032・金印の魔狩人
第32話になります。
よろしくお願いします。
気がついたら、窓の外に広がるメディスの街が、夕日に赤く染まっていた。
(もう、こんな時間なんだ?)
話しているのに夢中で、時間の経つのも忘れていたみたいだ。
キルトさんも、外の様子に気づく。
ポニーテールにした銀髪を赤く輝かせながら、それを揺らして、僕らを振り返り、
「ふむ、少し早いが夕食にでもするか?」
「賛成~♪」
ソルティスが、間髪入れずに即答した。
うん、お昼も3人前食べたっていうし、この子は『食欲魔人』のようだね。
キルトさんも、さすがに苦笑する。
「マールは、どうですか?」
「うん。僕もお腹が空いたかも」
イルティミナさんに聞かれて、僕も頷いた。
お昼にフィオサンドを食べただけだし、僕も成長期の肉体だから、食欲は強い方みたい。
(それに、きっとこれは、親睦会でもあるんだろうしね)
キルトさんの横顔を見ながら、そう思う。
なるべく早く、僕がみんなと馴染めるようにしてくれてるんだろう。うん、本当にいい人だよ、キルトさん。
イルティミナさんの手が、僕の髪をクシャクシャと撫でた。
「フフッ、いっぱい食べるんですよ?」
「はーい」
一番、馴染んでいる人の優しい笑顔に、僕も笑って答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
4人一緒に、1階まで降りていくと、酒場には、思った以上に冒険者の人たちがいた。
夕食時だから、みんな集まって、混んでいるみたい。
「ふむ。空いてるのは、カウンター席ぐらいかの?」
「どこでもいいわよ」
テテテッと、ソルティスはカウンター席に座る。
僕らも、そちらに向かう。
(……ん?)
その時、ふと食事中の冒険者の人たちのほとんどが、僕らの方を見ていることに気づいた。
……なんだろう?
はっきりと見られているわけではないけれど、チラチラと覗き見されている。
(もしかして、さっき酒場で喧嘩してたから?)
でも、それにしては、その場にいなかったはずの人まで、こちらを見ている理由がわからない。う~ん?
「マール、どうかしましたか?」
「あ、ううん」
呼ばれた僕は、心の中で首をかしげながら、イルティミナさんの隣の席に座った。
座り順は、カウンターの左側から、イルティミナさん、僕、ソルティス、キルトさんという並びだ。
カウンターの奥にいたアルセンさんが、柔和な笑みでやって来る。
「いらっしゃいませ。――お2人とも、ようやく落ち着かれましたね?」
「うむ」
「先ほどは、すみませんでした」
暴れた張本人――イルティミナさんは、美しい髪を肩からこぼして、深く頭を下げる。
アルセンさんは、「いえいえ」と、ふっくらした手を振った。
それから、チラリと僕を見る。
「その……お話の方は、まとまったんですか?」
「うむ。――なんというか、マールの1人勝ちであったの」
「おやおや、そうなんですか?」
苦笑するキルトさんに、アルセンさんは驚いた顔だ。
でも、すぐに優しい顔になって、
「そうですか。よかったですね、マール君」
「はい」
僕は正直な心のまま、大きく頷いた。
パンパン
「も~、ボロ雑巾の話はいいから! 早く食べようよ~?」
カウンターテーブルを叩いて、空気を読まない眼鏡少女が訴える。
人の良い宿屋の店主さんは、「あぁ、はいはい、すみません」と慌ててメニュー表を用意する。
ちなみに、ソルティスのお姉さんは、僕の隣で、ため息をこぼしていた。
さて、僕もメニューを渡されたけれど、
(う~ん、読めないね)
やっぱり、見たことのない文字にしか見えない。
「わらわは、フィオステーキセットにするかの」
「私は、フィオステーキと大盛りパストゥのメール味! あと、デザートにリンガーアイスとヒッポリンゴ!」
「マールはどうします?」
さりげなく『メニューを読みましょうか?』というニュアンスで、イルティミナさんが聞いてくる。
でも、僕は考える。
先の2人の注文を聞いた感じだと、きっと読んでもらっても、全部知らない料理だから選べないと思った。
(うん、だったら――)
「僕は、アルセンさんのおすすめがいいです」
アルセンさんと3人は、ビックリした顔をした。
それから笑って、
「おっと、これは責任重大だ。――わかりました、自慢の一品をご用意しますよ」
なんだか嬉しそうに頷いている。
ソルティスが「ボロ雑巾の癖に、格好つけた注文しちゃって……」と、なぜか僕を睨んでくる。
キルトさんは感心したように僕を見つめ、イルティミナさんは、
「では、私もマールと同じものを」
と笑った。
アルセンさんは、「はいはい」と楽しそうに頷きながら、手元の用紙に僕らの注文をメモしていく。
「じゃあ、ちょっと待っててくださいね。すぐお作りしますんで」
と、奥の厨房に入っていった。
そうして、あとは大人しく注文を待つだけ――そんな風に思った時だった。
「――なぁ? あれってキルト・アマンデスじゃないか?」
そんな声が、後ろの方から聞こえた。
(……え?)
振り返った先には、こちらをチラチラ見ている冒険者の人たちがいる。
「やっぱりそうか?」
「あぁ、間違いない。あの『鬼姫キルト』だよ。前に、王都ムーリアで見たことがある」
「私、初めて見たわ」
「マジか? 実物は、ずいぶん小せえ女なんだな?」
「見た目で判断するな。アイツら、全員、『魔血の民』だぞ?」
「まぁ、美人なら、俺は何でも構わんが?」
「拙者もだ」
「俺、サインもらおうかな……?」
なんだか、色々な声が聞こえてくる。
と、そんな僕の脇腹を、ソルティスの肘が小突いた。ん?
「気にしないの。いつものことよ」
どうでも良さそうな顔で、忠告してくれる。
(いつも?)
いつも、こんな風に騒がれるの?
「……もしかして、キルトさんって有名人?」
「まぁね。王都ムーリアで、『魔狩人キルト・アマンデス』の名前を知らない冒険者はいないわよ」
「…………」
僕は、思わず、キルトさんの綺麗な横顔を見つめてしまう。
彼女は料理が出てくるまでの間、先に出てきたお酒のジョッキを、美味しそうにあおっている。「うむ、至福じゃ」なんて笑う姿は、普通にお酒を楽しむ女の人でしかないけれど。
イルティミナさんが、カウンターに頬杖をついて、苦笑する。
「ああ見えても、彼女は、シュムリア王国に3人しかいない、最高ランク『金印』の冒険者の内の1人なんですよ」
え?
(それって……つまり、この国でトップ3に入る冒険者ってこと!?)
唖然となる僕。
そんな僕に、ソルティスは、アルコールの入っていない果実水のグラスを傾けながら、
「ま、普段は、ただのお酒好きの女なんだけどね~」
と、楽しそうに笑って言う。
「…………」
いや、でも、かなり驚いてしまった。
この酒場にも、20人以上の冒険者さんがいる。その全員が、畏怖や敬意を宿した目で、キルトさんを見ているのだ。そんな異常な状況が、他の場所でも当たり前のように起こるのだという。
「ん? なんじゃ、マール? わらわの顔に、何かついとるか?」
酒が入って、少し赤くなった頬を、彼女は手でゴシゴシと撫でる。
その仕草は、ちょっと可愛い……。
そうして僕は、改めて、イルティミナさんとソルティスの顔を見る。
当たり前だけど、この国トップ3の1人とパーティーを組んでいる彼女たち姉妹も、実は、かなり凄い冒険者さんなのではないだろうか?
(冒険者の基準がわからなかったから、気づかなかったけど……)
あの赤牙竜との戦いを見ても、その推測は、あながち間違っていないように思える。
(う~ん? もしかして僕は、とんでもない冒険者パーティーと関わっているのかもしれないぞ)
今更ながら、そう気づく僕。
と――そんな風に色々と考えていると、ようやくカウンターの奥から、アルセンさんが両手に複数の料理のお皿を持ちながら、戻ってきた。
「はい、お待たせしました~」
「おう、来たな?」
「わ~、お待たせされたよ~! 早く、早くぅ~!」
ゴトンゴトン
カウンターの上に、料理のお皿が並べられていく。
ふんわりした湯気と共に、物凄く食欲をそそる香りが広がっていく。
(うわ、美味しそうっ!)
僕の前には、魚介をふんだんに使ったパスタのような料理が置かれていた。やばい、口の中に勝手に涎が溢れてくる……。
「フフッ、美味しそうですね」
「うん!」
僕は、焦るように、木製フォークを手に取った。
「いただきます!」
「いただこう」
「いっただっきまぁ~す♪」
「いただきます」
そうして僕らは一斉に、料理を口に運ぶ。
パクッ モグモグ
瞬間、衝撃が走り抜ける。
(う、美味い~っ!)
舌の上に、芳醇な味が弾けて、口中に幸せが広がっていく。
さすが、宿屋の名前に『アルセンの美味い飯』なんてつけるだけのことはある。あぁ……『癒しの霊水』だけで満足していた僕は、遠い過去に去ってしまったようだ。
ハグハグ モグモグ
夢中で食べる僕に、アルセンさんは、とても満足そうな笑顔だ。
ふと隣を見れば、眼鏡を頭の上にのせたソルティスが、やはり夢中で料理にかぶりついている。
キルトさんも、お酒のジョッキをあおりながら、ステーキを美味しそうに頬張っていた。
イルティミナさんは、上品に食べているけれど、料理を口に運ぶ手は、一瞬も止まることはない。
「…………」
そんな3人を見ていて、ふと思った。
この3人は、やっぱり、きっと凄い冒険者なんだろう。それは間違いなく、とても立派で素晴らしいことだ。
(だけど、それは彼女たちの魅力の内の、単なる1つでしかないんだろうなぁ)
冒険者の肩書きを抜きにしても、彼女たちは、とても魅力的だった。
もしも、この3人が冒険者でなくても、僕はきっと、彼女たちとこうして一緒の時間を過ごしたいと思うんだ。
「マール?」
食事の手が止まっている僕に、イルティミナさんが不思議そうな顔をする。
つられて、キルトさんも、口いっぱいに料理を頬張ったままのソルティスも、僕を振り返った。
僕は笑った。
もしかしたら、王都までの時間だけかもしれないけれど、
「イルティミナさん、キルトさん、ソルティス。――こうして、僕も一緒にいさせてくれて、ありがとう」
彼女たちは、とても驚いた顔をする。
その表情に楽しくなりながら、僕は、改めてアルセンさんの料理を頬張った。うん、美味しい!
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回投稿は、明後日、水曜日の0時以降になります。よろしくお願いします。
 




