番外編・転生マールの冒険記22
番外編・転生マールの冒険記22になります。
よろしくお願いします。
10万人の観客は、静まり返っていた。
トルーガ側の『戦獣』が圧倒的に攻め立てていたのに、突然、状況が逆転してしまったのだ。
5対1。
アーゼさんを始めとする神殿騎士5人に対して、トルーガ側は、『狼使いの戦士』1人だけになっている。
現在は、トルーガ側が圧倒的に不利だった。
(もう、シュムリア側の勝ちだ)
僕は、そう確信した。
10万人のトルーガ戦士たちも、そう感じているから黙っているんだ。
ガシャン ガシャン
一糸乱れぬ動きで、アーゼさんたちは『狼使いの戦士』に近づいていく。
その時だ。
『狼使いの戦士』は、動物の牙を加工した剣を、アーゼさんたちに向けて構えたんだ。
(!)
まだ諦めてない。
最後まで徹底抗戦をすることが戦士の矜持なのだと、その時の僕は、そう思った。
でも、
「アゥラララァア!」
彼は吠えた。
瞬間、その全身に描かれていた赤い染料の模様が、強く光り輝いた。
メキッ メキキッ
(!?)
鍛え上げられた彼の肉体が、更に一回り膨れ上がった。
ブワッ
彼を中心にして衝撃波のような『圧』が広がる。
(なんだ、これ!?)
その眼光は赤く輝き、吐きだす息は、凄まじい熱に白く濁っている。
「肉体強化の魔法か?」
キルトさんが、驚いたように言った。
(魔法……?)
確かに、『狼使いの戦士』から感じる『強さ』は、さっきまでと比べて、明らかに増大していた。
まるで変身だ。
それは、人から魔物に変身した『魔の眷属』を思い起こさせる。
ソルティスが『赤く光る刺青』を見つめて、
「もしかしたら、人を魔物にする『闇の子』の能力って、この『トルーガ魔法』の魔法式が基礎となってるのかもね」
そう呟いた。
太古から続くトルーガ帝国。
そこで生まれた『トルーガ魔法』を礎にして、『闇の子』の『人を魔物にする能力』は生み出された……?
(そんなこと、ありえるの?)
真偽はわからない。
ただアイツは、異常に頭が回る。
もしかしたら、遠いこの異国の魔法さえ、どこかで見つけ、我がものとしたのかもしれない。
「ゴァアアアアア!」
狼の毛皮を被った人狼のような戦士は、咆哮した。
ドンッ
そして、アーゼさんたち5人に向かって突進する。
(速い!)
振り下ろされる曲剣を、アーゼさんの剣が辛うじて受け流した。
ギィンッ ズガァアン
流された剣は大地を叩き、その部分を、大きく吹き飛ばした。
その剣は、間髪入れず跳ね上がり、再びアーゼさんへと襲いかかる。
アーゼさんは、背中の盾を素早く構えた。
ゴギャアン
火花が散り、アーゼさんの身体は軽々と5メード近く飛ばされる。
(なんてパワーだ!)
まるで、本物の魔物みたいだ。
『狼使いの戦士』の凄まじい反撃に、10万人の観客たちが、また歓声を上げた。
鼓膜が痺れる。
状況は、また逆転してしまった?
(アーゼさん……っ)
祈るような気持ちで見つめていると、
「心配、要りませんよ」
隣の席にいたイルティミナさんが、落ち着いた声でそう言った。
(え?)
戦いを見据えたまま、彼女は言う。
「あのトルーガ戦士は、確かに脅威的です。しかし、それも悪あがきにすぎません」
「……そう、なの?」
イルティミナさんは「はい」と頷いた。
「5対1になった時点で、すでに決着はついています。少なくとも、あの戦士がいくら強化されようと、それで勝敗を覆させるほど神殿騎士たちは甘くありません」
「…………」
僕は、もう一度、視線を闘技場に戻した。
ズガン ギギィン
『狼使いの戦士』は、凄まじい速さと力で神殿騎士たちに襲いかかっている。
特に、団長であるアーゼさんを執拗に狙っていた。
アーゼさんは、その猛攻を、けれど丁寧に防ぎ、受け流して、1撃も受けていなかった。
そして、他の4人の神殿騎士たちは、アーゼさんが攻撃を受ける間に生まれた隙を狙って、剣による斬撃や杖による魔法攻撃を着実に『狼使いの戦士』に当てていた。
…………。
見事な連携。
何よりも、あれだけの猛攻を全て防ぐアーゼさんの技量が素晴らしかった。
(綺麗だ……)
思わず、見惚れてしまう。
ロベルト将軍が言う。
「アーゼ・ムデルカは、己を1人の人間ではなく、『神の道具』の1つとして捉えている。これまでに積み重ねてきた、その『人』を捨てた修練は、あのような肉体強化の魔法で打ち破れるほど甘くはない」
人を捨てた修練……。
その想像もつかない苦行の果てに、アーゼさんのあの素晴らしい技量はあるのか。
キルトさん、レイドルさんも、そんなシュムリア王国を支える同胞の戦いっぷりを、しっかりと見つめている。
そして、歓声は少しずつ減っていた。
彼らも戦士だ。
アーゼさんの『強さ』、そこに至るまでの修練の量がわかったのだろう。
何よりも、アーゼさんたち神殿騎士はまるで傷を負わず、逆に『狼使いの戦士』の傷は増えている現実があった。
やがて、『狼使いの戦士』の動きが鈍る。
その瞬間、アーゼさんは初めて、自分から攻勢に出た。
「はっ!」
ガギィン
火花が散り、『狼使いの戦士』の手にあった、動物の牙を加工して作られた剣が破壊される。
そして、アーゼさんの剣は、戦士の首元へピタッと押し当てられた。
「…………」
「…………」
2人の視線が交わる。
やがて『狼使いの戦士』は、折れた剣を捨てた。
そのまま両手を広げ、地面に両膝をつく。
…………。
敗北を受け入れたのだと、僕らもわかった。
全てを見届けた女帝アメルダスは、椅子から立ち上がる。
「見事だ! お前たちは、1つ目の試練を突破した! その事実を、この偉大なるトルーガの女帝アメルダスが認めよう!」
そう凛とした声で告げる。
パン パン
そして彼女は、勝者を祝福するため、手を打ち鳴らした。
それを聞き、10万人の観客たちも最初はまばらに、やがては、素直な賞賛として万雷の拍手を巻き起こした。
(う、わぁ……)
大音量の祝福。
トルーガの戦士たちをも認めさせた5人の神殿騎士は、観客席にいる僕らシュムリア側を見る。
ガシャン
身体の前に、垂直に剣を掲げる。
勝利の敬礼だ。
(ん……?)
その瞬間、アーゼさんの視線が僕に向いていた気がした。
気のせいかな?
と、
「さすが、マール君だね。アーゼは今の勝利を、『神狗』である君に捧げたようだ」
レイドルさんが笑った。
(はい?)
キョトンとなる僕。
イルティミナさんは美貌をしかめ、アミューケルさんは「さすがマール殿っすね」と言う。
ソルティスは呆れ顔だ。
キルトさんとロベルト将軍は、楽しそうに笑っていた。
ポン ポン
ポーちゃんは無言で、僕の肩を軽く叩く。
トルキアだけは、僕らの勝利を喜ぶべきか、トルーガの敗北を悲しむべきか、複雑そうな顔だったけれど。
(う、う~ん?)
ちょっと迷いながら、僕は、遠いアーゼさんに小さく手を振った。
……あ。
その途端、兜から覗いているアーゼさんの口元が、柔らかな笑みを浮かべたんだ。
――こうして、僕らの1つ目の試練は終わった。
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