028・マールとイルティミナの散策2
第28話になります。
よろしくお願いします。
防具店に、イルティミナさんの防具を預けたあと、僕らは、メディスの大通りを散策した。
大通りには、たくさんの人が歩いている。
たまに、馬車や竜車が通ったりもして、人々が慌てて避けたりもする。そういう人波の中で、イルティミナさんは、僕が迷子にならないようにと、ずっと手を握ってくれていた。
(人がいっぱいだなぁ)
道の両脇には、露店なども立ち並び、多くの人の話し声や足音など、色んな音が僕の耳に聞こえている。
のどかで静かだったアルドリアの森林とは、まるで違う世界だった。
(ようやく、人の暮らす場所に来たんだね、僕は)
それを、しみじみと実感する。
音だけじゃなく、街の中には、色々な匂いもあった。少し、鼻から多く息を吸う。
(うん、これは肉の焼ける料理の匂いかな?)
こっちは、お酒の匂い。
鉄みたいな匂いは、近くの装備屋さんからだろう。
甘い匂いは、何かのお菓子かな?
森の中は、植物の青い匂いだけだったから、カラフルな匂いたちに包まれるのも楽しかった。
クゥゥ……
(あら?)
食べ物の匂いを嗅いだからか、僕のお腹が鳴ってしまった。
イルティミナさんが、「おや?」と笑う。
「そろそろ、お昼ですものね?」
「う、うん」
「私も、ちょうどお腹の空いたところです。何か、露店で買ってみましょうね」
優しいフォロー、ありがとうございます。
ちょっと赤くなりながら、僕は頷いて、彼女と一緒に近くの露店へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
祭りの縁日のように、大通りには、たくさんの露店が並んでいる。
「どこにしましょうか?」
イルティミナさんは、決断を委ねてくれる。
僕は、さっきから美味しそうなお肉の匂いがする、一件の露店を指差した。
「あそこがいい」
「フィオサンドのお店ですか? わかりました、行きましょう」
フィオサンド?
首をかしげる僕を連れて、手を繋いたイルティミナさんは、そちらに歩いていく。
露店を運営しているのは、獣人のお姉さんだった。癖のある赤毛の髪に、羊のような巻き角が生えている。
彼女は、近づく僕らに気づくと、嬉しそうな笑顔を弾けさせた。
「いらっしゃい、何にする?」
露店のお姉さんは、店先の文字が書いてあるボードを、手で軽く叩いた。
きっとメニューなんだろう。
「色々ありますね。マールは、どれにしますか?」
「…………」
でも、僕は答えられなかった。
(よ、読めない……)
アルファベットのような文字は、多分、アルバック大陸の共通語で書かれているんだろう。でも、僕には、さっぱり意味が分からない。
このマールの肉体は、アルバック共通語を話せても、読むことはできないらしい……なんてことだ。
「……マール?」
黙り込んだ僕に、イルティミナさんは怪訝そうな顔だ。
僕は、諦めて、正直に白状する。
「……ごめんなさい。僕、話すことはできても、文字の読み書きはできなくて……」
「え? そ、そうなのですか?」
イルティミナさん、とても驚いた表情だ。
それは、露店のお姉さんも同じようで、
「こいつは驚いた? 今時、珍しいね。学校とか行かなかったのかい?」
「う、うん。色々あって」
「そうかい、そうかい。まぁ、人生色々だ。仕方ないね。でも、そっちのお姉ちゃんは読めるんだろう? なら、弟さんに読んでやんな」
いや、弟じゃないんだけど……。
でも、イルティミナさんは大きく頷いて、優しく笑った。
「わかりました、マール。では、このイルティミナ姉さんが、メニューを読んであげますね?」
「…………」
イルティミナさん、ちょっと楽しんでるね?
そうして彼女は、白い指でボードのメニューを一つ一つ、示していく。
「これは、『フィオサンド』と読みます。フィオという獣の肉を焼き、パンで挟んで食べるこの地方では、よくある料理です。好みの香草を一緒に挟むと、また違う味わいになるのが特徴ですね。次は、『フィオラルサンド』。フィオサンドに、ラルというチーズを加えた品になります。その次は、『フィオラルオードサンド』で――」
結構な時間をかけて、彼女は、全メニューを説明してくれた。
露店のお姉さんは、「うんうん」と、仲良し姉弟の姿に、満足そうに頷いている。
色々と説明してもらったけれど、どれが一番いいのかわからなかったので、僕はとりあえず、基本形らしい『フィオサンド』をお願いすることにした。ちなみに、イルティミナさんは、『フィオラルサンド』を頼んでいた。
「はいよ、ちょっと待ってな」
露店のお姉さんは、鉄板の上に、鉄ヘラを叩きつける。
鉄板に油を敷いて、そこに赤身の肉が投入され、ソースもかけられれば、香ばしい肉の焼ける匂いが広がっていく。あ、美味しそう……。
焦げ目のある焼けたパンの真ん中を切り、そこに、できたて熱々肉汁たっぷりのお肉たちが乗っかれば、『フィオサンド』の完成だ。
「ほらよ、熱いから気をつけな」
「ありがとう」
「こいつは、5リドだ。『フィオラルサンド』は6リドな?」
「リド……?」
僕の言葉に、皮袋から硬貨を取り出そうとしていた、イルティミナさんの動きが止まる。
「まさか、マール……?」
「えっと……お金の単位も、わからないです」
「…………」
2人のお姉さんから、残念な子を見る目をされました。
あぁ、肩身が狭い……。
露店のお姉さんが、ため息をつき、その手のひらに、小さな赤い硬貨を乗せて、僕に見せてくれた。
「ほら、これが1リド硬貨だ。一番、小さい単位のお金だよ」
「へぇ、これが」
「そ。で、次……この青いのが10リド硬貨」
「ふんふん?」
「それで、この白いのが――」
「わかった、100リド硬貨だね?」
露店のお姉さん、驚いた顔をして、それから笑った。
「正解だよ」
「やった」
「その次は、1千リド硬貨になるんだけど、それは今、うちにはないんだよねぇ」
「ここにありますよ?」
え?
見れば、イルティミナさんが皮袋の財布から、銀と金の2つの硬貨を取り出している。
銀色の硬貨が、僕の手に置かれた。
(わ、重いっ?)
見た目より、ずっしりしている。
「これが1千リド硬貨です。そして、こちらが1万リド硬貨になりますね」
「わ、わわっ?」
金色の方は、もっと重かった。
露店のお姉さんは、目を丸くして、僕の手のひらを見つめている。
「アンタ、金持ちだねぇ?」
「まぁ、それなりに」
イルティミナさんは、澄ました表情のままだ。
でも、なるほど。
なんとなく、お金のことはわかった。
『フィオサンド』の値段が500円ぐらいと仮定して考えれば、多分だけど、1リドは100円ぐらい、なんだと思う。
つまり、僕の手にある1千リド硬貨は10万円で、こっちの1万リド硬貨は、
(え……ひ、100万円!?)
衝撃の事実に気づいて、僕の手は、ガタガタと震えてしまった。
「イルティミナさん、お金、返す」
「あ、はい」
差し出した2枚の硬貨を受け取って、彼女は、それを皮袋にしまうと、そのまま無造作に腰ベルトのポーチに放り込む。
えぇ……? 扱いが、雑……。
同じことを思ったのか、露店のお姉さんが心配そうな顔になる。
「アンタ、スリに気をつけなよ?」
「ご心配なく。そういう連中の指は、これまでに何度も折ってきましたので」
「…………」
「…………」
黙り込み、なんとなく顔を見合わせる僕と露店のお姉さんだった。
そうして僕らは、「毎度あり」と笑う露店のお姉さんに見送られながら、また大通りを歩きだした。
ハム……モグモグッ
「うん、美味しい!」
フィオサンドは、ちょっと香辛料の効いたハンバーガーみたいな味で、とても美味しかった。うん、鼻から抜けるようなスパイスの香りが、凄く気持ちいい。
ホクホクで食べていると、イルティミナさんが小さく笑って、
「フフッ、ほら、マール。ほっぺに、ソースがついていますよ?」
白い指が僕の頬を撫でて、彼女はそれを当たり前のように自分の口へと運んで、舌でペロッと舐めてしまう。わわ、恥ずかしい……。
赤くなってしまう僕に、イルティミナさんは、優しく笑う。
それから彼女は、少し表情を改めて、
「マール? 文字の読み書きについてですが……」
「あ、うん」
「もしよろしければ、私が教えてさしあげましょうか?」
え、いいの!?
「やはり、将来のことを考えれば、文字の読み書きは、覚えておいて損はありません。いえ、むしろ、必要なことです。マールさえよければ、ですが」
「う、うん。僕も覚えたい!」
「フフッ、そうですか。では、今夜からでも始めましょう」
「はい、イルティミナ先生!」
わ~い。
僕は、思いがけない展開に、大喜びだ。
そんな僕の様子に、イルティミナさんは、どこか満足そうに笑う。
そして、彼女は、その手にあった『フィオラルサンド』を、大きな口を開けて、パクッと美味しそうに頬張るのだった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。




