番外編・転生マールの冒険記24
番外編・転生マールの冒険記24になります。
よろしくお願いします。
「さぁ、始めようか!」
レイドルさんが楽しげな声で言った。
それが合図であったかのように、赤き飛竜が大きく口を開ける。
喉が膨らみ、口内に光が満ちて、
ゴバァアアン
竜の代名詞とも呼べる火炎息が『金属ゴーレム』の巨体へと浴びせかけられた。
(うわっ!)
観客席の僕らまで、熱波が届く。
10万人のトルーガ戦士たちも、炎に赤く照らされている。
ズシン
そして、その炎を浴びながら、けれど『金属ゴーレム』は構うことなく前に進んだ。
ズシン ズシン
その金属の外装は、赤く灼熱している。
でも、まるでダメージを受けた様子はなく、その巨大な手は炎を突き破りながら、空を飛ぶ竜の後ろ足を掴んだ。
ブォン ドゴォン
竜の巨体が振り回され、地面へと叩きつけられる。
なんて力だ!
硬い土が陥没し、蜘蛛の巣状にひびが入っている。
『ガフ……ッ!』
苦悶の声を漏らした竜は、すぐにもう一方の後ろ足で『金属ゴーレム』の手を蹴り飛ばし、拘束を外して立ち上がった。
グルルッ
その顔は怒りに染まり、鋭い牙が剥き出しになっている。
「へぇ」
その足元にいたレイドルさんは、感心したように『金属ゴーレム』を見つめた。
それから、その後ろに控える『ゴーレム使いの男』を見る。
手にした杖の魔法石を輝かせ、ゴーレムを制御する男は、『どうだ?』と言わんばかりにニヤリと笑った。
…………。
僕は、ふと思った。
(竜がゴーレムと戦っている間に、レイドルさんが、あの男の人を倒しちゃ駄目なのかな?)
そうすれば、制御する人もいなくなって、ゴーレムも動けなくなる。
その考えを、キルトさんに聞いてみた。
「駄目じゃ」
キルトさんは、即、そう答えた。
「女帝アメルダスは、わらわたちの『強さ』を見たいのじゃ。つまり、あの『金属ゴーレム』を倒せるか、それが試練なのじゃ。ただ勝つだけでは、意味がない」
そっか。
単なる勝利ではなく、戦う相手も認めさせる勝利が必要なんだ。
(でも、それって意外と難しいよね)
果たして、レイドルさんはどうする気なんだろう?
僕は改めて、シュムリア最強の竜騎士がどう対処するのか、その戦いへと視線を戻した。
◇◇◇◇◇◇◇
『ゴーレム使いの男』が、光る杖を振り上げる。
それに合わせて『金属ゴーレム』が、再び、赤い飛竜めがけて突進していった。
ズシン ズシン
迎え撃つ竜は、大きく咆哮した。
『グォオオン!』
1歩も引くことなく、正面からぶつかり合う。
ドパァアン
硬い金属と分厚い肉の塊が衝突したような音が、闘技場内に響き渡る。
ぶつかり合った瞬間、竜の前足の鋭い爪と、長い首の先にある鋭い牙は、『金属ゴーレム』の胸部と首に襲いかかっていた。
ギギィン
でも、激しい火花が散るだけで、牙も爪も装甲に食い込まない。
逆に、『金属ゴーレム』の拳が繰り出され、
ドゴォオ
竜の腹部にめり込んだ。
『ゴギャ……ッ』
竜の口から、胃液のようなものが噴き出す。
更に『金属ゴーレム』は、両手を握り合わせると、それを大きく振り回して、竜の頭部を弾き飛ばした。
ドガァン
体長10メードもある竜の巨体が、吹き飛ばされる。
地面を転がり、闘技場の壁にぶつかった。
ドゴォン
観客席とを隔てる高さ10メードの壁がひび割れ、一部が崩れた。
それは、僕らのすぐ目の前だ。
ズシン ズシン
『金属ゴーレム』は、倒れている赤い竜めがけて、再び突進していった。
(まずいよ!)
「竜さん、立って!」
焦った僕は、声をかける。
その声が聞こえたのかは、わからない。
けれど、歴戦の猛者である赤い竜は、倒れたまま、その長く太い尾を鞭のように振り回して、迫る『金属ゴーレム』の足をタイミングよく弾いた。
ガギン
出足払いの要領で、バランスを崩したゴーレムの巨体が倒れる。
その隙に、赤い竜は素早く起きあがると、四つん這いになっているゴーレムの足に噛みつき、全身の筋肉を膨れ上がらせる。
グォオン
なんと、巨大な『金属ゴーレム』の超重量を持ち上げ、円を描くように振り回した。
そのまま、反対の壁めがけて、放り投げる。
ゴシャッ ズガガァン
地面を転がり、『闘技場』の対極の壁に激突する。
そちらの壁も崩壊して、その上の観客席にいたトルーガ戦士たちは、少し慌てていた。
フシュウウウ
僕らのすぐ目の前にいる『赤竜』の背中は、とても頼もしく、その口から熱い息が吐き出されている。
メキッ ギギッ ギゴォン
さすがにダメージがあったのか、異音を発しながら、けれど『金属ゴーレム』は立ち上がった。
どっちも凄い。
巨大生物と巨大ゴーレムの戦いは、まさに一進一退だった。
その時、
「そろそろいいかな?」
緊迫した戦いの中でも、どこか飄々とした声をレイドルさんが発した。
彼はいつの間にか、赤い竜の隣に立っていた。
ポン
その手が、巨大な後ろ足に触れる。
途端、赤い竜は、ゆっくりと姿勢を低くして、その頭部をレイドルさんのいる地面スレスレまで落とした。
その頭部には、鞍がある。
レイドルさんは、軽やかな動きで、その鞍の上に登った。
(あ……)
鞍には、レイドルさんの片足を固定する金具がついていて、彼はそのまま、竜の頭部に立った。
シュラン
左腰の鞘から、剣を抜く。
刀身にタナトス文字が刻まれ、白く魔法の光を放っている――魔法武具だ。
主人を頭部に立たせたまま、赤い竜は、その巨体を起こして、改めて『金属ゴーレム』と向き直る。
何気ない動きだ。
けれど、それを見て、僕は思った。
(レイドルさん、凄いな)
片足が固定されているとはいえ、あの不安定な足場で、よく安定して立っていられる。
鍛え上げられた体幹。
それに、優れたバランス感覚。
それがなければ、あんな風に平然とはしていられない。
まさに竜騎士だ。
そして、レイドルさんは、自身の従える竜の頭部で、横向きに光る剣を構えた。
『ゴーレム使いの男』が杖を振る。
それに合わせて、『金属ゴーレム』は地響きを立てながら、1人と1体に向かって突進していった。
ズシン ズシン
赤い竜は、ゆっくりと前に出る。
ゴーレムの巨大な手が握り込まれ、その拳が凄まじい力と共に、前方へと繰り出された。
赤い竜は、頭を下げる。
拳の下を潜り抜けるように、その攻撃を回避した。
ヒュコン
その瞬間、レイドルさんの手にした魔法武具の剣が振り抜かれ、白い剣閃が走り抜けた。
「あ」
思わず、声が出た。
『金属ゴーレム』と赤い竜がすれ違うように交差して、改めて向き直った時、ゴーレムのその巨大な腕が、肩から落下した。
ズズゥン
『トルーガ神民』の観客たちも、目を見開いた。
魔法武具の力もあったとはいえ、あのゴーレムの金属装甲を切断したレイドルさんの技量、それもあの不安定な足場で為した凄まじい剣技に気づいたんだ。
僕も呆然だ。
この目で見ても、まだ信じられない神業だった。
「相変わらず、やりおるわ」
キルトさんが小さく笑った。
女帝アメルダス陛下も目を輝かせ、「ほう」と唸っていた。
赤い竜は、ゆっくりと前傾する。
その頭部に立つ、シュムリア最強の竜騎士は、
「さぁ、終わらせようか」
そう静かな笑みで告げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それからの戦いは、一方的だった。
『金属ゴーレム』の攻撃を、赤い竜がかわすたびに、その巨大な金属の腕が、足が切断されていく。
ドンッ ゴドォン
闘技場の地面に、次々と落下する。
最後に、その頭部が切断され、衝撃音と土煙が舞い上がった時、赤い竜の動きが止まった。
「…………」
その頭部にいるレイドルさんは、『ゴーレム使いの男』を見た。
彼は肩を竦め、首を横に振る。
カラン
制御用の杖を捨て、『降参だ』と両手を持ち上げた。
(やった!)
静まり返った闘技場内で、僕は心の中でガッツポーズした。
圧勝だ。
赤い竜と竜騎士、2人の完全勝利だ。
あの不安定な状態で、次々と『金属ゴーレム』を切断していったレイドルさんは凄かったけど、でも、それ以上にあの赤い竜も凄かったんだ。
だって、レイドルさんが攻撃できたのは、あの竜のおかげだったから。
レイドルさんは竜の頭部にいる。
つまり『金属ゴーレム』の攻撃を、レイドルさんの剣が届く範囲で回避しなければ、レイドルさんも攻撃できなかったんだ。
まさに紙一重の回避。
それを、あの赤い竜は、自身の頭部を危険に晒しながら、し続けていたんだ。
ただの竜ではない、確かな戦闘技術を持った竜――それこそが、シュムリア竜騎隊の竜なんだ。
何よりも、お互いを信頼してなければ、成り立たない戦法だ。
(凄い絆だよ)
種を越えた結びつきに、僕は感動さえ覚えていた。
パチパチパチ
僕は席を立って、思いっきり拍手をした。
それを見て、イルティミナさんが、アミューケルさんが、他のみんなが手を打ち鳴らしていく。
女帝アメルダス陛下も、賛辞の拍手を送った。
遅れて、10万人のトルーガ戦士たちも手を叩き、勝者へ賞賛の音を届けた。
レイドルさんは驚いた顔をする。
それから、少し照れ臭そうに笑って、
「お疲れ」
その竜騎士は、相棒となる赤い竜の頭をポンポンと軽く叩いた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。