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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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294/825

291・黒い手

第291話になります。

よろしくお願いします。

 僕は、虹色の粒子を残しながら、ゆっくりと地上へ降下していく。


「マール!」


 そこには、両手を広げるイルティミナさんの姿があった。


(……イルティミナさん)


 その姿に、心が緩んだ。


 同時に、『神気』が枯渇した僕は、地上まであと5メードほどのところで『虹色の外骨格』の制御を失ってしまった。


(あ)


 パァン


 虹色の粒子に砕け、全身鎧が消えていく。


 当然、翼もなくなってしまった僕は、当たり前のように地上に落下した。


 ……力が入らない。


 戦いでがんばり過ぎたせいか、体勢を立て直す余力もなかった。


「ん!」


 ボフッ


 でも、そんな僕のことをイルティミナさんはしっかりと受け止めてくれた。


 そのまま、強く抱きしめられる。


「お疲れ様でしたね、マール」


 イルティミナさん……。


 甘やかな匂いが僕を包み込み、その白い手が優しく髪を撫でてくれる。


 僕は動きの悪い手を持ち上げて、彼女の長い髪の流れる背中を、ソッと抱きしめ返した。


 あぁ……気持ちが落ち着く。


 そんな僕らの下へと、ソルティスを背負ったキルトさんと、その後ろで少女のお尻を持ち上げているポーちゃんがやって来た。


「無事か、マール?」


 キルトさん、ポーちゃん……。


 僕は、イルティミナさんの肩越しに頷いた。


「……うん」

「そうか」


 キルトさんは、安堵したように息を吐いた。


 それから、遠くに倒れている『蛇神人』の死体を見やって、


「ようやった。見事じゃったの」


 と笑った。


 僕は、曖昧に笑っておいた。


 それから、左手を必死に持ち上げる。


 その指の中には、真っ白な光を放つ石の欠片――『神霊石』が握られていた。


 キルトさんの黄金の瞳が、それを見つめる。


「これが、そうか」

「うん」


 僕は頷いて、


「キルトさん、これを預かっててくれる?」

「む? そなたの手柄じゃ。そなたが持っていて良いのじゃぞ?」

「ううん」


 僕は首を振った。


「もう身体に力が入らないんだ……。何かあっても、今の僕じゃ守れないから」


 キルトさんは、迷った顔をした。


 けど、横にいたポーちゃんが、キルトさんを見上げて、促すように頷いた。


 それを見て、キルトさんも決めたようだ。


「わかった」

「…………」

「そなたが命懸けで手に入れたものじゃ。必ず守ると誓おうぞ」

「……うん」


 僕は、左手の指の力を抜く。


 カランッ


『神霊石』は、シュムリア最強の冒険者の手の中に納まった。


(……よかった)


 これで、1つの大仕事を終えた気分だった。


 手の中の『神霊石』を見つめ、それからキルトさんは僕を見て、笑った。


「しかし、強くなったの」 

「…………」

「まさか、1人であの『蛇神人』を倒してしまうとはの。そなたは、本当に強くなった」


 しみじみとした声だ。


 確かに『究極神体モード』の瞬間火力は高いと思うけど、それは短時間だし、それ以降は戦えなくなる一か八かの戦法だ。


(あまり頼りたくないな……)


 僕は、そう思った。


 それに、


「……本当に強かったら、『蛇神人』を殺さずに済んだかもしれない」


 心の声が、口からこぼれた。


「む?」


 キルトさんが驚いた顔をする。


 イルティミナさんも何かを感じたのか、身体を離して、僕の顔を覗き込んできた。


「マール?」

「…………」

「……何かあったのですか?」


 僕は、うつむいた。


 イルティミナさんは、優しく囁く。


「1人で抱え込まないで……。その心の内を、どうか私たちにも教えてくださいませんか?」


 キルトさんも、ポーちゃんも頷いた。


 …………。


 僕は、ゆっくりと口を開いた。


「……『蛇神人』は、『神霊石』を大切にしながら、ただこの地で静かに過ごしているだけだった。そんな彼女を襲って、僕らは『神霊石』を奪ったんだ」


 3人は驚いた顔をする。


 それから、少し困ったように僕を見つめた。


「そうかもしれんな」


 キルトさんは認めた。


「じゃが、世界平和のために『神霊石』は必要じゃった。そうせぬわけにはいかぬ」


 そう鉄のような声で告げる。


 それは、これまで『金印の魔狩人』としてシュムリア王国を守ってきた人物の言葉だった。


 でも、


「違うよ」


 僕は首を振った。


「世界平和のためじゃない。世界平和を求めるのは僕だ。自分のために、僕は彼女を殺したんだ」


 その罪深さに、手が震えた。


 大勢の人の命と天秤にかけて、彼女1人を見殺しにした。


 それが僕の行いだった。


 キルトさんは、なんと言っていいのかわからない様子だった。


 そしてイルティミナさんは、


「そうですね」


 そんな僕を真っ直ぐに見つめながら、頷いていた。


「マールの言うことは正しい。私たちは、私たちの望みをかなえるために、立場の違う存在を踏みにじったのかもしれません」

「…………」

「けれど、生きるということはそういうことです」


 彼女は、強い声で言った。


 生きることは綺麗事だけでは済まされない。


 僕らの日々の食事だって、他の生命を自らが生きるために食べているのだから。


 ……それでも、


(わかっていても、心が苦しいよ)


 彼女を殺してしまった自分の両手が、とても汚れて見えて、怖かった。


 ギュッ


 そんな僕を、イルティミナさんが抱きしめた。


「けれど、1つだけ、マールの言葉を訂正させてください」

「……え?」

「マールが殺したのではありません。マールを含めた私たち全員が、彼女を殺したのです」

「…………」


 僕を抱きしめるイルティミナさんの力は、とても強い。


「私たちが望み、結果としてマールが手を下す形となった。それだけです。その罪は貴方1人のものではなく、私たち全員が背負うべき罪なのです。そのことを忘れないでくださいね」


 イルティミナさん……。


 胸が苦しくて、涙が溢れた。


 でも、泣き顔を見られたくなくて、彼女の肩に顔を押しつけるようにしてしまう。


「よしよし。……大丈夫ですよ、マール」


 ポン ポン


 まるで赤子をあやすように、彼女の手は僕の頭を軽く叩く。


 そんな僕らに、キルトさんは苦笑する。


 ポーちゃんは、水色の瞳を静かに伏せていた。


 それからしばらくの間、僕の心が落ち着くまで、優しいイルティミナさんは僕のことを甘えさえてくれたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 やがて落ち着きを取り戻して、僕は周囲を見た。


『廃墟の都市』の各地では、まだ他の『開拓団員』たちと無数の大蛇たちの戦いが続いていた。


 けど、大蛇の発生源である『蛇神人』はいなくなった。


「時間の問題じゃな」


 戦局を見て、キルトさんは僕らの勝利を確信していた。


(そっか)


 よかった。


「じゃあ、僕らも大蛇の掃討戦に加わろうよ」

「うむ」

「はい」

「…………(コクッ)」


 3人は頷いた。


 けど、キルトさんの指がコツッと僕の額を突いた。


「じゃが、そなたは休め」

「え?」

「もはや剣も握れぬそなたがいても、役には立つまい」


 その視線が僕の手を見る。


 プルプル


 僕の手は、細かく痙攣していた。


 大量の『神気』を使い果たし、凄まじい剣技を放った反動もあって、力が入らなくなっていた。


(見抜かれてたか……)


 さすがキルトさんだ。


「イルナ、マールを守ってやれ」

「はい」


 即答する隣のお姉さん。


「ソルも預ける。そなたらはここに残れ。ポーはわらわと共に来い」

「ポーは、承知した」


 頷くポーちゃん。


 キルトさんは笑った。


「よし、では最後の一踏ん張りじゃ。行くぞ」


 そう言って、『雷の大剣』を肩に担いで歩きだす――その時だ。


 ゴゴッ ゴゴゴッ


(!?)


 突然、僕らの立つ大地が激しく振動した。


 地震だ。


 都市の建物が崩れ、柱が倒壊していく。


 とても立っていられない。


 僕らは腰を落として、その揺れが収まるのを待った。


 30秒ほどで揺れは収まった。


(びっくりした)


 イルティミナさんは、僕を守ろうとしたのか、また僕を抱き締めてくれていた。


「ぬ?」


 その時、キルトさんが声をあげた。


 その顔を見る。


 それは、驚きに染まっていた。


「なんじゃ、あれは……?」


 その黄金の瞳は、僕らの背後の方向を向いている。


(?)


 イルティミナさんの手から離れ、僕も背後を振り返った。


「……え?」


 視線の先には、あの巨大な『蛇神人』の死体があった。


 その死体へと、地面から滲み出るような何十メードもある無数の『黒い手』が生えて、群がるように迫っていた。


 ジュオオ……ッ


『黒い手』の触れた巨体が溶けていく。


 ……何、あれ?


 僕らは茫然となった。


 胸が苦しい。


 何十本と生えた『黒い手』は、まるでタールのような黒い液体でできているみたいだった。


 その液体が『蛇神人』の死体を飲み込んでいく。


 ジュオオオ……ッ


 鱗が剥がれ、肉が溶け、骨が見え、そして、全てが黒い液体の中で消えていく。


「――――」


 その禍々しさに息が詰まった。


 僕の青い瞳は、限界まで見開かれている。


『神龍』であるポーちゃんも、その正体に気づいて、凄まじい敵意の表情を浮かべていた。


「……いたんだ」


 僕は呟いた。


「やっぱりいたんだ、この大陸には、『悪魔の欠片』が……っ」


 僕の言葉に、キルトさん、イルティミナさんがハッとした。


「何じゃと!?」

「……あれが……『悪魔の欠片』?」


 改めて、その黒い液体を見る。


 それは地面から黒い手となって次々と現れ、『廃墟の都市』の通りを埋めていく。


 それは少しずつ、こちらに迫ってくる。


(あれに触れられたら駄目だ!)


 その脅威を本能で感じる。


 ふと、あの『蛇神人』が何かに警戒しているように姿を見せなかったことを、地震が起きた時に逃げ出したことを思い出す。


 つまりは、そういうことだ。


(『蛇神人』さえ逃げる存在が、この地にはいたんだ!)


 黒い液体は、黒い津波のように迫ってくる。


「いかん、引くぞ!」


 ソルティスを背負ったキルトさんが、焦ったように言う。


 ポーちゃんは、悔しそうに頷いた。


「マール、行きましょう!」

「う、うん」


 イルティミナさんが僕の手を引っ張りながら、黒い津波の来る反対方向へと走りだした。


 必死についていく。


 でも、上手く力が入らなくて、足がもつれた。


(あ)


 ドサッ


 転んでしまった。

 

 拍子で、イルティミナさんと手が離れてしまった。


 イルティミナさんは慌てて急停止する。


「大丈夫ですか!?」


 僕を助け起こそうと、こちらに白い手を伸ばしてきた。


 僕は、その手を掴もうとする。


 その瞬間、四つん這いになった僕の真下の地面から、『黒い手』が滲み出た。


「――え?」


 ドプッ


 それは真っ直ぐ空へと伸び、その途中にあった僕の胸を貫通していた。


「あ……」


 天へと抜けた『黒い手』の中に、僕の心臓があった。


 ジュオッ


 それは一瞬で溶けて、消える。


 自分の身に起きたことが信じられなかった。


 思わず、イルティミナさんを見る。


 彼女は呆けたように、こちらに手を伸ばしたまま動きが停止していた。


 真紅の瞳が、大きく見開かれていた。


「マール?」


 小さな呟き。


 僕は、それに答えようとした。


 でも、僕の口から出てきたのは、喉をせり上がってきた真っ赤な血だった。


 ボタタッ


 地面が赤く染まる。


 腕の力が抜けて、顔から地面に落ちた。


「嘘でしょう……? マール、マールっ!? 目を開けてください!」


 彼女の声が遠く聞こえる。


 視界の闇が……深まった。


 意識が……消え……る……。


 …………。

 …………。

 …………。


 ――そうして僕は、『黒い手』に殺されてしまった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] でぇじょうぶだ。 ドラゴンボールで生きけぇれる。 しかし、また妖精鉄の鎧に大穴が… 今回は心臓部分かぁ…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 『闇の子』の忠告は間違いではなかった! 嘘つきではなかった事の証しとして、目の前に『悪魔の欠片』が!? …………なんてこったい((((((・・;) [一言] 『…
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