番外編・転生マールの冒険記12
番外編・転生マールの冒険記12になります。
よろしくお願いします。
宴の席を離れて、キルトさん、ロベルト将軍は、村長モハイニさんの家へと向かった。
……なぜか、僕も一緒である。
(えっと……どうして?)
僕は、自分の手を引っ張るキルトさんを見上げる。
「何、ゲン担ぎみたいなものじゃ」
銀髪の美女は、そう笑った。
「そなたがおらねば、トルキアを助けることはできなかった。そうなれば、わらわたちはこの村との縁もなく、結果、トルキアも死に、この村の食糧難も続いたであろう」
「…………」
「しかし、そなたのおかげで、わらわたちは良縁が結ばれたのじゃ」
前を歩くモハイニさん、ロベルト将軍も頷く。
僕は、首をかしげた。
「そう?」
「自覚はないか。まぁ、良い」
キルトさんは苦笑する。
「つまり、わらわたちにとって、そなたは幸運のお守りみたいなものじゃ。ゆえにこれからの話も、そなたに聞いていてもらいたくての」
クシャクシャ
そう言って、僕の髪を撫でた。
(……う~ん?)
まぁ、話を聞くだけならいいか。
幸運のお守りかはわからないけど、僕だって、『トルーガ帝国』については興味があるからね。
そうして僕らは、村長さんの家へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
村の外からは、賑やかな宴の声が聞こえてくる。
テーブルの上にある蝋燭に火を灯して、僕とキルトさんとロベルト将軍は、モハイニさんと向き合うように座った。
お茶の入った木製コップが、目の前に並んでいる。
「お聞かせ願えますかな?」
ロベルト将軍が声を発した。
モハイニさんは頷く。
「ハイ。私タチノ暮ラス『トルーガ帝国』ニツイテ、オ話シシマショウ」
僕らは耳を澄ます。
トルーガ人の村長さんは、ゆっくりと語りだした。
「マズ、『トルーガ帝国』の歴史は、1000年以上ニナリマス。ソノ始マリハ、モハヤ誰モ知リマセン」
1000年!?
僕は、びっくりした。
「それって、古代タナトス魔法王朝と同じ時期の国ってこと?」
思わず、シュムリア人の大人2人の顔を見る。
2人の表情も、やはり、その歴史の長さに驚いているみたいだった。
モハイニさんが僕を見る。
「『タナトス』……ソノ名前ノ国ガ、カツテ我ガ帝国ニ攻メ入ッテキタコトガ幾度カアリマスネ」
ふぁ!?
「海ヲ渡ッテキタ『タナトス軍』ヲ、『トルーガ帝国軍』ガ、コノ北ノ大地デ、幾度モ敗退サセテイマス。皆サンモ、ゴ存ジノ『英霊ノ墓』ニハ、当時の英雄が祀ラレテイルノデスヨ」
モハイニさんは、どこか誇らしげに語る。
一方の僕ら3人は、唖然だ。
死者さえ甦らせる超魔法大国、古代タナトス魔法王朝が、戦争で負けたなんて……。
(……信じられない)
トルーガ帝国って、いったい、どれだけ強いの?
そのタナトスの末裔でもあるシュムリア人のロベルト将軍は、口元を押さえながら考え込む。
「確かに、長期の遠征の果ての敵地での戦だ。大いに不利な状況ではあると思うが……。それでも、タナトスの魔法力を打ち破る武力か」
キルトさんも「むぅ」と唸っている。
2人の大人が質問しないので、僕が代わりに口を開いた。
「あの、この大陸には、他にも国があるんですか?」
「アリマセン」
モハイニさんは首を横に振った。
「コノ大陸ニ存在シテイルノハ、偉大ナル『トルーガ帝国』ノミデス」
なんと、大陸全土を統一支配してる国家?
(何それ、超大国だよ……)
ロベルト将軍は深呼吸してから、
「失礼ですが、この大陸の地図などはありませんか?」
と、モハイニさんに言った。
モハイニさんは穏やかに微笑んで、獣皮紙で作られた地図を持ってきてくれた。
三角形の形をした大陸だ。
(これが暗黒大陸?)
アルバック大陸の誰も知らない謎の大陸の形を、僕らは初めて目にした。
「この村があるのは、どこ?」
僕は訊ねた。
モハイニさんの年老いた指が置かれたのは、三角形の北の頂点近くだ。
(そんな上なの?)
となると、ここは、とても広い大陸だ。
アルバック大陸とも遜色ない。
これは……この全土を支配する『トルーガ帝国』は、世界最大と言われたアルン神皇国よりも大きな国になる。
「…………」
「…………」
地図を見るキルトさん、ロベルト将軍の表情も真剣だ。
僕は言った。
「凄い国だね、トルーガ帝国って」
素直な賞賛に、モハイニさんは「アリガトウゴザイマス」と嬉しそうに微笑んだ。
そして、
「デスガ、『タナトス』ニ対抗シテイタ時ノヨウナ国力ハ、今ノ『トルーガ帝国』ニハアリマセン」
と続けたんだ。
(え?)
僕ら3人は、モハイニさんを見つめる。
彼は遠い目をして、
「今カラ400年前、『黒死ノ大地』トイウ大災害ガ発生シタカラデス」
と告げた。
(黒死の大地……?)
それに400年前って、まさか……。
モハイニさんは、辛そうな表情で言った。
「始マリハ、天カラ『黒ノ巨人』ガ落チテキタコトデシタ」
「!」
黒の巨人!?
その言葉に、僕は『ある存在』を連想してしまった。
モハイニさんの話によれば、天からトルーガの大地に落ちてきた『黒の巨人』は、凄まじい力で帝国を破壊していったのだそうだ。
国力は衰退し、人口は10分の1以下までなったそうである。
…………。
僕の手が震えた。
(……間違いない、それは『悪魔』だ!)
400年前に発生した神魔戦争、その悪魔の1体が、この暗黒大陸と呼ばれる地にも飛来していたんだ。
なんてことだ……!
キルトさん、ロベルト将軍と顔を見合わせる。
2人も同じことを想像しているのが、すぐにわかった。
ロベルト将軍が訊ねた。
「その『黒の巨人』は、どうなったのですか?」
モハイニさんは答えた。
「倒サレマシタ」
……え?
(倒された!?)
僕は思わず、椅子から立ち上がっていた。
「だ、誰に!?」
「『白ノ巨人』ニデス」
白の巨人!?
またも驚く僕らに、モハイニさんは、更に教えてくれた。
『黒の巨人』の脅威によって、帝国が滅亡の淵にまで立った時、天から『白の巨人』がやって来て、『黒の巨人』と戦ったのだとか。
そして、『白の巨人』はその身を砕き、『白の剣』となって『黒の巨人』を倒したのだ。
それを聞いて、僕は思った。
(……神様だ)
悪魔を追って、この地まで来てくれた神様がいたんだ。
そして、その命を賭して、悪魔を倒してくれたんだ。
あぁ……僕の心が、神狗アークインの魂が、それを知って震えている。
モハイニさんは、窓の外を見た。
そこにあるのは、『開拓村・拠点』の南方に見えた大きな山脈だ。
モハイニさんは、
「言イ伝エデハ、アノ『デメルタス山脈』デ『黒ノ巨人』ハ死ンダトナッテイマス。ソシテ、ソノ大災害ノコトヲ、『トルーガ帝国』デハ『黒死ノ大地』ト呼ンデイルノデス」
そう教えてくれた。
(……そうだったんだ?)
衝撃的な事実を知って、僕の胸は、なんだか落ち着かなかった。
僕は、お茶を飲む。
ゴクッ
香ばしい匂いと渋みが口内に広がる。
それからモハイニさんは、その大災害で、タナトスとの戦いで活躍した英雄たちの多くが死んでしまったこと、その1人を祀っているのがあの『英霊の墓』なのだということ、そして、その英雄に仕えた一族が墓守となり、その子孫であるのが自分たち『墓守の村』の住人なのだと教えてくれた。
凄い歴史の話だった。
(……ソルティスも聞きたかっただろうなぁ)
うん、あとで、ちゃんと教えてあげよう。
キルトさんは、お茶を一口飲み、
「それで、今の『トルーガ帝国』は、どのような国なのですか?」
と問いかけた。
モハイニさんは頷いて、
「偉大ナル『女帝』陛下ガ治メル国デス」
と答えた。
それから、彼の指は、地図上にあるデメルタス山脈を南下した、ある一点を指差した。
「ココニ『帝都レダ』ガゴザイマス」
帝都レダ……。
「ココデハ、偉大ナル『トルーガの神民』タチガ暮ラシテイマス」
「神民?」
僕は聞き返した。
「ハイ。『黒死ノ大地』ガ起キタアト、大イナル『力』ヲ宿シタ『神民』ガ多ク生マレマシタ。ソノ『力』ハ、私ドモトハ比ベラレヌホドニ強ク、大岩ヲ砕キ、魔物タチヲ素手デ殺セルホドノモノ。マサニ『神民』ナノデス」
モハイニさんの声には、深い敬意が宿っていた。
(……でも)
それって、もしかして『魔血の民』のことじゃないのかな?
悪魔の子孫。
大いなる魔の力を宿した人たち。
400年前に『黒死の大地』があった時も、同じような不幸が起きていたのではないかと僕は思ったんだ。
キルトさんとロベルト将軍も、その可能性に気づいたみたいだった。
「…………」
「…………」
2人とも複雑そうな顔だった。
無理もないよね。
アルバック大陸では、『魔血の民』は差別の対象だ。
でも、こちらの大陸では『神民』と呼ばれて、どうやら尊ばれているみたいだったから。
僕らの様子に、モハイニさんは、少し首をかしげた。
僕らは気を取り直して、話を続けてもらった。
「『トルーガ帝国』デハ、『強サ』コソ『正義』デス」
と、モハイニさん。
もちろん、トルーガ帝国にも法律はあるようだけれど、基本は『強者』のための法なのだとか。
理があろうとも、強さがなければ、まず耳も貸してもらえないんだって。
(へ~?)
シュムリア王国も武の国だ。
国民の多くが信仰している女神シュリアンが、戦の女神だからというのもあるけれど、そこは少し似てるのかなと思った。
もっとも、トルーガ帝国は、もっと極端な考え方の国みたいだけど。
「皆サンハ、オ強ソウナノデ安心デスネ」
モハイニさんは、そう笑った。
まぁ、1200体もの『黒大猿』を倒す集団だからね。
ロベルト将軍も微笑んだ。
将軍さんもシュムリア人らしく『強さ』を尊ぶ武人の1人だから、嬉しい部分もあるんだろうな。
チラッ
僕は、キルトさんを見る。
僕の知る最も強い人、キルト・アマンデス。
(キルトさんなら、きっとトルーガ帝国でも、邪険にされないと思うなぁ)
キルトさんは、その視線に気づいて、
「? どうした?」
「ううん」
僕は笑って首を振った。
それから、モハイニさんは、もし帝都に行かれるのならと一筆を書いてくれた。
『墓守の村』の村長として、僕ら『第5次開拓団』が自分たちを助けてくれたこと、その功績を持って、どうか話を聞いてやって欲しいという嘆願書だった。
「かたじけない」
ロベルト将軍が言い、僕ら3人は頭を下げた。
優しいモハイニ村長は、「イエイエ」と穏やかに笑っていた。
それから僕らは、帝都レダまでの距離や日数、ルートなども教えてもらった。
それで話し合いは終わり、僕ら3人は、村長さんの家を出た。
◇◇◇◇◇◇◇
外に出ると、風が少し冷たかった。
夜空には、紅白の月が輝いている。
宴はまだ続いているようで、奥の方の広場からは、賑やかな声が聞こえていた。
僕は、キルトさんを見る。
「やっぱり、帝都まで行くの?」
話し合いの流れ的には、そんな感じだったんだ。
キルトさんは頷いた。
「うむ。この大陸は、思った以上に広すぎる。『神霊石』を探すならば、やはり土地の者の力を借りた方が良かろう」
そっか。
「それに何より、他国の領土を好き勝手に歩くわけにもいくまい?」
「うん」
そうだよね。
(下手したら、戦争ものだもん)
まずは許可を取らなければ、『第5次開拓団』の全員が危ないんだ。
ロベルト将軍が吐息をこぼした。
「しかし、思った以上の話であったな」
「まぁの」
キルトさんも頷いた。
2人の大人は、夜空を見つめている。
(…………)
確かに、そうかもしれないね。
古代タナトス魔法王朝に勝ってしまうほどだったトルーガ帝国。
400年前の悪魔による災害。
国力が衰えたとはいえ、大陸を支配する超大国なのは変わらない。
そして『魔血の民』だと思われる『神民』の存在。
(……あまりにも、情報が盛りだくさんだ)
キルトさんは、風になびく銀髪を片手で押さえる。
息を吐き、
「まぁ、考えても仕方あるまい。宴はまだ続いておる。今は酒でも楽しもうではないか」
と笑った。
ロベルト将軍は呆れた顔をする。
「キルト・アマンデス、お前という奴は……」
「なんじゃ、嫌か?」
将軍さんはため息をこぼしてから、
「……いや。今宵ぐらいは、飲ませてもらうか」
そう苦笑する。
そんなロベルト将軍の背中を、キルトさんはパンッと叩いて、2人は奥の広場へと歩いていく。
それを眺めていると、キルトさんが振り返った。
「どうした、マール? 行くぞ」
そう笑いかけてきた。
僕は「うん」と頷き、2人を追いかける。
多くのことを知った夜、僕らは、もう少しだけ宴の時間に溺れることにした。
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