番外編・転生マールの冒険記09
番外編・転生マールの冒険記09になります。
よろしくお願いします。
モハイニさんが『海渡り人』と出会ったのは、30年前だ。
当時、まだ若かったモハイニさんは、仲間と一緒に、狩猟のために森へと入っていたそうだ。
「ソコニ、彼ガイマシタ」
見たこともない格好の男が1人、森に倒れていた。
酷い怪我をしていて、『黒大猿』に襲われたのは、すぐにわかった。
どうするか迷ったけれど、優しいモハイニさんは、結局、その人を見捨てることなどできず、村へと連れ帰ったんだって。
献身的な治療のおかげで、数日後の夜、彼は目を覚ました。
でも、言葉も通じず、状況もわからず、混乱した彼は、最初、モハイニさんたちに剣を向けたそうだ。
モハイニさんたちは、温かなスープを置いて、部屋を出た。
…………。
翌朝、スープ皿は空になっていた。
そして、彼がモハイニさんたちに剣を向けることは、二度となくなったんだ。
ただ目が覚めても、怪我の影響はまだ残っていた。
そして、ベッドで回復を待ちながら、彼は、モハイニさんたちの言葉を覚えていったそうだ。
「彼ハ、『ジェス』ト名乗リマシタ」
ジェスは、モハイニさんたちに自分を助けてくれた感謝を告げ、『自分は海を渡ってきた人間だ』と告げたんだって。
出身は、シュムリア王国。
自分は、その王国の騎士の1人。
多くの仲間と一緒に、この大陸の調査のため、遠く海を渡ってやって来た。
けれど、森の探索中に『黒大猿』の群れの襲撃に遭い、自分だけ仲間とはぐれてしまったんだそうな……。
モハイニさんは、『怪我が治るまで、村でゆっくりしているといい』とジェスさんに伝えた。
それを聞き、ジェスさんは涙を流したそうだ。
それからの日々は楽しかった、とモハイニさん。
やがて、ジェスさんは動けるようになり、その頃には、ジェスさんとモハイニさんは友人となっていた。
ジェスさんは、自国の話をたくさん教えてくれた。
それは、小さな村で暮らしているモハイニさんには、とても刺激的なものだったという。
モハイニさんが、アルバック共通語を教わったのも、この頃だそうだ。
やがて、回復したジェスさんは、村のために働きだした。
騎士だった彼は、力仕事も得意だった。
特に弓の扱いも上手くて、多くの獲物を森で狩っては、村の食料をたくさん集めてくれた。
気がつけば、村人たちも彼を受け入れていた。
モハイニさんは、彼はこのまま村の人間になるんだろうと思っていたそうだ。
転機は、唐突だった。
ジェスさんを保護してから2ヶ月後、彼の仲間である『第3次開拓団』が村を訪れたのだ。
彼らも、仲間のジェスさんを探していたのだ。
開拓団の代表は、ジェスさんを助けてくれたことを感謝してくれた。
そして自分たちは、このまま大陸を南下していく予定なのだと伝えられた。
「ジェスハ、迷ッテイルヨウデシタ……」
少し寂しそうな声で、モハイニさんは言った。
結局、ジェスさんは、シュムリア王国騎士としての自分を捨て切れず、王国の仲間と共に旅立つことを決めた。
旅立ちの前夜、モハイニさんとジェスさんは、別れの酒を酌み交わしたという。
その時に、友情の証として、あの赤い服を送られた。
そして翌日、彼が仲間と共に去っていく背中を、村人全員で見送ったそうだ。
――これが、モハイニさんが『海渡り人』と過ごした短く、そして濃密な出来事だった。
◇◇◇◇◇◇◇
話し終えたモハイニさんは、年老いた手で『赤い服』を懐かしそうに触る。
それから、ゆっくりと僕ら5人を見て、
「マサカ、マタ『海渡リ人』ニ出会エルトハ、思ッテモイマセンデシタ」
感慨深そうに言った。
(……うん)
30年前の王国騎士であったジェスさん。
彼がいたから、僕らはこうして会話ができ、この村に受け入れられている
時代が流れて、やっぱり警戒する人もいるみたいだけれど、それでも、トルキアのように受け入れてくれる人もいるんだ。
その事実が胸に染みた。
キルトさんは、訊ねた。
「それから、『第3次開拓団』はどうなりましたか?」
モハイニさんは、
「ワカリマセン」
と首を振った。
「アレカラ、彼ラヤ『ジェス』ニ会ウコトハ、二度トアリマセンデシタ。ココハ危険ナ大地、ツマリハ、ソウイウコトナノカモシレマセン」
そう寂しそうに続ける。
そんな祖父の背中を、トルキアが慰めるように撫でていた。
(……そっか)
少しだけ、しんみりしてしまう。
僕は言った。
「話してくれて、ジェスさんを助けてくれて、ありがとうございました」
モハイニさんは、驚いた顔をした。
みんなも僕を見る。
やがてモハイニさんは、穏やかに笑って、ゆっくりと頷いてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
空気が落ち着いた頃、キルトさんは、
「トルーガ帝国というのは、どのような国ですか?」
と問いかけた。
モハイニさんは「ソレハ……」と答えようとして、ふと黙った。
(???)
彼は、少し考え込んでいる。
「オジイチャン?」
トルキアも、キョトンとしながら祖父の横顔を覗き込んだ。
僕も首をかしげる。
やがて、彼は1つ頷くと、
「オ答エデキマセン」
僕らを見て、そう言った。
(えっ?)
ここまで色々と話してくれていたので、みんな、びっくりだ。
トルキアだって驚いている。
「小サナ村トハイエ、自国ノコトヲ簡単ニ、他国ノ人間ニ、話スワケニハイキマセン」
きっぱりした声だ。
それは……そうかもだけど……。
僕は、戸惑いが隠せない。
そんな僕らの視線の中で、モハイニさんは、
「ナノデ、取引ヲシマセンカ?」
そう言って、穏やかに笑ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。