番外編・転生マールの冒険記26
番外編・転生マールの冒険記26になります。
よろしくお願いします。
「……キルト、大丈夫よね?」
キルトさんの背中を見送ったソルティスは、不安そうに呟いた。
僕は、答えられない。
代わりに、竜騎士レイドルさんが言った。
「わからない。キルトは強いけれど、あそこにいる『トルーガの英雄』も相当だ。正直、立っているだけで、これほどの圧力を感じるのは初めてだよ」
その表情には、余裕がない。
神殿騎士団長のアーゼさんも、重苦しい雰囲気で頷いた。
同じ強者だからこそ感じる、『トルーガの英雄』の強さなんだろう。
(キルトさん……)
僕にとって、キルトさんは憧れの人だ。
誰よりも強くて、その強さで多くの魔物に立ち向かい、長い年月でたくさんの人たちを守ってきた。
彼女は『神狗』である僕より、よっぽど凄い人だ。
そう思っている。
……でも、だからこそわかる。
感じる。
(あの『トルーガの英雄』も、同じだ)
その強さによって、たくさんの『トルーガ』の人々を守ってきた――その積み重ねてきただろう『何か』を感じるんだ。
キルトさんと同じ人。
自らの命を懸けて、人々を守り続けた『英雄』なんだと伝わってくるんだ。
ギュッ
拳を握り締める。
キルトさんとあの『トルーガの英雄』が戦うことが、僕は怖くて仕方なかった。
イルティミナさんが言う。
「信じましょう、私たちのキルト・アマンデスを」
「…………」
僕は頷いた。
ソルティス、ポーちゃん、他のみんなも頷いた。
これから始まる2人の戦いを見届けるために、僕らは『闘技場』を見つめ続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
『闘技場』に立つ英雄パルドワンは、席に座ったままのロベルト将軍を見て、落胆と侮蔑の表情をしていた。
指名を無視されたのだ。
『強者』との戦いを望む彼にとって、シュムリア最強と思しき男の不参戦は、考えられぬ臆病さだったんだろう。
ドォオン
銅鑼の音が鳴り、入り口の鉄格子が開く。
そこから入ってきたのは、子供のように小柄な銀髪の女だった。
「…………」
それに、パルドワンの落胆は大きくなる。
観客として集まっていた10万人のトルーガ戦士たちも、自分たちの『英雄』が侮辱されたとばかりに、大きな不満の声をあげた。
罵声。
怒声。
煮詰まった負の意思が、大音量でシュムリア人400人と銀髪の女に向けられる。
けれど、銀髪の女は平然としていた。
「……?」
パルドワンは、そこで初めて違和感を覚えた顔をした。
女の手には、黒い大剣があった。
岩を削ったような刀身の内側で、青い雷が散っている。その大きさは、女の身長よりもあり、相当な重さだと思えた。
銀髪の女は、それを上段に構えた。
「――――」
何気ない動作。
けれど、それに英雄パルドワンの目は奪われた。
その動きは、どこにも無駄がなく、その構えは、どこにも隙のない美しさだった。
ただ構えただけ。
けれど、そのたった1つの動作に、誰もが意識を吸い寄せられてしまった。
10万人のトルーガ戦士たちも同様だ。
なまじ剣を知っていればこそ、彼女の構えがどれほどの極致の果てにあるのか、わかってしまう。
気がつけば、『闘技場』は静寂に包まれていた。
そして、トルーガの英雄パルドワンも、この銀髪の女が誰よりも自分の相手に相応しかったことを理解した。
「ハハッ」
知らず、彼は笑みをこぼしていた。
そして、手にしていた長大な戦斧を持ち上げ、しっかりと構えた。
空気が凍る。
パルドワンの構えも美しく、誰もが息を呑んだ。
向き合う2人の姿は、まるで1枚の絵画のようであり、静謐に広がっていく『圧』の高まりで、周囲の景色が歪んでいくようだった。
気がつけば、銀髪の女――キルトさんも笑っていた。
「…………」
「…………」
まるで恋人同士のように『トルーガの英雄』と『金印の魔狩人』は笑い合い、次の瞬間、2人は同時に前方へと踏み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
雷鳴のような衝突音が鳴り響いた。
大剣と戦斧の刃がぶつかり合い、激しい火花を散らして、キルトさんと英雄パルドワンは、『闘技場』の中央で鍔迫り合いとなった。
(嘘だ!)
キルトさんの全力の上段振り下ろしの剣。
僕が初めて教わった、その最強の剣技を、『トルーガの英雄』は、あっさり受け止めている。
ありえないと思った。
でも、それは観客である10万人のトルーガ戦士たちも同様だったみたいだ。
『オォ!?』
英雄パルドワンの戦斧を、キルトさんが受け止めたことに驚きの声があがっている。
女帝アメルダス陛下も、
「なんと……っ」
と大きく目を見開いていた。
2人は、互いの目を見つめ合いながら、力比べを行う。
ギッ ギギン
擦れる刃が火花を散らす。
足元の土が抉れ、圧力に負けて、ひび割れを起こす。
それでも、どちらも譲らない。
(互角だ……!)
体格の差を物ともせず、キルトさんは、英雄パルドワンと互角の力を発揮する。
10万の観客も、息を呑んだ。
2人の力は、均衡している。
ならば、次はどうするのか?
思った瞬間、キルトさんの大剣が引かれ、その角度を変えた。
「!」
力のバランスが崩れ、パルドワンの戦斧は大剣の刃に沿って、斜めに滑り落ちる。
ドォン
戦斧が闘技場の地面を叩く。
瞬間、キルトさんの大剣は、凄まじい速さで、英雄パルドワンの戦斧を持つ腕を狙った。
パッ
咄嗟の判断で、パルドワンは戦斧から手を離し、それを回避する。
同時に、片手で戦斧を持ち上げ、キルトさんを横薙ぎに狙った。
「むっ」
振り抜かれた大剣を戻すのは、間に合わない。
ガチィン
そう思った瞬間、キルトさんは大剣の刃ではなく柄をぶつけて、戦斧を叩き落していた。
2人の距離が離れる。
そして、それぞれの武器を再び構え直した。
『オォオオオ!』
10万人の観客が湧いた。
僕も手が震えていた。
(凄い!)
ほんの一瞬の攻防に、けれど、2人の凄まじい技量が感じられた。
イルティミナさんや他のシュムリアのみんなも、戦いから目が離せないでいた。
「…………」
「…………」
『闘技場』の2人は見つめ合う。
そして、まるで磁石で吸い寄せ合うかのように前に出た。
ヒュッ ヒュボッ カッ ガキィン
今度は、速さ比べだ。
2メードはある長尺の戦斧が、超重量の大剣が、まるで短剣を振り回すかのような速さで振り抜かれている。
(はっきり剣が見えない!)
時々、ただの残像としか把握できないんだ。
それほどの速さ。
そして、キルトさんと英雄パルドワンは、それを神速でかわし、あるいは受け、恐ろしいことにその上で攻撃を繰り出していた。
ガチィン
2人の大剣と戦斧がぶつかり、同時に2人は、また距離を取った。
「…………」
「…………」
英雄パルドワンは笑った。
それを受け、キルトさんも笑い返した。
……楽しんでいる。
『トルーガの英雄』と『金印の魔狩人』は、お互いの技量を理解して、この戦いを心の底から楽しんでいるのがわかった。
そして、2人はまた前へ。
これまでの人生で積み重ねてきた技術と経験を、思う存分、ぶつけ合った。
ヒュボッ ガッ シャリン キュオン
キルトさんが押していたかと思えば、カウンター戦技によって、一瞬で英雄パルドワンが押し返し、有利になる。
まるで剣舞だ。
互いに、相手がこれから何をするのか知っていて、その上で舞を舞っているような戦いだ。
(…………)
激しい戦いを見ていて興奮しているのに、不思議と心の中は冷静だ。
なんだろう、この感覚?
まるで神聖な儀式を目撃しているような感覚だ。
人類最高峰の戦い。
歴史上でも有数の戦いを、僕らは目にしている。
その美しい剣の輝きを、記憶と心に焼きつけていく。
僕らは、誰も喋らない。
10万人のトルーガ戦士たちも、黙っている。
ただ2人の戦いの音だけが、『闘技場』の中に響いていた。
――終幕は、唐突だった。
キルトさんと英雄パルドワン、2人の『強さ』には、恐らく、大きな差はなかった。
その精神、技量、経験。
全てにおいて、2人は似通っていて、優劣は生まれなかった。
ただ1点。
英雄パルドワンの使う長尺の戦斧に対して、キルトさんの手にしているのは『雷の大剣』――タナトス魔法武具だった。
古代タナトス魔法王朝の最盛期。
その人類史の絶頂の時代に生まれた最高峰の武具。
…………。
戦いながら、2人は、その差を感じていたのかもしれない。
「…………」
「…………」
キルトさんは、少し悲しそうな顔をしていた。
一方の英雄パルドワンは、『気にするな』という顔で笑っていた。
刃を交えながら、2人の視線が重なる。
互いの全力を出し切ってこその礼儀――だからこそ、キルトさんは、その言葉を口にした。
決着をつける、その言葉を。
「――鬼剣・雷光斬」
バヂッ バヂィイン
その文言によって、『雷の大剣』は内側に秘めていた魔法の青い雷光を解き放った。
そして、ぶつかり合った戦斧を一瞬で破壊する。
放電が、世界を青く染めた。
数秒して、輝きが消える。
皆が見えるようになった『闘技場』では、キルトさんが構えた『雷の大剣』の先で、英雄パルドワンが折れた武器を捨て、両手を広げていた。
降参のポーズだ。
英雄パルドワンは、負けて尚、誇り高く笑っていた。
それを見て、キルトさんは微笑み、その黄金の瞳を静かに伏せて、長く息を吐きだす。
…………。
僕らは、その全てを見届けた。
――こうして僕ら『第5次開拓団』は、金印の魔狩人キルト・アマンデスの勝利によって『3つ目の試練』を突破したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。




