番外編・転生マールの冒険記05
番外編・転生マールの冒険記05になります。
よろしくお願いします。
遺跡を出発してから、7日が経った。
現地人が歩いた痕跡は、あまりに薄くて、時々、道を見失ったりもした。
そのたびに、皆でまた探す。
「ありました」
見つけるのは、大抵、イルティミナさんとキルトさんだ。
僕も、1回だけ見つけた。
不自然に折れた草木の枝、地面の固さ、そういった違和感を見つける作業なのだとわかってきた。
「マールは物覚えが良いですね」
イルティミナさんは、そう笑って、僕の頭を撫でてくれた。
(えへへ……)
そうして現地人の道を追っていく。
やがて、僕らは川に突き当たった。
川幅は10メードぐらい。
水深は、それほど深くなさそうだ。
「ふむ、これも『黒大猿』の生息地とを分ける川の支流かの」
キルトさんは、上流の方を見ながら呟いた。
イルティミナさんは、しゃがんで、川近くの地面を指で調べている。
そして、その視線は下流の方へ。
「道は、川に沿って続いていますね」
「そうか」
キルトさんは頷いた。
そうして僕らは、川に沿って歩きだす。
歩きながら、
「この大陸の人ってさ、墓参りのために、ずいぶんと遠い距離を歩くのね~」
ソルティスがぼやいた。
(うん、そうだね)
遺跡からここまで7日間も歩いている。
この大陸の人は、とても健脚なのだなと僕も思う。
そして、なかなか現地人に会えないことに、ちょっとヤキモキしてしまう。
(早く会いたいなぁ)
そう、青い空を見上げた。
その時だ。
息を吸った僕の嗅覚が、それを捉えた。
(!)
すぐに『妖精の剣』の柄に手を当てる。
「『黒大猿』の臭いだ」
僕は言った。
みんな、すぐに反応して足を止め、それぞれの武器に手を添えた。
周囲を警戒する。
「どこじゃ?」
「あっち」
キルトさんの問いに、僕は、風上である川の下流方向を指差した。
まさに僕らの進路方向だ。
ソルティスが嫌そうな顔をする。
ポーちゃんが確かめるように、キルトさんの横顔を見た。
キルトさんは言う。
「道を追っているのじゃ。迂回するわけにもいかぬ。このまま警戒しながら、先に進むぞ」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
「…………(コクッ)」
僕らは歩きだす。
でも、数歩も行かない内に、
(……え?)
僕は気づいて、足を止めてしまった。
「マール?」
イルティミナさんが声をかけてきて、みんなが僕を見る。
僕は答えない。
代わりに、もう一度、確かめようと、目を閉じて、大きく鼻から息を吸う。
…………。
間違いない。
僕は、青い瞳を開いた。
「人の匂いだ」
その言葉に、みんな、驚いた顔をする。
キルトさんが真剣な声で聞いてくる。
「本当か?」
「うん」
僕は、はっきり頷いた。
僕ら以外に、こんな奥地まで来ている王国騎士団も冒険者団もいない。
ということは、
「現地人……」
ソルティスが呟き、瞳を輝かせた。
みんなもその可能性に、表情を明るくする。
でも、
「その人の匂いのそばに、『黒大猿』の臭いもある。……ちょっと、まずいかもしれない」
僕は、そう続けた。
2つの距離が近すぎる。
このままでは、その人は『黒大猿』に見つかってしまうだろう。
あるいは、すでに狙われているのか……。
キルトさんは険しい顔をした。
「急ぎ向かうぞ」
3人は頷いた。
でも、僕は頷かなかった。
代わりにポケットから『虹色の球体』を取り出して、それを掲げる。
「コロ、お願い」
僕の願いに応えて、『神武具』はパァッと光の粒子に砕けた。
それは渦を巻き、僕の背中に、金属の翼を形成する。
バフッ
大きな翼を羽ばたかせ、僕は空中に浮かんだ。
「僕が先に向かうよ!」
そう言った。
一刻を争う事態だ。
森の中を走るよりも、空を飛んだ方がよっぽど早い。
(それに、ここなら、この姿を他の開拓団員に見られることもないしね)
みんな、驚いたように僕を見上げている。
でも、すぐにキルトさんは頷いた。
「わかった。無理をするでないぞ。すぐに追いつく」
「うん!」
僕は、笑って頷いた。
イルティミナさんは、少しだけ心配そうな顔をしていた。
ちょっとだけ申し訳なく感じるけれど、でも、その想いを振り払って、僕は翼を大きく広げる。
ヴォオオン
翼を光輝かせ、僕の身体は、青い空へと飛び出していった。
◇◇◇◇◇◇◇
森の木々とくねった川の景色が、眼下を流れていく。
風圧が顔で弾ける。
青い空に虹色の残光を残しながら、僕は、下流方向へと飛翔していた。
(いた!)
川原を走っている少女がいる。
イルティミナさんたちのいた場所から、1キロも離れていない地点だ。
20メードほど離れて、1体の『黒大猿』が少女を追っていた。
(助けなきゃ!)
そう思った。
でも、上空から見える少女と魔物の距離が、不思議なことに縮まらなかった。
特別に、少女の足が速いわけじゃない。
(??? どういうこと?)
そんな僕の疑問の答えは、少女の前方の森から現れた。
『黒大猿』がもう1体、逃げる少女の先を塞ぐように姿を見せたんだ。
(なるほど、挟み撃ちか!)
さすが知性の高い魔物だ。
逃げる獲物を誘導し、確実に捕まえられる状況へと追い込んだんだ。
少女の足が止まった。
2体の『黒大猿』は、前後から挟み込むように少女へと近づいていく。
人面の顔には、笑みが浮かんでいた。
僕は、背中にある金属の翼で、大気を強く打ち付ける。
ドパンッ
一気に急降下だ。
(間に合え!)
絶望が心を押し潰したのか、少女は、川原にしゃがみ込んでしまった。
ニタリ
醜い笑みを浮かべて、『黒大猿』は、石のような手のひらを大きく振り上げ、か弱い獲物めがけて振り下ろす。
直前、僕は、少女に覆いかぶさるように着地した。
ガギィイン
甲高い音が響く。
僕の金属の翼が盾となって、魔物の攻撃を弾いたんだ。
(よぅし!)
間に合った!
2体の『黒大猿』は、突然の乱入者に、驚いたように後方に下がった。
「大丈夫?」
僕は、少女に声をかける。
少女は、呆然と僕を見上げていた。
年齢は14~15歳ぐらい、僕やソルティスとそう変わらない年齢に見えた。
日に焼けた肌。
服は、麻のような質素な材質だ。
髪は、ミルクのような白色で、背中まで流れている。
瞳はエメラルドのような翠色。
頬には、赤い絵の具で文字みたいな模様が描かれていて、その両耳には、動物の骨を削ったらしい大きな耳飾りが揺れていた。
ちょっと見つめ合う。
(言葉、通じてないよね……)
今更、気づく。
なので僕は、少女を安心させようと笑顔を作った。
「僕が、君を守るよ」
そう告げる。
意味は通じなくても、意思は通じると思ったんだ。
少女は、驚いた顔をする。
僕はもう1度、笑って、上体を起こした。
バサッ
金属の翼が大きく広がる。
それは太陽の光を反射して、虹色に光り輝いた。
ジャリッ
足元の河原の小石を踏みしめて、2体の『黒大猿』が殺気立った気配をぶつけてくる。
僕が敵だと。
獲物を捕らえる邪魔をしようとしているのだと。
そう理解したのだ。
(負けるもんか)
僕の右手は、『妖精の剣』を鞘から抜き放つ。
さぁ、行くぞ!
気合を入れて、僕は言う。
「――神気開放!」
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。