029・マールとイルティミナの散策3
第29話になります。
よろしくお願いします。
メディスの大通りを歩いていくと、やがて、その突き当りに、大きな純白の建物が現れる。
三角形をした屋根は、キラキラした不思議な光沢を放っていて、とても綺麗な建物だ。
そして、通りを歩く旅人の多くが、その建物の中へと入っていく。
「ここは、聖シュリアン教会です」
イルティミナさんが教えてくれる。
「確か……メディスの中心にあるんだっけ?」
「はい。よく覚えていましたね?」
いい子いい子、と頭を撫でられる。あはは、ちょっと恥ずかしい。
見れば、大通りはここから、左右に分かれていて、城壁にある他の大門へ、そして街道へと通じているようだ。そちらからも、多くの旅人がやって来ては、この聖シュリアン教会に入っていく。
(もしかして、巡礼してる人たちなのかな?)
そう思った。
興味を示す僕に、イルティミナさんが微笑み、聞いてくる。
「中に入ってみますか?」
「うん!」
僕は、大きく頷いて、他の巡礼者たちと一緒に、聖シュリアン教会へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
前庭の池に架けられた大きな橋を渡っていくと、教会の入り口がある。とても大きな扉で、今は、大きく解放されていた。
他の人たちと一緒に、扉を潜り、
「うわぁ……」
僕の口から、思わず声が漏れた。
そこにあるのは、大きな礼拝堂だ。
でも、アルドリア大森林にあった塔の礼拝堂とは、比べられないほどに、広くて、清潔で、煌びやかだった。その場の空気だけが、神聖な何かに変わっている。
礼拝堂の奥には、女神像があった。
背中に、8枚の翼があって、腕が4本ある。
その4本の手には、剣、盾、杖、聖書がそれぞれに握られている。
雄々しくて、美しくて、清楚で、可憐で、その慈愛に満ちた表情は、見ているだけで心が震えてくる。
「マール」
トントン
イルティミナさんに、肩をつつかれる。ん?
振り返ると、彼女は笑いながら、白い指を上に向けていた。上?
つられて、顔を上向ける。
(――――)
声を失った。
礼拝堂の天井一面に、美しい絵画が描かれていた。
おぞましい黒い怪物とその眷属に対して、美しい男神や女神が、白い服装の人々を率いて、雄々しくも勇ましく戦う絵だった。
神魔戦争――その名が、頭に浮かぶ。
写実的なその天井画は、あまりにも美しくて、圧倒的な迫力で僕らを包み込んでいる。まるで、実際にその場にいるような、そんな錯覚が満ちてくる。
(……なぜだろう?)
ふと、僕の中で、6人の光る子供たちの死んでいた、夢での光景が蘇った。
僕の仲間だ。
あの天井画のように、みんなで一緒に戦った。
でも、誰もいなくなって、今ここには、僕1人だけ……。
悪魔は、まだ……。
「…………」
よくわからない感情や、考えが、意味もなく浮かんでは、消えていく。
(これは僕じゃなくて、『マールの肉体』が反応してる……?)
そんな風に思った。
「……マール?」
不意に、イルティミナさんが不思議そうな声で、僕を呼んだ。
(ん?)
見れば、彼女は、なぜか驚いた顔をしていた。
そして、優しく笑い、白い指で僕の頬を撫でる。
(え……?)
僕は、いつの間にか、泣いていた。
目から、一筋の涙をこぼしていたんだ。なんでだろう?
理由はわからないけれど、何か懐かしくて、悲しいような、不思議な気持ちだった。
近くにいた巡礼者さんたちも、なんだか優しい表情で、僕を見ている。
それでも、なぜか恥ずかしくはなくて、僕は泣きながら、その美しい女神像と天井画を見つめ続けた――。
◇◇◇◇◇◇◇
教会を出ると、我に返って、すっごく恥ずかしくなった……。
(い、いきなり泣くなんて、意味わからないよ)
あぁ、穴があったら入りたい。
顔を覆いながら歩く僕に、イルティミナさんは、困ったように笑いながら、でも、ずっと手を繋いで歩いてくれていた。
多くの旅人さんが、今も、出ていく僕らと入れ違いで、教会へと入っていく。
「……人気なんだね、聖シュリアン教会って」
「そうですね。祀られている戦の女神シュリアンは、神魔戦争において、神と人の軍勢の中心となった三柱神の一柱ですから」
「へぇ?」
戦の女神様なんだ?
「じゃあ、他の2人の神様は、なんていうの?」
「正義の神アルゼウスと、愛の神モアですね。ここ、シュムリア王国では、女神シュリアンが人気ですが、隣の神皇国アルンでは、そちらの2神の方が人気があるようです」
「そうなんだ?」
神様に対しても、暮らす土地によって、人々の好みが別れるものなんだね。
ドンッ
「おっと?」
そんな考え事をしてたからだろうか、すれ違おうとした1人の少女とぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
少女は、慌てたように謝ってくる。
年齢は、僕と同じぐらい。でも、着ている服は、あまり上等ではなくて、汚れが目立つ。肌の血色も悪く、茶色の髪も少し痛んでいるようだった。
僕は、笑って、首を振った。
「ううん。こっちこそ、ぶつかってごめんなさい」
「あ……」
少女は、安心したように息を吐いた。
と、彼女の前方――僕にとっては、背中側から、少女の仲間らしい子供たちの声がした。
「お~い、何やってるんだよ?」
「神父様、待ってるよ~」
「早く早く~」
「ご飯、なくなっちゃうぞ~?」
仲間たちに手招きされて、少女は、僕にペコッと頭を下げると、彼らの方へと小走りに走っていった。
なんとなく、彼女たちを見送る。
「彼女たちは、孤児ですね」
イルティミナさんが、そちらを見ながら、ポツリと呟いた。
僕は、その白い横顔を見上げる。
「各地の聖シュリアン教会では、親や身寄りのない子供たちを、保護しているんです」
「そうなんだ?」
「はい。……ひょっとしたら、あの子たちの中には、赤牙竜ガドに家族を殺されてしまった子供も、いたかもしれませんね」
「…………」
吹く風が、少し冷たかった。
僕は、少女がぶつかった身体の部分に触れながら、美しい純白の聖シュリアン教会を見つめる。心の中で、女神シュリアン様のご加護を願った。
「さぁ、行きましょう、マール?」
「うん」
僕らは手を繋いで、巡礼の人たちの中を抜け、その場をあとにした――。
◇◇◇◇◇◇◇
教会を出た僕らは、そろそろ時間なので、ドワーフおじさんの防具店へと戻ることにした。
「おう、戻ってきたな? 修理は、終わってるぜ」
金槌を片手に、おじさんは歯を見せて笑う。
そうして、戻ってきた鎧は、なるほど見事に穴が塞がっている。いや、多分、穴の開いた金属部品だけを、交換したのかもしれない。
「ふむ……稼働部に、違和感もありません。見事な腕ですね」
「だろ?」
イルティミナさんは、細部までチェックしたあと、満足そうに頷く。
ドワーフおじさんも、得意げだ。
そうしてイルティミナさんは、修理された鎧を、身に着けていく。
(あぁ……ただの女の人から、冒険者に戻っちゃった)
ちょっと残念。
でも、白い鎧を身に着けた姿は、ずっと見てきたイルティミナさんの姿なので、安心感もあった。
うん、イルティミナさんは、やっぱりこうでないと。
彼女は、軽く身体を動かして、問題がないことを確認する。
そんなイルティミナさんを見ていたドワーフおじさんは、
「なぁ? つまんねぇことを聞くが、お前さん、もしかして『魔血の民』か?」
あご髭を撫でながら、そんなことを言った。
(『魔血の民』?)
イルティミナさんの動きが止まった。
「…………。それが何か?」
短くない間のあとに、彼女は静かに聞き返す。
その声が、妙に寒く感じた。
でも、僕からは、彼女の背中しか見えないので、その表情はわからない。
ドワーフおじさんは、軽く手を振る。
「そんな怖い顔するない。俺は別に、なんとも思っちゃいねぇよ。こんな商売やってりゃ、相手することも多いからな」
「…………」
「ただ、ちとお節介でな」
チラッとおじさんの視線が、僕を見る。
「知ってんのか?」
「余計なお世話です」
答える声は、とても固くて、怖い。
なんだか、妙な緊張感が店内に満ちている。
「そうかい。だがな、俺の経験から言わせてもらえば、早めに教えておくこった」
「…………」
「年の差だろうが、異人種だろうが、恋仲になっちまえば関係ねーよ。だが、いつまでも、隠しておける秘密でもねぇ。なら、相手を信じて、話してみちゃどうだい?」
「……いえ、私たちは恋仲では」
「あぁ、わかってらぁ。俺は他人だ。余計な口出しだよ。――だがなぁ。俺は、お前さんらみてえなのには、上手くいって欲しいのよ」
おじさんの声には、一点の曇りもない。
彼の視線に、イルティミナさんは沈黙し、やがて、大きく息を吐いた。
「ご忠告は、聞いておきます」
「おう。ま、頭の片隅にでも、入れといてくれや?」
ドワーフおじさんは、屈託なく笑った。
ゆっくりと振り返ったイルティミナさんは、僕を見る。そこにあるのは、穏やかな優しい笑顔だ。
「すみません。変な話で、待たせてしまって」
「ううん」
僕は、首を振った。
色々と思ったことがあった。
聞きたいこともあった。
でも僕は、待たないといけない、そう思った――イルティミナさんが、自分から言ってくれる日まで。
(彼女の秘密を教えてもらうには、今の僕は、たぶん、それに値してないんだろうな……)
もっと、がんばらないと。
イルティミナさんに、信じてもらえるような男になるまで。
「……マール?」
どこか不安そうなイルティミナさんの手が、僕へと差し出される。
躊躇なく、それを握った。
彼女は、なんだか安心したように息を吐いた。そして、嬉しそうに笑う。
「その坊主なら、大丈夫だと思うんだがねぇ?」
手を繋いで、店から立ち去る僕らの背中を眺めながら、ドワーフおじさんの苦笑いするような声が聞こえてきた――。
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