286・蛇神人との戦い
第286話になります。
よろしくお願いします。
キルトさんの左腕が、頭上へと掲げられる。
その手には、銀色の金属筒。
パシュッ
光の線が青い空へと走り、真っ白い魔法の光を大きく弾けさせた。
シュパァアン
発光信号弾だ。
黄金の瞳は、前方にいる3色の髪の女性――『蛇神人』へと向けられたまま、低い声が告げた。
「増援が来るまで待つ気はない。このまま仕掛けるぞ」
鋭い闘気。
それが広がり、空気が引き締まる。
「生死は問わぬ。まずは奴を行動不能にする。『神霊石』の確保は、そのあとじゃ」
「うん!」
「はい」
「わかったわ」
「ポーは、承知した」
僕は頷いた。
キルトさんは、前方へと歩きだす。
通りの向こうにいる『蛇神人』は、こちらを見ながら、小首をかしげた。
その右手が持ち上がる。
ギュアッ
その手全体が、巨大な蛇の頭部に変わり、キルトさんへと襲いかかった。
「ぬん!」
ガキュンッ
『雷の大剣』がそれを弾く。
黒い刀身と大蛇の牙がぶつかり、青い放電と火花が散った。
「マール、行きますよ!」
「うん!」
イルティミナさんと呼吸を合わせて、僕も走った。
『…………』
『蛇神人』のたおやかな左手が持ち上がる。
その白い五指が、それぞれ5体の蛇の頭部となり、僕らめがけて延伸しながら襲いかかってきた。
「シィ!」
イルティミナさんの鋭い呼気。
同時に『白翼の槍』が白い光となって繰り出され、蛇の頭部を弾き返していく。
ガッ ゴツッ ギギン
連続する衝突音が響く。
右腕をキルトさんが、左腕をイルティミナさんが押さえた。
(今だ!)
その隙に、僕は『蛇神人』の懐へと飛び込んだ。
白い裸身を晒す彼女は、肉薄してきた僕に、小さく口を開けて驚いた顔をする。
その口内めがけて、突きを放った。
ギュッ
「!?」
全力で放った刃は、口内で止まった。
その長い蛇の舌が『妖精の剣』の青く透明な刃に巻きついて、押し留めたのだ。
「くっ」
どんなに体重をかけても、押し込めない。
パンッ
(うわっ!?)
逆に、凄まじい舌の力で弾かれ、僕は後方へと転がされてしまった。
く、くそっ!
慌てて立ち上がる。
その目の前で、巨大な蛇が大きく口を開けていた。
(……あ?)
それは『蛇神人』の腹部から生えていた。
「ほあっ!?」
ガギィイン
『白銀の手甲』と『妖精の剣』で、上下の太い牙を、慌てて受け止める。
凄い力だ!
牙の先端から、白く濁った液体がこぼれる。
(ど、毒かな!?)
焦りながらも、必死の力比べ。
「マール!」
イルティミナさんがこちらへと駆け寄ろうとするけれど、5本の蛇指に阻まれて近づけない。
「ぬうっ」
キルトさんも同じく、巨大な蛇に足止めをされている。
(ま、まずい、かも……っ)
牙が少しずつ近づいてくる。
向こうの力の方が上回っているんだ。
僕の頬を、冷たい汗が流れた――その時、
「ポオッ!」
ドギャッ
僕の背後から跳躍したポーちゃんが、華麗な飛び蹴りを蛇の鼻先へと叩き込んだ。
衝撃で、巨大な蛇の頭部が下がる。
反動でひっくり返った僕の前で、金髪の幼女が拳を構えた。
「あ、ありがと、ポーちゃん!」
「問題ない、とポーは言う」
淡々と答える背中は頼もしい。
そして、
「みんな、離れて!」
ソルティスが大杖を掲げて、叫んだ。
その魔法石は赤く輝いている。
「その蛇だらけの化け物女を焼き尽くせ! ――ラー・ヴァルフレア・ヴァードゥ!」
少女の頭上に生みだされるのは、10メードはある『炎の鳥』だ。
キルトさんとイルティミナさんは、後方へと跳躍する。
僕もポーちゃんに引きずられるようにして、『蛇神人』から距離を離された。
『…………』
女の蛇の瞳は、自身に迫る『炎の巨鳥』を呆けたように見つめた。
ドパァアアン
直撃。
凄まじい熱波が溢れて、僕らの髪を暴れさせ、肌を焼く。
(く……っ)
さすがソルティス。
相変わらず、凄まじい魔法の威力だ。
熱波が去ると、石畳の通りは融解して、赤くドロドロとしたものが流れていた。
通りに並んだ柱も溶けて、崩れている。
そして、それらの中心に、黒く焼け焦げた人の形だけが残っていた。
「……やった?」
僕は呟いた。
キルトさんもイルティミナさんも答えない。
ソルティスは肩で大きく息をしていて、ポーちゃんはその水色の瞳で、黒焦げになった人型を静かに見つめていた。
…………。
…………。
ピシッ
(!)
黒焦げとなった表面に亀裂が走った。
そこから、白い指が生える。
メキッ ミシシッ ジュルン
その手が左右に開かれると、黒焦げの表面が引き裂かれて、中から無傷の『蛇神人』の裸身が現れた。
その白い肌は、粘液で滑っている。
「……嘘でしょ?」
魔法を撃ったソルティスは、呆然だ。
僕だって、言葉がない。
キルトさんは舌打ちしそうな顔で、
「脱皮か」
と呟いた。
つまり、ソルティスの魔法は『蛇神人』の表面を焼いただけで、内部までは届かなかったということか。
言葉にすれば単純だ。
でも、直接、目にすると、その防御力と再生力は、あまりにふざけた能力だ。
(なんなんだ、コイツは!?)
能力が多彩で、捉えどころがない感じ。
背筋を冷たい指で撫でられるような悍ましさを感じながら、僕は『妖精の剣』を再び構えた。
みんなも、それぞれの武器を向ける。
『あはっ♪』
『蛇神人』は、そんな僕らに楽しそうに笑った。
小首をかしげ、白い裸身を晒しながら、ゆっくりと僕らに近づいてくる。
気圧されたように、僕らは同じだけ下がった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
どう仕掛けるべきか?
どうしたら倒せるのか?
そのイメージが湧いてこない。
でも、このまま下がっていても、どうにもならない。
僕は意を決して、前に踏み込もうとした――その時、僕らの周囲が突然、黒く陰った。
(え?)
『グォオオオン!』
上空から響く咆哮。
そして、力強い羽ばたきの音。
気づいた時には、巨大な竜がその鉤爪を輝かせて、空から『蛇神人』へと突撃し、その攻撃をぶち当てていた。
ゴガシャアアッ
石畳がひび割れ、通りが大きく陥没する。
弾ける風圧に、僕らは吹き飛ばされそうになった。
『竜の空襲』とでもいうべき空からの強襲は、僕らにとっても、『蛇神人』にとっても予想外だった。
バササッ
竜は再び、上空へと舞い上がる。
「大丈夫っすか、マール殿!?」
20メードほどの高さから、竜の頭部の鞍に座っている竜騎士が声をかけてきた。
(その声は、アミューケルさん!?)
驚く僕に、彼女は笑った。
その頭上を、更にもう2頭の『竜騎隊の竜』が旋回していく。
「ここは、自分らに任せるっすよ」
頼もしく告げる女竜騎士さん。
破壊された通りへと視線を向ければ、そこには右上半身を、竜の爪で抉られ、失った『蛇神人』が立っていた。
紫の血液が溢れ、地面と裸身を濡らしている。
『……お……あ?』
かなり驚いた表情だ。
でも、
グチュッ ジュルル
その失った部分の皮膚がめくれて、下から無傷の右腕と上半身が生えてきた。
凄まじい『脱皮』という再生能力。
「……マジっすか」
アミューケルさんも驚いている。
けれど、すぐに気合を入れ直すように、竜が猛々しく咆哮した。
「上等っすよ! 今度は、自分らが相手っす!」
バサッ バサアッ
巨大な翼を広げて、威嚇するように羽ばたいた。
『シュムリア竜騎隊』VS『蛇神人』。
トルーガ文明の『廃墟の都市』で、戦いの第2ラウンドが始まろうとしていた。
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※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




