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003・森の塔

第3話です。

よろしくお願いします。

 1時間ほど森を歩いて、ようやく見つけたのは、丘の上に建造された塔だった。


 その塔の屋根が、三角に見える円錐形になっている。


(かなり古そうだね?)


 石造りの外壁には、たくさんの植物の蔦が絡まっていた。


 塔の玄関らしい部分に近づいてみる。


 そこには、観音開きの重厚な扉があった。


「…………」


 けれど、そこもたくさんの蔦で覆われている。


(つまり、長い間、この塔に人の出入りがなかった……って証拠だよね?)


 ガクッ


 やっぱり落ち込む。


 それでも中に入ろうとしてみたけれど、


 グ、ググ……ッ


(……つ、蔦が切れない)


 絡んだ蔦は強靭で、全力で引っ張っても千切れなかった。


 これは大人の筋力でも無理だろう。

 ……植物、強い。


「どうしようかな?」


 悩みながら、塔の裏手に回ってみると、


(お?)


 塔の2階部分が崩れて、亀裂ができている。


 崩れた瓦礫が積み上がっているので、そこを足場にすれば、中に入れそうだった。


(よし、行ってみよう!)


 僕は、子供の短い手足を、必死に伸ばして、何とか瓦礫をよじ登る。


 何度か落ちそうになりながら、ようやく亀裂から塔の中に入った。


「ふぅ」


 そこは、塔の内側に造られた螺旋階段の途中だった。


 階段は上下に伸びていて、中央部分は吹き抜けになっている。


(おや?)


 薄暗い塔の内部で、なぜか階下の方だけが明るかった。  


 なんだろう?


 コツン コツン


 僕の足は吸い寄せられるように、階段を下側へと降りていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 1階は、礼拝堂になっていた。


 朽ちた長椅子などが、辺りに転がっている。


 その礼拝堂の正面にある一段高い部分には、人と同じサイズの女神像が飾られていた。


 その女神像が光っていたんだ。


(おぉ……何あれ!?)


 初めて見るファンタジーな光景に、ちょっと興奮する。


 もしかしたら、女神さまの声でも聞こえてくるんじゃないか……なんて期待しながら、僕は目を輝かせて、女神像に近づいていく。


「…………」


 すぐに気づいた。


 光っているのは、女神像じゃない。


 女神像の両手からこぼれる水だった。


 その光る水は、足元の貝殻の形をした台座に落ちて、小さなプールのように溜まっている。


 残念。


 思ったほどのファンタジーじゃなかった。


 でも、光る水というのも初めて見た。


(ふぅん?)


 よく見たら、女神像の手首には小さな穴が開いていて、そこから水が出ていた。貝殻の台座には、排水溝もある。


 ひょっとしたら、地下から湧き水を循環させてるのかな?


 そうして覗き込んでいて、ふと気づいた。


 その光る水面に、見たことのない男の子の姿が映っている。


「…………」


 茶色い髪をした、10歳ぐらいの男の子だ。


 東洋系の平凡な顔。


 青い色をした瞳が印象的で、少し大人しそうな子犬みたいな雰囲気だ。


(へぇ……)


 僕は、顔を撫でる。


 その子も同じように、自分の顔を撫でた。


 当たり前のことなのに、それが可笑しくて、つい笑ってしまった。


「あはは。うん、これからよろしくね」


 水面に反射する転生した僕は、やっぱり同じように、こちらへ笑顔を返してくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 塔の礼拝堂には、他に2つの部屋が繋がっていた。


 片方のドアを開ける。


 そこは、居住スペースだった。  


 壊れたベッドや古びた机、本棚などが置いてある。


 埃だらけの室内だけれど、そこには確かに、かつて人が暮らしていた痕跡が残っていた。


「あ、本だ」


 本棚には数冊だけ、忘れられたように本が置いてあった。


 1冊、手にしてみる。


 バララッ


 綴じている紐が弱っていたのか、切れて、紙面が床に広がった。


 …………。


(ご、ごめんなさい)


 思わず心の中で、ここにいない本の持ち主に謝ってしまう。


 気を取り直して、別の本を取る。


「ん?」


 壊れることのなかったその本の表紙には、魔法陣が描かれていた。  


 あの『石の台座』の魔法陣と似ている。


 パラパラとめくると、見たこともない文字とたくさんの魔法陣の図形が並んでいた。


(あ……この文字、あの魔法陣にも使われていたよね?)


 あの時、手で撫でたから、見覚えがある。


「…………」


 僕は、改めて部屋を見た。


 つまり、この塔が造られたのは、きっと、あの『石の台座』が造られたのと同じ年代なのだ。


(……その当時は、参拝客とか、たくさんいたのかな?)


 廃墟となった礼拝堂を思って、ちょっと物悲しい気持ちになる。


 吐息をこぼして、本を机に置く。


(ん?)


 と、その机に引き出しがあることに気づいた。 


 ガココッ


 引っ張ると、中には、小さなペンダントが3つ入っていた。


「……綺麗だね」


 ビー玉みたいな透明な蒼い宝石に、紐がつけられただけのシンプルな構造だった。


 宝石の中には、光る文字が浮かんでいて、宝石全体も淡く光っている。


(何で光っているんだろう?)


 すごく興味を惹かれるけれど、でも勝手に持ち出したら、泥棒だよね。


 しばらく眺めた僕は、ペンダントを引き出しにしまう。  


 それからも室内を探索したけれど、他に目ぼしい物は見つからなかった。


 僕は、居住スペースをあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 もう1つの部屋は、厨房だった。


(水、食料!)


 思わず夢中で捜したけれど、棚の中には何もないし、大きな瓶の中身も空っぽだった。


 ……しばし落ち込む。


 見つかったのは、木製のフォークやナイフ、食器類だ。


 自衛の武器にもなりそうにない。


「……次、行こう」


 僕は、重い足を引き摺りながら、厨房をあとにする。


 次に向かったのは、螺旋階段の上側だ。


 コツン コツン


 足音を響かせながら、やがて辿り着いたのは、最上部らしい見張り台だった。


 四隅に柱があり、その上に屋根がある。


 中央に鎖が下がっているのは、かつて、そこには鐘楼が吊るされていたからだろうと予想がついた。


 見張り台から、外を見た。


「……うわぁ」


 思わず、声が出た。


 見渡す限りの大森林。


 遥か地平の先まで、緑の木々の葉による絨毯が広がっている。遠方に、青く霞む山脈がようやく見えていた。


(あそこまで、何十キロあるんだろう?)


 日本では見られない大自然。


 そして恐ろしいことに、その森林のどこにも人工物らしい存在が見つけられなかった。


(…………)


 なんて場所に転生したんだろう、僕。


 3方向は、そんな感じだった。


 ただ残る1方向は、少しだけ違った。


(あれは、崖かな?)


 ここからしばらく続いた森の先に、巨大な崖があった。


 この距離でもはっきりわかるのだから、その壁面の高さは50メートル。いや、100メートルはあるのかもしれない。


 それが左右に、地平の果てまで続いていた。


(……まるで僕を閉じ込める、刑務所の壁みたいだ)


 しかも、崖の向こう側も、また森だ。


 絶望とは、こういうことを言うのだろうか……?


 思わず、その場にへたり込んでしまう。


「……喉、乾いたなぁ」


 僕は、呟いた。


 ここから見た感じ、近くに川や池、湖などもありそうになかった。 


 その事実が、また渇きを刺激する。


 異世界生活1日目とはいえ、慣れない子供の身体で、森を歩き、建物の探索をしたのだ。


 僕は、かなり消耗していた。


(……仕方ない。思い切って、試してみよう)


 自棄になったつもりで、僕は立ち上がった。



 ◇◇◇◇◇◇◇ 



 僕は、女神像の前にやって来た。


 小さな手には、厨房で手に入れた木製の器があり、そこには今、光る水がなみなみと満たされている。


(…………)


 不安に、思わず水面を見つめる。


 綺麗に光っているけれど、得体のしれない水を飲むのには、やっぱり勇気がいる。


(でも、時間の問題なんだ)


 この光る水が飲めなければ、遠からず、脱水で僕は死ぬ。


 それを思えば、これが毒でも、死ぬのが遅いか早いかの違いでしかないのだ。


「うん。どうせ、1度死んでいるんだしね」


 僕は覚悟を決めて、器を口につけた。


 コクッ


 一口、飲む。


(う……っ!?)


 瞬間、僕は硬直した。


「美味い!?」


 光る水は、甘くて爽やかで、とても美味しかった。


 痛みや体調の異常などは、どこにも見つけられない。


 ゴクゴクッ ゴクゴクッ


 思わず、何杯も飲んでしまう。


 この光る水を飲んでいると、不思議なことに喉の渇きだけでなく、空腹まで消えていく気がした。


(まるで魔法の水だね!)


 10杯も飲んで、ようやく満足する。


 大きく吐息をこぼしていると、ふと僕を見つめる視線に気づいた。


(あ)


 僕は居住まいを正して、女神像に両手を合わせる。


 深く頭を下げて、お礼を言った。


「ごちそう様でした。とても美味しかったです。ありがとうございました」


 …………。


 もちろん、女神様は何も言わずに、ただ静かに僕のことを見つめ続けるだけだったけど。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その夜、僕は、見張り台から、夜空を見上げていた。


 都会ではあり得ない、満天の星空。


 そこに、紅と白に美しく輝く、2つの月が浮かんでいるのが見えていた。


(……本当に、異世界なんだね)


 そう実感した。


 地球のどこかに転移したのではない、完全なる未知の世界なのだと思い知る。


「…………」


 前世の記憶は曖昧だ。


 それでも、二度と日本には戻れない現実に、一抹の寂しさを覚える。


(……大丈夫、大丈夫だよ)


 パンッ


 気持ちが落ち込みそうなのに気づいて、頬を叩く。


 不安に飲まれてしまったら、もう歩けなくなってしまうから。


「よし、今夜はもう寝よう!」


 そう声に出して言うと、僕は、立ち上がった。


 と、その時だ。


(……あれ?)


 眼下の森の中に、僕は、奇妙な紫色の光を発見した。


 夜の森は、黒一色だ。


 そこにユラユラと揺れる、紫色の光がポツンとある。


 その光を見ていると、なぜか胸の奥が苦しい。


「……あ」


 いや、よくよく見たら、広大な森のあちこちに、奇妙な紫色の光が生まれていた。


(…………)


 思わず、しゃがんで、見張り台の壁の陰に隠れていた。


 ドクッ ドクン


 なぜだろう?


 鼓動が、とても強くなる。


 あの光が何なのか、わからない。ただ、あまり良くないものの気がした。


 漆黒の森に、紫色の光たちは、まだ揺らめいている。


 …………。


「うん、確かめるのは明日にしよう」


 さすがに夜の森を出歩く勇気はない。


 大きく息を吐いて、僕は、そのまま螺旋階段を降りていく。


 厨房にあった木製の器に、光る水を入れて、階段に何個も置いておいたから、灯りはばっちりだ。


 一番明るい、女神像の前で眠ることにする。


 ガサガサ


 そこには、たくさんの葉っぱが積まれていた。


 ザ・『葉っぱ布団』。


 硬い石の床で寝るのは辛そうだったから、日のある内に、塔の近くで集めてきたんだ。


「お? 意外と、寝心地いいぞ」


 横になり、ちょっと驚く。


 思った以上に柔らかくて、つい笑ってしまった。


 そのまま目を閉じる。


「それじゃあ、おやすみなさい」


 誰に言うともなく呟き、そして、大きく息を吐きだした。


 よほど疲れていたのか、僕は、女神像の見守る前で、すぐに眠りに落ちていった。


 僕の異世界生活1日目は、こうして終わりを迎えた。


 ――でも、本当に大変なことは、その翌日に起きたんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


優しいお姉さんの再登場は、5話目ぐらいの予定です。スローペースの展開で、申し訳ありません……。

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