えてもらって、もっともっとがんばります!」
その言葉に、彼は反応した。
「キルト……?」
そして、
「君は、あの『シュムリアの英雄』と親しいのか?」
と聞かれたんだ。
「あ、はい」
僕は頷いた。
トルキアに通訳してもらって、ちゃんと伝える。
「僕は、キルトさんの弟子です」
「!」
パルドワンさんは、かなり驚いた様子だった。
やがて、「そうか」と息を吐く。
「確かに、若さに反して、いい手をしていると思った。なるほど、君は次代の『英雄』候補というわけだ」
え?
(次代の『英雄』って……)
いやいや、そんなつもりはないけれど。
僕を見るパルドワンさんの落ち着いた雰囲気は変わらなかったけれど、その瞳には、少しだけ戦士の時の鋭さが宿っていた。
…………。
僕は首をかしげ、それから、せっかくの機会なので聞いてみた。
「あの、少し質問してもいいですか?」
「質問?」
「はい。あの『闘技場』での戦いの時、パルドワンさんは、どうして『肉体強化』の魔法を使わなかったんですか?」
それは、ずっと感じていた疑問だった。
パルドワンさんの全身にも、『狼使いの戦士』と同じような赤い魔法文字が描かれていた。
それはつまり、彼も『肉体強化』の魔法が使えるということ。
そして、あの戦いで、もしその魔法を使われていたら、勝敗の結果は逆転していたかもしれないと思うのだ。
彼は、僕の目を見つめる。
そして、
「俺は使わなかったのではない。あの女に使わせてもらえなかったのだ」
そう答えたんだ。
(使わせてもらえなかった……?)
驚く僕に、彼は教えてくれる。
『肉体強化』の魔法は、実は、発動まで2~3秒かかるのだという。
たったの3秒。
けれど、その時間を、キルトさんは与えてくれなかったのだ。
もしも無理に発動しようとすれば、彼女の大剣は、その生まれた隙を見逃さずに、パルドワンさんを斬り裂いていただろう。
戦いが始まった時点で、すでに発動は不可能になっていたのだ。
ならば、戦いを始める前に発動すれば?
(……そんなこと、誇り高い『トルーガの英雄』ができるわけないよね?)
剣を合わせる前から『肉体強化』をするなんて、しなければ、自分は勝てない『弱者』なのだと周りに喧伝する行為だ。
『英雄』として、ありえない。
パルドワンさんの説明に、僕はようやく納得した。
そして、パルドワンさんは、
「それに、それだけの時間の猶予を与えたならば、恐らくあの『シュムリアの英雄』は、こちらの得る肉体強化以上の『何か』を出してくると感じた。その恐怖もあり、俺は『肉体強化』の魔法を使えなかったのだ」
と言った。
その言葉を聞いて、僕は『何か』の正体に思い当たった。
『鬼神剣・絶斬』
金印の魔狩人キルト・アマンデスの持つ最終奥義だ。
あの技も、数秒の溜めが必要だ。
(つまり、パルドワンさんは、そんな知らない剣技の存在を予感していた……?)
その事実に、僕は驚いた。
まじまじと、目の前に立つ人物を見つめてしまう。
英雄パルドワン。
『トルーガ帝国』最強の戦士だという称号は、紛れもなく、今、目の前に立っている人物に相応しいのだと理解した。
僕は言った。
「パルドワンさんは、本当に凄い人です」
心の底からそう思った。
それが伝わったのか、彼は、少しだけ瞳を細めた。
「そうか」
ポムッ
僕の頭に、大きな手を乗せる。
それから、彼は視線を巡らせ、自国の女帝陛下と話している銀髪の女を見た。
「お前は、良い師を得たな」
「はい」
僕は、大きく頷いた。
パルドワンさんは笑みをこぼし、そして、僕らの下から去っていった。
その背を見送る。
本当に大きな背中だ。
「フゥゥ」
通訳をしてくれていたトルキアが、緊張していたのか、大きく息を吐いた。
「マール、凄イネ。ヨク普通ニ、喋レルヨ」
「そう?」
もしかしたら、これまで色々な偉い人と会って来たからかもしれない。
でも一番は、パルドワンさんの人柄だと思えた。
僕の頭に触れたのは、大きな手だった。
そして、とても温かかった。
(英雄……かぁ)
その存在に触れて、僕は思った。
「いつか僕も、キルトさんやパルドワンさんに負けない人になる」
剣の腕だけではなく。
あの2人のように、本当の『強さ』を得たいと思った。
(そのためにも、もっとがんばらないと!)
煌びやかな宴の席で、そんなことを決意する僕の横顔を、トルキアのエメラルドみたいな瞳は、驚いたように見つめていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。




