番外編・転生マールの冒険記27
番外編・転生マールの冒険記27になります。
よろしくお願いします。
「キルトさん!」
観客席に戻ってきたキルトさんへと、僕は駆け寄った。
そんな僕より足の速いソルティスが、「キルトォ!」と、先にその腹部にタックルする。
「おふっ」
思った以上の強い衝撃に、キルトさんは変な声を漏らす。
ソルティスは涙交じりの声で、
「無事でよかったよぉ」
と言う。
その姿に、キルトさんは微笑み、少女の髪をワシャワシャと撫でてやる。
それを見て、みんなも笑った。
僕も、
「勝ったね、キルトさん」
そう笑いかけた。
キルトさんは、僕を見た。
それから、少し困ったような顔で、
「結果はの。しかし、実力は互角じゃった。勝ちを拾えたのは、単に武器の差ゆえじゃ」
と言った。
どうやら、キルトさん自身は、今回の勝利に納得してないみたいだった。
確かに、キルトさんの武器がタナトス魔法武具でなかったら、あの英雄パルドワンさんには勝てていなかったかもしれない。
(でも……)
それでも、キルトさんが負けてなかった可能性もあるんだ。
それに、あれは全力の勝負だった。
仮に武器の差をなくすため、キルトさんが『雷の大剣』を使わなかったとしても、きっと他の使い慣れない武器では、彼女も全力を出せなかったはずだ。
(それは、パルドワンさんにも失礼だよ)
だから僕は、今回はキルトさんの勝ちで間違いないと思うのだ。
そう伝えると、みんなも頷いた。
それでも、キルトさんはまだ複雑そうな様子だったけどね。
「それにしてもさ」
レイドルさんが、そんなキルトさんを見て、
「キルトは、また強くなっていたね。正直、あれほどの戦士と互角に戦えるとは思ってなかったよ」
と言った。
ロベルト将軍も頷いた。
「いつの間にか、また腕をあげたな」
「ふむ」
キルトさんは、その賞賛に少し考え込む。
それから、僕を見た。
「それは、マールのおかげかもしれぬな」
「え?」
僕?
キョトンとする僕に、キルトさんは頷いた。
「マールと旅をする中で、わらわも多くの強敵と戦った。その経験が、わらわを鍛えてくれたのであろう」
その手が、僕の髪を撫でる。
クシャ クシャ
「もしもマールに出会わず、暗黒大陸に来ていたならば、わらわはここで殺されていたかもしれぬ」
なんて言ったんだ。
(そうかなぁ?)
僕は、心の中で首をかしげた。
「それでも、キルトさんなら、きっと何とかしちゃう気がするけどな、僕は」
そう正直に言った。
それを聞いて、ロベルト将軍、レイドルさん、アーゼさんは顔を見合わせる。
「なるほどな」
「こんな目を常に向けられていたら、強くならないわけにはいかないよね」
「さすが、神狗様です」
3人は頷き合う。
キルトさんは苦笑する。
意味がわからず、僕は困惑してしまう。
「つまり、マールとの出会いは、キルトにとっても良縁だったということですよ」
イルティミナさんはそう微笑んだ。
アミューケルさんは「マール殿らしいっす」と呟き、ソルティスは肩を竦め、ポーちゃんは『うんうん』と頷いている。
トルキアは、自分たちの『英雄』が負けてしまったけれど、一緒にいたキルトさんの凄さを知り、改めて尊敬の眼差しを送っていた。
そんな風にしていると、
「見事であった」
僕らの頭上から、美しい声が降ってきた。
(あ)
見上げた先の貴賓席には、『トルーガ帝国』を統べる美しい女帝陛下がいらっしゃる。
その瞳は、キルトさんを見つめた。
そして、
「見事な勝利であったぞ、『シュムリアの英雄』よ」
真っ直ぐな賞賛の言葉を送る。
そこに他意はない。
その潔く自分たちの敗北を認める度量の深さに、僕は感服してしまった。
女帝アメルダス陛下は言う。
「『シュムリアの英雄』は、英雄に相応しい武器を持っていた。しかし、『トルーガの英雄』は、英雄に相応しい武器を得ていなかった。これは、わたくしの落ち度。そして、トルーガの敗北だ」
「…………」
「誇るが良い、シュムリアの戦士たちよ! お前たちは『強き勝者』だ!」
パン パン
その白い手が、打ち鳴らされる。
同時に、集まった10万人のトルーガ戦士たちも、歓声と共に拍手をした。
その表情に敵意はない。
あるのはただ、純粋は敬意のみだ。
(……認められたんだ、トルーガの人たちに)
その事実を噛み締める。
『闘技場』に割れんばかりの歓声が満ちる中、女帝アメルダス陛下は僕らを見つめ、
「お前たちは『3つの試練』を突破し、その『強さ』を証明した。ならば、わたくしも約定を果たし、お前たちの求める『神霊石』とやらについての情報を教えよう」
そう告げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それから僕ら10人は、巨大な三角形をしたトルーガ皇城の最上部付近に案内された。
そこは、眺めの良い展望室だった。
(うわぁ……)
四方の壁は透明度の高いガラス張りで、そこから帝都レダの全景や、その向こうに広がる肥沃なトルーガの大地が見渡せた。
広がる草原。
大きな河。
鬱蒼と茂った森林。
青い空には見たことのない真っ赤な鳥たちが、たくさんの群れとなって飛んでいく。
そして眼下には、たくさんの人が集まり、栄える帝都レダの輝きがある。
…………。
これが、『暗黒大陸』と呼ばれた世界の正体だ。
(なんて雄大で、綺麗なんだろう……)
生命力に満ちた景色に、僕は、なんだか泣きたくなってしまった。
他の9人も、ここからの眺めに魅入っている。
この地を治める女帝アメルダス陛下は、そんな僕らの様子に満足そうだった。
(ん……?)
その時、僕は、ここから北の地平の果てにある、大きな山脈に気づいた。
あれは、
「デメルタス山脈だ」
(わっ?)
目を凝らしている僕の隣に、いつの間にか、女帝アメルダス陛下が立っていた。
青いアイシャドーに包まれた赤い瞳が、大地の果ての山脈を見つめる。
そして、
「お前たちの求める『神霊石』とやらは、恐らく、あの山にあるだろう」
と言った。
(!?)
唐突な衝撃発言に、僕ら10人は驚いてしまった。
「本当ですか!?」
思わず、僕は聞き返す。
それが不敬だということは、言ってから気づいた。
慌ててしまったけれど、寛大な女帝陛下は、子供な僕の発言を気にされた様子もなく、展望室に用意された玉座に、ゆっくりと腰を下ろす。
「かつて、この地では『黒死の大地』と呼ばれる災厄が起きた」
…………。
知っている。
それは、神魔戦争の悪魔が、このトルーガの大地に飛来して、破壊と死を振り撒いたという出来事だ。
女帝アメルダス陛下は語る。
「その災厄を起こした『黒の巨人』は、『白の巨人』に倒された。その『白の巨人』は、その手に『輝きの石』を持っていたという。そして、『白の巨人』がその身を賭して『黒の巨人』を倒したのが、あのデメルタス山脈だ」
(『輝きの石』……?)
ドクン
その言葉を聞いた時、なぜか僕の鼓動が強くなった。
「お前たちの求める『神霊石』と『輝きの石』が同一の存在かはわからぬ。だが、わたくしに思い当たるものは、それだけだ」
そう告げて、女帝アメルダス陛下は息を吐く。
…………。
確かに、その『輝きの石』が『神霊石』だという保証はないかもしれない。
(でも、不思議と気になるね)
その理由を聞かれると、返答に困ってしまうけれど、その感覚は僕の中から消えなかった。
考え込んでいると、
「……ん?」
なぜか、トルキア以外の他の8人が、僕を見ていた。
(え? 何?)
大の大人たちが1人の子供を見つめる光景に、女帝アメルダス陛下も、怪訝そうな顔をしている。
そして、イルティミナさんが口を開いた。
「マールは、今の話を聞いて、どう思いましたか?」
「え?」
それは、
「その『輝きの石』が『神霊石』かはわからないけど、なんだか凄く気にはなったよ」
と、正直に答えた。
「そうですか」
イルティミナさんは頷いた。
そして彼女は、キルトさんを見る。
キルトさんも頷いて、
「マールの直感がそう感じるのであれば、可能性は高いかもしれぬの」
と言った。
それに、他のみんなも頷いている。
(え? ちょっと待って?)
僕は慌てた。
でも、イルティミナさんは優しく微笑んで、
「別に間違いであっても構いません。ただ他に確かめる方法はないですし、ならば、私たちはマールの勘を信じたいのですよ」
そう言って、僕の頭を撫でた。
…………。
(いいの?)
僕は戸惑ってしまうけど、僕を見るみんなの瞳には、深い信頼があった。
ソルティスは、
「外したら、責任重大ね~」
なんて、からかうように言う。
それに、みんなは、なぜか楽しそうに笑った。
その笑顔と、自分に向けられる温かな信頼が嬉しくて、つられて、僕も困ったように笑ってしまった。
そんな僕らの様子を、女帝アメルダス陛下は不思議そうに見つめる。
「…………」
それから僕のことを興味深そうに眺め、その瞳を細めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「貴重な情報をありがとうございました、アメルダス陛下」
ロベルト将軍を筆頭に、僕ら10人は頭を下げる。
女帝陛下は、そんな僕らを見回して、
「行くのか?」
と問いかけた。
僕らは「はい」と強く頷いた。
本当に『神霊石』かはわからないけれど、その可能性があるなら、やっぱり確かめるべきだと思ったんだ。
決意を固めた僕らに、女帝陛下は沈黙する。
椅子の背もたれに体重を預け、遠くの景色を見つめながら、
「デメルタス山脈は、『黒大猿』たちの巣窟だ」
と言った。
「今年は、7年に1度の大繁殖期でもある。その上、なぜか例年の数倍の規模の大繁殖が起きているようだ。その数は、数十万体を超える。辿り着くことさえも、容易くはないぞ」
それは、僕らを心配しての言葉だろうか?
でも、例え危険であったとしても、僕らは行かなければならない。
その意思と覚悟が、女帝陛下にも伝ったみたいだ。
彼女は、吐息をこぼして、
「世界の危機……か」
と呟いた。
僕らは頷いた。
命を惜しんで、ここで足踏みしていても、『闇の子』は待ってくれない。その間に、奴は世界を滅ぼす力を手に入れ、それを実行するだろう。
(そんなこと、させない)
そのためには、どうしても行く必要があるんだ。
女帝アメルダス陛下は、考え込んでいた。
そして、
「世界の危機に際して、お前たちはこの地を訪れ、その目的を阻むように、デメルタス山脈では『黒大猿』たちの異常な大繁殖期が起きた」
「…………」
「なるほど、これが因果というものか」
彼女は、そう静かに言った。
それから、僕らに向けられた瞳には、何かを決断した光があった。
「よかろう」
「…………」
「『黒大猿』の大繁殖に対して、人民を守るため、わたくしは10万の『トルーガ戦士団』を北伐に送り込むつもりであった。そこにお前たちを加える」
(えっ!?)
驚く僕らに、彼女は笑った。
「あの黒き獣には、わたくしも嫌気が差していた。デメルタス山脈まで進攻し、奴らを根絶やしにする。その時に、お前たちはその『神霊石』とやらを探すが良いだろう」
思いがけない言葉だった。
それはつまり、僕らの『神霊石探し』に協力してくれるということ。
(あぁ……)
絶望的だった状況に光が差した。
たった400人で、数十万の『黒大猿』に立ち向かわなければならなかったところを、10万人のトルーガ戦士の援軍を得てしまったのだ。
こんなことがあるなんて……。
「ありがとうございます、アメルダス陛下!」
僕は感激して、感謝の言葉を口にする。
そして、全員で、深く頭を下げた。
そんな僕らを見下ろして、偉大なる『トルーガ帝国』の女帝アメルダスは、優雅な笑みで応じ、力強く頷いたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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