番外編・転生マールの冒険記25
番外編・転生マールの冒険記25になります。
よろしくお願いします。
レイドルさんが観客席に戻り、赤い竜が空の向こう側に消えても、『闘技場』はざわついたままだった。
2戦2敗。
『強さ』を国是とする『トルーガ帝国』の戦士たちにとって、この結果は受け入れがたいものだったみたいだ。
そんな中、
「見事な『強さ』であった」
女帝アメルダス陛下は、落ち着いた声で、僕ら10人にそう語りかけてきた。
彼女は、懐かしそうに赤い瞳を細める。
「30年前の『海渡り人』の戦士も、同じように強かった。2つの試練を乗り越えたのを、幼かったわたくしも覚えている」
30年前も?
(同じ試練を、当時のシュムリアの人たちもやったんだ?)
その事実に、ちょっと驚く。
「確か、その戦士は『金印』と言っていたな」
「!」
それって、当時の『金印の冒険者』!?
女帝陛下は笑った。
「お前たちの『強さ』は、その戦士を彷彿とさせるものだった」
そう称賛する。
その時、『闘技場』の中に、次なる戦士の入場を伝える銅鑼の音が大きく響き渡った。
ドォオン
重い音色と共に、入り口の鉄格子が開く。
「だが、次はそうはいかん」
重なるように、美しい女帝陛下の声がする。
そして、その声に導かれるように、『闘技場』の中へと、1人のトルーガ戦士が姿を現した。
(あ……)
その戦士には見覚えがあった。
筋骨隆々の肉体に、長く伸ばされた白い髪。
年齢は30代ぐらい。
全身に傷があり、その手には、柄の長い2メードほどの巨大な戦斧が握られている。
それは、5000人のトルーガ兵を率いて、700体の『黒大猿』をあっという間に全滅させてしまった男の人だった。
そして、彼の姿を見た瞬間、『闘技場』の空気が変わった。
『オォオオオオオ!』
10万人のトルーガの戦士たちが一斉に吠えたのだ。
ビリリッ
それは今までで一番の歓声だった。
重苦しかった空気は吹き飛び、渦巻くような熱気が『闘技場』の中に満ちていく。
(な、なんだこれ!?)
あまりの変化に、僕は唖然だ。
たった1人の人間の登場が、トルーガ人たちの心を燃え上がらせていた。
「あの者の名は、パルドワン」
女帝陛下が告げる。
「長き我が国の歴史において、代々受け継がれてきた『英雄』の称号を与えられた者、現在のトルーガ帝国の『英雄』だ」
◇◇◇◇◇◇◇
(トルーガの英雄……)
闘技場に立つその姿を、僕らは見つめてしまった。
確かに、只者ではない雰囲気だ。
これまでの試練の相手が『一般兵』、あるいは、それを率いる『隊長』格だとするならば、今、目の前にいる人物は、間違いなく『大将』クラス。
明らかに、格が違った。
(……そういえば)
僕らが森で見つけた遺跡は、『英雄』の霊廟だったんだっけ。
つまり、トルーガ帝国の『英雄』とは、あの古代タナトス魔法王朝との戦争で、タナトス軍さえも打ち破った存在なんだ。
その称号を受け継ぐ現代の『英雄』。
それが今、『闘技場』に立っている戦斧の男――英雄パルドワン、なんだ。
「アノ人ガ……」
トルキアは、初めて目にした自国の『英雄』に感動し、涙さえ浮かべている。
10万人のトルーガ戦士たちも、熱狂し続けている。
…………。
これが、3つ目の試練の相手なんだ。
女帝陛下が告げた。
「30年前の『金印』の戦士も、当時の『英雄』に挑み、そして敗北した」
(!?)
当時の『金印の冒険者』が負けた!?
驚愕の事実に、僕は思わず、女帝アメルダス陛下の顔を見つめてしまう。
彼女は笑う。
「その『金印』の戦士は、死んだ。だが、その戦いぶりに免じて、わたくしたちは『海渡り人』を受け入れることにしたがな」
「…………」
「さて、今度はお前たちの番だ。誰が『3つ目の試練』に挑むか、決めるがいい」
高らかな美しい声。
けれど、それは、まるで死の宣告のようだった。
…………。
僕らは数秒、口を開けなかった。
その時、『闘技場』に立っていたトルーガの英雄パルドワンが、持っていた戦斧こちらへと掲げた。
ガシャン
戦斧の先にいたのは、ロベルト将軍だ。
パルドワンが、獰猛に笑う。
(まさか……ロベルト将軍を指名してるの?)
ここから北部の町の戦いで、『第5次開拓団』を率いて1000体の『黒大猿』を退け、そのボスである『銀大猿』を倒したシュムリアの誇る将軍だ。
話し合いの時、その強者っぷりを認められたのかもしれない。
「…………」
ロベルト将軍は、トルーガの『英雄』の視線を正面から受け止めた。
武人の血が滾ったのか。
その指名に応えて、ロベルト将軍は席から立とうとする。
グッ
その肩を、白い手が押さえた。
驚き、将軍さんは振り返った。
その先にいたのは、
「……キルト・アマンデス」
現在のシュムリア王国が誇る『金印の魔狩人』その人だった。
◇◇◇◇◇◇◇
ロベルト将軍を制したキルトさんは、
「すまぬが、将軍。そなたを行かせるわけにはいかぬ」
静かな声で告げた。
ロベルト将軍は、反発するように視線を険しくする。
「キルト・アマンデス」
怒りのこもった声だ。
けれど、それを諭すようにキルトさんは言う。
「武を尊ぶシュムリア騎士の矜持はわかる。しかし、そなたは『第5次開拓団』の大将じゃ。万が一の事態は、決して許されぬ」
「……む」
その言葉に、ロベルト将軍は表情をしかめた。
己の中にある誇りと使命、その2つの板挟みになったんだ。
「それにの」
キルトさんは、一つだけ間を空けて、
「残念じゃが、将軍の剣の腕を持ってしても、恐らく、あの男には届かぬぞ」
と言った。
ロベルト将軍の表情が強張った。
けれど、キルトさんの黄金の瞳は、真っ直ぐに将軍さんを見つめている。
2人の視線がぶつかる。
やがて、ロベルト将軍は悔しそうに、
「そうか」
と呟いた。
キルトさんは一瞬だけ、申し訳なさそうに瞳を伏せる。
けれど、すぐに『金印の魔狩人』として、鉄のような意思を感じさせる表情で、黄金の瞳を見開いた。
その視線は、トルーガの『英雄』を見る。
「あの男は、わらわが倒す」
はっきりと言った。
そして彼女は、ロベルト将軍に代わって、席を立った。
「キルトさん」
思わず、その名を呼んでしまった。
そんな僕を、彼女は振り返る。
戦士の表情が崩れて、少しだけ優しい顔になったキルトさんは、僕へと手を伸ばして、クシャクシャと頭を撫で回した。
「行ってくる」
穏やかな声。
けれど、すぐにその表情は、『金印の魔狩人』のそれに戻ってしまった。
そのまま、彼女は歩いていく。
もう振り返ることもない。
「…………」
「…………」
「…………」
残された僕らは、キルトさんの勝利を願って、ただのその背中を見送ることしかできなかった。
金印の魔狩人キルト・アマンデス。
シュムリア王国を代表して『3つ目の試練』に挑むのは、彼女に決まった。
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